連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

四国の私鉄

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 1年ぶりに土佐電気鉄道の画像を貼り付けてみます。1年前は北山電停の位置が特定出来ませんでした。昨今はストリートビューを確認しておりますので、何とか北山電停位置は確認出来ました。終点伊野をスタートして高知駅を目指して歩く。これまでに紹介した画像で北山電停付近まで辿り着きました。今回は、もう少々朝倉側へ移動しています。
 
 撮影から既に40年以上が経過。しかも1度歩いただけの路線ですから、どの場所で撮影したものかシビアーな記憶は残っておりません。ストリートビューは助かります。伊野線は、もう一度歩いてみたい路線でしたが、現在の生活状況では、とても出向くことは無理です。ストリートビューで現状を眺めて諦めましょう。
 
 
 
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 写真1枚目、撮影メモによれば、北山−学校前間にて撮影。伊野へ向かう600608号いの行。白黒No.8951517)・昭和481973〕年731日(825)撮影。
 
 
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 画像2枚目、ストリートビューの1シーンを拝借。1枚目写真を撮影した場所は、この辺りになると思います。広角気味に撮影されていますので、後方の山が遠い感じです。
 
 
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 写真3枚目、1枚目写真の後追いカット。写真右手、2階建てのお宅、現在も当時の姿を留めていると判断しました。白黒No.8951618)・昭和481973〕年731日(825)撮影。
 
 
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 画像4枚目、同じくストリートビューの1シーンを拝借。3枚目写真を撮影した場所は、この辺りなのでしょう。画像中央奥、石垣横に北山電停が存在します。
 土佐電気鉄道の伊野から国鉄高知駅を目指して歩いたのですが、何処で日没を迎えたものかは覚えておりません。取り敢えずスキャンした白黒フィルムは国鉄土讃線を潜る手前までです。この先、朝倉駅前を過ぎ、鏡川は越えています。更に、その先となると別のフィルムを取り込まないと確認出来ません。
 
 土佐電鉄に関しまして、伊野からスタートした後の我がブログ、今回は北山電停です。正直申しまして、撮影した画像の中で何処が北山電停なのか判断出来ません。北山電停付近から朝倉駅前方向に向かう幹線道路、北側は伊野線の道路端単線専用軌道。南側は国鉄土讃線の単線レールが暫く続きます。道路両側に私鉄と国鉄レールが敷設された区間、「他の都市にあったかなー?」。広島電鉄の鉄道線は山陽本線と平行していますが、土佐電鉄とは異質だと思います。
 
 
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 写真1枚目、伊野を発車した600614号知寄町行。この場所では、道路端単線併用軌道から専用軌道に変わっておりました。白黒No.8951315)・昭和481973〕年731日(820)撮影。
 
 
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 写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。マピオン地図を開いて現在の北山電停位置を確認。写真の614号が更に30m程走った場所が北山電停位置では?。50km/h速度制限と横断歩道在りの2標識を掲げた架線柱に電停名が表示されているものと判断しました。白黒No.89514(16)・昭和481973〕年731日(8:20)撮影。
 
 
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 写真3枚目、ここまでの3カットは同じ場所に立って撮影。国鉄土讃線を走るキハ587連?の急行「あしずり」。実際は、このカットを撮影した後、12枚目写真を撮影しております。白黒No.8951214)・昭和481973〕年731日(817)撮影。
 福島交通軌道線、花巻電鉄軌道線、名古屋鉄道美濃町線、道路端の単線併用軌道が好みであったのですが、これらの路線は全てが全線廃止と化してしまいました。現存する同様の路線は、土佐電鉄の一部区間にしか存在しません。土佐電鉄は1度訪ねただけですから、「もう一度沿線を歩いてみたい」とは思っていたのですが、現在の生活状況では、とても無理です。「昔撮影した画像を眺めて諦めましょう」。
 
平成27〔2015〕年8月5日訂正:電停名称を土電鳴谷と表示してしまいましたが、鳴谷の間違いでした。
 
 
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 写真1枚目、先行の600612号知寄町行を追って伊野駅前電停を発車した続行618号知寄町行後追いカット。2枚目カットは先行612号が走行する辺りで撮影したようです。白黒No.895911)・昭和481973〕年731日(753)撮影。
 
 
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 写真2枚目、鳴谷〜伊野駅前間を走行する600614号伊野行。白黒No.8951012)・昭和481973〕年731日(803)撮影。
 
 
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 写真3枚目、1枚目写真の後追いカット。この次に撮影したカットは道路端の専用軌道へと変わっておりました。白黒No.8951113)・昭和481973〕年731日(803)撮影。
 1年以上が経過してしまいましたが、土佐電気鉄道の伊野電停で撮影した写真の続編です。
 
 以前紹介した画像はミノルタのフィルムスキャナーで取り込んでいます。最近はEPSON GT−X970を使用。エプソンスキャナーでの取り込み、使い勝手は少々分かるようになりました。フィルムスキャナーは傷やカビをはっきり認識してくれますが、エプソンスキャナーで取り込んだ画像、所々、「これは??」と思える箇所が発生します。円形や楕円形で、画像一部が抜けてしまう感じなのです。一度、「ホコリ除去」にレ印を入れてスキャンしたところ車両番号の小さな文字は、「ホコリ」と認識されたようで、表示されませんでした。
 
 土佐電鉄伊野線を撮影した当日、伊野から高知駅前を目指して歩いていますが、41年前のこと故、途中で雨に降られたことなどは、しっかり忘れておりました。改めて眺めると、一部の白黒フィルムは定着不備。後日、定着液に再度浸せば解消するものと思います。現像途中、勘違いして現像タンクの蓋を開けてしまい白黒フィルム2本を駄目にしてしまったのも、この日の撮影フィルムでした。
 
 
 
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 写真1枚目、伊野電停、伊野待合所前に停車中の600616+6172連知寄町行。写真左手、分岐側線先の車庫を覗きに行っている間に発車したものと思います。白黒No.8932931)・昭和481973〕年731日(730頃)撮影。
 
 
 
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 写真2枚目、1枚目写真はミノルタフィルムスキャナーで取り込み。2枚目以降のカットはエプソンスキャナーで取り込んでおります。伊野到着間近の600618号。方向幕は既に知寄町に変更。白黒No.895113)・昭和481973〕年731日(745頃?)撮影。
 
 
 
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 写真3枚目、伊野電停の600618号と612号。612号は、唯一伊野車庫に留置されていた車両です。出庫シーンは撮影してありませんでした。フィルム交換している間に出て来たのかも?。車庫と電停間の僅かな単線区間を走行するシーンが記録出来なかったことは悔やまれます。612号、正面中央には続行表示板を掲げています。車号表記位置が微妙に異なっています。白黒No.89546)・昭和481973〕年731日(745頃?)撮影。
 
 
 
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 写真4枚目、伊野駅前電停側へ移動して撮影した伊野電停の600618号と612号。車両の高さも微妙に異なっているのでしょうか?。帯の位置も違います。白黒No.89568)・昭和481973〕年731日(745頃?)撮影。
 
 
 
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 写真5枚目、伊野駅前電停の600612号知寄町行。後方は、伊野電停発車直後の続行618号知寄町行。伊野〜伊野駅前間の距離は230m。写真左手後方には伊野待合所の建物が確認出来ます。白黒No.89579)・昭和481973〕年731日(753)撮影。
 平成252013〕年526日に放映された“中京テレビ 遠くへ行きたい「清流・仁淀川と天界の山里」旅人:ベンガル”の録画映像を最近になって眺めました。番組のスタートは、JR土讃線の単行気動車走行シーンでした。車内のベンガルさんの話では、高知駅から乗車して伊野駅で下車します。ベンガルさんが降り立った伊野駅ホームの映像、以前、ブログで紹介した伊野駅発車のキハ58 96を撮影した方向と同じでした。駅構内、周辺景観共々、それ程雰囲気が変っていませんでしたので、「アッ!!」と思ったものです。土佐電鉄の伊野電停から西方へ500mも歩けば、清流・仁淀川の堤防道路です。全く知りませんでした。現在であれば、仁淀川に架設されたJR土讃線の橋梁も眺めたいものです。
 
 土佐電気鉄道伊野線が、はりまや橋〜伊野間であることも知りませんでした。単線区間のみが伊野線と思い込んでおりましたので…。
 レタッチ作業が終了した伊野電停付近の別白黒画像を紹介します。今回は側線にスポットを当ててみます。
 
 
イメージ 1
 写真1枚目、伊野電停、伊野待合所前に停車中の600616+6172連知寄町行。側線は写真左手方向に分岐します。白黒No.8932426)・昭和481973〕年731日(720頃)撮影。
 
 
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 写真2枚目、伊野電停から分岐する側線を本線越しに撮影。この様な風景が私の好みなのです。「線路の先に何があるのだろー?」と思うと、心ワクワクします。可能であれば、この側線を走る車両を撮影したかった。白黒No.8933436)・昭和481973〕年731日(720頃)撮影。
 
 
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 写真3枚目、側線横から撮影した600616+6172連知寄町行。白黒No.8933133)・昭和481973〕年731日(720頃)撮影。
 
 
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 写真4枚目、伊野電停側線の末端は、この様な感じでした。写真後方、山の斜面、法面防護壁と思われる物は、国鉄伊野駅前から眺められた物に同じと思います。昭和44年のピクトリアル誌223号によれば、ここは「伊野車庫」と表記されています。車庫と言えば、車両の保守・点検を行う庫が存在するものという固定観念がありますので、車庫と言うより車両留置線と言った印象です。画像を取り込んで、「1番線から4番線までが存在。これ程、広かったー!?」。撮影当時のことは覚えておりません。構内広さの割りには、600612号がポツリ1両。「ラッシュ時で、他の車両は出払ってしまったのでしょうか?」。仙台市電の長町車庫へ続く出入庫線は、ソコソコの距離がありました。それに比較すれば、土佐電鉄は短距離です。この様な線路形態を何と呼べばよいのか判断出来ませんので、取り合えず側線と表記しておきます。白黒No.8933234)・昭和481973〕年731日(720頃)撮影。

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