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本日は山形県新庄市在住の詩人、近江正人氏が最近著した詩集「北の種子群」の中から『吹雪く夜に』を紹介します。近江様は、我が子、伊達風人の詩集「風の詩音」について、此れまで山形新聞の文化欄等で幾度か紹介して戴くなど、大変お世話になっている方です。近江様からは今月初め頃に恵送戴いたのものですが、詩集には40篇もの言葉の宝石といった「輝くような詩」が秩序立った構成で掲載されておりました。本日はその詩集の中でも、特に私の心に響いた(琴線に触れた)詩を一篇紹介させて頂きます。
なお参考までに近江様のこの詩集について、本日付(9月28日)の山形新聞「味読・郷土の本」のコーナーにて県詩人会長の高橋英司氏がこの詩について高く評価しております。特に私を含めた団塊世代には身につまされるような想いの詩であります。
『 吹雪く夜に 』 近江正人
父親を怒らせないように!
それが母親とのいつもの申し合わせだった
夜更けに 酔った父親が帰ると
幼いぼくと妹は あわてたつくり笑顔で
布団に逃げ込むのだった
やがてお決まりのように
怒鳴り声と 母の抗う声がして
ぼくは起こされ 服を着替えると
酒を買いにゆかねばならなかった
父親はなぜか 幸せそうな家の雰囲気を嫌った
母親の腫れ上がった泣き面を見ながら
腹立ちをかくし強気を装って外に出ると
吹雪で裸電燈が消えそうに揺れていた
長靴に入り込む雪を払いながら
闇の中を一里ほど歩くと
小さな灯りのついた酒屋があって
抱えて行ったカラの四合瓶に
主人はだまって焼酎を注いでくれた
いつものことだから ぼくの顔も見ず
穴のあいた手袋のことも
お金のこともなにも言わなかった
小学生のぼくにはそれが 雪よりこたえた
帰りは もっと暗い雪道だった
誰も歩く者のいない夜更けの一本道
吹雪が蒼い炎のように何度も燃え上がるのを見た
ぼくは 母に頼まれた四合瓶を抱いて
足も 耳も 指先も 意識も凍りつき
涙と 雪の反吐を吐きながら歩いた
とにかく死んでも行軍するしかなかった
十九歳で 満州に兵士として応召した父親は
三年間 ロシアの凍土の捕虜となり
帰国しても ラーゲリ土産の結核に呻きながら
没落した一家の貧のどん底で
人間の不条理の闇の冷たさを 何度も味わった
晩年 妙に静かに死んで 十年以上になる
吹雪く夜に
親父の好きだった冷や酒をなめながら
親父の伝えたかった深い孤独を想う
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(追記)
皆様、この詩を読んで如何想いでしょうか。私は、近江氏程の辛い体験(経験)は無かったものの、近所の大勢の同年代の幼子達が、冬場には皆、鼻水を垂らしながらも(栄養不足で)碌な玩具も持たずに無邪気に遊んでいた記憶の傍らで、その後の高度成長時代の陰で、隣にあった映画館が廃業に追い込まれて没落して行ったり、同じくスーパーマーケットが初めて家の近く(天童駅前)に出来て数年すると、幼い頃には「金持ち」の家で羨ましかった八百屋の同級生が突然一家で夜逃げして去ってしまった事など、哀しい思い出も蘇ってきたのでした。その時代の「貧困」と現代の「貧困」とは、全く様相が違ってきているのでしょうが、単なる個人的な感傷を超えて「政治の貧困さ」は元より、私を含めた「心(意識)と知識の貧困さ」から来る「争い」の究極である『戦争』こそ、その悲惨さを少しでも身近に知っている団塊世代の我々が率先して阻まなくてはならない事ではないのかと、この詩を読んで改めて深く心に刻まれたのでした。 以上。
2016年9月28日(水) 野川秀行
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