撮影した写真や、記録したミニノートを開いても、当時の状況が何も蘇りません。高松駅4番線を0:59に発車する急行「うわじま」最後部車両「青いさんご礁」に乗車し、国鉄土讃線伊野駅下車。
撮影目的地は、土佐電鉄伊野線であった事は確かのようです。四国内を走る夜行急行は、長時間寝られる列車ではありませんでした。高松から「青いさんご礁」に乗車して伊野到着までの間、何時間寝ることが出来た?。伊野で下車したものの、まだ撮影可能な時間帯ではなかったため、戻る形で、伊野発5:55の列車で高知へ向ったものと思います。
高知駅に到着すると300円の釜飯で腹ごしらえ。駅のトイレ借用。トイレで男性に声を掛けられましたが、その気はありませんのでお断りしています。この事こそが、消えることの無い高知唯一の記憶なのです。当然、フィルム、着替え等詰め込んだリュックサックを背負っていたものと思いますが、荷物を預けた記録も残っていません。しかも、夕刻には高知駅前で女性2人組と合流することになっていました。当時のアルバイト先、SONY姉御肌の怖いおネーちゃん2人連れでした。この日の夜は宿屋〔2100円也〕で1泊して、翌日は彼女達と桂浜へ出向いています。2方共々、お元気であれば、今頃はイケズ婆さんをやっているものと想像しております。
高知駅前で6:40頃撮影した土佐電鉄の2車両写真は、前回お見せしたとおりです。その続編です。高知発6:54の国鉄土讃線列車で再び伊野駅へ向いました。
写真1枚目、歩道橋上から撮影した土佐電鉄高知駅前電停乗車場の200形208号。白黒No.893−15(17)・昭和48〔1973〕年7月31日(6:41)撮影。
写真2枚目、1枚目写真撮影場所で、体を90度左回転させると、この光景。当時の高知駅舎です。松山へ向う国鉄バスが存在したようですが、国鉄バスが写っていないのは残念。白黒No.893−16(18)・昭和48〔1973〕年7月31日(6:41)撮影。
写真3枚目、ヘッドマークがありませんので、普通列車と思います。下車した国鉄伊野駅ホームで撮影。キハ58 96とだけ記録してありました。白黒No.893−17(19)・昭和48〔1973〕年7月31日(7:15)撮影。
写真4枚目、国鉄土讃線伊野駅舎。「この駅舎で時間潰すのは、辛かったのかなー?」。白黒No.893−19(21)・昭和48〔1973〕年7月31日(7:18頃?)撮影。
写真5枚目、国鉄土讃線伊野駅舎を背にして撮影した土佐電鉄600形617+616の2連伊野行。土佐電気鉄道路線の多くは土讃線南側に敷設されていますが、伊野線途中区間で土讃線がオーバークロス。終点伊野は土讃線北側に位置します。写真の2連電車は伊野駅前電停付近を走行中。写真左方向へ少々走れば終点の伊野です。白黒No.893−18(20)・昭和48〔1973〕年7月31日(7:18頃?)撮影。
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