連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

京都市電

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 録画したテレビ番組の後始末に追われる毎日で、デジカメの名称付けも古い画像のレタッチ作業も遅々として進みません。
 
 NHKニュース映像の一部、「?…これは?」と思ったシーンです。
 
 
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 写真1枚目、平成262014〕年101日〔水〕、NHKニュース おはよう日本〔700AM〜45M〕でのワンシーンです。この日、東海道新幹線は開業から50年を迎えました。600、「のぞみ1号」の出発に合わせ、当時と同じ19番ホームで「東海道新幹線開業50周年出発式」が執り行われています。7時代の放送枠では「車内販売が見つめた新幹線50年」といった特集が組まれています。
 
 『車内販売は東海道新幹線の開業に合わせて大きく拡がった。それまでは駅のホームで行われ、乗客は停車中に窓を開け広げ買うのが普通だった。窓が開かず停車時間の短い新幹線に車内販売を導入することで販売スタイルが大きく変わった。乗客に親しまれる商品も次々と生まれ、その1つがコップ入り日本酒。新幹線開業の年に開発。初年度で69万本を売り上げるヒット商品になった』。等々の内容が話されています。提供㈱電気車研究会として、女性パーサーがワゴンを押すカラー画像、ホームでの販売シーンとして故・白井良和先生の白黒画像が紹介されています。更に、故・田宮二郎さんが登場する“ワンカップ大関”のカラーCM映像も流れました。
 
 特に気になったのが、録画映像を止めてテレビを撮影したこのカットです。白井先生が撮影しているのであれば、豊橋駅ホームでの撮影と思います。特急・東京行・3等客車であることは写真から確認可能です。こだま形電車特急の記憶ですらオボロゲ。電機が牽引していた客車特急に関しては眺めた記憶がありません。友人にその旨話した結果、特急「はと」では…?。乗客は一方向固定式クロスシートに座り写真左方向を向いておりますので、豊橋駅6番ホームで昭和35年に撮影された画像なのでしょう。10歳当時のことは、時刻表も保有していませんので分かりません。客車途色はライトグリーン?。7DNo.39226
 
平成27〔2015〕年3月7日修正:赤字箇所は「リクライニングシート」と表記してしまい間違いと指摘を受けましたので、「一方向固定式クロスシート」に修正致しました。背もたれを後方へ傾斜させることができる機能をもつ椅子がリクライニングシート。スハ44系の座席は終端駅で編成全体の方向転換を前提とする一方向固定式クロスシート。
 
 
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 写真2枚目、平成262014〕年1216日〔火〕、NHKニュース おはよう日本〔500AM〜1H30M〕での映像です。『連続テレビ小説「あまちゃん」、ミャンマーで放送始まる。これまでNHKの大河ドラマ等も放送されたが、有料チャンネルのため、あまり浸透しなかった。しかし、今回の「あまちゃん」は無料で見ることが出来る。放送に先駆けて活躍しているのが、ドラマゆかりの三陸鉄道の車両で、最大都市ヤンゴンで今月から運行開始。ミャンマーでは、日本で使われなくなった車両が200両近く走る。新参者の三陸鉄道車両、「あまちゃん」と共に市民に親しまれることになりそう…』。等々の説明が加えられています。
 
 たまたま京都市電伏見線画像を取り込んだこともあり、この映像には感動しました。元三陸鉄道車両が走行しているのは、道路端の単線併用軌道です。三陸鉄道車両は路面DCに変身しておりました。7DNo.42017
 
 
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 写真3枚目、併走する車に乗車して撮影された元三陸鉄道車両の走行シーン。鉄道ピクトリアル誌、20153月号〔No.901〕に“ミャンマーを走る日本型気動車 2014秋”文責:斎藤 幹雄氏の記事に、この車両の事が紹介されています。『201412月のヤンゴン臨港線旅客営業再開(パズンダン〜パンソタン〜タウクリエ間)に向けて改造が進むRBE30013002(三陸3612011206).併用軌道上を走るため,黄色回転灯が前面に取り付けられた.』。7DNo.42012
 
 
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 写真4枚目、末端駅なのでしょう。路上から乗り降りするためにステップが取り付けられたようです。正面貫通扉も乗降扉も開けたままで発車するシーンです。7DNo.42027
 
 
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 写真5枚目、京都市電伏見線、深草下川原〜竹田久保町間を走行する9系統中書島行900935号。市電も車もこちらへ向って来る軌道敷き内から撮影。無謀な撮り方と思われるかも知れませんが、そうでもありません。写真後方左手の架線柱に電停名が掲出されています。深草下川原電停と思います。京都駅方面行電車の乗車場所は、軌道敷き内を走行する乗用車横の路上になるハズです。安全地帯はありません。「京都市電伏見線無き現在、ミャンマーの臨港線を撮影してみたーい。無理ですが…」。白黒No.11122)・昭和451970〕年314日(1235)撮影。
 「もう1年が終わってしまいますか」。無職で多くは自宅引き篭もりの生活なのですが、あたふたしている間に年の瀬。図面屋家業していた時の方が、まだ時間に余裕がありました。生活が狂ってしまった要因の1つはブルーレイレコーダーの購入。それ以前は、S−VHSビデオで番組録画しておりました。録画したテープが増えると保管場所に困ります。薄いディスクで残せば場所も取らないであろうと考えたことが大誤算。ブルーレイレコーダーは録画予約し易い分、つい余計な番組まで録画予約してしまいます。500GBのハードディスクは、あっという間に容量不足。早送りで番組内容を確認してBD−Rディスクへ書き込み。ハードディスクから録画番組を外さないと、翌日の番組予約が出来ません。その様なことを4年間繰り返していたら、録画済ディスクも4000枚近くになってしまいました。段ボール箱に詰め込んだ録画済ディスクを見返すことはないと思います。「こんな事はやめたい」と思う昨今なのですが、中々、踏ん切りが付きません。
 
 テレビ番組欄を眺め、「この番組、富山地方鉄道が登場するようだから、一応録画予約はしておきましょう」てなことを繰り返す毎日です。
 
 撮影済フィルムも同じです。あの路線も廃線。こちらの路線も消える。日本各地を飛び回って撮影にトライ。現像だけ済ませて一段落。多くの画像はプリントすることなく50年近くが経過してしまいました。夢中で撮影した若かりし頃の記憶もおぼろげになりつつあります。今頃になってネガを眺めて、「こんな物が写っていたー!!」。懐かしいという感覚より、返って新鮮な気分になります。撮影当時は、平凡な風景だったのですが…。
 
 京都市電伏見線に関しては、1日を費やして京都駅前から終点の中書島まで沿線を歩きました。稲荷線も1往復しております。でも、勧進橋電停周辺は、あまり撮影してありませんでした。「もう少々別角度で撮影しておきたかったー」。
 
 
 
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 写真1枚目、伏見線、勧進橋電停では専用軌道の稲荷線が分岐します。稲荷線軌道敷き内より撮影した京都市電900933号の中書島行と思います。系統番号までは分かりません。架線柱に掲げられた「勧進橋」電停表記は確認出来ますが、「稲荷線の電車は何処で停車する?」。白黒No.1103535)・昭和451970〕年314日(1225)撮影。
 
 
 
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 写真2枚目、1枚目写真と同じ場所にて撮影。こちらは勧進橋を発車して稲荷へ向う京都市電19系統700708号稲荷行。方向幕は既に京都駅に変わっております。白黒No.1103636)・昭和451970〕年314日(1225)撮影。
 京都市電伏見線は、“明治281895〕年、京都電気鉄道によって開業した日本初の路面電車で、営業用電車としても日本で最初”とありますから由緒ある路線であることは間違いありません。沿線を歩いた京都市電の中にあって、特に興味深い路線でもありました。一部区間、複線軌道が道路端に敷設されていた点が好みの理由のひとつです。撮影が叶ったのは廃線の半月前。可能ならば、再度、撮り直しをしたかった路線でしたが、昭和451970〕年331日の運転を最後に廃線となっております。
 
 この時の撮影機材は連写22号機。1眼レフの上に載せた白黒専用カメラはハーフ判カメラからコニカC35に載せ替えました。6×62眼レフも携えておりましたので、連写2眼×1.5で撮影。カラー専用1眼レフの50mm標準レンズを覗いて同時撮影するコニカC35のレンズは38mm。カラーと比較すれば、やや広角に写り車両が遠くなってしますますので、1年は使用しないで、後にキャノネットQL17に載せ替えています。
 
 
 
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 写真1枚目、併用橋で鴨川を越える京都市電9系統900932号中書島行。勧進橋〜十条通間にて。白黒No.11055)・昭和451970〕年314日(950)撮影。
 
 
 
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 写真2枚目、同じく勧進橋〜十条通間にて。鴨川を渡り終えた地点〔勧進橋側〕。以降暫くは、道路端複線併用軌道区間に変わります。ミゼットと競走する京都市電19系統500506号稲荷行。506号は勧進橋まで走ると、伏見線から東方向に分岐して複線専用軌道の稲荷線〔0.689km〕を走行します。写真右手の泥んこエリアが何であったかは分かりません。写真左手後方には、京都タワーの姿が確認出来ます。白黒No.11088)・昭和451970〕年314日(1024)撮影。
  鉄道車両〔電車〕を陸送する場合、車体・台車・集電装置は、分離してトレーラー等に積載されます。クレーンで車体を吊り上げた時、台車はレール上に残ります。でも、台車単独では稼動することは出来ません。車体と接続された電気ケーブルや空気管等は、簡単に着脱可能でフレキシブルな構造なのでしょう。ボギー車の台車は、カーブ区間を走行する時、車体に対して回転しなければなりませんので、車体に固定される物ではありません。電車の車体は台車の上に載せられただけで、台車は常にフリーな状態で走行しているものと思っています。
 
 今回、お見せするのは、何とも不可解で理解に苦しむ写真です。私版の「ナニコレ珍百景」。
 
 
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  写真1枚目、烏丸車庫の18001853号。撮影後、出庫したものと思います。1853号の奥、途中の庫内に留置されている1849号を注目して下さい。前へつんのめった状態です。写真右手の電柱も傾いておりました。「これで倒れない?」。白黒No.8922526)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真2枚目、京都市電の撮影を終わりにして、これから京都駅へ戻るために安全地帯で電車を待っていた時に撮影したものと思います。写真左手に存在する烏丸車庫から前傾姿勢の18001849号が出て来ました。ボディ末端が仮台車に載せられていますので、片側の台車は宙に浮いた状態です。台車を車体にくくり付けてあるのでしょうか?。この写真は、ポストカードに焼き付けて、昔、友人に年賀状として投函したこともあります。白黒No.8923334)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真3枚目、この様なカットも撮影してありました。仮台車と言うより小さなトロッコです。分解した車両部品等を載せて、車庫内を移動するのに使用されたのでは…?。車輪径も小さい上、シャフトもスリムです。トロッコの上に車体をどの様に載せたものかが不思議です。車庫からはカーブ区間やポイントを通過して出て来たハズです。箱状トロッコも車体に対して回転しなければなりません。車体からトロッコを突き通すシャフトのような物が出ていたのでしょうか?。トロッコ上に車体を載せただけでは、トロッコが外れてしまう可能性も生じます。何れにせよ、別の車庫まで1軸駆動で走行したものと思われます。当然、お客さんを乗せない回送運転でした。白黒No.8923435)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。

京都市電、烏丸車庫前

 土佐電鉄伊野付近を撮影した前日は、京都市電沿線を歩いておりました。京都駅前から烏丸通り6km程を歩き烏丸車庫前へ到着。烏丸車庫前から市電に乗車して京都駅前へ戻るといった行程でした。
 土佐電鉄同様、この日の思い出も蘇りません。取り込んだ写真は終盤に撮影したカットのみですから、この日撮影した全てを取り込めば、何か思い出すことがあるかも知れませんが…。烏丸車庫前では、15381620の間で撮影していたようです。京都市電の乗車運賃は50円と記録してありました。コーラ1本の価格も50円。コインロッカーは100円でした。
 
 
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 写真1枚目、烏丸車庫前へ到着する5系統20002003号。5系統は、京都駅前−四条河原町新京極−洛北高校前−烏丸車庫前−千本北大路−四条大宮と走る系統。5系統ながら、この電車は烏丸車庫前止まりです。京都市電最後の新造車2000形は、6両全て烏丸車庫所属。京都市電全線廃止前の昭和521977〕年9月、全車両が廃車。内5両は伊予鉄道へ譲り渡されたと記されています。日野コンテッサ後方の交差点を写真右手方向へ向う道路が、京都駅前へ通じる烏丸通りです。安全地帯から撮影したものと思います。白黒No.8922627)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真2枚目、5系統20002003号は、ここで乗客を降ろしてしまいました。白黒No.8922728)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真3枚目、5系統18001867号も到着。2003号は5系統から臨時系統へ交換。写真奥の高野へ向うようです。白黒No.8922930)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真4枚目、臨時系統2003号高野行は、1867号の前へ割り込みますか。分岐して写真左手方向へ向うレールの先が烏丸車庫。写真後方の交差点、軌道線レールは複線でデルタ線を形成しています。写真右方向へ進んだ所にも安全地帯が存在。帰りの電車は、この写真に写らない安全地帯から乗車しました。2003号の横、アスファルトに描かれたラインは何なのでしょう。白黒No.8923031)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。
 
 
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 写真5枚目、烏丸通りを走行して来た4系統18001864号が到着。やはり写真の位置で乗客を降ろしてしまいました。4系統は、京都駅前−四条烏丸−烏丸車庫前−金閣寺前−西大路四条−西大路七条−七条烏丸−京都駅前と走る系統。これら写真を撮影した場所を別角度から撮影したカットはありません。でも、安全地帯の一部と思われる部分は写っておりました。アスファルトの白枠ライン内でもなく、安全地帯でもない場所に乗客は降ろされてしまったことになります。1864号も渡り線で折り返し?。白黒No.8923132)・昭和481973〕年730日(1600頃)撮影。

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