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新緑のゴールデンウイーク、この季節は撮影に絶好の時期と思っています。学生時代、ゴールデンウイークに出向くのは北陸地方。理由は、北陸周遊券の有効期間が1週間であったからです。東京から北陸地方を目指す途中に撮影したのが、新潟県を走った頸城〔くびき〕鉄道でした。はっきりした記憶は残っていませんが、訪ねたのは、昭和46年〔1971〕年4月29日。頸城鉄道の全線廃止は、昭和46〔1971〕年5月2日となっていますので、全廃直前のことになります。
元々は、新黒井〔国鉄黒井駅に接続〕〜浦川原間15.0kmの軽便鉄道であったのですが、新黒井〜百間町間5.4kmと、飯室〜浦川原間の3.7kmが、昭和43〔1968〕年10月1日に廃線になっています。それ故、訪ねた時は途中区間のみの運転でした。Wikipediaに寄れば、「部分廃止によって国鉄線との連絡がなくなった後、時刻表には路線図・時刻・運賃が一切掲載されなくなった。それから廃止までの約2年半の間は、事実上“幻の鉄道”と化していた」と記されています。今になって「なるほど」と思った次第です。
国鉄黒井駅で下車。頸城鉄道の新黒井駅舎は残っていましたが、既に廃線後の事。最初に撮影したのは、駅構内跡地一角に残っていた2軸客車廃車体等でした。それ以降は、廃線跡を歩きます。水田地帯に続く廃線跡を歩いていると、だんだん不安な気持ちになりました。「残された区間、既に廃線になってしまったのでは? 半信半疑でした」
廃線跡を5.4km歩いて百間町に到着。「良かった、運転されている!」 百間町に到着すると、車庫の外に留置されているDCや除雪車を撮影。その後、百間町〜飯室間5.9kmを1往復歩きました。走行していたのは、唯一の気動車ホジ3のみ。結局、ホジ3に乗車すること無く見納めとなってしまった頸城鉄道です。僅かばかりの集落沿いに続いていたレール沿線風景は、この地方独特のものでした。後に北越急行ほくほく線が、頸城鉄道近辺に建設されることなど想像も出来なかった時代です。
写真1枚目、花ヶ崎駅に到着するホジ3。レール脇を流れる小川には、小魚が多く生息している様な雰囲気です。白黒No.412−10・昭和46〔1971〕年4月29日(16:20)撮影。
写真2枚目、花ヶ崎駅のホジ3。側面片側に乗務員扉と客室扉が1箇所づつ設けられた木造ディーゼルカーで、トラス棒が備えられています。先月購入の鉄道ファン誌572号に、元編集長氏による記事と写真が掲載されています。旧百間町車庫の外に並べられた保存車両を懐かしく眺めました。白黒No.412−11・昭和46〔1971〕年4月29日(16:20)撮影。
写真3枚目、鵜之木〜明治村間を走行するホジ3。白黒No.412−14・昭和46〔1971〕年4月29日(17:20)撮影。
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