全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

☆本日は詩集「風の詩音」に載らなかった詩の中から『愛』を再掲します。




      『 愛 』



〜今までに生まれたことのある 全ての魂に捧ぐ歌〜



世界中の
生きとし生ける
万物の生命が
あなたの輝ける生命の中に
凝縮されている


だから
僕があなたを愛するということは
世界を愛するということである


長大な
過去の歴史も
遥かな未来でさえも
いま この一瞬一秒の中に
凝縮されている


だから いま
僕があなたを愛するということは
不滅の魂を愛するということである




 (作詩の時期不明)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(追記)

☆太古からこの地球上に継承されてきた多くの生物、そしてその生命。
 「DNA」という遺伝子情報(設計図)は単細胞の細菌類から、複雑な「動植物」迄、
  全ての生命体に備わっていて、「無限に続く自己複製」という内包されたプログラム
 によって現代も、そしておそらく未来永劫に継承されていくとされています。
 現代の科学常識では、それは「進化論」と言われており、「神による創造論」を否定  しているようです。
 それはそれで、良い事にしましょう。
 それでは、我が子は、この詩を書く時に、「人間」という存在を、どういう思いで考え て、「詩」に書いたのだろうか。
 恐らく、学校で習った「進化論」というものを下敷きに、それでも、何かそれだけでは 説明できない何か(魂)みたいなものがずっと継承されているのだろうと、考えたのか もしれません。
 それもまた、それで良いとしましょう。
 だが、伊達は、もしかしたら「他者を愛する=不滅の魂を愛する」という、人間の崇高 な精神性(意 識)は、人の遺伝子の中に、(何者かによって)最初から組み込まれて いるのでは無いのかと少し進化論だけでは説明つかない何か(偉大な者の意図)があっ たのでは無いのかとも、考えたのであろうか。
 だとしたら、幸いである。
 かくいう私も、個人的な考えとしては「進化論」を疑っているからであります。
 だからと言って「神」なるものによる「創造論」を肯定、信奉している訳ではありませ ん。私は、そのどちらでもない、何者か、超科学文明体による創造(サムシング・グ  レート)の遺伝子工学技術による地球の生命存在条件の改造と整備。そしてその後
 の単細胞から複雑系の全ての動植物の創造が長い年月をかけて行ったものではないのか
 と、少し別の次元からの創造論を考えています。
 「そんなバカな???」と、多くの進化論支持者や神による創造論者にも笑われたり、 否定されたりはするかもしれませんが、ボケ老人(素人)の戯言だと思って、どうぞ笑 い飛ばして下さい。皆様の感想や否定論などもどうぞご自由にお寄せ下さい。
 
              2019年3月24日(日) 野川秀行。
 

☆本日は、伊達が遺した詩の中から『詩』を再掲します。この詩は伊達の詩の中でも、私好みの詩の中のひとつです。


    

      『 詩 』




雨上がりの空に架かる虹を
憎む人がいないから
僕は詩を書く


朝には偉大な太陽に驚き
昼には青い空と白い雲を眺め
夜には煌めき輝く星と月に想いを馳せ


そして心には 喜びと悲しみと
あなたへの愛しい想いだけを抱いて
僕は詩を書く


あなたの涙のあとに
きれいな七色の虹を届けたくて




           *詩作の時期不明

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(追記)


 私が何故この詩が好きなのか、自分でもよく分かりません。
 ただ、「自然に存在するもの」が、それを見る人間にとって、あまりにも美しいもので あるからでは無いだろうか?
 では、「人」が創ったもので最も美しいものは何かと問えば、それは素晴らしい絵画で も無く、素晴らしい機械でも無く、當に生まれてきた人間(赤子)そのものでは無いだ ろうか。それこそ、本当に自然な、穢れの無い「愛に溢れた存在」であるからでは無い でしょうか?
 そうして生まれた「赤子」が、その後、もしも奇跡的な確率でその侭「成人」として成 長する事ができたとしたら、この世界はどれ程か喜びと輝きに満ちた世界になるのであ ろうかと・・・。

 この詩の最終連にある「あなたの涙」とは、そうした元来、真面目で素直で純粋な人達 (若者達)が、この現代社会の異常な程の様々な歪みの構造によって、心を捻じ曲げら  れ、又はいじめや疎外を受け、苦しみ、悲しんでいるかという証左であり、こうした涙 を流す事を自分を含めて厭というほど見て(経験)して来たからに他ならないからではな いでしょうか。伊達は、そうした現実の悲しみに触れる度(同僚や身近な人)に、そ  れを単に直接言葉で伝えるのでは無くて、ある時は優しい眼差しや表情で、心から寄り 添う事で伝えよう(詩で表現、代弁する)としたのではないでしょうか?   


        *2019年3月1日(金)15時50分  野川秀行。
    
            

 先月、1月27日(日)の午後、詩人の広田修さんが福島(南相馬市)から山形の我が家に綺麗な新婦さんと同伴で、結婚の挨拶と2011年2月に亡くなった我が子(伊達)への慰霊を兼ねて態々訪ねて来て下さいました。入籍は12月に行ったのだそうですがその後の同居や手続き関係で多忙だったようです。広田さんの事はこのブログでも此れ迄幾度か紹介させて戴いておりますが、我々夫婦にとっては當に「恩人」そのものなのであります。
 
 2011年2月12日の夕刻に東京の板橋で駅近くの路上で突然死した我が子。火葬式を終えて
アパートの遺品整理をしている時に多くの詩に関する本や文書の中に埋もれていた古びた詩集らしき文集と同人誌「kader0d」を数冊発見し、妻がその裏表紙に記載されていた発行人の名前(伊達風人と広田修)を見つけて、思わず電話した事で、我が子が「詩人」であった事が分かったのでした。その時の広田氏の一言が「伊達さんの詩は素晴らしいです。伊達さんの詩や文集、パソコン等が残っていたら捨てないで是非遺して居て下さい・・・。」という内容の事を言ってくれたのでした。あの時、その言葉を無視して捨てていたら、我が子の事は全く消えてしまって、取り戻すこともできなかったと思われます。その後も、詩集「風の詩音」の発行に至る迄、出版社の事や編集についてなど、多々
貴重なアドバイスや助言を戴いたのでした。
 
 そうした中で、伊達の死後の丁度1か月後に起きたあの「3.11大震災」。広田さん
のご実家が福島市飯坂町で果樹農家をされているという状況で、震災後の原発爆発事故と放射能汚染の不安で大変な状況の中、5月中旬に、独り、山形の我が家に弔問に訪ねて下さり、色々な話を伺った後に、上山市の久昌寺に建てた「伊達の墓」迄、足を運んで下さったのでした。
 何という律義さ、誠実さでありましょうか。私達はその時、地獄に仏が現れたような深い喜びと感動を覚えたのでありました。

 その後、2012年の2月12頃。伊達の命日に併せる形で、詩集「風の詩音」は思潮社から刊行されたのでした。
 広田さんは、その後も毎年のように、山形の我が家へ訪ねて下さり、伊達との出会いや交流の経過、伊達の人柄などを我々夫婦に色々と語って下さったのでした。
 広田さんは我々遺された家族にとって當に「若き恩人」なのであります。

 先日、1月27日(日)の午後2時頃、新婚の報告を兼ねて、福島美人の奥様と同伴で態々
訪ねて下さった事。このような現代に於いて、本当に古風で律義な方は居ないと思っています。私達も、広田さんに少しばかりの「お祝い」を差し上げましたが、これも、我が子
「伊達風人」との、詩を通した「絆」が如何に深かった事の顕れだと思っています。

 私は、広田さんに言いました。
「広田さん、今日は本当に寒い中、遠い所からお出で戴き有難うございました。私達夫婦は共に、間もなく古稀を迎える事になります。我が子の事を忘れず、何時までも思って(供養)できるのは精々、10年くらいでしょう。その後は、遠く離れて暮らす長男だけになるけれど、伊達の詩や人柄を、このように思って(思いだして)下さる方は、恐らく広田さんだけだと思います。ご迷惑かもしれませんが今後も此れ迄同様、伊達の事、どうぞ宜しくお願いします。そして今後も気が向いた時で構いません。どうぞお気軽にお訪ね下さい・・・。」と・・・・。

 
 ☆ 福島の 若き恩人 訪ね来て 風の詩音は 灯(ともしび)揺らす

       2019年 2月 8日(金)21時5分  野川秀行。





 

☆詩集「風の詩音」は伊達が亡くなった日の丁度1年後、2012年2月12日に思潮社から発行されました。その詩集には伊達の遺した多くの詩の中から代表的な詩39編が収められています。このブログではその詩集本の他に、本に載らなかった多くの詩や文章も全て掲載してきました。此れからこのブログでは、父親である私が特に気に入っている詩を中心に幾篇か再掲して行きたいと思っています。
 本日は、2004年12月28日に、当時のweb同人詩誌「めろめろ」に掲載された詩「光明」を
掲載します。





    『 光 明 』



  ランプの火は
  内在する油を減らすことで
  世界に光を投じる
  ろうそくの炎は
  その身をすり減らすことで
  世界に明るさを広げる

  
  遠い昔 そんな風に
  人々の心は光っていたので
  世界も光に満ちていた 
  人々の魂は輝いていたので
  世界も輝きに満ちていた

  
  それなのに現代人は
  自己の所有物を増やすために
  他人の光さえも奪い合う
  心の光も 魂の輝きも
  失ってしまったからだ


  その結果 この世界はいま
  太陽の照り輝く昼間でさえも
  電灯を点けなければならないほど
  深遠な暗闇に包まれている




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 (追記)

 ☆最近の国内ニュースで目にする多くの犯罪や事件には、この詩に出て来るような
  何とも哀しい、殺伐としたものが溢れているように思えます。
  ある者は多くの民意や道義を無視しての政治的な権力行使と私物化を・・・。
  ある者は、職場や学校等での地位を利用してのセクハラやパワハラ、いじめ・・・。
  またある者は、子供や孫を装ってのオレオレ詐欺等・・・・。
  現代の日本人は、何故これ程迄に、人の心や物を奪うようになってしまったのだろう  か・・・?
  何が「人」をそのようにさせてしまったのだろうか?その原因は・・・?
  勿論、こうした事象とは正反対に、優しさに溢れた無償のボランティア活動を行う
  方が大勢おられる事も承知しているのですが・・・?
  私達人間にとって「豊かさ、貧しさ」とは一体何なのだろうか?
  「他者に(愛を)与える事こそ、真の幸福である」という真理もあるだろうに、
  この詩を読んでつい色々と考え込んでしまいます。

 

  

     『今年最後の山形市での「脱原発デモ行進」を終えて』


 今月21日(金)の夜6時30分から、今年最後のデモ行進「第266回やまがた幸せの脱原発ウオーキング」が山形市の中心市街地で行われました。
 本日は、本来の「伊達風人の詩」以外の、私が2012年8月から参加しているデモ行進の様子を紹介したいと思います。私が参加したのは第2回目からですが、その時は確か30〜40人位の人達が参加しておりました。その後もデモ行進はほぼ毎週金曜夜にずっと行われておりますが、私は参加して1年後くらいに「実行委員」に任命されて現在に至っています。 これは、参加者が数か月の間に次第に減って10〜13人の常連が多くなってきた為です。又、ここ2年程前からは旧山形県庁の「文翔館」の正門前の歩道で、「脱原発」の幟を立てての「スタンディングアピール」を数名で行っています。本日は今年の最終日とあって、実行委員9名と常連2人の参加者、計11人が参加して行いました。

 午後6時20分頃からは市役所南側の市営駐車場前の出発地点に9人が集合し、約10分程の「原発を巡る様々な情報交換」を行いました。その後、18時30分からいよいよ出発です。「脱原発ソング」の音楽テープを手持ちのトラメガで流しながら西側方面に近い大きな市道を南進して行きます。最初の大きな交差点からは一方通行となっており、約0.8km程そのまま音楽だけで南進して行きます。当初は「原発いらない」等の声を出して歩いていたのですが、人通りが少ない事もあってここ数年前からは「音楽」だけでアピールしています。その後、大きな交差点で進路を東し変えて「東北電力山形支店」の前の大きな四辻(交差点)を北に左折して行きます。その交差点に入る少し手前からは、音楽を止め、いよいよ「コール&アピール」を行いました。

 最初は、私の声出しによる「定番アピール」です。
 参考までに少し紹介します。

「ご通行中の皆さん、こんばんわ〜。私達は、原発の無い社会を願う市民のデモです。
 私達のデモは今日で259回を数えました。皆さん、一緒に歩きましょう!そして原発 反対、原発いらない、の声を上げていきましょう!原発反対、原発いらない、どこにもいらない、危険な原発もう止めよう、全ての原発廃炉にしよう、原発無くても電気は足りる、原発以外の電気で足りる、原発以外の電気を目指そう、危険な原発再稼働するな、地震の国に原発危険、火山の国に原発危険、巨大地震は又来るよ、巨大津波も又来るよ、原発事故も又起きる、安全神話あり得ない、絶対安全、あり得ない、放射能漏れたらどうするの、3.11忘れない、原発事故を忘れない、福島返せ!、自然を返せ!きれいな野山取り戻そう、きれいな海を取り戻そう、汚染水止めろ、子供を守ろう、赤ちゃん守ろう、若者守ろう、大人が守ろう、皆で守ろう、経済優先見直そう、・・・・」等とコールを続けて行きます。

その後、山形市の中心市街地の大通りでは、私や仲間2〜3人が交代で各人夫々の思いをアピールしていきます。
 私は、「3.11」から7年9か月以上も過ぎても、未だ4万人以上もの福島原発の避難者が辛い避難生活を余儀なくされている事、今更人の住めなくなった荒廃した町に帰らせるような冷たい政治をし続けている事。その一方で、事故を起こした東電や国は誰も責任を取らないばかりか、次々と原発の再稼働を行っている事。他の仲間は、宮城県での「危険な女川原発2号機の再稼働反対の宮城県民による県民投票の運動への支援への呼び掛け」や「茨城県の東海第2原発の再稼働問題」等について抗議のアピール等をしたりしました。
 
そして、終点は元の出発地点の山形市役所前。
 こうして凡そ30分間のデモ行進が終わります。

 本日はデモの後、市役所近くの中華店で恒例の「忘年会」が行われました。
デモの代表による乾杯の後、一時間程この一年を振り返ったり、政治の事、特に安倍政権の横暴さ、沖縄基地問題や水道民営化の問題などについて歓談しました。
今回は、特に、デモでアピールしたい事は、各人色々とあったのだろうが、脱原発のシングルイシューの基本を忘れずに、デモのアピールを行っていく事」を再確認しました。
 来年は1月と2月が第3日曜日午後2時からの月1回の開催、3月からは通常の毎週金の開催(第3日曜日は午後2時〜第二公園)に戻ります。


 デモの参加者は今では毎回、殆ど実行委員が中心となっており、新しい参加者が殆ど居ないのが最大の悩みとなっています。国の無策が長引く中で、被災者の多く、そして支援する我々のような市民が高齢化して行き、「あきらめ」の気持ちが進んで行くことを、国や電力会社は狙っているのです。そして、国は、福島は既に復興しているかのように「原発再稼働」「オリンピック」「リニアモーター推進」「大阪万博誘致」「カジノ施設の誘致」等で目晦ましを行うだけで無く「福島はもう復興した」「福島はもう安全だ」「他の原発は再稼働しても大丈夫」等と嘯いているのです。
現在の実行委員の平均年齢はいつの間にか、72歳となってしまいました。
あの大地震が起きた「3月11日」に生まれた私も、来年は69歳になります。
何時まで継続してデモ活動が行えるのだろうか?
健康に留意しつつ、老骨に鞭打ちながら、だが、決して悲壮感は持たず、常に明るい雰 囲気を保ちながら「脱原発というシングルイシュー」「やれるところ迄やる事」「決し て諦めない事」等を肝に銘じながら、国の原発政策(方針)が「完全即時脱原発」に変 わるのを見届ける迄続けていかねばならないと思っています。
又、私個人として、可能な範囲で「言論の自由」「平和憲法順守」について何か行動する事があれば参加して行きたいとも思っています。
 
本日はこのブログに、訪ねて下さった多くの方々には大変違和感を持たれたかもしれませんが、どうぞお赦しくださるようお願い致します。
また、本日は我が子の「詩」の事は触れませんでしたが、来年は再び、詩や文章、思いなどを紹介していきたいと思っています。 以上。


     平成30年12月24日(月)21時45分  野川 秀行。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 
 


.
伊達風人の父
伊達風人の父
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(4)
  • 皆忘先生
  • sekiya
  • 開運サリー
  • sekiyann
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事