連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

私事の記録として

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 平成292017〕年621日〔水〕、豊橋市民病院へ入院。平成292017〕年623日〔金〕、手術執刀日。平成292017〕年629日〔木〕、退院。
 
 平成292017〕年621日〔水〕、1011、ショートステー10日間、施設のお世話になる母親を見送り。自宅をスクーターで出発したのは1155。市民病院到着は1256でした。所要時間は約1時間、走行距離は13km程。普段であれば所要時間は20分、走行距離は7.2kmなのですが…。4人部屋565号室へ。PET−CT検査の結果は小腸以外に怪しい箇所はないと聞き、ひとまずはヤレヤレでした。入院初日。
 
 平成292017〕年622日〔木〕。入院2日目。ナースさんがヘソの掃除をしてくれました。腹にメスを入れる際、雑菌が混入するのを防ぐためだそうです。手術前日ということで1440シャワーを浴びています。1453、手術に立ち会ってくれる友人が様子見に来てくれました。
 
 平成292017〕年623日〔金〕。入院3日目で手術執刀日。1100頃、4人部屋565号室から555号個室へ移動。1235頃、友人弟夫妻が見舞いに来てくれました。これは想定外です。1245、続いて、手術時に立ち会ってくれる友人も到着。手術予定時刻は、少々前倒しで1350からだそうです。手術室へ移動すると、点滴チューブを差し替えて全身麻酔薬が注入されました。3分位で意識はなくなりました。
 
手術に費やした時間は2時間程。1640、手術室から555号室へ戻る際には麻酔も覚め、メスの入った腹がメチャ痛い。仰向けに寝ているだけで体を動かすことが出来ません。しかも酸素マスクが苦しい。時々外して大きく深呼吸。独房に入れられ体を鎖で固定されたような感じでした。555号個室は音が皆無で気が狂いそう。テレビを付けて音を出して貰い、時々ナースさんを呼んで会話することで気を紛らわしておりました。
 
 平成292017〕年624日〔土〕。入院4日目。1000頃、苦しかった酸素マスクが外されました。小腸のために歩行訓練するようにと言われましたが、腹筋が痛くてベッドから起き上がれません。1430、この日も友人が様子見に来てくれました。申し訳ない。
 
 平成292017〕年625日〔日〕。入院5日目。702、テレビで緊急地震速報。寝ていたベッドが少々揺れました。1030頃、ナースさんと歩行訓練。腹筋の痛みが少々和らいだこともあり、何とか起き上がり歩くことは出来ましたが、楽ではありません。
 
 平成292017〕年626日〔月〕。入院6日目。肺癌摘出手術以降、異常に高かった白血球の値は8000位に下がったものの、ヘモグロビンの値が低いため輸血されることに。937、三久自動車へ電話。車検のタイムリミットを確認。713日までだそうで、入院中に車検済ませて貰うことを依頼しております。留守宅、ワゴン車キーの所在場所を伝えたことで、我が車は、この日の内に三久自動車へ移動しております。
 
 平成292017〕年627日〔火〕。入院7日目。気掛かりなのが支払う医療費。概算をはじいて貰った結果、621629の間で28万円位だそうです。肺癌時より安くて良かったー!!。555号個室から4人部屋562号室へ移動。555号個室とは異なり、人の会話が聞こえるので気持ちが安らぎます。
 
 平成292017〕年628日〔水〕。入院8日目。痛み止めの点滴終了。痛み止めは薬に変わりました。
 
 平成292017〕年629日〔木〕。入院9日目で退院の日。最高血圧が94だそうです。届いた会計明細は263740円。市民病院内のローソンで買出し済ませ、駐輪場のスクーターへ向かうのですが、荷物が重く、しんどい。途中で2回小休止。市民病院駐輪場1213発。自宅到着は1251。雨が降らなくて良かったー。9日間の入院は長いです。自宅にワゴン車はありません。餌をどっさり容器に入れておいたので、猫も元気でした。腹に残る傷は、ヘソ中心上下縦方向で14cmです。
 
 
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 写真1枚目。平成292017〕年621日〔水〕、入院のため市民病院向かう際、豊橋には避難勧告が出されておりました。7DNo.658219・以下全て、平成292017〕年621日(1100)撮影。
 
 イメージ 2
 写真2枚目。自宅出発時の玄関前。土砂降りです。NV1No.007488・(1139)撮影。
 
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 写真3枚目。荷物は濡れないようビニール袋でしっかりくるみました。NV1No.007490・(1152)撮影。
 
 イメージ 4
 写真4枚目。絹田ガード下が冠水でもしてようものならば、市民病院へ辿り着くことが出来ません。城海津跨線橋で鉄道線をオーバークロス。以降は未知の道路を走行したこともあり道に迷ってしまいました。風も強く土砂降りの雨でメガネが濡れてしまい周りが良く見えません。NV1No.007494・(1215)撮影。
 
 イメージ 5
 写真5枚目。一旦、スーパー駐車場へスクーターを入れ小休止。奥さんに市民病院位置を確認したところ、随分外れた場所を走っていたようです。「こんなの有り?」と思いスクーターを止めて撮影した用水路。後方に見えるのが豊橋市民病院です。自宅とは真反対の位置に辿り着きました。NV1No.007502・(1249)撮影。
 
 イメージ 6
 写真6枚目。5枚目写真に対して90度曲がる用水路。NV1No.007501・(1249)撮影。
 
 イメージ 7
 写真7枚目。用水路沿いの道路を市民病院へ向かいます。NV1No.007503・(1251)撮影。
 
 イメージ 8
 写真8枚目。市民病院565号室に到着した時は、全身びしょ濡れで寒い。防水加工劣化でレインウェアは役立たず。スクーターハンドルを握っていた指の先端は感覚がありませんでした。着替え済ませた後はナースさんが持ってきてくれたドライヤーで、濡れてしまった札やミニノートを乾かすことに。7DNo.658220・(1619)撮影。
 平成292017〕年529日〔月〕から62日〔金〕の5日間、豊橋市民病院検査入院でした。この時のことを書き残しておきましょう。
 
 平成292017〕年529日〔月〕。入院するためには、お袋をショートステーへ送り出さなければなりません。迎えに来るのは、前例にならえば10001100頃です。ところが、この日は、クラ・ヴィブ同様の900に迎えが来てしまいました。全くの想定外です。持たせる荷物は準備万端でしたが、あたふたと何も食べさせることなく送り出す結果となってしまいました。向かい宅の奥さん2人が表で会話中でしたので、1週間程、自宅が留守になることを伝えておきました。次は猫の餌やりです。百均で購入した大きめの容器に餌と水をドサッ。1202、スクーターで出動。EOS7Dを首からぶら下げ電車通りへ向かい、やって来る市内線電車を少々撮影しながら豊橋市民病院を目指します。肩甲骨骨折で2ヶ月以上、スクーターにも乗れませんでしたので久々のロングランです。転倒し苦い経験をした恐怖心から道路端をトロトロ走りました。
市民病院到着は1233。手続きを済ませ西病棟661号室へ。西661号室は個室C(税込み1080円/1日)だそうです。「個室使用申込書」を書かされるハメに。病院側の手違いで、このような結果に。一般病室(6人部屋・4人部屋共無料)に空きが出た時には部屋を代わることになるそうです。1310頃、入ってきた看護師さんによる採血。その後は、121室で心電図測定。更に10室でレントゲン撮影。スリッパとコップを所持していませんので市民病院内の“ローソン”で買出し。1540頃、看護師さんによる血圧測定。1759、夕食届く。2010頃、消化器内科の先生が挨拶に。CT検査と小腸(ゾンデ法)検査の画像を眺めた結果、小腸腫瘍の治療方法としては3つのケースが考えられると話します。
 
 平成292017〕年530日〔火〕。バルーン小腸内視鏡検査当日です。予約の案内票では検査予定時刻は1330。検査のため、前日夜9時以降は食事不可。お茶等は検査日の朝9時まで摂ることが出来るそうです。801、消化器内科の先生が様子見に来てくれました。942、看護師さんが入ってきて「別の部屋が空きました」だそうです。「今日は検査日だから、この部屋に居させて下さい」と返答。1027、看護師さんによる体温・血圧測定。1047、点滴開始。12時間の点滴だそうです。2200に次の12時間点滴に交換すると言われました。検査前のため、朝食も昼食も出ません。検査時の着衣に着替えて下さいと言われたのは、1635でした。飲まず食わずで不安な検査(全身麻酔と聞いていました)を待つ時間の長いこと。1725、車椅子に乗せられ121室の検査室へ移動。
検査室のベッドに仰向けで寝かされると、ゼリー状の麻酔剤を5分間口に含み吐き出し。次は点滴チューブを使用して痛み止め薬剤が注入されました。注入の瞬間、体が熱くなりました。薬が体内に回った頃合を見てマウスピースをくわえることに。意識がなくなることはありませんでした。胃カメラより太いとは聞いていましたが、先端がライトで光った小腸内視鏡(黒いケーブル直径1cm位)の太さは胃カメラに同じといった感じです。痛み止めが効いているためか、小腸内視鏡を挿入されても胃カメラ程の苦痛はありませんでした。組織は取ったと消化器内科の先生が話します。残念だったのは、モニターで小腸内部の様子が見られなかったことです。1815、検査終了。
12時間点滴に戻され、ベッドを乗せ替えられると、そのまま西661号室に戻されました。これで、今回の入院主目的は終了しました。「腹減ったー!!」。晩飯が届いたのは2018
 
 平成292017〕年531日〔水〕。眠っている間に、新たな12時間点滴に交換されたようです。822、朝食届く。直後、消化器内科の先生が結果報告に。爪の先程の小腸組織を4つ取ったそうです。小腸腫瘍は腹を開いて摘出することになるそうです。920、別の6人部屋が空いたと看護師さん。「面倒だから退院まで、ここに居る」と返答しておきました。1017、体温・血圧測定。12092度目の12時間点滴が終了。左腕から、やっと点滴針が抜かれました。1217、昼食届く。1811、夕食届く。
 
 平成292017〕年61日〔木〕。入院4日目の本日は雨。757頃、消化器内科の先生がみえました。外科へ紹介状を回したそうです。事前に必要なことは済ませておくと話します。813、朝食届く。956、体温・血圧測定。1030221室へ生理機能検査に行くようにと案内票が届きました。104914室での呼吸機能検査終了。110016室で心臓超音波検査終了。1213、昼食届く。1530、看護師さんから消化器外科へ行くように言われました。
1538、一般外科3診へ。カラフルなバルーン小腸内視鏡画像を見せて貰いました。画像を眺めた時の印象です。『オレンジ色の赤土層をシールドマシーンで円形にくり貫いたのが、正常な小腸断面とすれば、一部区間に黒ずんだ粘土層が存在し、外からの土圧で内側へと膨らんでいる』。素人目でも「黒い箇所は切除しなければならないであろう」と思った程です。小腸の周囲グルリ全てが腫瘍だそうで、小腸表面から肉へ食い込んでいる箇所もあり「ステージ3」と言われました。小腸の問題箇所をどのように切除するかを一般外科先生の作図で説明がありました。結果、621日〔水〕入院。623日〔金〕、手術予定日。順調であっても退院は630日〔金〕だそうです。10日の入院は長いです。1809、夕食届く。
 
 平成292017〕年62日〔金〕。802、消化器内科の先生が病室へみえました。今回の予定は全て終了したそうです。812、朝食届く。950、看護師さんによる体温・血圧測定。1115、看護師さんから「退院は今日でもよい」と言われました。1400頃には退院出来そうです。1145、男性から請求書〔63930円〕受け取り。1210、昼食届く。1230、「消化器内科の先生が、もう一度来ます」と看護師さん。着替えを済ませ退院の準備は整いました。ところが、消化器内科の先生、カメラ検査が入ってしまったようで、中々来てくれません。止む無く、1307、先に医療費の支払いへ。結果的に、消化器内科の先生がみえたのは、1550頃でした。1602、やっと市民病院を出ることに…。
スクーターで自宅へ戻るのですが、風が強く、ハンドルを取られスクーターごと飛ばされそうです。配達を止めてあった新聞を受け取り自宅へ戻ったのは1655でした。自宅までの所要時間は車の倍以上掛かってしまいました。どっさり入れた餌のお陰か、普段通りの猫の姿がありました。
 
 平成292017〕年68日〔木〕。長いお付き合いの友人に同伴をお願いして、再び豊橋市民病院へ手術前の診察に出向きました。肺の多形癌摘出手術を受けた、平成282016〕年68日〔水〕から、丁度1年目の日でした。昨年の平成282016〕年325日〔金〕、光生会病院でPET CT検査の結果、肺と小腸辺りが赤く表示されてしまいました。小腸腫瘍は、既にこの時存在したと思います。その後の平成282016〕年47日〔木〕、カプセルCT検査では小腸異常なしと診断が下っております。昨年、今年の消化器内科検査、全て異常なしから一転、肺の多形癌同様、稀な小腸腫瘍の摘出手術を受けることになるとは…。凹みます。何かをしようという気持ちが起こりません。
 
 無い訳ではないが、小腸の腫瘍は非常に稀だそうで、治療方法が確立されていないとも言われました。後は、平成292017〕年623日〔金〕、一般外科、若い先生の手術が無事終了することを望むばかりです。
 
 
 イメージ 1
 写真1枚目、今年を別にして小腸の検査と言えば、昨年のカプセルCT検査だけであったと思います。画像は昨年の小腸検査の際、我が身を巡ってきた“カプセル内視鏡”。小さなカプセルながら無線カメラを組み込んだスグレ物です。7DNo.549280・平成282016〕年44日(619)撮影。
 
 イメージ 2
 写真2枚目、排便と一緒に出てきた“カプセル内視鏡”は、まだチカチカ光っておりました。使用後の“カプセル内視鏡”は指定の袋に入れて市民病院へ返却しております。再使用あり?。7DNo.549277・平成282016〕年44日(618)撮影。
 
 イメージ 3
 写真3枚目、市民病院で“カプセル内視鏡”のデータを受け取るレコーダーが体に装着されました。この後、“カプセル内視鏡”を飲み込んだのですが、1時間程は市民病院から出られません。“カプセル内視鏡”が小腸に到達したことが確認されると、レコーダー装着したまま帰宅が許されました。画像は自宅鏡に写したレコーダーです。夕方には、再び市民病院へ出向きレコーダーは外して貰いました。7DNo.548263・平成282016〕年47日(1409)撮影。
 平成292017〕年32日〔木〕、スクーターで向山クリニックへリハビリに向かう途中、転倒してしまいました。保険会社へ状況を説明しなければなりませんので、細かく当時のことを書き込みたいところなのですが、メガネを壊してしまったこともありPCディスプレーが良く見えません。
 
 黒に近いこげ茶色の軽乗用車の後を走っておりました。「アッ、危ない!!」と思う瞬間はありませんでした。30km/h位で走行していたと思います。前見て走行していて、次の瞬間には、道路アスファルト面に頬を付けていた感じでした。目の前に壊れて割れたメガネが散乱しておりました。何とか上半身を起こし、路上に座った状態。左肩は激痛で腕を動かすことも出来ません。右手だけでは左足に覆い被さっているスクーターも起こせません。通りすがり3名の方の力を借りて、何とか立ち上がれた次第です。
 
 運良く、この日、自宅にやって来た息子の運転で、再び向山クリニックへ向かい診察。左肩の肩甲骨骨折。顔面左側は数箇所の擦り傷。左足膝も擦りむいて出血。左足ふくらはぎにはスクーターの荷台金属丸棒〔φ8mm位?〕が刺さってしまいました。傷口がパックリ開いて肉が外へ飛び出していたと息子。メガネを壊してしまったので、私は傷口の状況は、はっきり見えませんでした。兎に角、11針縫うことに。
 
 左腕を少々動かすだけで、上半身に痛みが電気のように走ります。車の運転など、とても出来る状態ではありません。仰向けの状態から立ち上がるだけでも難儀しています。唯一の救いは、お袋がデイサービス・ショートステーで31日から6日の間、自宅に居ないことです。6日〔月〕までに、痛みが和らいでくれると助かるのですが…。
 昨年末、喉が痛いのは風邪を引いたと思っておりました。正月開けには喋れなくなってしまいました。平成2916日〔金〕、医院が開くのを待って5年ぶりにスクーターで耳鼻咽喉科へ出向きました。診察の結果、「これは酷い。腫れが酷くなると呼吸困難になり喉に管を通すことにも成りかねないので、救急車で直ぐに市民病院へ行って下さい」と言われてしまいました。
 
 耳鼻咽喉科院長先生の紹介状作成の間、一旦自宅へ戻り、紹介状を改めて受け取ると、妹に車で市民病院まで送って貰い、何の準備も出来ないまま即入院。正月休みと連休の関係で病院が開いていないこともあり、止む無く入院を選択しました。新年早々、ロクなことはありません。
 
 入院3日目の診察で、腫れは少々治まったようで、何とか外出許可を頂き、片付けと必需品を揃えるために自宅へ戻ってまいりました。この後、再び市民病院へ帰ります。喉の腫れが治まれば、110日〔火〕には退院出来そうなのですが、定かではありません。ブログに頂いたコメントは確認しているのですが、返信コメントの余裕がありませんので、今暫くはゴメンナサイ。お袋の件、猫の件もあり、留守になっている自宅のことが気掛かりで、入院していても落着きません。
 平成282016〕年67日〔火〕、豊橋市民病院へ午前入院。平成282016〕年68日〔水〕、午前9時から手術開始。右の肺13を摘出した結果、肺癌との診断が下ってしまいました。この先5年間、豊橋市民病院へ通うことになるそうです。癌細胞は出ないであろうと高を括っておりましたので予想外の結末でした。
 
 「癌の疑いある腫瘍を取ってしまえば、スッキリする」。呼吸器内科先生の言い分です。「手術は寝ている間に終わってしまう。何度も検査受ける方が辛い」。掛かり付け女医さんに言われました。腹を固めて手術してスッキリしようと思っていましたが、現実は甘くはなかった。体にメスが入れば、それなりの結果が付きまとうことを思い知らされた感じです。
 
 認知症の母親を初めてショートステーさせるため、67日〔火〕、妹は母親をデーサービスへ送って行くとの事。「お兄ちゃん、市民病院へはタクシーで行って」と言われておりました。荷物抱えて市内電車・路線バスを乗り継いで市民病院へ向かう腹積もりでおりました。
 66日〔月〕、先日に続いて息子がやって来ました。明日は市民病院まで送ってくれるそうです。ヤレヤレ、助かりました。息子と“ナザレ”へ食事に出向いたのは1612。麺の量が多いため、生ビールは1杯で断念。郵便局の不在通知は何時届いた?。差出人を眺めてもピンときません。「ひょっとしたら台湾の冊子かも?」。再配達を依頼しようと思ったのですが、音声ガイダンスの声が聞き取れません。代わって息子がトライ。結果、台湾冊子は1936に届きました。ブログへコメント頂いた当初は半信半疑。「表紙として使用したいのであれば、このカットでしょう。お好きにどーぞ」と思い、色補正して印刷相当データを私の一存できおり氏にメールしております。予想以上に早く冊子は出版になったようです。きおり氏よりメールを頂いたのですが、市民病院での手術間近の頃で、返信メールを作成する気力も起こりません。台湾冊子を受け取ったのは、市民病院入院前日の夜。「私の写真もインターナショナルになってしまいましたかー!!」。台湾冊子を眺めながら息子と一緒に酒を呑んでおりましたが、少々呑み過ぎてしまいました。
 
 67日〔火〕、息子に送って貰い市民病院へは958到着。酒が抜けない状態で315号室へ入院。息子は昼、市民病院を後にしております。買い損なった入院中の必需品を市民病院内“ローソン”で買出し。出された食事で昼食。午後になると、女性看護師さんや担当の呼吸器外科先生等が説明・検査・挨拶に来てくれました。「左の肺に人口呼吸器を挿入すると喋れない。座った状態で背中を丸くして全身麻酔の注射針を差し込む」。この様な説明も聞いています。15231540の間は、シャワーを浴びることに。執刀する外科医師先生の話では、腫瘍部分のみ摘出するのは難しいので、右の肺の中間ブロック7cm位を取ることになるそうです。手術後は、入院病棟が変更になるので、手術当日は持参した荷物全てを家族が持ち帰って下さいと言われました。デジカメ・ミニノート・筆記用具・小銭・携帯電話は所持していたかったのですが、聞き入れて貰えませんでした。「コインロッカーでも備えてあれば良いのに…」。隣ベッドの男性、荷物が戻ってこないので歯磨きも出来ないと話していました。
 
 68日〔水〕、寝たのか寝ないのか分からない内に手術当日。手術は家族同伴が必須項目のようです。一人身に同じですから身内の付き添いなど考えもしませんでしたが、ここは止む無く妹に頼むしかありません。手術前に簡易再検査を済ませ薬2種を服用。衣類は全て市民病院が用意したものに着替えております。妹は何とか831に到着。荷物全てを妹に預け、900いよいよ手術室へ。天井ライトの数の多さに驚きました。部屋の雰囲気が異なっている分、少々緊張します。全身麻酔の注射針は、910頃右腕に差し込まれました。1分後には意識ありませんでした。
 手術に費やした時間は、900から1400までの5時間程であったようです。手術室から集中治療室(ICU)に移動しておりました。意識が戻ったのは1600頃。全身が金縛りにあったような感じ。体が苦しいので、膝・肘を動かそうと試みたのですが全く動きません。手術後、最もキツイ一時であったと思っております。酸素マスクをあてがわれていましたが、人口呼吸器の挿入はありませんでした。2時間毎の検査で寝たり起きたりの繰り返し。朦朧としながらも時間経過の長いこと。
 
 69日〔木〕、集中治療室(ICU)から320号室へ移動。意識ははっきりしてきましたが、背中が痛く長い1日でした。執刀された呼吸器外科先生が、交互に病室へ入って来ます。摘出した肺の中に癌細胞が見付かったと聞かされたのは、この日でした。体の随所にはチューブが接続された状態。気が付けば紙オムツを着用しておりました。気持ちが悪く、お茶1杯飲んでも直ぐに戻してしまいます。1830頃、妹が荷物を届けてくれました。デジカメで妹に背中の撮影依頼。これで手術後の体の状況が分かりました。摘出された肺は、ポピュラーなアンパン1つ程の大きさで、赤黒い色。固体を成さずダラダラの状態であったようです。反面、腫瘍は、しっかりした固体で、ややクリームかかった白色だったそうです。現物を見せられた妹の話から推測すると、このような事であったと思います。
 
 610日〔金〕、左腕に刺してあった痛み止めの点滴針が抜かれました。尿管も抜かれました。残るチューブは、体の廃液をドレーンする太いチューブのみ。320号病棟から313号病棟へ移動。以降、トイレへはチューブが接続された機械を転がして出向かなければなりません。
 
 611日〔土〕、午前、車椅子に乗せられレントゲン撮影へ。947、背中に繋がっていた太い透明チューブが抜かれました。これで少々楽になりました。月曜日の退院が決定。
 
 612日〔日〕、この日も救急外来でレントゲン撮影。自ら歩いて向かっております。若い呼吸器外科先生の話。「今回の手術で、癌と疑われる箇所は全て取りました。これから5年間、様子を見ます。もう1度体を開くことはありません」。この日、肋間神経痛なる言葉を聞かされました。「胸の痛みが治まるのは、1年先か5年先になるかは分からない」。13401400でシャワー浴びる。
 
 613日〔月〕、いよいよ退院当日に。呼吸器外科先生が、様子を見ながら挨拶に来てくれました。940、女性看護師2名が入って来て退院案内書を受け取り。ウソー!!。入院・手術費用の請求金額は、492290円也。2?万円〜3?万円位と想像しておりましたので、いささかびっくり。妹とは1010に会っていますが、持参した現金では、医療費の全額が支払えません。妹は市民病院を出て金策に向かいました。妹と一緒に市民病院を出たのは1045。自宅へ戻ったのは1123でした。門を開け、1週間ぶりに我が家へ踏み込んだ瞬間、市民病院の女性から電話。「薬渡すのを忘れました。来れませんか?」。「勘弁してよ」。「来週、どうせ検査だから、その時に受け取ります」と返答。1週間ぶりにデイサービスから戻った母親とも再会。母親曰く。「何か変わった事はなかったか。お前は誰だ」。私が入院・手術で1週間自宅を留守にしたことは、母親の頭には毛頭なし。
 
 東京大田区の糀谷で生活していた30歳代の頃、突然、胸が痛み出し呼吸も苦しい。「何だ、この痛みは?。このまま死んでしまうかも」。横川病院で診察受けた結果は、「肋間神経痛だ」。さらりと言われました。豊橋へ戻ってからも1度体験しています。自然に痛みが治まるのを待つしかありません。
 肋間神経痛(ろっかんしんけいつう)とは、ろっ骨に沿って走る神経が何らかの原因で痛む症状のこと。その原因は不明なものが多い。あくまで症状であり、病名ではない。
 
 市民病院を退院して1週間が経過しました。「胸が痛い。背中も腰も痛い」。動くとズキズキ痛みます。布団の上で仰向けに寝ていると少々楽なので、動いた後は、暫し休息の繰り返しです。最初は右の肺部分にプラスティックの箱が入っているような感覚と思っていましたが、最近は一寸違う。手術の際、ろっ骨の神経を刺激してしまったための肋間神経痛と思っております。右胸の肋骨(ろっこつ)が鉄板のような感じです。肋骨の痛みが治まらない限り、暫くは我慢の日々の連続と思っております。
 
 621日〔火〕、退院後としては初めて市民病院へ出向きました。ワゴン車のハンドル操作する時は肋骨が痛みます。採血・レントゲン撮影を済ませると呼吸器外科先生より説明がありました。私の癌は、発生率0.1%の“多形癌”だそうです。タチの悪い癌で再発すると余命5年。珍しい癌であるため治療実績がないと言われました。抗癌剤が良いのか、放射線治療が良いものか、先生自身が判断を迷うやっかいな癌のようです。「随時、様子を見ながら考えましょう」ということのようです。摘出された肺の画像も見せて貰いました。色合い形状から石焼芋といった感じでした。今後の検査結果は、“多形癌”の市民病院データとして記録されてゆくものと思います。我が身が実験体でも構いませんが、私本人は、これからも憂鬱な日々が延々と続くことになりそうです。
 
 
 
イメージ 1
 写真1枚目、台湾 新経典文化出版社発刊の「遇見老東京」。メールした画像はカバーとして印刷されております。内容は中国語で綴られておりますので理解出来ません。手術で気持ちがフラフラしていた時、微妙なタイミングで届いた冊子でした。この先、肺癌摘出手術=「遇見老東京」とセットで記憶に残ると思います。7DNo.57025・平成282016〕年66日(1958)撮影。
 
 
イメージ 2
 写真2枚目、息子運転のワゴン車が、いよいよ豊橋市民病院に到着。7DNo.57141・平成282016〕年67日(949)撮影。
 
 
イメージ 3
 写真3枚目、320号室。手術翌日の我が背中。このようにメスを入れ、右の肺中間部が摘出されました。医師の技量には恐れ入ります。7DNo.57318・平成282016〕年69日(1809)撮影。
 
 
イメージ 4
 写真4枚目、320号室。体に接続されていた別のチューブも撮影。7DNo.57424・平成282016〕年610日(910)撮影。
 
 
イメージ 5
 写真5枚目、313号室。豊橋市民病院退院の日。NHK連続テレビ小説“とと姉ちゃん”スタート直後のワンシーン。大井川鐵道、笹間渡の鉄橋。ロケでは、蒸気機関車ではなく、電気機関車が3両の旧型客車を牽引しておりました。ドラマとしては、昭和14年?。東海道本線大阪へ向かう下り列車。7DNo.57767・平成282016〕年613日(800)撮影。

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