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東日本大震災

地震発生から早くも10日余りが過ぎた。
 
地震が発生した直後はまさかここまで
大きな被害になるとは思いもしなかった。
あの日以降、テレビでは連日被害の様子が
延々と放送されている。幸い、ここ大阪では
被害はほとんどなかったけれど、そういう映像を
見ているだけでも、何だかすごい辛くなって
しまった。当初は何か仕事も手に付かないというか
テンション、モチベーションがなかなか上がらなかった。
 
しかし日を追うごとに、被災された皆さんのたくましい
行動に、救助隊の勇気ある行動に、すごく元気を
もらった気がする。普段の生活では絶対に経験
できない一体感、連帯感など、被災地では感じて
おられるのだと思う。まさに日本人の素晴らしさだと
思う。
 
今までは身近に経験した阪神大震災が一番の
地獄だと思ったけれど、それよりも被害の規模も
大きく、犠牲者も遂に神戸を越えてしまったとか・・。
それゆえに、未だに復興という言葉はなかなか
出てこないかもしれないけれど、いざ復興となれば
微力ながら、何か自分も役に立ちたいと、そう
考えています。
ガンバレ、東日本!!

負のローテーション

気が付けば、10月も終わり、もう今年もあと2カ月。
 
それにしてもこの10月は雨に振り回された1か月だった。
10月は計17日間の出張洗車イベントを予定していたが、
そのうち7日間、雨で中止となってしまった。8月は
同じような予定で、雨天中止がゼロ。9月は3回だったので
急に増えた気がする。まあ秋雨と言ってしまえば、もちろん
そうなのだが、何より気になるのが、雨が降る日がだいたい
決まっているということだ。
 
ここ大阪では毎週木曜日と日曜日、この2日は雨の確率が非常に高い。
例えば、9月の木曜日は、16日、23日、30日と3週連続で雨。
さらに10月も21日、28日と雨。日曜日は3日、24日と31日が雨でした。
ちなみに土曜日は3ヶ月間でも1回しか雨が降っていない。
 
このように見てみると、だいたい1週間周期で雨が降っているという
ことになる。だから毎週木曜日、日曜日に出張洗車をご利用して
いただいているお客様にはほんとご無沙汰になってしまっている。
逆に出張洗車イベントが入っていない月曜日、火曜日に晴天だったり・・。
まさに負のローテーション。
 
今週はどうやら今のところ、週末まで晴れが続きそうなので、ようやく
この負のローテーションを断ち切る事ができそうです。

民主党

本日、新しい内閣が発表され、いよいよ民主党の時代がやってきた。

政治には詳しくないのですが、それでも先日の総選挙の当選数を
見れば、圧倒的多数と言える。今まで長きに渡り自民党が行ってきた
政治に対して、国民がNOとはっきり言った瞬間だった。ただその得票数
すべてが民主党を支持するという数字でもないようだ。アンケートなどに
よると、一旦、民主党に政権を渡し、そして何年後かにまたリニューアルして
良くなって政権奪取をしてほしいという票も多かったようだ。

いずれにしても、民主党にこれからの日本を託す訳ですが、今までみたいに
理想を語っていても仕方なく、現実にどこまでできるかという点を模索しながらの
任期となるのでしょう。既にマニュフェストなどでは、驚きの公約が謳われている。
個人的に気になったのは、やはり高速道路の無料化だろうか。本当にそんな
ことができるのでしょうか?できるのならなぜ今まで自民党はしなかったのか?
たとえ、そこに大きな利権などがあったとしても、それで政権を失いかねないなら
民主党同様に、高速無料化を世間に訴えただろう?という素朴なギモンもある。
仮に、民主党が予算のムダ遣いを減らし、うまく高速道路が無料化にできたと
しても、それが未来永劫、ずっと無料で大丈夫なのか?いつか、バブルのように
はじけて、料金のリバウンドはないだろうか?民主党の驚きの公約の陰には、
そんな心配が付きまとう。

国民主権、政治主導などなどキレイな言葉で意気込みを語るが、国民が
本当に欲しいのは結果です。新人の議員さんも民主党という看板をバックに、
ベテランの自民党を負かして、多数当選されているようです。経験の無い議員にでも
日本を託してみようという国民の切羽詰まった必死な思いがにじみ出ていると感じました。
だから、これから歴史的な大きな改革をはじめてくれるはず。この政権で日本が良くなら
なければ、国民は「やっぱり民主党も自民党も一緒か・・」政治不信が一層強まることは
避けられない。どうか口先だけの改革でなく、結果を見せてほしいと思います。

闘病の果てに

先日、大学時代のクラスメートの女の子が亡くなった。ガンが転移を繰り返し、闘病の未の死だった。

彼女とは、入学当初から、同じ方面に帰宅だったので、40人という少ないクラスメートの中でも、
真っ先に友達になれた。何かと付き合いの良い彼女は常にBBQや鍋、飲み会などに出席してくれ、
色んな世話をしてくれた。BBQでは下準備から買いだし、後片付けも率先して行ってくれ、
飲み会では灰皿から空いたグラスまで気にしてくれる子だった。年中小麦色の肌が印象的で、
さわやかで元気な女の子。だが外見とは裏腹に気を遣いすぎる性格から、彼氏にも本当の気持が
言えず、悩み、相談を受けたりするような仲でした。卒業後も、相変わらずの関係で、嫁さんも
子供たちもお気に入りのお姉ちゃんでした。

2、3年前、突然、肺がんの告白を受け、私は非常に戸惑った。どう励ますか。実はこれより以前、
同じく大学時代のクラスメートが胃がんで亡くなっていて、その記憶もまだ新しい時にその告白を
受けてしまった。当初は、咳が止まらないから病院に行くとのことだったが、そこから連絡が
途絶えた。後から聞いたことだが、がんの宣告を受け、かなり落ち込んで自暴自棄になっていた
時期だったらしい。だが顔を上げ、前向きに病気と闘うという気持になり、告白してくれた。

それからも月日は流れ、抗がん剤治療や放射線治療を行い、入退院も繰り返していた。お見舞いに
行くというと、髪の毛が無いから来ないでとか、カツラ買うまで待ってとか、それは前向きな発言も
多く聞かれ、安心していた。しかし病魔は待ってはくれなかった。きつい治療の効果も無く、転移が
判明していく。女性として子供を生みたいという願望を捨ててまで、生きるということに執念を
燃やしたが、結果はどれも芳しくなかった。

そんな中、同窓会を開くことになり、準備に追われていた中、病気のことをみんなに言うべきか
相談された。私は体調が許すなら、出席して、告白するように勧めた。告白して、みんなから力を
もらい、そして言ってスッキリすればいいのでは?と進言した。同窓会当日の最後に、みんなに報告
して、力もらった、同窓会主催ありがとう、とすごい満足感あふれる笑顔で教えてくれた表情が
今でも忘れれない。そして今考えれば、これが最期だった。笑顔で別れれて、よかった。今、
本当に実感している。

つい1ヶ月ほど前、共通の友人の結婚式の2次会の誘いをしたところ、酸素ボンベが無いとダメだから、
遠慮しておきますと返事があったばかり。そして7月24日、37歳の若さでこの世を去った。昔から
周囲にものすごく気を遣う彼女のことだから、お葬式なども生前の本人の要望により家族だけで執り
行われた。1週間たった先日、彼女にメールして近況を聞こうとしたところ、ご家族の方から息を引き
取ったと知った。きっと彼女のことだから、誰かにその辛さや怖さを打ち明けるのではなく、静かに
じっと痛みに耐え、迫り来る死の恐怖と戦い、最後は静かに息を引き取ったのでしょうね。ほんと
立派です。

正直、私自身かなりヘコンでいて、記事にするかどうかも迷ったくらいです。ただどうしても彼女の
生きた証みたいなものをここに書き留めたかった。彼女は、一般人なので例えば、先日同じように
がんでお亡くなりになった川村かおりさんのように生きた証を数多くの作品として遺せたという訳では
ないので、たとえ少数の人しか見ないブログであっても、実名は出さなくても、ここに彼女が生きた
証として、さらにこれから先、私が人生を全うするための目標、教訓のようなものをここに書き残して
おきたかった。言葉では言い表しにくいけれど、私たちクラスメートのあの楽しかった青春時代を
語るに、彼女は不可欠な人だから・・。彼女の死=青春の1ページが抜け落ちた感じだ。

最後に、なっちゃんへ、闘病ほんとお疲れ様でした。20年間という短い付き合いでしたが、ほんと
感謝しています。いつもBBQや鍋、飲み会の時、雑務をこなしてくれて、ほんとありがとうね。今度
BBQするときも、もしかしたら「なっちゃん、ビール買ってきて〜」なんて言ってしまうかもしれん。
実は頼っていたのは私の方だったのでしょうね。おじいちゃん、おばあちゃんになっても、楽しかった
学生時代の昔話で盛り上がりたかったです。天国では、もっと自分の気持に正直に、周囲に気を
遣う事無く、気ままに暮してください。いつも自分に自信がないと言っていたけれど、あなたは
自分で思っているよりも価値ある立派な人間だと、友人一同は知っています。37年間、やわらかい
風のように人生駆け抜けたけれど、みんなの心の中には、あなたの記憶がしっかり、くっきり残って
います。安らかにお眠り下さい。

普通の幸せ

昨日、お通夜に出席してきた。

大学時代の友達のだんなさんが亡くなった。38歳という、あまりにも若すぎる死だった。
幼い子供3人を残して、旅立った。

その知らせは突然やってきた。その前に友達からは、だんなさんが入院したということは聞いていて、
でも、それは生死を彷徨うような手術でもなく、ただただ心臓の血管の手術をする予定だった。
ところが、入院後すぐに容態が急変。そのまま帰らぬ人となってしまった。

結婚する少し前に、紹介され、その後家族ぐるみの付き合いをしていたので、もう知り合ってから
10年近くになる。サッカーの話しが好きで、鍋やBBQの時も盛り上がったものだ。ただいくつか
持病も抱えていたようで、健康面では少々不安はあった。それにしてもあまりにも早すぎる。

友達から、この一報を聞いて以来、思うことがある。人間、「普通」に幸せに暮らすのはムツカシイ。
「普通」という定義は出来ないけれど、男性でも女性でも、恋愛して、結婚して、子供が出来て、
家建てて、子供の成長を楽しみに、自分たちも歳を重ね、子供を独立させ、そして最後は
また夫婦二人に戻る。この友達夫婦もそういう風な「普通」の幸せを望んでいた。特に贅沢でも
セレブになりたいわけでもない。幸せになるためには、苦労も必要だと思っていただろう。
そこには、ただただ「普通」を求めていただけなのに・・。まだ人生の折り返し地点にも達していない
年齢の、たった数日間で、今まで積み上げてきたものを失った。「普通」を望んでいた夫婦が
突然「普通」の日々を送れなくなってしまった・・。

昨日のお通夜の席、友達とは話すことは出来なかったけれど、気丈に振舞っていたように見えた。
まだ事態を把握できない幼い子供達3人の無邪気な笑顔が、余計に哀しいのと同時に、
彼女にとって今は唯一救いなのかもしれない。結婚した時の喜びが大きければ、大きいほど、
志半ばの死別の哀しみは倍増してしまう。そこに子供の存在があれば、その哀しみは、言葉では
現せないのかもしれない。

うまく書けないけれど、お葬式などが終わり、少し落ち着いたら、寂しさを感じてしまうかもしれない。
それでも子供の成長や日々の生活は待ってくれない。私たち友人や周囲の者は、彼女が前向きに
進もうとしているときには、全力でサポートしていかなければならないと強く思いました。
ご冥福をお祈りします。

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