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私は、今年の2月12日に33才9ヶ月で夭折した詩人、伊達風人の父親です。
亡くなった子どもは、大学を出てからずうっと、東京で働きながら「詩作り」に専念していたようです。
東京での生活は、不健康な食生活や過酷な労働などが積み重なって命を縮めたのかもしれません。
先日、5月4日(生きていれば34歳の生誕日)に「納骨式」を執り行いました。
お墓は、山形県上山市牧野の「久昌寺」に新しく建立しました。
何故なら私は次男のため自分で墓を建立する必要があったためです。
まさか、私たち親よりも先に逝くとは思ってもみなかったのでした。
この寺は我々のような無宗派の者も喜んで受け入れてくださる、本当にありがたいお寺さんです。
(表紙の写真は、寺の住職さんがお経をあげて供養してくださった時の模様です。)
市街地の寺と違って広い墓地が確保できたため、墓の敷地内に「詩碑」も建てることができました。
*「詩碑」には、同人詩誌「kader0d.2」(2008年5月10日発行)に掲載された伊達風人の詩、「水錘」
の二連目が刻まれています。この詩は詩人の谷内修三氏が自身のブログで特に褒めてくださったもの
です。
谷内さんは「ことばがとても美しい。特に2連目が・・・ここには矛盾がある。(以下略)」
と紹介してくださいました。
その2連目は以下のような詩です。詩碑にはこの部分を刻字しました。
『静寂の頂のかたわらで 果てることのない耳殻は音も無く自らの輪郭を奏でている
線という線をひきつれて』
父親の私としては、子供の残した数多くの「自選詩集」を早めに出版してあげることで「供養」に代え たいと思っています。
出版に向けての作業は今、急ぎ進めておりますが、完成まではまだまだ時間がかかる見込みです。
従ってここでは、既に消えてしまった「ホームページ」を再現すべく、プリントして残しておいたもの を少しづつ紹介していきたいと思っています。
今は亡きの子供の、詩に対する熱い想いや思想(といったら大袈裟ですが)などが少しでも感じとれる のでないでしょうか。
(追記)
この「伊達風人詩碑」の裏面には、天国に行った息子を送る歌を刻んで
あります。(短歌は小生が初めて作ったものです。それも追悼歌となってしまいました。)
=詩人・伊達風人を送る歌=
『宇宙はるか 煌く詩を携えて 星の川辺に 我子旅発ちぬ』
(そらはるか きらめくうたをたずさえて ほしのかわべに わこたびたちぬ)
*「親よりも先に亡くなってしまった子の行き先は、やはり我々親(野川と星川)
の先祖の元(天国=あまのがわ)に行ってほしいものだ。」との願いを込めて
あります。 以上。 野川秀行(父親)
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<詩の領域> アンソロジー詩集「つきぬける光」
序文
人は誰でも、その心に「有り余るもの」を宿しています。
それはしばしば言語化できないほどに私たちをはみ出していて、言葉では他者へ伝えきれないと
いうもどかしさを感じてしまうこともあると思います。
けれども、言葉には出来ない言葉以上のそうした想いを、言葉によって表現しようとするときに、
その発せられようとする言葉の一歩手前での心の内部に存在している形にならない何者か、その
溢れるほどに充実した何者かこそが、実は詩なのだと確信しています。
つまり世界は、詩で溢れています。詩人に限らず、誰もが何篇もの沢山の詩に囲まれて生きて
います。
人と人とが触れ合いながら生きる限り、私たちの周囲で詩は今もなお生まれ、多様で豊かな何か
を形成しています。
それは、私たちの生そのものをきっと豊かなものにしてくれるはずです。
詩の有しているそんな多様性の一つの形として、小さなサイトの企画ですが一人でも多くの人
に、詩の持っているこうした多様な魅力を感じて頂けたならと願ってやみません。
詩集としてはまだ未完成の部分もありますが、一篇一篇の詩は、それぞれの作者の力により、
充実したものとなっております。
そして詩集タイトルの『つきぬける光り』のイメージは、収められたそれぞれの詩篇によって
確かに貫かれていることを読後に感じて頂けたら幸いに思います。
この場を借りて、参加して下さった詩人の方々に深く御礼を申し上げて、序の言葉とさせて頂
きます。
2005/06/09 伊達 風人
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この続きは次回にとさせていただきます。
2011年 5月25日 野川秀行。
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「古書つくし 代表」様へ。
3年も前に投稿いただきながら小生の不手際(チェックミス)によりご返事が遅れてしまい大変申し訳ありません。深くお詫び申し上げます。伊達の詩について色々評価して戴き、また悔やみのお言葉も頂戴し、心より厚くお礼申し上げます。此度は本当に有難うございました。2014年7月3日 野川秀行。
2014/7/3(木) 午後 10:29 [ 伊達風人の父 ]
初めまして
「東京での生活は、不健康な食生活や過酷な労働など」と
堪らないです。上京された御子息と偶に会う事は
あったのですか?
2014/11/26(水) 午後 10:10 [ - ]
今晩は。今夜も記事、拝読したのですが、どうしても
対岸の火事の様な記事に感じてしまいます。
貴方から悲しさが伝わってこないのです。
一言でいえば他人事みたいな、、
2014/11/29(土) 午前 0:57 [ - ]
> ポチさん、コメント有難うございます。今は亡き我が子のアパートには、大学生になって2年目に夫婦して訪ねた事があります。その時の子供の変貌ぶりが著しく、大声で玄関払いをされてしまったのでした。その後も1年後の夜に、在宅中を確認して訪ねたのですが、我々の声を聞いただけで無言の儘、ドアを開けてはくれませんでした。何故なのか、我々夫婦には勿論、東京で仕事をしていた長男にも無言を貫いていたのでした。我々に何か、特に私の転勤で、子供の多感な時期(中学1年生)に、むりやり転居をした事に対して子供なりの悲しみや怒りがあったのかもしれません。そうした傷ついた心に対して私が無頓着であった事は確かです。
2014/11/29(土) 午後 0:24 [ 伊達風人の父 ]