連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

消防車

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 デジカメを使用したことで、今年は出初式パレード車両全てを撮影することが叶いました。これら車両を順番に掲載してみようと思っています。中消防署、南消防署、消防団車両、自衛消防車の順でした。
 容量の関係で、今回は中消防署配備の車両のみです。中消防署東分署、中消防署前芝出張所に配備されている消防車両の姿はありませんでした。

 写真1枚目、先頭を務めるこの車両の正式な名称は知りません。観閲用消防トラックとしておきます。DNo.473−45・以下撮影日は全て、平成23〔2011〕年1月8日(9:34)撮影。
 平成23〔2011〕年2月21日追記:ooiwakinngyo様よりご指摘を頂きました。「閲覧用消防トラックは正式には防災業務車です。中署と南署に配置されております。この車両は小学校への出前授業や訓練等で使われています。」とのことです。

 写真2枚目、2両目は、中消防署に常駐している指揮車。DNo.473−46・(9:34)撮影。

 写真3枚目、3両目、中消防署石巻出張所に配備されているタンク車なのでしょうか?。DNo.473−47・(9:34)撮影。

 写真4枚目、4両目、中消防署配備の大型水槽車。DNo.473−48・(9:34)撮影。

 写真5枚目、5両目、中消防署配備の救助工作車。豊橋鉄道市内線を撮影している時など、最も見掛ける回数が多い車両です。DNo.473−49・(9:34)撮影。

 写真6枚目、6両目、中消防署配備の46m級梯子車。DNo.473−51・(9:35)撮影。

 写真7枚目、7両目、中消防署石巻出張所に配備されている救急車。DNo.473−52・(9:35)撮影。

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 平成23〔2011〕年1月8日〔土〕、今年も写真撮り初めは豊橋消防出初式です。昨年同様、会場は市民プール駐車場〔豊橋公園内〕で、午前9時〜11時30分の間。
 少々早目に寝たことで、今年は何とか午前8時30分に起床。カメラ4台を所持して自宅をスクーターで飛び出しております。普段は寝ている時間帯。表は予想以上に冷たく、指先が出る手袋ではハンドル操作にも辛いものがありました。豊橋公園到着は9:08。既に出初式は始まっていましたが、パレードには間に合いました。分列行進する消防車両全てを撮影する目的は、デジカメ使用でやっと叶いました。主要車両はフィルムカメラでも撮影しましたが、フィルム交換の際には、指がかじかんで侭なりませんでした。
 中間をカットして、出初式開始直後と、終盤、アトラクション前後の梯子車写真を並べてみます。
 この日、豊橋鉄道渥美線三河田原駅で「なのはな号」出発式も執り行われています。「2011なのはな号」は、1日10往復で3月末まで運転と掲載されています。中日新聞ローカル紙面記事で初めて知りました。出初式の新聞記事には、毎度の消防団員さんによる伝統はしごのり演技の写真が掲載されています。

 写真1枚目、メインスタンドに向って勢揃いした主力消防車。写真手前は、ゲスト出演の三菱レイヨン自衛消防車です。DNo.473−10・以下撮影日は全て、平成23〔2011〕年1月8日(9:13)撮影。

 写真2枚目、市民プール駐車場をやや外れた場所に分団車両が集結。DNo.473−3・(9:08)撮影。

 写真3枚目、2枚目写真と背中合わせに勢揃いした分団車両と消防団員さん。DNo.473−6・(9:10)撮影。

 写真4枚目、中消防署と南消防署の消防トラックで観閲中。佐原市長さんは後方の南消防署車両荷台から観閲です。中消防署で、この車両を眺めるにつけ、消防トラックの使用目的が分かりませんでした。やっと納得。早起きはするものです。DNo.473−11・(9:14)撮影。

 写真5枚目、はしごのり演技の撮影は今回割愛。この間に野球場を一周して留置された消防車両を探します。意外にも豊橋市消防本部に配備された梯子車3両全てがやって来ました。これは嬉しい誤算です。写真奥は、南消防署配備の梯子先端が屈折する30m級梯子車。その後は、中消防署配備の46m級梯子車。更に続いて、南消防西分署配備の20m級屈折梯子車です。DNo.473−114・(10:08)撮影。

 写真6枚目、アトラクションに向け、少々前進した梯子車3両。新しい車両順で、南消防署配備30m級梯子車が先頭です。DNo.473−147・(10:45)撮影。

 写真7枚目、入場して梯子を延ばした3両。写真中央、出初式で“SKYARM Σ”と表記されたブームを延ばした20m級屈折梯子車の姿を撮影するのは、デビュー直後の平成7〔1995〕年1月8日以来です。16年ぶりになります。DNo.473−158・(11:14)撮影。

 写真8枚目、中消防署配備の46m級梯子車。最も長く梯子を延ばした状態を眺めてみたいものです。かつてのように駅前大通りを出初式会場として、丸栄デパートへ向かい目一杯梯子を延ばす。現在では実現しないであろう夢物語を描いておきましょう。DNo.473−168・(11:24)撮影。

 写真9枚目、中古購入したばかりのニコンD80で撮影。ソフトが使用し辛いため、撮影カットが増えると後始末が難儀と思い、ズームレンズの広角側を使用して30カットのみを撮影しました。結果は見ての通りです。元画像、ここまで色が抜けてしまうと、レベル補正も不可能です。新年早々、お粗末なカメラを購入してしまい愕然としております。同じレンズをニコンD100に装着すると、それなりに使用可能ですから、原因が分かりません。撮影データは、1/500秒−F/13と記録されていますが、絞りは働いていないようです。翌日、他のレンズ5本を使用して試し撮り。満足な画像ではありませんが、それなりに写っておりました。写真は左から、中消防署、南消防西分署、南消防署の順です。D80DNo.3−24・(11:30)撮影。

 写真10枚目、豊橋鉄道市内線豊橋公園前電停から撮影。中消防署へ戻る46m級梯子車が市内線レールを横切ります。DNo.473−196・(11:55)撮影。

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 豊橋市の消防団は、8方面隊・53分団(86部)が存在します。車両総数は85台となっています。

 消防団の必要性
1.災害が発生した場合「自らの地域は自ら守る。」という郷土愛護の精神に基づき 活動している。
2.啓蒙活動、予防活動、消火活動等地域の消防防災の役割を果たしている。
・消防署所から遠隔地の分団は特に貴重な存在である。
・多数の団員を必要とする大規模災害時の人海戦術には大いに活躍する。
3.地域住民からも、消防団に対して強い期待がよせられている。
4.地域活動では、行方不明者探索、祭礼、盆踊り、運動会などに自治会の要請により活躍している。

 以上は、ホームページに掲載されている内容です。車両数が85両とは知りませんでした。全ての分団消防車を撮影しようと思っても実現は不可能と思っています。
 9月26日〔日〕、火災現場へ駆け付けた分団車両を撮影した際の写真です。豊橋の分団消防車は、小型トラックに消防ポンプや必要機材を搭載した車両ばかりで、他都市に存在するポンプ車に類する車両は存在しないものと思っています。

 写真1枚目、豊橋市消防団 第二方面隊 豊分団の消防車。現在の住まいが豊校区ですから、最も馴染みのある分団消防車です。子供達が小学生の頃、豊小学校の運動会などへ出向いた折には、必ず撮影していた分団車両です。新しい車両に様変わりしていますが、火災現場に出動した豊分団車は撮影した記憶がありません。DNo.444−8・以下全て、平成22〔2010〕年9月26日の撮影。(15:33)撮影。

 写真2枚目、三ノ輪町の本興寺橋傍らの消火栓に接続された消防ポンプ。分団車両に搭載されていたポンプと勝手な想像をしています。分団車両の消防ポンプを使用する際の指揮系統が分かりません。DNo.444−9・(15:34)撮影。

 写真3枚目、第二方面隊 つつじが丘分団の消防車後部。中部ガスの緊急車両、中部電力の軽トラック、愛知県警のパトカーも待機していました。DNo.444−63・(16:00)撮影。

 写真4枚目、第二方面隊 つつじが丘分団の消防車。DNo.444−83・(16:10)撮影。

 写真5枚目、道路を横切る車両にホースが潰されぬよう、消防ホースをガードするための機材も設置されました。DNo.444−82・(16:10)撮影。

 写真6枚目、火災現場付近を移動中、第二方面隊 岩西分団の消防車。DNo.444−43・(15:50)撮影。

 写真7枚目、火災現場付近を移動中。何処の分団車両かは不明です。DNo.444−45・(15:51)撮影。

 写真8枚目、第三方面隊 向山分団の消防車。交通規制が担当のようです。DNo.444−67・(16:01)撮影。

 写真9枚目、第二方面隊 東田分団の消防車。校区外で通った小学校が東田小学校でした。DNo.444−71・(16:03)撮影。

 写真10枚目、第二方面隊 旭分団の消防車。DNo.444−79・(16:08)撮影。

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 9月26日〔日〕、近場の店まで、缶ビール買い出しのためスクーターで出向くことにしました。自宅を出ようと思った時、国道1号線方向からサイレンの音が聞こえます。走行開始直後、前方に立ち上がる煙を発見。「火災現場は近い」と思い、煙の方角へ走ってしまいました。国道1号線手前の印象でしたが、火災現場は国道1号線を越えた大池通りの南側で、予想以上に距離がありました。近場で発生した火災は、以前にも数回撮影していますが、それ程多くの消防車両が出動することはありませんでした。
 火災発生の通報を受けた消防署が、どの様に消防車両の出動要請を発令するものかは知りませんが、今回駆けつけた消防車両を眺めて、火災を起こさない事を肝に銘じた次第です。

『中消防署の受け持ちは,豊橋市の北半分(東海道本線より北)です。南半分は南消防署が消火にあたります』と表記されています。
 消防本部(総務課, 防災対策課,予防課)は豊橋市役所内。中消防署(中消防署,消防救急課)と消防指令センター(消防救急課)は豊橋市東松山町23に位置します。本署の中消防署とは別に、中消防署 東分署・中消防署 前芝出張所・中消防署 石巻出張所が存在します。南消防署は豊橋市曙町字南松原118。本署の南消防署とは別に、南消防署 西分署・南消防署 二川出張所・南消防署 大清水出張所が存在します。

 写真1枚目、平成22年9月27日の中日新聞朝刊、東三河版記事。

 写真2枚目、三ノ輪町の本興寺橋上で消火活動中の大型水槽車。写真左手は、消防本部が所管する指揮車。共に中消防署〔本署〕から出動したものと思います。DNo.444−16・以下全て、平成22〔2010〕年9月26日の撮影。(15:37)撮影。

 写真3枚目、写真右手側から、中消防署〔本署〕から出動した指揮車・大型水槽車・救助工作車。写真左手の1台は、南消防署 西分署を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕と思います。水槽の有無までは判断出来ません。DNo.444−12・(15:35)撮影。
平成22年11月12日追記:ooiwakinngyo様のご指摘により、西分署を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕と表記したのは、化学消防車だそうです。写真5枚目も同じです。

 写真4枚目、中消防署〔本署〕から出動した救助工作車。種々の装備が搭載されています。写真右手後方に煙が上がっています。DNo.444−61・(15:59)撮影。

 写真5枚目、南消防署 西分署を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕。救急車も待機しておりました。DNo.444−59・(15:58)撮影。

 写真6枚目、中消防署 東分署を出動したのは化学車でした。ポンプ吸込側ホースは消火栓に接続された状態です。DNo.444−25・(15:41)撮影。

 写真7枚目、南消防署〔本署〕を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕と思います。この車両もポンプ吸込側ホースは消火栓に接続。DNo.444−44・(15:51)撮影。

 写真8枚目、南消防署 大清水出張所を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕と思います。待機状態でした。何処のルートで大清水から駆けつけたものか気になるところです。DNo.444−36・(15:47)撮影。

 写真9枚目、南消防署 二川出張所を出動したタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕?も待機状態でした。シャッターを備えた消防車を多く目にするようになりました。DNo.444−53・(15:55)撮影。

 写真10枚目、中消防署〔本署〕を出動したと思われるタンク車〔水槽付消防ポンプ車〕?。火災発生現場に最も近い場所で消火活動中。40分以上、現場周辺をウロウロしていましたが、中々鎮火には至りませんでした。風が無かったのは、不幸中の幸いであったと思いますが、この後、雨が降り出したため退散しています。DNo.444−75・(16:04)撮影。

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 ブログなるもの、およそ興味などありませんでしたが、妹の薦めもあり開設することにしました。以来、3年目に突入。開設に当たっては、それなりの目的もあったのですが、今日に至ってあまり効果が無かったことを再認識しています。
 昼起きて仕事場へ移動。パソコンの電源を入れ、迷惑メールの削除が70件程。その後、自らのブログを立ち上げるのですが、眺められる状態までに3分程を要します。訪問者の方の内容を確認。これにも同等の時間を要します。途中で固まってしまい電源を落とすことが、日常茶飯事です。古いパソコンのため、新しい機能に付いて行けません。仕事が無いこともあり、何気なくこの様な事を繰り返していると、既に陽が傾いているような始末です。
 20年程前に購入したMS−DOSパソコン。これこそ人生で最も高価な買い物でした。このPCで目指した事は、鉄道趣味誌の記事内容を私鉄路線毎に割り振る作業でした。10年分の作業内容は、1MBのフロッピーディスクに53枚記録。後にWindows 95を入手したものの、フロッピーディスクに残したデータが、全く役に立たない事に気付きます。パソコンなる機械を信用しないと思ったのは、この時です。救いはデータ内容をプリントアウトしてあったことです。これを文字変換ソフトで文字化することは可能なのですが、終了したと思っていた作業に再度挑戦するハメになるとは思いませんでした。変換したデータはMOディスクに保存。このMOディスクも現在は市場から消えつつあります。MOが消えてしまえば、MOドライブも、やがて消滅するものと思います。結局、MOにデータを残しても、何れ用を成さないことになります。
 デジタル化した古い写真データも、その後、使用することになるデジカメデータも全てMOに保存してきました。現在、CD−R・スティック状のUSBメモリー・外付けハードディスクにバックアップ中ですが、この手間がバカになりません。
 更新してもしなくても、毎回覗いて頂いている方達には申し訳ありませんが、ブログ開設以前の生活に戻りたいというのが、現在の率直な心境です。撮影したことすら覚えていない画像内容を再確認したいものと思っています。白黒ネガフィルムを眺めながら、撮影内容を書き出し。20年分位は未処理のままで、ブログ開設以降、この作業が全く進んでいません。これはと思える写真でも出てきた時には、折を見てお見せしたいと思っております。

 高校生の時、ハーフ判カメラで撮影した豊橋消防出初式の取り込み失敗写真を添付しておきます。スキャナー購入直後に取り込んだ画像です。細かな汚れが無数発生していましたので、再トライなどといった気持ちは起こりません。

 写真1枚目、出初式でパレードする、いすゞボンネット消防車。この頃の消防車は、オープンカーに同じで、運転席に屋根がありません。消防官が迅速に現場で対応するための策だったのでしょうか?。サイレンは手回しです。後方を走行するのは、前年に配備された最新式のクラウン救急車。バンタイプの屋根の低い車内では、応急処置する機材を搭載していなかったのでは…?。見物人が沿道を埋め尽くしています。写真左手の僕は、消防車に向かって敬礼しています。No.22−43・昭和42〔1967〕年1月7日撮影。

 写真2枚目、出初式パレードの最後尾。オート三輪の分団消防車?。写真左は、マツダオート三輪の丸ハンドル車。写真右手のオート三輪は、製造メーカーが分かりません。角ハンドル車と思います。赤色灯は回転しないタイプ。「ポッ」と赤く灯るライトでした。撮影場所は、向山文化会館前道路の少々南側と思います。国道1号線瓦町交差点方向から、現在の向山アピタ方向へ向かうパレードでした。この後、大池に向かって一斉放水。No.22−44・昭和42〔1967〕年1月7日撮影。


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