連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

北海道

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 新年早々、喉を腫らして豊橋市民病院に入院。腫れが治まったことで退院しましたが、以降はケチの連続で市民病院内をたらい回しされています。平成292017〕年117日、耳鼻咽喉科先生の診察は終了となったのですが、血液検査の結果に?と思った耳鼻咽喉科先生から血液内科の先生を紹介されました。白血球の値が高過ぎるということは、入院中にも言われておりました。同日、血液内科先生の診察も受けております。高価でよりシビアーな血液検査が必要だそうです。平成292017〕年27日、高度血液検査の結果に関して、血液内科の先生は「白血球の値が高い理由は分からない。貧血に関しては胃や腸から出血している可能性がある」だそうです。「血液内科の先生が分からないと言う白血球に関しては、どうすればイイ??」。今度は血液内科の先生から消化器内科の先生を紹介されることになりました。来週は胃カメラ飲んで、再来週は大腸にもカメラを挿入されることが確定。「1年も経たず、また消化器内科ですか。医療費の支払いで破滅します」。
 
 昨年、PET−CT検査の結果、小腸の一部が赤く表示されてしまいました。平成282016〕年4月は消化器内科先生〔女医さん〕による検査フルコースでした。胃カメラ、大腸カメラ、カプセル内視鏡、肛門からバリウムを注入されレントゲン撮影。大腸のポリープ1つを搾取した以外、癌の疑いはないでしょうというのが結論でした。「ポリープを取っているので、2年後にもう一度電話して下さい」と女医さんに言われておりました。その女医さんは移動してしまったそうです。昨年4月に支払った医療費だけで92868円。その後の6月、肺摘出手術を受けることを決断。昨年3月以降12月までの間、支払った医療費は80万円を越えるのでは…。


 

 旭川電気軌道の画像を前回紹介してから、そろそろ3年になりますか。
 
 平成262014〕年55日に購入した新しいスキャナーEPSON GT−X970で旭川電気軌道の画像を取り込んだのですが、今にして思えば失敗であったと思っています。3年ぶりに昨今のやり方で再トライしました。順次画像をスキャンするつもりです。取り合えずは処理が終了した画像から掲載しておきましょう。
 
 
 
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 写真1枚目。旭川四條(ASAHIKAWAYOJYO)駅のモハ1001とモハ501。連結されている訳ではありません。車両の説明は3年前に済ませておりますので、今回は割愛。旭川電気軌道を撮影したのは、昭和461971〕年9月でした。北海道、緑の大地を走るモスグリーン一色の電車は、風景にマッチした色合いであったと思っています。雪の季節は知りません。白黒No.506164)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。
 
 
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 写真2枚目。旭川四條駅を発車したモハ501後追いカット。この写真では一寸見併用軌道で道路中央へ出て行きますが、この先進む道路中央軌道は半専用軌道のような様相です。白黒No.506182)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。
 新しいスキャナーを購入して既に2ヶ月以上が経過しました。使い方は現在も試行錯誤中。同一白黒フィルムを古い95PC対応のフィルムスキャナー〔MINOLTA Dimage Scan Speed F−2800〕と、高画質フラットヘッドスキャナー〔EPSON GT−X970〕の双方で取り込み。結果は、一長一短といった感じです。まだ新しいフラットスキャナーの癖が分かりません。
 
 シンプル操作の古いフィルムスキャナーに比べ、新しいフラットスキャナーは、設定の選択肢が多いため「これがベスト」と思える設定に辿り着けないのが現状です。「この設定で試しに取り込んでみましょう」とトライ。結果、「これでは駄目」。妥協点を見付けるのが中々難しいです。取り込み失敗画像は、今後の参考のために残してありますが、失敗画像もソコソコ増えてしまいました。これならば良しと判断してレタッチ作業を完了させたのは、まだ10カット足らずです。6×6版白黒フィルムのレタッチ作業は、誠に辛いです。フィルム1カットの面積が大きい分、汚れや傷も半端ではありません。35mmフィルムの方がまだ楽です。花巻電鉄1カットのみで1ヶ月以上を費やしてしまいました。
 
 試しに取り込んだフィルム最初のカットが札幌市電で、旭川電気軌道を撮影した前日夕方に撮影したものです。ふた通りの設定で取り込み、何度も画像を見比べ。「こちらであろう」と判断してレタッチ済ませたカットです。仕上がり具合を眺めるばかりで、車両については気にしておりません。
 
 
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 写真1枚目。すすきの電停へ到着間近のA820形〔A824+823〕連接車。A820形は2編成4両在籍とあります。後方から追い掛けてくる車両がA830形〔A842+832〕連接車になると思います。変則2系統?、静修学園前から国鉄札幌駅前を通過して幌北車庫のあった北24条へ向う系統のようです。白黒No.506219)・昭和461971〕年921日(1641頃)撮影。
 
 
 
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 写真2枚目。すすきの電停のA830形〔A842+841〕連接車。A830形は6編成12両在籍。後に内3編成が、津軽海峡を越えて名鉄美濃町線へと旅立っています。撮影当時は想像もしなかった事です。本来の2系統で教育大学前から北24条へ向います。札幌市電には、写真の連接車とは別にボギー車を2両連結して連結部に幌を有した車両も存在しましたが、全てひっくるめて連結車と表示されています。路面ディーゼルカーや親子電車なるものも存在しましたが、こちらは撮影出来ませんでした。親子電車の親のみ撮影といった結果です。写真奥の交差点を左折すれば札幌駅前。白黒No.506318)・昭和461971〕年921日(1641頃)撮影。
 新しいスキャナーを購入しました。高画質フラットヘッドスキャナー、EPSON GT−X970(平成262014〕年55日購入、45000円)。主目的は6×6判、6×7判フィルムカメラで撮影した画像を取り込むことです。光学解像度は6400dpi。
 
 95PC対応のフィルムスキャナー、MINOLTA Dimage Scan Speed F−2800(平成111999〕年123日届く、122500円)は、35mmフィルムしか取り込めません。そこで、ブロニーフィルムやプリント写真を取り込むためにフラットなイメージスキャナー、CanonScan D2400UF(平成132002〕年1010日届く、36750円)も購入しました。光学解像度は共に2400dpiまで。当時はデジカメも普及しておりませんでした。スキャナーを入手したものの、開いたソフトに表示される用語の意味が分かりません。購入直後は試行錯誤と徒労の繰り返しでした。それでも田口線冊子完成を目指しておりましたので、2台のスキャナーは大活躍。今にして思えば、仕事とは違った経験を得られましたので、それなりに有意義な時間であったと思います。
 白黒ネガフィルムを2400dpiで取り込んだ場合、ミノルタのフィルムスキャナーとキャノンのフラットスキャナーでは、画質の差は歴然。価格の違いが結果として表れました。以降、キャノンのフラットスキャナーで画像を取り込むことはありません。でも使用頻度は、キャノンのフラットスキャナーの方が多いです。付属CDに入っていた“e.Typist”は現在も使用中。別途購入したCAD変換ソフトも仕事で何度も使用しました。文書や図面をスキャナーで取り込むことが最初の作業になります。解像度は400dpiで充分です。2台の現役古参スキャナー、購入から既に10年以上が経過しました。駆動不能となるまで使用し続けるつもりです。
 
 古いスキャナーで画像を取り込む場合は、1カット毎取り込んでおりました。新しいエプソンスキャナー。フィルムホルダに収めた24カット〔35mmフィルム〕を機械が勝手に判断して1時間程で全て取り込んでしまいます。「10年でスキャナーもここまで進化していましたかー」。34時間掛かった作業が、1時間程で終了しますから楽です。画像画質も悪くはありません。反面、キャノンのフラットスキャナーの利点も再認識しました。
 
 試しにEPSON GT−X970で取り込んだ白黒画像を並べてみます。旭川電気軌道は全線沿線を歩きました。初めての北海道行き。青函連絡船に乗船したものの船酔いで、函館へ辿り着いた時にはヘトヘトでした。もう一度だけ渡道していますが、この時は津軽海峡の海底トンネルを“北斗星”で抜けています。旭川電軌が廃線になり随分時間が経過した時期でした。暗室に篭ってプリントした旭川電軌の写真も30カット程。時折、写真を眺めていますので、記憶は持続している方だと思っております。
 
 
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 写真1枚目。駅員さんに断って、旭川四条駅構内で撮影。写真左手は3両在籍したモハ100形のモハ103。写真中央奥、ホームに停車中の車両は、昭和301955〕年日車製のモハ1001。写真右側、P誌223号によれば、『キハ051。昭和421967〕年、国鉄キハ0516を譲り受け。気動車として使用する目的であったものの、エンジンの老朽化が著しく、付随車として使用したい旨で申請』といった表記がされています。結果、コハ051。モハ100形に牽引され走行するシーンも撮影しました。写真左手、駅名標が確認出来るホームが、国鉄宗谷本線の旭川四条駅。簡易乗降場のような駅でした。旭川四条駅を発車して東川、旭山公園へ向う電車は写真奥、バスが確認出来る道路中央へ躍り出ます。白黒No.506128)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。
 
 
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 写真2枚目。1枚目写真より少々国鉄線路側へ移動してモハ103を撮影。モハ103の写真左側は、素性の判明しない木製プラットホーム。写真左手奥に国鉄宗谷本線の警報機が確認出来ますから、駅名標の無いホームにはレールは存在しないものと思います。写真左端にチラリと見える駅名標の立つプラットホームが宗谷本線の列車乗降場。カラー24ビットで取り込みましたので、完全なる白黒画像にはなりません。白黒No.506146)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。
 
 
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 写真3枚目。2枚目写真を撮影した場所付近で振り返る形で撮影したカット。国鉄宗谷本線を走行するDD14 312単機回送。国鉄旭川四条駅を通過して何処へ向ったのでしょう。宗谷本線?。石北本線?。写真右手の集合住宅は装甲車のような造りです。白黒16ビットでも取り込み。1枚の写真を消去して白黒用無地画像として保存。そこへカラー24ビット画像を貼り付けると白黒画像へと変換。白黒No.506137)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。
 
 
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 写真4枚目。旭川四条駅にモハ501が到着。これで当時の主力車両全形式が出揃いました。モハ501は、廃線となった定山渓鉄道モハ100形の車体を流用して、昭和311956〕年、日本車輌で製造とあります。後方のモハ1001より後に誕生した車両なのですが、腰高でウインドーシルを備えていますので、ノーシル・ノーヘッダーのモハ1001より新しい車両といったイメージはありません。曲がったプラットホームに立つ駅名標には「旭川四條(ASAHIKAWAYOJYO)」と表記されています。隣駅を示す表記、写真奥に対して「旭川」。写真手前に対しては「旭川追分」。電車が乗客を乗せて旭川へ向うことはありませんが、電車が牽引して来た貨車は、国鉄旭川駅構内まで運んだものと思います。京都市電の感覚から、ここの駅名は「あさひかわしじょう」と思っておりました。「あさひかわよじょう」とは知りませんでした。現在のJR時刻表も確認。宗谷本線・石北本線共々、「旭川四条」→「あさひかわよじょう」と表記されております。白黒No.506173)・昭和461971〕年922日(930頃?)撮影。

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