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近畿日本鉄道八王子線、近鉄四日市から終点の伊勢八王子まで沿線を歩いて撮影したのは、昭和46〔1971〕年8月18日のことでした。しかし、3年後の昭和49〔1974〕年7月25日、日永−伊勢八王子間は集中豪雨のため不通となり運転休止。昭和51〔1976〕年4月1日、西日野駅移転復旧。日永−西日野間運行再開。休止中の西日野−伊勢八王子間は廃線となってしまいました。
八王子線一部区間廃線後、近鉄内部線の撮影にも1度だけ出向いています。使用していた撮影機材から鹿児島交通廃線の頃であったと思います。随分昔の話で、何処で何を撮影したものかは覚えておりません。車両は更新されていましたが、まだパステルカラーになる前の塗色時代でした。
近年に至り、近鉄内部・八王子線の廃線が取沙汰されるようになりました。結果的には、近鉄と四日市市が「公有民営」方式で存続。平成27〔2015〕年4月1日より“四日市あすなろう鉄道”として軽便電車の運行は続行されています。「廃線にならず、ヤレヤレ」。
「この際だからパステルカラーの近鉄ナロー電車を撮影しておきましょう」。決起したのは、平成27〔2015〕年3月21日。近鉄四日市へ到着したもののナロー電車の乗り場が分かりません。「何?、近鉄名古屋線の高架下!!」。フリー乗車券を購入して先頭車両に乗車。運転室越しに前方眺めながら日永まで乗車しましたが、昔沿線を歩いて撮影した当時の面影はありませんでした。南浜田信号場から旧西日野駅までのカラー画像だけはスキャナーで取り込み。時折、画像を眺めていたことが大間違いでした。
日永からは西日野へ向って現八王子線沿線を歩きました。昔、この間を撮影した画像には、水田の中を走る2連、単行電車が記録されています。「こんなに住宅が建て込んでしまった。撮影場所が無い」。43年以上昔に撮影した場所は特定出来ませんでした。唯一、「アッ、ここだ」と思った場所の画像を載せてみます。
写真1枚目、西日野〔旧駅〕〜日永間を走行するモニ211四日市行単行電車。No.52−10・昭和46〔1971〕年8月18日(11:47)撮影。
写真2枚目、1枚目写真撮影から43年半が経過した同一地点。西日野〔現駅〕〜日永間を走行するク162+サ123+モ264の3連西日野行後追いカット。稲作はやめてしまったようですが、農地形状は変わっておりませんでした。写真中央付近に存在する住宅も当時のままと思われます。7DNo.437−27・以下全て、平成27〔2015〕年3月21日撮影。(11:50)撮影。
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