連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

私事の記録として

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 恥を承知で私事を書き残しておきます。
 
 平成272015〕年98日〔火〕−認知症母親〔→ニチエとしておきます〕が、小さなペットボトルを電子レンジで暖めようとして電子レンジを破壊してしまった日。
 平成272015〕年101日〔木〕−ニチエの飼い猫“ゆり”〔白猫〕が死んでしまった日。
 平成272015〕年102日〔金〕−朝、二チエ棟を覗きに行くと玄関のガラス戸表側が外に外れていてスライド出来ず。内側ガラス戸下部は割れた状態。割れた理由が不明。101日は友引で火葬場休館。よって、この日昼前にセレナで出動して市斎場職員さんに“ゆり”の火葬依頼。ニチエはデイサービス休んで市斎場まで同行。帰りに昔お世話になったというガラス店へ立ち寄り。ガラス店は随分以前に閉店した模様。後々考えてみると、猫砂の糞後始末していて、ニチエ、玄関の戸に倒れ掛かったのでは…。現在も玄関のガラスは割れたまま。
 平成272015〕年108日〔木〕−午前939分、ニチエ棟を覗きに行くと、箪笥上部が手前に傾いた状態。椅子に上って箪笥後の窓を閉めようとして、ニチエは椅子から転落・転倒。「背中をテーブルの角へぶつけ痛い」と言ってベッドに寝ていた。やって来た妹が、ニチエの背中を確認したもののテーブルにぶつけた痕跡見当たらず。この日、クリニックのリハビリ予約はキャンセル。以降、デイサービスへは送り出せず。
 平成272015〕年1013日〔火〕−午前941分、背中痛がるニチエをセレナに乗せて診察のためクリニックへ。レントゲン結果は、「脊椎椎体骨折」の診断。以降、セレナに車椅子は乗せたまま。
 平成272015〕年1015日〔木〕−午後308分、再び、ニチエを乗せてMRIでの再検査のためクリニックへ。背骨が折れていることが確定。椎間板と椎間板の間の骨が圧迫してしまった模様。院長氏より入院か自宅療養かを聞かれたので、ニチエの希望通り自宅療養とする。コルセット型取り予約。
 平成272015〕年1016日〔金〕−午後309分、ニチエを乗せて、またまたクリニックへ。犬山から週1度来ている義肢製作所の青年によるコルセット型取り。
 平成272015〕年1023日〔金〕−午後328分、ニチエを乗せてクリニックへ。完成したコルセット装着。コルセット代金は義肢製作所青年に全額31754円を直接手渡し。申請書類を役所へ提出すれば、後日、コルセット代金9割分が戻るとの事。
 平成272015〕年1028日〔水〕−午後130分、スクーターで出動。医療費助成申請するため東部窓口センターへ。役所へ申請書類提出後、1ヶ月半でコルセット代金9割分が指定口座に振り込まれるとの事。
 
 平成272015〕年108日〔木〕にニチエが背骨折ってから1ヶ月以上が経過しました。自宅内をゴソゴソすれば、次から次へと余計な仕事を作ってくれ想定外出費もバカになりません。背骨を骨折してからは自宅で寝ているだけの生活。毎日ニチエの食事を考えなければなりませんので頭が痛いです。
 
 食い物を運ぶのは、ニチエだけではありません。昨今はノラ猫にまで餌を督促されます。残された1匹の飼い猫“もも”の餌を狙ってノラ猫がニチエ棟に出没。時には表で猫同士喧嘩することもシバシバ。騒がしくて仕方ありませんので、止む無く、ノラ猫の餌やりを担当することに。最近ではノラ2匹の性格も少々分かってまいりました。ノラ猫の餌やり以上に厄介なのは、やはりニチエの餌やりです。食い散らかしたテーブルの上を眺めると情けなくなります。ノラの方が素直です。
 
 
 
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 写真1枚目、神出鬼没のノラ猫“ナカズ”。図太い神経を持ち合わせた人見知りしない猫です。腹が減ると突然現れ、玄関網戸前にチョコンと座っています。ニチエの食事を持って玄関を出ると餌やり場へと走って行きます。泣き声を聞くことは稀なためデジカメ画像の名称付けでは“ナカズ”としてあります。たまに小声で「ウギャ」と一声泣く程度です。7DNo.4808・平成272015〕年828日(1802)撮影。
 
 
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 写真2枚目、こちらは警戒心の強いノラ猫“ミソク”。猫相は宜しくありません。7DNo.4809・平成272015〕年828日(1803)撮影。
 
 
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 写真3枚目、裏の物置、餌やり場の“ナカズ”。7DNo.48520・平成272015〕年917日(1408)撮影。
 
 
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 写真4枚目、ノラ猫“ミソク”の餌やり場は、裏の物置古箪笥の上。写真左手の篭は、ニチエが猫の寝場所に置いたものです。現在は“ミソク”の寝場所になってしまいました。7DNo.4894・平成272015〕年924日(1153)撮影。
 
 
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 写真5枚目、トイレの窓から撮影。当初は裏に回ると一目散に逃げる“ミソク”でした。7DNo.4895・平成272015〕年924日(1153)撮影。
 
 
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 写真6枚目、トイレの窓で目が合い「ニャーニャー」鳴く時は、餌の催促。腹がよければソッポ向いています。3本足であることから“ミソク”。自宅の庭で鉢合わせすると、ブロック塀に飛び移って逃げようとしますが、3本足が故、たまにブロック塀から転落します。7DNo.4899・平成272015〕年924日(1153)撮影。
 豊橋鉄道市内線や渥美線は、地元ということもあり撮影歴は50年近くなります。多くは思い立った時にブラリと出向きました。渥美線で活躍するモ1800+1850形が2扉から3扉に改造された時期は何時であった?。「随分、昔の事であった」程度の感覚しかありません。調べたくとも、渥美線に関して纏まった文献が少ないのも事実です。しいて挙げるとしたら、“P誌「私鉄車両めぐり第2分冊」〔鉄道ピクトリアル 19623月号・臨時増刊 通巻128号〕”と“鉄道ピクトリアル 19863月号・臨時増刊 通巻461号『<特集>中京・北陸地方のローカル私鉄』”。昭和37年の記事から、昭和61年の記事へと飛んでしまいます。この間のブランクは24年間。ウィキペディアで検索してもウヤムヤな感は否めません。出典が無ければ纏まらないという事なのでしょう。
 この際ですから、渥美線600V時代に活躍した車両を書き出して、どの様な編成であったかを調べてみようと思います。改番前の車号はすっかり忘れております。個々の編成が導入・改造された時期等は、24年間の鉄道趣味誌を1冊づつ調べない限り判明しません。何はさておき、分かる範囲で…。間違っているようでしたら、ご教示頂ければ幸せと存じます。
 
豊橋鉄道渥美線、600V車両の編成(調査途中)
 
以下は、P誌「私鉄車両めぐり第2分冊」〔鉄道ピクトリアル 19623月号・臨時増刊 通巻128号〕を参照にしました。
 改番前の車両要目表より(電車塗色は腰回り緑、窓回りクリーム・電機塗色はマチマチの時代)〔赤字網掛け箇所は追記〕
 
120形式〔120123129・製造:藤永造船・旧所有:谷汲→名鉄〕
     廃車後は、高師駅構内に3両共、ダルマさん状態で保存されていた時期あり
 
150形式〔151152・製造:日本車輌・旧所有:渥美→名鉄〕
     151+2281     152+2282
 
150形式〔153・製造:日本車輌→木南車輌改・旧所有:渥美→名鉄〕
     153+2283
 
680形式〔681・製造:名古屋電車製→日本車輌改・旧所有:名鉄〕
     681+22411311+2101に改番されるも走行すること無く廃車
 
1050形式〔1051・製造:日本車輌・旧所有:渥美→名鉄〕
     1051+1503〔流線形〕1401+2401に改番
 
1200形式〔1201・製造:日本車輌・旧所有:静鉄→渥美→名鉄〕
     1201+1504〔流線形〕→黄色に赤帯塗色に変更後、1601+2402に改番
 
1200形式〔1202・製造:日本車輌・旧所有:静鉄→西武〕
     1202+1505→黄色に赤帯塗色に変更後、1602+2403に改番
 
1500形式〔15031504・製造:日車支・旧所有:神中→相模〕
     モ1051+1503〔流線形〕→モ1401+2401に改番     モ1201+1504〔流線形〕→黄色に赤帯塗色に変更後、モ1601+2402に改番
 
1500形式〔1505・製造:日本車輌・旧所有:西武〕
     モ1202+1505→黄色に赤帯塗色に変更後、モ1602+2403に改番
 
2240形式〔2241・製造:日本車輌・旧所有:佐久→国鉄→名鉄〕
     モ681+2241→モ1311+2101に改番されるも走行すること無く廃車
 
2280形式〔22812283・製造:日本車輌・旧所有:三河→名鉄〕
     モ151+2281     モ152+2282     モ153+2283
 
デワ30形式〔3133・製造:日本車輌・旧所有:渥美→名鉄〕→デワ33デワ11に改番。廃車後のデワ11はデキ211共々「田原サンテパルク」で静態保存。デワ3132は改番されずに廃車
 
デキ150形式〔151・製造:木南車輌・旧所有:渥美→名鉄〕→黒塗りに白でアクセント。後に黄色に赤帯塗色に変更。デキ201に改番。廃車後はワム21共々「伊良湖フラワーパーク」で静態保存。「伊良湖フラワーパーク」は閉園となっていますから展示車両も解体されたと判断?
 
デキ360形式〔362・製造:日本車輌・旧所有:愛知電気→名鉄〕→チョコレート色に白のアクセント→黒塗りに白でアクセント。デキ211に改番。後に黄色に赤帯塗色に変更。廃車後のデキ211はデワ11共々「田原サンテパルク」で静態保存
 
デキ850形式〔851・製造:新川工場・旧所有:名鉄〕→チョコレート色に白のアクセント塗色と思われる?。改番されること無く廃車
 
デキ1000形式〔1001・製造:東芝電気・旧所有:西武〕→チョコレート色に白のアクセント。後に黄色に赤帯塗色に変更。デキ351に改番。貨物列車の廃止により解体
 
デキ400形式〔ED401・製造:東洋工機・旧所有:ナシ〕→チョコレート色に白のアクセント。後に黄色に赤帯塗色に変更。改番後も同じくED401。貨物列車の廃止により解体
 
以上、P誌「私鉄車両めぐり第2分冊」〔鉄道ピクトリアル 19623月号・臨時増刊 通巻128号〕、白井良和先生が纏められた内容から書き出し追記しています。緑文字網掛け箇所は後に修正。
 


 
1ページで納まりませんので、2ページに分割しました。字数オーバー?。ページが目茶目茶になってしまいました。初めての経験です。以降は下の続編へ続きます。
続、豊橋鉄道渥美線、600V車両の編成(調査途中)
 
P誌、通巻128号以降に導入された編成〔導入順序は不明としておきます〕
 
1701+1751。昭和381963)年5月導入。当初の塗色は腰回り緑、窓回りクリーム。黄色に赤帯塗色に変更後にモ1701+2701に改番されたものと思います。
 
151+2281・モ152+2282・モ153+22833編成が活躍していた時代に西武鉄道より譲り受けた車両は、モ1301とモ1302。これで、モ1301+2281・モ1302+2282に編成替え。モ153+2283だけは、そのまま残る。モ152を方向転換して、制御車を失ったモ151とモ152を連結、固定編成化。モ151のZパンタは撤去。豊橋側のモ152にZパンタを搭載。モ1301+2281の編成は、昭和421967〕年127日、大型生コン車と衝突し脱線転覆事故のため廃車。塗色は腰回り緑、窓回りクリームの時代で、改番されることはありませんでした。モ153+2283とモ151+152は改番前に廃車。塗色は腰回り緑、窓回りクリームで生涯を閉じています。モ1302+2282は、黄色に赤帯塗色に変更後にモ1302+2002に改番。
 
昭和401965〕年61日〔であろう?〕にデキ53が廃線前の田口線から渥美線に転属。田口線冊子に昭和40196571日、渥美線転用と表記。転用日時の意味合いは?。渥美線で活躍開始当初のデキ53塗色は、チョコレート色に白のアクセント。その後、黄色に赤帯塗色に変更されたデキ53→改番されデキ451。貨物列車の廃止により解体される運命に。
 
昭和411965〕年に廃線前の田口線からモ38が渥美線に転属。田口線の三河海老車庫で改造工事を完了させた後、渥美線へ転属していますので、渥美線で活躍開始当初のモ38塗色は、腰回り緑、窓回りクリーム。その後、黄色に赤帯塗色に変更されたモ38→改番されモ1713。更にモ1713+1302+2002を全て方向転換。モ1713+2311〔元モ1302〕の固定編成が誕生。不要となったク2002は廃車。
 
昭和431968〕年831日限りで豊橋鉄道田口線は廃線。昭和431968〕年92日、田口線で活躍したモ37が飯田線266レで渥美線に転属。高師車庫にて改造工事施工後、黄色に赤帯塗色のモ1712としてデビュー。
 
豊橋鉄道田口線廃線時〔三河海老〜清崎間、台風10号の影響で運行不能〕、清崎駅孤立状態で取り残されてしまったモ36。昭和431968〕年1089日の2日を費やし、清崎駅から渥美線高師車庫までトレーラーで陸送されました。高師車庫にて改造工事施工後、黄色に赤帯塗色のモ1711としてデビュー。モ1712共々、田口線当時のスタイルは失われてしまいました。
 
黄色に赤帯塗色で活躍したモ1601+2402とモ1602+24032編成。昭和571982)年、モ1602を方向転換してモ1601+1651〔元モ1602〕が誕生。不要となったク2402とク2403は廃車。
 
上記編成とは別に、モ1801+1851(昭和42)・モ1802+1852(昭和42)・モ1721+1771(昭和44)・モ1731+2731(昭和50)・モ1811+2811(昭和54)・モ1751+2751(昭和56)も導入されております。これ以降が、下記の編成になると思います。24年間のブランクは長いです。緑文字箇所、後日修正
 


 
以下、鉄道ピクトリアル 19863月号・臨時増刊 通巻461号『<特集>中京・北陸地方のローカル私鉄』発刊時点における編成表。
 
1401+2401〔元モ1051+元ク1503
1601+1651〔元モ1201+元モ1202→元モ1602
1701+2701〔昭和381963)年5月導入。元モ1701+元ク1751
1711〔元田口モ36
1712〔元田口モ37
1713+2311〔元田口モ38→渥美モ38→渥美モ1713→モ1713+元モ1302
1721+1771〔昭和441969)年5月竣工。元名鉄3800系貫通扉付き高運転台車→貫通       扉埋める〕 
1731+2731〔昭和501975)年導入。元東急3550形〕
1751+2751〔昭和561981)年12月導入。元名鉄3730系当時渥美線唯一のクロスシー       ト車。貫通扉付き高運転台車〕
1801+1851〔昭和421967)年5月竣工。元名鉄3300系貫通扉付き車→昭和56198        1)年、貫通扉埋3扉化〕
1802+1852〔昭和421967)年9月竣工。元名鉄3300系貫通扉付き車→昭和56198        1)年、貫通扉埋3扉化〕
1811+2811〔昭和541979)年3月導入。元長野電鉄の18.8m車〕
デキ211〔元デキ362
デワ11〔元デワ33
 
以上、鉄道ピクトリアル 19863月号・臨時増刊 通巻461号『<特集>中京・北陸地方のローカル私鉄』発刊時点における編成表。文責は今井琢磨氏です。


 
P誌、通巻461号以降に導入された車両は、モ1900+1950形の6編成。この編成が渥美線600V時代最後の導入車でした。
 
 
イメージ 1
 高校への入学が決まると、早々にカラーポジフィルムを充填したハーフ判カメラを所持して豊橋鉄道渥美線の高師車庫へ撮影に出向きました。それから2ヶ月半程後にも高師車庫を訪ねています。この時は、白黒フィルムを使用していました。写真は15歳当時撮影。高師駅の貨物側線に留置されていたモ152。トラス棒を備えた木造車でした。写真左手、写っていませんがモ151に連結されています。写真右手に少々写っているのはデワ33〔後のデワ11〕。撮影から間も無く、モ151+152は廃車解体されてしまったものと思います。モ151+1522連が走行するシーン、眺めたことはありません。鉄道趣味誌に紹介されたことも無いと思います。白黒No.084925AB)・昭和401965〕年66日撮影。

姫川の橋梁−その2

 息子からメールが届きました。23日〔月〕に豊橋へ帰るそうです。マイカー使用か、鉄道利用かは定かではありません。「到着は、おそらく夕方頃であろう」と想像しておりました。前日の後始末に手間取り、寝たのは午前8時近く。1251息子からの電話で起こされました。「今、豊橋へ着いたから迎えに来て」。市内線の井原電停へ迎えに行くと伝えておきました。急いで身支度を済ませ、ワゴン車で出動直前の1319固定電話へ別電話。東京神保町の“書泉グランデ”さんからでした。
 
 「著名でない方の鉄道本著者を紹介する番組ロケがあるので、東京へ来ませんか?。テレビ局の担当者から後程電話があると思います」と言った内容でした。田口線冊子を推薦してくれたようです。ロケ日は28日〔土〕、10001200間で撮影だそうです。突然の急な話でビックリ仰天。
 
 出遅れた形で1323自宅出発。井原、中華創作料理の“状元楼”前に1329到着。息子は既に井原へ到着しておりました。初めて「ほっトラム」に乗車し、乗り心地は良くないと話します。「松本建設でお願いして乗せて貰った運材車に同じだろう」と言うと、頷いておりました。息子と“状元楼”へ入店。ご主人が目を患い、2週間程休業していた“状元楼”さんだったのですが、この日から営業再開だそうです。出店後、市内線電車を少々撮影。スーパーで缶チューハイ等を購入して自宅戻りは1650
 
 ロケ予定番組は2本分録画してありますが、眺めたことはありません。「真面目なのは最初の10分位で、後はふざけた番組だよ」と息子。2人で缶ビールを呑みつつロケ予定番組を眺めて思案。ガスコンロで購入した海老を焼いていた1745頃?、子機が鳴りました。テレビ番組制作会社の担当者氏からでした。番組の概要を伺いましたが理解出来ません。番組内容は現在会議中で、「改めて電話します」との事。14分の会話。海老が焦げているのに気付き、息子に頼んで火を止めて貰おうと思ったのですが、息子は既に寝ておりました。お陰で海老は真っ黒の炭。
 
 作業場へ移動して元事務所社長宅へ1813電話。先輩、後輩が出向している会社が今年3月で消滅するそうです。これを機に2名は失職。今後の事を28日頃、相談する予定であったようです。ロケありの話を伝え、「東京へ27日に向うから、一層の事、この日を新年会にしませんか」とお願い。1930友人にも電話。「行ってきたら」と言われ背中を押された気分でした。「この様な話は、もうこの先は無いであろうから、東京へ出向きますか」。但し、準備が大変です。母屋へ戻ると、息子は炬燵でイビキ掻いて寝たまま。
 
 24日〔火〕、炬燵の角で、前日の後始末。風呂へ入り更に酒を呑んで寝ようとしたのは、450頃。この時、逆に息子は目覚めてしまいました。その後、結局2人で呑み直し。647消灯。目覚めた時は1318。「あーあ、呑み過ぎた」。1542母親共々予約済になっているリハビリをキャンセルするためクリニックへ電話。1605、元事務所社長より電話兼メール着信。27日〔金〕午後7時から呑み会が確定。場所は蒲田駅ビルだそうです。テレビ番組制作会社を検索して1630頃電話。携帯電話の番号を伝えておきました。2日間留守をすると、ブルーレイレコーダーと外付けHDの残容量が少なくなってしまったため、録画予約が出来ません。急遽、新しい外付けHDを購入するため、息子とワゴン車で出動することに。1657テレビ番組制作会社の担当者氏からケータイへ電話。「サイン会は2人に絞っています。結論は、本日夜中頃決まると思います」。ということは、「私は外されるという事ですか?。新年会が確定してしまったので、東京へ出向きます。何処か横へでも立たせてくれませんか。カメラ〔連写2眼を説明して〕を持って行きますから」と伝えると、「プッシュしてみます」。直後、買出しに出て2TBの外付けHDを購入しました。
 
 25日〔水〕、1553、JR蒲田駅近くのホテルへ電話して宿泊予約。1953、テレビ番組制作会社の担当者氏から子機へ電話。「3名の予定でしたが、結局、近場の2名に決まりました。またの機会にお願いします」。当初の予定が3名とは知りませんでしたが、私が除外される形になったようです。準備万端で、それはないじゃない。「この次は、もう無いでしょう」と返答しておきました。2009息子から「今ひかりに乗車した」とケータイへメール着信。2013元事務所社長に電話。「ロケは流れてしまったけれど、呑み会へは行きます」と報告。2056、「ロケお流れ」を電車内の息子ケータイへメール。1本の電話のお陰で振り回された3日間でした。腹が立ちます。気持ちを切り替えて割り切り。「久々に現在の蒲田の街でも眺め、懐かしい事務所の面々に会うのもイイかも……」。
 
 姫川橋梁で撮影した北越急行車両の画像を並べます。忘れない内に3日間の出来事を記録する結果となってしまいました。カッカしていますので、間違っていたらゴメンナサイ。
 
 
イメージ 1
 写真1枚目、姫川左岸堤防道路から撮影。前回写真とは異なり橋梁下を潜り反対側に回って撮影。JR北陸本線青海〜糸魚川間の姫川橋梁を走行する北越急行681系N02編成+JR西日本681系?編成・特急「はくたか2号」クロ68120029連金沢行1002M。7DNo.146376・以下全て、平成242012〕年930日撮影。931撮影。
 
 
イメージ 2
 写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。JR西日本681系?編成クハ681−?側。7DNo.146377931撮影。
 
 
イメージ 3
 写真3枚目、2枚目写真と同じ方向を撮影しています。JR北陸本線青海〜糸魚川間を走行する北越急行683系N12編成+北越急行681系N03編成・特急「はくたか5号」クハ68120029連越後湯沢行1005M。7DNo.146390941撮影。
 
 
イメージ 4
 写真4枚目、3枚目写真の後追いカット。北越急行683系N12編成側のクロ68380017DNo.146391941撮影。
 
 
イメージ 5
 写真5枚目、建設工事中の北陸新幹線姫川橋梁。北陸新幹線が開業すれば、「はくたか」列車名と北陸本線特急「はくたか」利用客の多くは新幹線に奪われてしまうものと思われます。北越急行車両のみならず、北越急行ほくほく線そのものの存在価値が失われてしまいます。北越急行は、どうなってしまうのでしょう。気掛かりです。7DNo.146404958撮影。

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