連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

豊川放水路周辺にて

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 今年10月に発売された鉄道ジャーナル誌530号〔2010年10月号〕に、“歴史的橋梁を訪ねて 46 JR東海道本線・飯田線 豊川放水路橋梁 豊橋−西小坂井”が紹介されています。
 昔から見慣れた橋梁ですので特に気にもしていませんでしたが、下路平行弦ワーレントラス桁とポニートラス桁の中間的な構造と表記されています。確かに、一味異なるトラス橋梁です。ポニートラス構造も採用されていた点には気付きませんでした。
 「豊川放水路は、豊川〔とよがわ〕の洪水対策で開削された人工河川で、昭和40〔1965〕年完成。豊川放水路橋梁は、放水路完成前に着工され、昭和38〔1963〕年には完成したようである。東海道新幹線は、放水路完成前年の昭和39〔1964〕に開通」とも記されています。鉄道橋梁が先に完成し、その後、豊川放水路に水が流れた事は知りませんでした。高校生の頃から鉄道写真の撮影を開始。豊川放水路近辺へも出向いていますが、当時は、豊川放水路完成直後であった事を再認識した次第です。
 東京での生活を繰り返し、帰省すると時々出向いたのが、豊川放水路近辺です。豊川放水路橋梁の南方築堤へ上り、線路端に立っていますと東海道本線・飯田線・名古屋鉄道の車両が撮影可能でした。種々の車両が通過しますので、撮影には打って付けの場所でした。東海道本線では、豊橋〜西小坂井間。飯田線ですと、下地〜小坂井間。名鉄では、豊橋〜伊奈間になります。豊川放水路北方の平井信号所で、飯田線と名鉄が分岐しますので、撮影場所を正確に記録しようとすると、いささか面倒です。そこで撮影済ネガケースには、“豊川放水路南方”と記載してあります。昔、撮影したコマ数は随分残っています。今になって見返すと、全てが懐かしいです。近年は撮影し辛くなり、列車も高速化。築堤へ上がろうものならば、線路内に不法進入者ありで通報されかねませんので、撮影に出向くこともなくなりました。

 写真1枚目、豊橋へ向かう国鉄飯田線のスカ色旧型国電4連。豊橋側はクハ68と記録したカットと思います。築堤東海道下り線脇に立っていて、飯田線や名鉄車両の豊橋行を確認すると、3本の線路を横切って築堤反対側へ移動。そこで撮影したのが、この写真です。撮影を終えると、再び線路3本を横切って所定の場所へ戻ったものでした。保線の方々がマツダのオート三輪で駆け付けています。撮影していて怒られることもありませんでした。これまた良き時代でした。No.409−18・昭和47〔1972〕年3月14日(13:45)撮影。

 写真2枚目、豊川放水路橋梁南方で撮影する場合には、この辺りに立っていました。列車の両側を撮影するためです。通過するのは、国鉄飯田線クモハ52004〔流電広窓車〕+○+○+クモハ42008の4連下り列車。当然列車後方も狙います。クモハ42008側は、取り込んだものの未処理のため、後日機会があればお見せ致します。No.409−28・昭和47〔1972〕年3月14日(14:29)撮影。

豊川放水路近辺、その2

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 たまに出向いて、しばらく立っていれば種々の列車が撮影出来た豊川放水路近辺です。撮影した写真の多くは現像したのみで終了。久々に眺めると、「こんな列車、在ったなー!!」と感慨に耽っています。全てが、西小坂井〜豊橋間です。

 写真1枚目、車運貨車ク5000形を牽引して東海道本線を上って行くEF65 118牽引貨物。No.409−20・昭和47〔1972〕3月14日(14:00頃)撮影。

 写真2枚目、マンモス電機EH10のトップナンバー機が牽引する上り貨物列車。EH10初期タイプは、パンタグラフが2車体連結面側に搭載されていたのが特徴でした。No.409−32・昭和47〔1972〕年3月14日(14:53)撮影。

 写真3枚目、先頭車両〔クハ153−78と思う〕のみが新快速カラーの153系編成下り電車。探せば何処かにカラー写真も収まっているものと思います。白黒No.1761−(19〜20)・昭和55〔1980〕年7月31日(14:57)撮影。

豊川放水路近辺

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 若い頃、豊橋へ戻って来るとよく出向いたのが、豊川放水路の鉄道橋梁近辺です。この辺りに立っていますと、東海道本線・飯田線・名鉄車両が、次から次へとやって来ました。撮影を開始した頃は、東海道新幹線が開業して、東海道在来線からは電車特急が消滅してしまった時期です。それでも、客車急行や電車急行は健在でした。飯田線はと言えば、旧型国電ばかりで、貨物列車も健在でした。名鉄電車は、来るのも来るのもパノラマカー。たまにやって来る旧型車両に期待をしていました。
 近年は、車両も単調で、撮影し辛くなったこともあり、全くのご無沙汰です。

 写真1枚目、EF65 501号機牽引、20系上り寝台特急“さくら”。画像を取り込んでみたところ、何かおかしい? 当時、チョコレート色から変わりつつあった機関車の塗り分です。この写真を友人に見せたところ、白帯の入った寝台特急専用塗装で出場予定のところが、何かの手違いで、この塗色で出場してしまったようです。「当時の趣味誌に記事が出ていた」と言われましたので、調べてみましたが、記事を見つけることは出来ませんでした。“貴重な写真”だそうです。ハーフ判カメラで撮影した代物です。No.15−38・昭和41〔1966〕8月2日撮影。

 写真2枚目、国鉄飯田線の旧型国電で、最もカラフルであったのが、この編成です。豊川稲荷初詣臨です。クモハ52002〔流電〕を先頭に6連で豊川へ初詣客を運びます。最後部は、クモハ51027大糸色。湘南色・スカ色・チョコレート色に混じった大糸色車は、異彩を放っていました。No.151−20・昭和45〔1970〕年1月1日(14:29)撮影。

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