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ジャンボフェニックスさんのブログを拝見していたところ、宇野線大元駅付近の踏切の話がコメントで話題になっていました。線路3本を横切る踏切のようで、警手が遮断機を操作していたそうです。現在、大元駅は高架化され、昔の踏切を懐かしんでいるといった印象です。ひょっとしたら、この踏切を撮影してあるのではと思い立ち、白黒フィルムを久々に眺める結果となりました。踏切が写っているカットが1枚だけありましたので、この写真を載せてみようと思います。国鉄車両を撮影した写真に踏切は写っていませんでした。
岡山臨港鉄道を初めて訪ね、大元駅から岡南〔こうなん〕元町駅までの6.6km区間をキハ5002に乗車。車庫の車両を撮影した後、沿線を歩いて大元駅まで戻ったものと思います。当時のことなど、すっかり忘れています。白黒ネガを眺め、沿線に田畑しか無かった当時の路線を再確認しました。
写真1枚目、国鉄宇野線大元駅の脇に存在した岡山臨港鉄道の大元駅ホーム。旧型国電普通電車から下車直後の撮影と思います。停車中の車両は、元江若〔こうじゃく〕鉄道より譲り受けたキハ5002。撮影時期から考えて、岡山臨港鉄道での活躍開始間も無い頃になります。廃線間近の江若鉄道を撮影したカットに、以前の姿が撮影してあるかも?。
ウィキペディアによれば、キハ5001、5002に関して、1970年に購入した元江若鉄道キニ12、キニ13。1937年に日本車両で製造された機械式ガソリンカーで、いわゆる「びわこ」スタイルと呼ばれる当時の日車製私鉄向け流線型気動車の代表的な車両として知られた。戦後ディーゼル動車に改造され、1969年の江若鉄道廃止後、キニ12がキハ5001、キニ13がキハ5002として入線した。キハ5001は江若時代の1960年に大鉄工業で前面窓をHゴム固定化するなどの大規模な更新工事が行われて独特の外観となっており、「宇宙人顔」などと形容された。旅客列車の削減でキハ5002は1980年に廃車された。キハ5001は臨港鉄道廃止まで使用されたあと、岡山市祇園の岡山旭川荘厚生専門学院の敷地内で保存されていたが、解体され現存しない。
白黒No.126−1・昭和45〔1970〕年3月19日(10:15)撮影。
写真2枚目、このカットに写る踏切が、懐かしの踏切では?。小型のロッド式2軸L型ディーゼル機関車102号が、貨車の入れ換え作業中です。2軸DLも、2軸タンク貨車も小ぶりです。
ウィキペディアによれば、101−103に関して、101は開業時に汽車製造で新製した20トンの2軸凸形の機械式ディーゼル機関車。102は1953年汽車製造新製の増備車でTC2形トルコン付きの液体式。運転台が岡山港寄りのL形に変わった。103は1957年の汽車製造新製の増備車で、102と同型だがジャック軸が廃止されロッドがない。102が岡山臨港本社で保存されている。
白黒No.129−18・昭和45〔1970〕年3月19日(16:40)撮影。
写真3枚目、大元駅を発車するキハ5002。この日、走行していた気動車は、キハ5002だけでした。6×6版2眼レフで、稲叢〔いなむら〕を入れてキハ5002を横撮りした白黒写真は、暗室で焼き付けてあります。流線型ながら、長いディーゼルカーと思ったものでした。白黒No.129−19・昭和45〔1970〕年3月19日(16:50頃?)撮影。
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