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6年ぶりに熊本電鉄の画像を掲載します。熊本電鉄を訪ねたのは2回だけです。何れも菊池までレールが続いていた時代でした。初回の訪問時には菊池を訪ねておりません。2度目の訪問で初めて菊池まで電車に乗車しています。しかし、昭和61〔1986〕年2月15日を限りに御代志〜菊池間は廃線。結局、菊池を訪ねたのは1度だけということになってしまいました。
撮影しただけでプリントしなかったのは熊本電鉄も同じです。何とか全線をスキャナーで取り込んで、記録した写真で路線概要を再確認したいのですが、時間を要するスキャンとレタッチ作業途中で飽きがきて心変わり。別路線の画像を取り込むことに。暫くすると画像を納めたMO〔現在も使用中〕の行方が分からなくなってしまいます。MOを物色していて「あー、そうだ。今回のブログ写真は、これを使おう」。結果、6年ぶりの熊本電鉄。
初めて熊本電鉄を訪ねたのは、昭和45〔1970〕年8月16〜17日。真夏の炎天下を歩くので汗だくです。食料品店を見付ける毎にサイダーを購入して飲んでおりました。北熊本駅前の売店自販機で飲料水を購入しようとコインを投入したものの商品が出てきません。入店して、その旨伝えたところ、店のご主人曰く。「本当に金を入れたのか?」。熊本電鉄での忘れられない思い出です。「あのクソオヤジ」。
水俣駅に近い小さな店で掻き氷をすすりました。応対してくれたのは若い女性でした。当時、私は二十歳。女性は歳の近いお姉さんであったと思います。更に、もう一杯、氷を追加注文したと思います。東京から鉄道の撮影に来たことを話すと、何に感動したのか、氷代金を受け取りませんでした。あの女性、「美人であったー!!」。そんな印象が残っております。当時の九州では、まだ100円札がメインで出回っており驚きました。
取り合えず、思い出した事を少々書き残しておきましょう。
写真1枚目、上熊本駅から貨車2両を牽引して北熊本駅に到着するモハ71。白黒No.213−2(2)・以下全て、昭和45〔1970〕年8月17日(12:23)撮影。
写真2枚目、北熊本駅に到着するモハ301菊池行後追いカット。モハ71〔+FC2両は写真左端に停車中〕より少々遅れて藤崎宮前からのモハ301が到着。白黒No.213−3(3)・12:23撮影。
モハ301は元小田急デハ1100形。デハ1100形は、1926年から1927年にかけて日本車輌製造で18両製造。後に全車両が他社に売却されているそうです。熊本電気鉄道には、1959年7月に4両が譲渡されモハ301形〔モハ301−304〕を命名。その内、モハ301は1981年12月に廃車されるものの、小田急電鉄が買い戻し、開業当時の仕様に復元の上保存。小田急に戻った元熊本電鉄モハ301は眺めておりませんが…。
写真3枚目、北熊本駅に停車中の車両。写真左手がモハ71。中央はモハ301菊池行。駅舎側ホームに停車しているのは、貨車を牽引してきたモハ101藤崎宮前行。白黒No.213−4(4)・12:23撮影。
写真4枚目、貨車を切り離して北熊本駅を発車するモハ101藤崎宮前行。白黒No.213−5(5)・12:25撮影。
P誌、私鉄車両めぐりより−モハ101形〔モハ101−103〕は2軸車両を置き換える名目で新製した車両とあります。当初はM101、Tc201・202と付番。後にTc2両に電装。車歴表では、1944年9月、日立笠戸工場での竣工のようです。
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