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京都市電伏見線、神戸市電が廃線になってしまうこともあり、昭和45〔1970〕年3月は、山陽路の撮影を目指しておりました。国鉄呉線の蒸機列車も撮影目的の1つでした。道中途中で立ち寄ったのが岡山電気軌道の路面電車です。
岡山には下宿している同級生がいたため、彼の下宿へ泊めて貰うのが目的で岡山へ降り立っています。岡山城をバックに彼と記念撮影したカットも残っております。しかし、彼の下宿先が何処に存在したかまでは覚えておりません。岡山電軌を最初に写したカットは上之町電停に立って撮影しておりましたので、泊めて貰った下宿は上之町電停から程近い場所であったと思います。
昭和41〔1966〕年10月まで、岡山電軌は単車ばかりで運転されていたそうです。その後、廃線となった元秋田市電・元呉市電・元東武鉄道日光軌道線のボギー車が増備されることになります。初めて岡山電軌を撮影した時、運行車両の主体は既にボギー車の時代へと移っておりました。それでもラッシュ時には単車が出庫して何とか単車の活躍も撮影が叶いました。車掌さん乗務車両とワンマンカーが混在する時代で、しかも数少なくなった単車も在籍した時代を撮影出来たことは、今になって思えばラッキーでした。同級生の存在あればこそです。今回はピクトリアル誌223号参照させて貰います。
写真1枚目、上之町〔現:城下〕電停安全地帯より撮影。2両在籍した2500形2501号。元呉市電700形。2501は大阪車両工業でワンマン化改造された車両で窓枠もアルミサッシに変更され新車同様の雰囲気を保持していた車両のようです。ワンマンカーには窓下に15cm幅の紺色帯が巻かれておりました。車掌さん乗務で走っていた2502〔後日〕とは見栄えが異なります。白黒No.119−31(33)・以下全て、昭和45〔1970〕年3月17日撮影。12:31撮影。
写真2枚目、上之町電停より撮影。1両のみの2600形2601号。元呉市電701の台車に608の車体を載せたもの。白黒No.119−32(34)・12:34撮影。
写真3枚目、上之町電停より撮影。元東武鉄道日光軌道線100形を譲り受けた3000形3002号〔旧105号〕。日光軌道線時代の100形は10両が在籍。10両全てが岡山電軌へ譲渡されております。中学校修学旅行の時、観光バスの窓から半身乗り出して撮影した東武日光軌道線の車両1カットは、103号と109号の列車交換シーンでした。第3次導入車であった101、103、109は3008、3009、3010となったようです。白黒No.119−33(35)・12:34撮影。
写真4枚目、上之町電停より撮影。元東武鉄道日光軌道線の3000形3004号〔旧107号〕。白黒No.119−35(36B)・12:35撮影。
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