連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

消防車

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街で見掛けた消防車

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 今まで119番通報したのは、4回であったと思います。
 最初は、カミサンが貧血で突然意識を失い仰向けに倒れて後頭部を打った時。この時は、カミサンに付き添い救急車に同乗しています。予想外の方向へ向かいますので、「何処の病院へ向っている」と思ったものです。救急車は電車通りを目指していました。東田坂上から前畑に向って、軌道線石畳の上を走行するため、結構揺れました。以降も、必要に応じて軌道敷内を走行しております。外科病院へ搬送され、救急車は戻って行きました。診療中のカミサンを待っている時、運転免許証を入れた定期入れが無いことに気付きました。救急車の椅子に座った際、ズボンのポケットからすり抜けてしまったようです。再び119番へ電話。救急車の中に定期入れを落としてしまった旨を伝えました。しばらくすると、急患を乗せた救急車が到着。先程お世話なった救急車でした。早々に、隊員さんから定期入れを受け取っています。
 母親も突然意識を失い倒れています。奇声を発したと思った瞬間、「どーん」と音がしたため、振り返ると仕事場玄関先で頭を低くして仰向けに倒れた状態でした。コンクリートで頭を打っている可能性があるため、119番通報。カミサンも母親も、共に私の背中に向って話し掛けている時でした。「人間が倒れる時、これ程凄まじい音がする」……2度体感しています。
 スーパーへ買出しに出た帰り道。ワゴン車を運転中、猫の鳴き声が常時聞こえます。自宅へ戻っても結果は同じでした。車の下へ潜り込んでみると、子猫が乗っています。エンジンに繫がる幾本もの細い配管の間に、スッポリ収まった状態でした。引っ張り出そうと試みるのですが、「ハーッ」と威嚇して更に奥へ入ってしまいます。そこで119番へ電話。「火災ですか、救急車ですか」といった主旨を聞かれますので、「実は、………で、子猫を救出して貰えないですか?」と話を持ち掛けました。「電柱に上ってしまった猫を救助したことはありますが、車の下へ入った猫は、経験ありません」と言われました。電話途中で、母親が飛んで来て、「子猫は逃げて行った」と話しますので、「猫は自ら逃げ出したようです。お騒がせ致しました」と伝えて電話を切っています。

 写真1枚目、撮影のため、市内電車を井原電停で待っている時、救急車を従え、珍しく化学車が走り去りました。豊橋市消防本部に3台配備された内の1台。水槽容量が1.5m3。泡消火薬液槽が0.5m3で、混合方式 ポンププロポーショナーと表記されています。泡消火とは、水と泡消化薬剤を混合するようです。これは知りませんでした。プロポーショナーとは、エジェクターの様な物と勝手に解釈しています。中消防署東分署から出動した化学車です。DNo.291−13・平成21〔2009〕年8月20日(10:53)撮影。

 写真2枚目、こちらも中消防署東分署から出動した高規格救急車。市内電車の軌道敷は、緊急車両の通り道でもあります。119番通報して、救急車が到着するまでの時間。救急車に乗って病院へ搬送されるまでの時間。普段の精神状態とは異なるためか、長く感じます。1度だけの乗車体験ながら、「豊橋に路面電車が在って良かった」と思ったものです。お世話になった隊員さんの顔は、意外に覚えていないものです。DNo.291−17・平成21〔2009〕年8月20日(10:53)撮影。

 写真3枚目、豊橋市消防本部中消防署(本署)を出動した救助工作車。新川から電車通りを走行してきたものと推測しています。消防車両の右側面は、漢字右書きで表記されますが、この救助工作車は左書き。写真を眺めて初めて気付きました。DNo.291−19・平成21〔2009〕年8月20日(10:57)撮影。

 写真4枚目、緊急車両が向った先は、もぐら沢交差点付近で、交通事故のようです。2枚目写真撮影後、23分で戻って来た救急車。再び電車通りを走行して豊橋医療センターへ向ったものと思います。DNo.291−22・平成21〔2009〕年8月20日(11:15)撮影。

 写真5枚目、写真の救急車と化学車が収まっている豊橋市中消防署東分署。DNo.293−5・平成21〔2009〕年8月23日(14:29)撮影。

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 ワゴン車のエアコン修理が完了したため、調子を確認するため、新城市の書店、“愛新堂新城東店”まで1往復することにしました。国道151号線を使用することになりますが、JR飯田線の東上駅を過ぎると、以降は新城バイパスを走行します。そろそろ書店に到着する手前左側に、“新城市消防防災センター”が完成していることを初めて知りました。書店で用事を済ませた帰り道、少々、“新城市消防防災センター”を覗いてみることにしました。
 田口線廃線跡の調査に向かう際、何度も走行した道路で、当時は水田であった場所に消防署が開設されています。使用開始は、平成20〔2008〕年4月からのようです。旧新城市の街中に存在した消防署が、こちらへ移設されたものと思います。新しい消防署は、構内で出初式が可能な程広々とした敷地を保有しています。昔の新城市のイメージからすると、「何故、街外れのこの場所に、“新城市消防防災センター”など建設した?」といった印象を受けてしまいます。
 新城市消防本部は、愛知県の消防部局(消防本部)。管轄区域は新城市〔旧南設楽郡鳳来町を合併した現在の新城市〕、北設楽郡設楽町、東栄町及び豊根村の全域。設楽町、東栄町及び豊根村は新城市に常備消防事務を委託しているとあります。この新しい消防署が、現新城市以北の愛知県内全域に、睨みを効かせているようです。

 写真1枚目、この日、屋外に出ていた車両は、唯一の救助工作車。隊員さんが訓練中でした。消防車の右側面に表記される漢字は右書きです。アルファベットは、流石に左書き。知人の息子さんが、消防士の仕事に就いたと聞きましたので、「ここで訓練しているのでは…?」などと思って眺めていました。写真後方の水田には、タニシがゴソゴソしております。DNo.281−62・平成21〔2009〕年8月2日(15:41)撮影。

 写真2枚目、格納庫に収まっている、これまた唯一の梯子車。梯子を伸ばすと15m級なのでしょうか? 写真左手はポンプ車と思われます。シャッターを降ろして、搭載機器が判断出来ない、地方都市駅前商店街の様な消防車を近年見掛けるようになりました。DNo.281−66・平成21〔2009〕年8月2日(15:44)撮影。

 写真3枚目、1枚目写真のレスキュー車右側面。写真後方が新城バイパス。写真左手に少々進めば、新城東高校。田圃の畦道から撮影。DNo.281−73・平成21〔2009〕年8月2日(15:49)撮影。

 写真4枚目、格納庫に収まった主力消防車。手前側は幌付き消防車ですから、資機材搬送車と思います。その奥が大型水槽車。機会があれば、新城市の消防出初式へも出向きたいと思いました。DNo.281−18・平成21〔2009〕年8月2日(15:49)撮影。

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 豊橋消防出初式に何度も出向くキッカケは、三菱レイヨン豊橋工場が保有していた自衛消防車の存在を知ったからです。中学生の頃に購入した消防車プラモデルの実物版でした。
 豊橋の消防出初式には、日本電装、日東電工、そして、三菱レイヨンの自衛消防車がゲスト出演します。出初式に出向く主目的は、普段お目に掛かれない、これらの自衛消防車を撮影するためです。最初に探すのが、クラシックな三菱レイヨンの日産ジュニア消防車でした。
 会場での消防車パレード、先頭を務めるのは梯子車です。続いて大型ポンプ車、大型水槽車といった市の主要消防車が続きます。更に分団の消防車が延々と続き、パレード最後が自衛消防車。三菱レイヨンの自衛消防車は、毎回、最後尾を務めておりました。ある年の出初式に出向いた際、三菱レイヨン自衛消防車は、分団タイプの消防車に変わっていました。レトロな消防車は、処分してしまったと伺い、ガッカリ。以来、出初式の撮影も縁遠くなってしまいました。ひょっとしたら、何処かで保存されているかも?

 写真1枚目、今でも残してある消防車プラモデルの箱。このプラモデルは、マブチモーターで走行しました。モーターをスライドさせると、後部水槽の水が放水銃から飛び出しました。30cm程は放水しました。周辺を濡らしてしまいますので、土間や屋外で遊んだものです。DNo.275−5・平成21〔2009〕年7月24日(16:00頃)撮影。

 写真2枚目、岩田運動公園で待機する三菱レイヨンの自衛消防車。昔の消防車は、運転席に屋根が有りません。NCNo.522−16・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

 写真3枚目、自衛消防車の左側面。手回しサイレンも装備されています。小・中学校へ通っていた頃、授業の開始、終了を告げるのは、サイレンでした。校内が広い中学校では、“小使いさん”が手回しサイレンを鳴らしながら渡り廊下を歩いていたものです。しかし、サイレンの音を聞くと、戦時中の空襲警報を思い出す人物が多かった時代、後にサイレンは、チャイムに変更されました。当時の緊急車両も全てがサイレンを使用していました。川の水を取水する際、ドジョウや小魚を吸い込まないように取水ホース先端には、竹を組んだストレーナーが取り付けられています。NCNo.522−17・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

 写真4枚目、自衛消防車の右側面。昔の消防車、消防士は消防車側面ステップに立ち乗りし、握り棒をしっかり掴んで火災現場へ向ったものでした。日産ジュニア消防車には、昔の面影が随所に残っています。NCNo.522−18・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

 写真5枚目、撮影当日のハイライト、梯子車も使用した一斉放水。NCNo.522−37・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

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 豊橋市民球場で年に1度開催されるプロ野球公式戦。今年は、4月28日〔火〕午後6時より、中日ドラゴンズ−東京ヤクルトスワローズ戦でした。結果は、2:4でスワローズの勝利。今年ブレイクした中日・藤井淳志選手に話題が集中した感じです。出身地は、豊橋。市民球場北方2km程の場所で少年時代を過ごしたものと思います。私の生誕地に近い場所でもあります。藤井選手は、少年時代から豊橋市民球場を使用していたのに対して、私の少年時代は、球場が建設される以前の遥か昔、水神池より小さかった隣の池で、ザリガニを釣って遊んでいました。
 自宅から近いこともあり、プロ野球公式戦の開催日には、岩田運動公園へ出向きます。目的は、次々に到着する市内電車や、普段見掛けることの無いテレビ中継車を撮影するためです。野球観戦の人達が1万人以上運動公園に集まることも、中々お目に掛かれない光景です。
 もいだ夏蜜柑を2ヶ所へ届けるためスクーターで出動。1軒目を済ませて次へ向います。バッテリーが使用出来ないため、キックでエンジン始動。スクーターを前へ出そうとした時、手元が滑ってスクーターを横転させてしまいました。「あ痛っー」。右側バックミラーを折ってしまいました。電車通りを走行してもう1ヵ所へ向いましたが、バックミラー無しでは走行し辛いです。スクーターを購入した店まで戻り、新しいバックミラーに交換。運動公園前に到着したのは、午後5時30分過ぎ。暗くなってきたこともあり戦意喪失。市内電車をそこそこ撮影した後、市民球場の回りを1度巡って自宅へ戻りました。以降はテレビ観戦。観戦中の終盤には眠っていました。

 写真1枚目、電車通りを運動公園に向う、中京テレビの中継車。走行する中継車を撮影したのは初めてです。DNo.242−14・平成21〔2009〕年4月28日(17:31)撮影。

 写真2枚目、運動公園で待機する名鉄観光バス。手前の2台は中日選手送迎用バス。奥の2台はヤクルト選手送迎用。「市内電車を貸し切れば良かったのに…」 DNo.242−22・平成21〔2009〕年4月28日(17:52)撮影。

 写真3枚目、中消防署東分署に配備されている、シングルキャブ型〔定員3名〕大型水槽車。10m3の水タンクを背負った消防車です。3台保有する内の1台のようです。後方はCBCテレビ中継車。更に後方が、大型の東海テレビの中継車。自宅で眺めたテレビ放送は、東海テレビの中継車が飛ばした映像でした。市民球場の一塁側になります。DNo.242−23・平成21〔2009〕年4月28日(17:53)撮影。

 写真4枚目、市民球場の三塁側。遅くに到着した中京テレビ中継車は、ここにいました。試合開始直後です。場外までボールが飛んできたら拾って帰ろうと思っていました。DNo.242−35・平成21〔2009〕年4月28日(18:01)撮影。

 写真5枚目、市民球場に程近い東分署へ帰るのでしょう。試合開始直後、西日をバックに大型水槽車が運動公園を去って行きます。「何をしに来ていたのでしょう?」 DNo.242−50・平成21〔2009〕年4月28日(18:04)撮影。

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ネガカラーを物色していましたところ、平成7〔1995〕年1月8日に撮影した豊橋消防出初式の写真が出てきましたので、この時の写真一部を添付してみます。撮影場所は、市内電車終点横の岩田運動公園です。
 豊橋の消防署に、新しい屈折梯子車が配備され、消防出初式でお披露目された年であったと記憶しています。撮影から既に14年が経過していますが、この消防車、以降は撮影していません。
 小学校避難訓練の時、シュノーケル〔スノーケル〕梯子車が小学校へやって来ました。現在の高所作業車のようなブームを備えたボンネットタイプの消防車でした。シュノーケル車と呼ばれたのは、梯子車を製造したアメリカのメーカー名のようです。高校生の頃、撮影した消防出初式では、パレードの先頭を務めたのが、2段折り返しのシュノーケル梯子車でした。小学校も高校も木造2階建て校舎が健在の時代でした。
 高い場所での空中作業が可能な屈折式消防車は、シュノーケル車、屈折梯子車と呼ばれているようです。豊橋市消防本部のHPで、屈折梯子車として紹介されています。折り畳み式のブームが高い場所まで伸びるため、梯子の無い梯子車なのでしょう。

 写真1枚目、屈折梯子車の左側を撮影。3本のブームを起こした形状から、“SKYARM Σ”と表記されています。ブーム先端のバスケットには放水銃が備えられています。そのため、ブーム横には通水管も確認出来ます。ブームの動きに合わせてパイプも可動させる面白いメカニズムだと思います。転倒防止アームがセットされ、前輪が浮き上がった状態です。帰り仕度を始めた頃です。CNo.524−6・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

 写真2枚目、屈折式梯子車の右側を撮影。NCNo.524−8・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

 写真3枚目、伸ばしたブーム先端バスケットから、“祝消防出初式”の垂れ幕を下ろした状態です。この後、クス玉が割れます。豊橋南消防署に1台配備された、最大地上高 21.2mの20m級、屈折梯子車です。NCNo.522−33・平成7〔1995〕年1月8日(昼前)撮影。

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