連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

飯田線

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 毎月購入する月刊の鉄道趣味誌、最近の出費は1万円以上です。自宅へ持ち帰った趣味誌は購入日をノートに記録しながら、内容をパラパラと眺めて終わりです。仕事場に置けるスペースがありませんので、購入時のビニール袋へ入れたまま、母屋へ運んで横積み。これも随分増えてしまいました。最近の趣味誌で紹介される車両、知らない車両が多くなりました。遠方まで撮影に出向く機会もありませんので、趣味誌をじっくり眺める気力も起こりません。東海道新幹線700系とN700系のスタイルの違い、最近少々判別出来るようになりました。実車を撮影すると、多少意識するようです。
 知人からEH500型が豊橋を通過すると聞きました。形式を聞いても、機関車がイメージ出来ませんでした。知人と会話している内に、何となくスタイルが思い浮かびました。パラパラでも趣味誌を眺めていたお陰と思います。当地でお目に掛かることの無い機関車ですから撮影に出向いています。でも、現在は程好い撮影場所がありません。この1列車のため遠出する気持ちも起こりませんので、飯田線船町駅を選択しています。

 写真1枚目、EF65 1070に牽引されるEH500−70。この手の甲種輸送〔9863レ〕撮影は初めての経験です。鉄道ダイヤ情報No.317によれば、9月2日の11:13、東芝を出場して北府中を発車。9月3日の12:13、東海道本線豊橋通過。9月4日の16:00、北九州ターミナル到着。3日間を費やす長旅です。DNo.440−43・平成22〔2010〕年9月3日(12:14)撮影。

 写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。豊橋近辺でEH型電機を撮影するのは、EH10以来です。DNo.440−45・平成22〔2010〕年9月3日(12:14)撮影。

 写真3枚目、EH500−70を撮影して間も無く、クモハ119−5109〔M9編成〕豊川行単行が到着。船町駅で、これ程の乗客が下車したシーンを撮影したのも初めてです。DNo.440−60・平成22〔2010〕年9月3日(12:22)撮影。

 写真4枚目、コンパクトなJR飯田線船町駅舎。無人駅です。写真右手奥には、かつて貨物ヤードが存在し、C50蒸機が時々入換作業をしておりました。撮影した記憶はありません。現在はコンテナを積載した大型トラックが出入りしています。使用されることの無い貨物線レール、踏切ガードレールとの隙間にはコンクリートが注入されています。でも、警報機も遮断機も健在です。遮断機は何時まで稼動したものか?。DNo.440−70・平成22〔2010〕年9月3日(12:28)撮影。

 写真5枚目、船町駅舎には“便所”も備えられています。全国に“便所”と表記されたトイレが何箇所存在する?。制限高1.6Mと表記された高さ制限ゲート、身長172cmの私が潜っても頭をぶつけることはありません。便所側の警報機は、駅舎側警報機より随分背が高い。今では不思議満載の船町駅前風景です。平成22〔2010〕年9月3日(12:30)撮影。

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 今年も1年の半分程が経過してしまいました。
 振り返って見ると、法事で三島へ出向いた際、伊豆箱根鉄道駿豆線を撮影した以外は、豊橋鉄道を追い回したいるだけです。「モ3102が営業運転で走行しています」などと知人から電話を貰い、急遽、飛び出すこともしばしばです。「おでんしゃ」までは、例年通りでした。市内線で、ラッピングを外した「真っ赤」モ781の走行辺りから、慌しくなってしまいました。モ3203「ハーフマラソン応援電車」。軌道線レール補修工事のため、軌陸建機が夜間線路上を走行した事。モ3203「絵手紙電車」の走行。モ3102「花しょうぶ号」運転開始。JR東海の「さわやかウォーキング」に絡んで、市内線を臨時便がウジャウジャ走行した事。「ほっトラム」を使用した「ブライダルトラム」。渥美線では、「サイクルトレイン」の試験運行も実施されました。昨年と比べて、想定外の運転がテンコ盛りです。
 6月6日は、「路電の日」関連のイベントが駅前広場で開催されました。この日もスクーターで飛び出していますが、走行する市内線車両には特に変化も見られませんので、途中から飯田線船町駅へ向かっています。市内線車両には、いささか食傷気味であったためか、走行するJR車両や名鉄電車を眺め、新鮮な印象を受けました。全て、平成22〔2010〕年6月6日、船町駅プラットホーム、及び階段からの撮影です。

 写真1枚目、上り東海道本線、クモハ313−5016〔Y111編成〕他6連豊橋行です。既に行先表示は「新快速」「大垣」が表示されていますので、実態が分かりません。写真右手は通過するパノラマスーパー1117他快速特急豊橋行。DNo.403−59・(14:36)撮影。

 写真2枚目、船町駅に停車中、クモハ119−5105〔M5編成〕単行豊橋行。若い女性2人が乗車しました。DNo.403−63・(14:40)撮影。

 写真3枚目、「ポケモン」イラスト付き、名鉄2208他快速特急豊橋行が船町駅を通過。DNo.403−93・(15:05)撮影。

 写真4枚目、「ポケモン」イラスト付き、名鉄2308他特急岐阜行。写真3枚目編成の折り返しです。DNo.403−101・(15:17)撮影。

 写真5枚目、名鉄3156他急行豊橋行も船町駅を通過します。DNo.403−101・(15:18)撮影。

 写真6枚目、EF200−15牽引上り貨物列車。DNo.403−105・(15:18)撮影。

JR飯田線、小坂井駅

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 仕事用として長年使用したパソコンは、Windows95。客先から贈ってもらった高価なPCのため、廃棄処分は出来ません。この95パソコンのサブを務めたのが98パソコン。これは自ら新品を購入した物です。現在使用している周辺機器は、全て95PC対応の物ばかりです。その後、98パソコンがままならなくなりましたので、予備として購入したのが、中古Meパソコンです。現在、インターネットに接続しているのがMePCです。新しいパソコンは、どんどん先へ進むばかり。古いパソコンは忘れ去られるのみです。流石に最近は、不具合を感じるようになりました。客先からのメール文字が化けてしまい読めません。添付された図面も開けません。最大の痛手はMOが市場から消えようとしていることです。全てのデータはMOに保存しています。この先、MO、MOドライブが消滅すれば、MS−DOSパソコンの二の舞です。
 最新のパソコンを購入すれば良いのでしょうが、その場合には、ソフト、周辺機器を全て交換することになります。これは、現在の生活では不可能です。MOのデータを外付けハードディスクに移そうと思い、とりあえず1TBのHDを購入しましたが、店員さんに言われた通り、MePCでは使用出来ませんでした。知人宅へ持ち込んだところ、XPパソコンならば使用可能のため、XPパソコンの中古を探すことにしました。
 見付けたXPを購入するため、昨日、ワゴン車で出動しています。考えてみたらワゴン車を走らせるのも1ヶ月半ぶりです。埃を被って前が見えませんでした。XPパソコンは、MOドライブ付きが、25000円程で売りに出ていましたので購入してきました。一緒に、中古液晶式ディスプレーも購入。昨日はディスプレーだけを交換しました。デジカメ画像、ブラウン管タイプの以前のディスプレーと比較して、「こんなに違うかな。綺麗に見えるけれど、目が疲れる」というのが実感です。写真補正の感まで狂ってしまいました。
 JR飯田線小坂井駅周辺の写真を、中古液晶ディスプレーを眺めながら補正してみました。全て、平成21〔2009〕年8月29日〔土〕の撮影です。

 写真1枚目、小坂井到着、クモハ119−5109単行豊橋行。DNo.300−5・(14:03)撮影。

 写真2枚目、この日の撮影主目的が、この編成。旧塗装に戻された117系S11編成「佐久間レールパーク2号」豊橋行。船町駅で撮影すると、早々と「快速」から「回送」に変更されてしまいます。小坂井駅は「快速」表示で通過したものの、クハ117−25?に「佐久間レールパーク」のヘッドマークが付いていませんでした。DNo.300−40・(14:58)撮影。

 写真3枚目、3枚目写真の後追いカット。後部車クハ116−27?には「佐久間レールパーク」のヘッドマークが付いておりました。写真後方を横切っているのは名鉄本線。更にその奥が東海道本線になります。DNo.300−41・(14:59)撮影。

 写真4枚目、豊橋へ到着した「佐久間レールパーク2号」は、折り返しの「回送」として東海道本線を名古屋へ向います。走行場所は東海道本線西小坂井駅の豊橋寄りです。DNo.300−48・(15:19)撮影。

 写真5枚目、この日、小坂井ホームには高校生君?も撮影に来ていました。119系旧塗装車の通過時刻を彼から聞きましたので、再び、飯田線小坂井駅に戻っています。小坂井到着、クモハ119−5101単行豊橋行。DNo.300−61・(16:33)撮影。

 写真6枚目、小坂井到着、クハ118−5006+クモハ119−5008復活旧塗装2連E4編成豊橋行。ディスプレーの画面が大きくなった分、荒も目立ちます。DNo.300−70・(16:51)撮影。

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 昭和30〔1955〕年11月11日、国鉄飯田線の佐久間〜大嵐間は、佐久間ダム建設のため、水没する天竜川沿い線路に代わり、東寄りに新たなルートが建設され開業します。国有化以前は、幾本ものトンネルを掘削して三信鉄道が建設した区間でしたが、更に長大なトンネルを掘り直して新線区間が建設されます。
 水窪川に沿ってトンネル掘削を試みたものの、何度も崩落を繰り返すため、トンネル掘削を断念。結局、トンネルに代わって、川の中にレールを敷設するルートが選択され、名物鉄橋が誕生することになります。水窪川左岸から水窪川左岸へ渡る「第6水窪川橋梁」。通称、「渡らずの鉄橋」。「S字橋」とも表記されていますが、橋梁の形状は、S字には見えません。飯田線では有名な鉄橋です。全国的にも珍しいと思います。

 写真1枚目、水窪駅でワゴン車内で車中泊したため実現した早朝の「渡らずの鉄橋」での撮影。通過したのは、意外にも単行電車でした。M3編成クモハ119−5103単行1507M飯田行が鉄橋を渡り始めます。向市場〜城西間にて。架線柱横のケーブルが目ざわりになってしまいました。DNo.344−1−20・平成21〔2009〕年11月1日(7:17)撮影。

 写真2枚目、水窪川右岸の木の枝で羽を休めていた鳥〔猛禽類の鳶?、鷲?〕は、私の姿に警戒したためか、「渡らずの鉄橋」の通信線へ移動してしまいました。DNo.344−1−23・平成21〔2009〕年11月1日(7:24)撮影。

 写真3枚目、1枚目写真の電車と水窪駅で列車交換した、E10編成クモハ119−7他2連豊橋行。ガタンガタンと大音響を響かせながら「渡らずの鉄橋」を通過します。橋梁の塗料が剥がれ、所々錆びが浮いた状態です。DNo.344−1−25・平成21〔2009〕年11月1日(7:27)撮影。

 写真4枚目、3枚目写真の後追いカット。2枚目写真で「モウキン君」と表記した鳥は、通信線上に留まったままです。電車が通過する際には飛び去るものと思っていました。写真クハのベンチレーターの上、赤い瓦屋根の写真左手に、電車を背にした「モウキン君」の姿が確認出来ます。「雄雌は分かりませんが、コイツ電車が好きかも?」。DNo.344−1−27・平成21〔2009〕年11月1日(7:27)撮影。

 写真5枚目、昔撮影した「渡らずの鉄橋」。水窪川に架設された道路橋からの撮影です。165系4連急行「伊那」後追いカット。白黒No.1145−(14)・昭和49〔1974〕年8月10日(13:31)撮影。

 写真6枚目、山の斜面から見下ろした「渡らずの鉄橋」。旧型国電4連が通過します。現在は間伐されていないためか、木々の枝葉が伸び放題で、同様の撮影は不可能と思われます。白黒No.1145−(15)・昭和49〔1974〕年8月10日(13:31)撮影。

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 「佐久間レールパーク」の最終日には多くの臨時列車が運転されますので、前日、自宅をワゴン車で出発して水窪駅まで走行してしまった事は、既に記述したとおりです。当初は、平岡駅まで回送される「佐久間レールパークフィナーレ1号」を“渡らず鉄橋”で撮影した後、中部天竜以南へ移動してキハ75形を撮影することを考えておりました。水窪までの道路は久しく走行していないため、道路状況を確認することも目的の1つでした。中部天竜へ到着したのは、17:47。既に完全な日没となっており、食料を調達しようにも店が有りません。必然的に水窪まで走らざるを得ませんでした。中部天竜から水窪までの道路に変化は感じませんでしたが、走行距離は、「こんなに長かったかなー?」
 水窪の商店街を走行していると、赤提灯がぶら下がる“さかいや食堂”さんを見付けました。狭い旧街道脇にワゴン車を留め置き、18:50頃入店。奥のテーブルでは、二人の男性が酒を呑みつつ会話しています。奥さんが出て来て、「もう、ご飯物は出来ません。ラーメン位なら出来ますが、ご飯物なら近くに別の食堂が有りますよ」と言われましたので、ラーメンを注文しています。車で水窪駅へ向ったことが無いため、水窪駅への行き方を奥さんに伺いました。「見慣れぬ顔のオッサンが、今頃、水窪駅へ何をしに行く」と思われたのでしょう。呑んでいた男性に理由を聞かれました。「明日で閉園の佐久間レールパークへ向う臨時列車の撮影に来て、寝場所を探しています」と答えておきました。店を出た時、別の男性が“さかいや食堂”さんに入店します。
 19:29、車で水窪駅前に到着。「水窪駅は、この様な場所であった!!」。水窪駅は山の中腹にプラットホームが存在します。車でスロープを上がると水窪駅舎で行き止まり。狭い駅前広場には、月極駐車場スペースと屋根付きの駐輪場が存在するのみです。唯一、新聞販売の建物がありますが、人の気配は感じられません。駅前広場から西方を眺めると、眼下は水窪川の流れ。緑色のイルミネーションで飾られた吊り橋が見下ろせます。以前、トロッコファミリー号に乗車して「佐久間レールパーク」を訪ねています。その際、普通電車を乗り継ぎ、水窪駅まで足を延ばしました。息子の同級生であった仲間あゆみちゃんも誘いました。「子供達とあゆみちゃんが、この吊り橋を走る光景を眺めたのは、10年程昔になるのかなー?」などと思いつつ吊り橋を見入っておりました。秋葉街道に沿って水窪の小さな町並みが続きます。町並みと水窪駅の間は水窪川で隔てられている形です。暗くなった水窪駅前にいても、何もすることがありませんので、昔、あゆみちゃんを連れて入った〔確か〕喫茶店を探しに再びワゴン車を走らせました。川沿いの道路と、旧街道を一回りしましたが、当時の喫茶店らしき建物は見付かりませんでした。
 再び水窪駅前へ戻ります。この日は日本シリーズの初戦日で、ラジオでも聞いて時間を潰そうと考えましたが、ラジオの音声は途切れ途切れにしか聞こえません。水窪駅前広場に唯一駐車中の軽乗用車後部にワゴン車を留め置き、まだ赤提灯が灯っていた“さかいや食堂”さんまで歩いて向います。駅前から吊り橋を渡るためには、2段折り返しの長い石段を下ります。「こんなに恐い石段であった」。21時近く、再び“さかいや食堂”さんへ入店。奥さんの坂本たかさんは、奥の間で休んでいるそうです。「生ビールを呑みたくて再度来たのですが…」と3人の男性客の1人に声を掛けました。男性は、突如厨房へ入り生ビールを出してくれました。「何だ、店の方だったのですか」の問いに「そうそう」。「何かツマミもお願いします」と注文。蒲鉾とチーズのスライスを用意してくれました。暫らくして、坂本たかさんが出て来ました。「隣で呑んでいる緑色の瓶は何ですか?」と質問すると焼酎だそうです。「同じ物を下さい」と更に注文。結局、閉店時間を過ぎた23:25まで4人の会話に交じる形で時間を潰すことが叶いました。店の方と思った35歳の男性は、水窪青年会会長さんだそうです。「勝手知ったる人の店」といった印象で、焼きそばも自ら厨房へ入って料理していました。ドサクサに紛れて、隣のテーブルの焼酎を呑んでしまった感じです。いくら代金を払えば良いものかが分かりませんので、「これだけ置いて帰ります」と坂本たかさんへ。「そんなにいりません」と言われ、飲食代金支払い完了。少々、焼酎は呑み過ぎ。ワゴン車へ戻ると簡単に眠りに付けました。
 平成21〔2009〕年12月9日、夜7時のNHKニュースを眺めた後、メーテレ〔テレビ朝日系列〕の“ナニコレ珍百景”に切り替えました。この番組で、「綱引きで決定する県境」が紹介されました。長野と静岡の県境、兵越〔ひょうこし〕峠で開催された第23回の綱引き戦の様子です。3本勝負で2勝した方が勝ち。今年はストレート負けで、静岡側が破れています。信州軍〔12勝〕が遠州軍〔11勝〕を破って、信州軍県境が遠州軍側へ1m移動という結果です。MV珍に選ばれました。この映像の中に“さかえや食堂”で生ビールを出してくれた水窪青年会会長さんが字幕入りで少々登場します。見事にはぐらかされた山本功さんのようです。〔平成22年1月4日追記:天竜商工会青年部と表記されていました〕

 写真1枚目、食料調達がままならず、やっと見付けた“さかえや食堂”さん。DNo.333−38・平成21〔2009〕年10月31日(19:18)撮影。

 写真2枚目、夜のJR飯田線水窪駅舎。夜間は駅員さん不在のようです。写真撮影10分後に特急「ワイドビュー伊那路3号」飯田行が到着。カップル1組が乗車しました。DNo.333−39・平成21〔2009〕年10月31日(19:36)撮影。

 写真3枚目、ワゴン車車内で目覚めたのは、5:50頃。新聞販売店の隣建物内で、女性3人が新聞配達の準備作業中でした。1番電車が発車する前の時間に新聞が届いたようです。「ここに新聞販売店があるということは、昔は電車で新聞を運んでいたのであろう」と思いながら作業光景を眺めておりました。その後、水窪駅北方へ移動して撮影したのが、この写真です。早朝、水窪駅を発車する下り1番電車です。6:19、中部天竜始発の1503M駒ケ根行。予想外のクモハ119−5105?単行でした。大嵐〜水窪間の水窪川に架設された橋梁を渡っています。写真奥に水窪森林鉄道の鉄橋が確認出来ます。仕事に向う父親の車に便乗して以来ですから、40年以上ぶりに眺めたことになります。DNo.334−1−8・平成21〔2009〕年11月1日(6:37)撮影。

 写真4枚目、悲願達成。水窪森林鉄道の鉄橋を間近で撮影。更に奥地の遠山森林鉄道は写真集として纏められていますが、水窪森林鉄道は趣味誌でも紹介されることは有りません。国土地理院の古い地図を入手して当時の路線を調べてみたいと思っている森林鉄道です。DNo.334−1−18・平成21〔2009〕年11月1日(6:51)撮影。

 写真5枚目、水窪森林鉄道の鉄橋跡を対岸へ渡り撮影。幅が狭く、欄干が低いため、渡るのに恐怖を覚えました。DNo.356−2−76・平成21〔2009〕年12月24日(15:07)撮影。

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