全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全58ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

本日は、伊達が遺した詩の中から、2012年3月30日に記載した『愛』を再掲します。



         『 愛 』

  〜今までに生まれたことのある 全ての魂に捧ぐ歌〜



世界中の
生きとし生ける
万物の生命が
あなたの輝ける生命の中に
凝縮されている


だから
僕があなたを愛するということは
世界を愛するということである


長大な
過去の歴史も
遥かな未来でさえも
いま この一瞬一秒の中に
凝縮されている


だから いま
僕があなたを愛するということは
不滅の魂を愛するということである



 (作詩の時期不明)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(追記)

*この詩も、詩集「風の詩音」には掲載されていない詩です。
 ですが、何故か私の心に響く詩のひとつです。
 末尾にある「不滅の魂」とは何なのか? 
 それは「生命」というものが、過去から現在迄、連綿と続き、そして今後も 未来永劫迄ずっと続いて行くだろうという、何者か(創造者?)による「永 遠(無限)の愛」ではないのかと・・・・。
 
 何か、色々と考えさせられる「詩」ではある。

              12月15日(木)  野川秀行。
 
 
 

 
 

 当ブログでは、此れまで伊達が遺した詩と詩に関する文章の全て、そして、伊達の詩を評価して下さった方々、詩友の方々から戴いた文章等を主に掲載してきました。恐らくこれ以上、伊達が遺した文章等は無いのではないかと思っています。もし何か残っている可能性があるとしたら「古いPC」が1台あるので、それを接続して調べてみる方法があるのですが、PCが古過ぎて、上手く接続できるかどうか、また、接続したとしても正常に作動するのかも分かりません。今の私の拙いPCの知識と操作能力ではどうにもならないと思っています。なので、そうしたトライは諦め、今後は、我が子と暮らした当時の懐かしい思い出、それと、このブログでこれまで紹介した詩の中から、私の心に響いた詩を中心に再掲していきたいと思っています。本日は、そうした詩の中から、2012年5月7日に掲載した「祈り」という詩を再掲したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



       『 祈り 』


いつでも心にきれいな花を持っていたい

その花は人を慈しむことで ますます美しくなっていくんだ

祈りを捧げることをいつも忘れないから




そんなふうにそっと僕も 祈っていよう

世界に生まれた悲しみが一つづつ消えますように

人と人の間が 美しくありますように




いつでも心にきれいな花を持っていたい

けれど 傷ついたなら やはり朽ちていくんだ

花は確かに生きているから




それでも僕は そっと祈っていようと思う

世界に刻まれる傷が これで最後になりますように

愛しい人と繋がっているすべての人が幸せでありますように


        〜伊達 風人〜 


       (詩の作成時期不明)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(追記)

12月はこの1年に起きた様々な出来事を振り返る月です。個人や家族、そして日本国内や世界で起きた数々の「良い事」、そして「悪い事」。
こうした「1年を振り返る事」は、いずれ、個人のレベル、そしてマスコミ等
で行われるのでありましょう。
 こうした中、伊達のこの「祈り」の詩は、当に、この1年、いや、過去にもずっとあったであろう、『世界中で起きたあまりにも悲惨な出来事』に対しての「鎮魂詩」であり、「心からの祈り」ではないのかと思われます。
 今も、世界中の各地で起きているこうした不幸な出来事。そしてその結果、もたらされる何の罪も無い人々の夥しい犠牲の数々。

 色んな想いを馳せながらも、何もできないでいる無力な私には、やはり、
この詩にあるように、『争いの無い平和な社会でありますように』と、只管
「祈る事」しかないのかもしれません。
 余談ですが、今夜はいつもの通り、「やまがた幸せの脱原発ウオーキング」
 に参加してくるつもりです。

       2016年12月2日(金)  野川秀行。
 





 






 

本日は、かつて伊達が立ち上げた同人詩誌「カデロード」(kader0d」に遺した文章から「安田かじのストロボスコープ」(その3)を掲載します。


     
    「 アリエールモンド /  安田かじ 」

  
   雨が降ると、せかいは
   ただひっそりと静まり返って
   遊星たちの頬に
   身体をなくした水滴ばかりを拡げる

   かさのようなものをひらけば
   それよりも先に
   不確かな意味がこぼれれるので
   ぼくたちは、いっそう濡れて  
   せかいには言葉などなかったことに気づく

   もうすぐ、ぼくたちは
   この身体では何ひとつ弾けなくなってしまう
   こまかな光の細胞が、律動をひきいて
   ひとの器官のすみずみまで貫いてしまえば
   不確かなものたちよ
   もう、鳴りやむな

   意味に滲んだ色彩のことづて
   頬に付着したそらの指先
   濡れることをしらない水滴の孤独が
   せかいに落ちる、そのかたわらで
   めくるこの手の白さ
   触れたものすべての内部から
   瞳のようなものすべての内部から
   瞳のような雨音がきこえる


 二〇〇七年十一月に送られてきた最新の作品である。私が最初に彼に感じた
危うさは杞憂だった。第一連で「せかい」を感じ取る安田のストロボスコープは、第二連で言葉を・・ というよりもここではそれ以前のものを・・捉え直している。それによって捉えられたものが第三連では生命を伴って動き始め、
最終連ではそうして生まれた生命を、自身の肉感と全霊で感じ取っている。
 いや、この作品には批評の言葉など不要なのかもしれない。私はこの作品を
一読してその美しさに言葉を失ったのだが、それでよかったのだ。それもまた
一つの批評の形なのだから。

 これまでみてきたように、安田かじの作品にはストロボスコープのような特異な視線を確認することができる。其の視線は初め言葉へと向けられており、それを始原の状態に戻すと同時に、安田によって捉え直された言葉はその瞬間に全く新しい生命を肉感として感じ取ることができるだろう。しかし安田にとっては、言葉が最終的な視線の対象ではなかった。思い出してみたい。初期のうちから彼は言葉の自由を獲得していた。彼の言葉に対する情熱は、そのまま言葉以前のものを捉えたいというより大きな欲求からきていたのだ。「鳴りや」まない「不確かなもの」が一体何であるのか、私たちはもとより彼自身も答えることはできないだろうが、確かに言えることは、それはすでに彼のストロボスコープによって捉えられていて、そうして捉えられた生き物を、私たちもまた肌で感じ取ることができるということだ。

 ところで、規則的に点滅する光源で回転体を照らすと、照明の回数と回転数が一致したとき、回転体は静止したように見える。主体と客体が一致する瞬間があるとしたら、そういう瞬間なのかもしれない。そしてそういう瞬間に立ち会えることは、詩書きにとってこの上ない喜びだろう。安田はこれからそうした瞬間にどれだけ立ち会うだろうか。また私たちはその瞬間をどれだけ目撃できるだろうか。私は引き続き彼の作品に注目していきたいと思う。



*本稿に登場する人物名「安田かじ」は架空のものであり、実在のものとは一 切関係ありません。また、本論の内容を信じたことで何らかの被害に遭った 場合でも、作者はその責任を一切負いませんのでご注意ください。また本稿 は以下の2点を「回避」しています。批評という形で私自身の持論を展開す ること、及び実在する人物を想起させることです。
 そのようなパロデイもモデル的人物も全く存在していないことをここに明記
 しておきます。

                              (以上)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日は、かつて伊達が立ち上げた同人詩誌「カデロード」(kader0d)に遺した文章から「安田かじのストロボスコープ」(その2)を掲載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(承前)

      「 鬼  / 安田かじ 」


  昨日のかくれんぼで鬼と呼ばれていた友達が
  今日は鬼ではなかった。
  それを知ったときから
  ぼくはカブトムシの幼虫みたいに
  土管の中でまるまって
  両側から差し込む二つの光を
  左右の腕で大切に抱えるようになった


  地球が大きすぎるので
  誰にもみつからないまま日が暮れてしまうけれども
  もしも、生まれて初めてぼくを見つけた人が
  本当は美しい鬼だったとしたら

  
  母の子宮のなかであんなにもまるまって
  ぼくは、いったい
  何を大切に抱えていたんだろう




 前作とは反対に、ナイーブな感傷が全面に出すぎている。幼さを幼さの
ままに提示しているともいえる。鬼という対象は最後まで対象のままであ
り、自らがそうなりうることをまだ知らない。あるいは知ることを拒んで
いる。 だから回帰しようとするのかもしれない。いずれにせよ、前作の
ように言葉の自由だけに身を任せるような無機質な気配はなくなり、鬼と
いう対象を無邪気に美しいと捉えられる視線が生まれ、その視線から言葉
が発せられているようだった。
 この同時期の2作品は、一見すると両極の位置にあるように見える。し
かし実はそうではない。たしかに印象の差異は感じるが、それは表層だけ
を読んだ際に表現対象の有無を読み手が恣意的に判断してしまうところか
らきてうる。実際、前者では対象が不在のようにみえ、後者では「鬼」と
いう対象が存在しているように思える。しかし、恐らくはそうではないの
だ。「気の触れた作業」における対象はそれが不在なのではなくて言葉そ
れ自体にある。逆に「鬼」における対象である鬼は、対象としては余りに
もその輪郭がぼやけすぎている。さらに、「鬼」というおどろおどろしい
イメージが「美しい鬼」へと全く一新されている部分にも注目したい。こ
の作品でも安田の見つめる対象は鬼という言葉それ自体にあるのだ。また、
こうして詩語は言葉を自ら捉え直そうとしなければ出てこないものだろう。
結ばれない像を最後に疑問で投げ出してしまう拙さはあるものの、こうし
た部分に「気の触れた作業」でみられたのと同様な言葉の自由を読み取る
こともできる。だが、取り上げた上記の2篇を含め彼の初期の作品からは、
まだ彼自身の核のようなものは見出されなかった。しかし言葉と格闘した
形跡だけは著しく散見された。このことは彼の詩才を貶めるものではない
だろう。というのもこの激しい熱量は、他でもなく自らの核を表したいと
いう大きな欲求から来ているのだから。続いて、二〇〇七年一月に送られ
てきた作品をみてみる。


   
  「 つめたい本 / 安田かじ 」



  冬以外は全て揃っている一月に
  一日の労働を終えて、凍てついた指先を
  洗面器に汲んだお湯に浸しながら
  その底を、爪で引っ掻いてみる

  
  つめたい、という言葉が
  冬の地底のどこか深いところに
  引っかかっていて
  それが本当は
  何に対して向けられていたのか
  それだけが知りたかった


  冷蔵庫に、一冊の
  分厚い書籍を入れてみる
  それは比喩でも何でもなく
  書籍はいま、本当につめたい


 この一篇には、これまでの作品以上に彼の激しい熱量が静かに、しかし
凝縮されて統一されているように感じる。無意識的意思によって。そして
言葉に対する視線もまた確かめられる。指先の冷たさがそのまま「つめた
い」という言葉に還元され、その言葉を新しく捉えなおす安田の視線が、
言葉そのものを生き物のように撫でる。すると「つめたい、という言葉」
が途端に生命を有し始め、言葉そのものの持つ肉感が読み手にも手触りと
して確かに感じられるようになるのだ。音の連続や韻による音的効果も美
しいが、言葉へと視線を向けるたびに、安田はそれを生き物へと転じてし
まう。その視線はこう言ってよければ特異なストロボスコープのようなも
のだろう。言葉を絶えず自由な雫の状態で捉え、その捉えられた言葉が生
き物のように生命を持ち始める。同時にそれが彼の視線の対象になってい
る。特異な、と書いたのは、彼の視線が何か実体のある像を結ぶことより
も、言葉それ自体に向けられていると思われるからである。言葉の真実の
ようなものを探ろうとする情熱がこの静かな作品に漲っているのである。
それで彼は、いったい何を探り当てるのだろうか。  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ☆本日は此処までとします。次回(3回目)は近日中に掲載します。

         11月6日(日) 野川秀行。



  

本日は、かつて伊達が発行した同人詩誌「カデロード(kader0d)vol.2」から、詩作について書いた文章『“安田かじ”のストロボスコープ』を掲載します。因みにこの同人詩誌は2008年5月10日付で、発行人の名前には伊達風人の他に、広田修(ひろたおさむ)氏の名(ペンネーム)が併記されています。
  
   (注)長文の為、以後、3回程度に分けて記載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


      『安田かじの
         ストロボスコープ』  伊達風人


 言葉はどうして生まれたのだろう。意思伝達の手段のためという答えが一般的な見解なのかもしれない。けれども私にはその見解に背けるだけの首がない。すべては言われ書かれるのだというのであれば、そのすべては既に何かに綴じられていて、私たちの生きる世界は味気ない紙に書かれていた情報のひとつにすぎないということになるだろう。とりわけ高度情報化社会の現代においては、情報と化さないものは廃棄される傾向がある。だが私たちが生きる世界は、情報化され得ないもの、伝達不可能なもので満ちあふれている。そのような情報化され得ない生きたものを、それでも表そうとしている人と知己を得ることは、私にとって大きな喜びであり、同時に励みでもある。
 一九八三年生まれという若い詩人がいる。安田かじという詩人である。彼は長く滞っている私のサイトをそれでもよく読んでくれていて、私の作品や散文への感想をメールで送ってくれるようになった。それから交流が始まったのである。とはいえ今もなお、彼の個人的なことはあまりよく知らない。知っているのは、彼が言葉についてとても熱心に思考し続けていることと、詩を書きはじめてまだ2年余りだということだ。何度かメールのやり取りを続けるうちに、彼は自作の詩だというものを私に送信してくるようになった。感想を聞かせて欲しいのだという。そのたびに私は率直な感想を書いた。そんなやり取りが数十回続いた。本稿では、安田氏本人からの引用許可を得て、彼の作品に顕著に見られるある特殊な装置について論じてみたいと思う。
 まず初めに、二〇〇六年九月に初めて送られてきた作品をみてみる。



   「 気の触れた作業 /  安田かじ 」


    ひと通り一日の稼業を終えて
    私は気の触れた作業に入る
    砂糖の裾野から塩を差して
    酢の瀬から、醤油は死す
    味噌はその全てを
    塩辛い他行へと運びゆく

   
    もっとも
    この気の触れた作業は
    吸盤もろとも、包丁により
    他と己に引き千切られた生物が
    かな板の上で翻っている瞬間に
    行われているのだが
 

    この一連の作業から世相を抜きつつも
    残された3文字は
    なおも何かを諭す、さ、とす、
    その間に狭まる1文字の加減を
    私たちは、時々味見するのだ


    それにしても
    この世で最も恐ろしいものは
    さ、かな
    

    し、の一歩手前で
    いつも泳いでいるのだから



 あらゆる言葉は、理解や解釈といった二次元的な濾過装置によって不自由になる。自由であることとは、そうした装置が働く以前に絶えず生まれ続けているものに身を任せる勇気のことである。このユーモラスな作品にはその言葉の自由がある。しかし同時に、その自由に堕してもいる。その時、私はそんな厳しい文面を書いて送った。私は、彼に危うさを感じたのだ。言葉が自由であることが、彼自身を不自由にするのではないかと。彼の用いている言葉には、無意識的な条件反射のような力が感じられた。それは文字通り肉体的本能的なものであり、詩を書く上で必要な筋肉と神経である。彼の詩作に対する熱意が培ったものだろうと思う。だがそれだけで構成されたものは、詩とはいえない。どこかで書き手の全生霊のようなもの、敢えて誤解を恐れずに言えば、無意識的意思のようなものによって全体が統語されていなければ、血の通った作品にはならないだろう。この作品「気の触れた作業」は言葉遊びのような作品であり、ある一定のメタを保っているわけだが、2連目ではいくらか説明的になり、保たれていた緊張感が崩れている。しかしそこに書き手の無意識的意思のようなものをわずかに見出せるといったら私の深読みになるだろうか。いずれにせよ、そうした言葉の自由さに書き手の無意識的意思のようなものが引きずられ、結果敗北している感は拭えなかった。続いて同時期に送られてきた一篇をみてみる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ☆本日は此処までとさせて頂きます。
   

全58ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
伊達風人の父
伊達風人の父
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(4)
  • 皆忘先生
  • sekiyann
  • 開運サリー
  • sekiya
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事