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本日は、11月16日(金)に山形市民会館で行われた『平成30年度やまがた文学祭〜現代詩フェスタ』の記念誌として発行された「やまがた現代詩の流れ2018〜山形の現代詩は何を描いてきたのか」の中から、「物故詩人の回顧」というコーナー(欄)で、伊達風人の詩業について特別寄稿して下さった近江正人様(新庄在住の詩人)の文章を、その儘紹介させて戴きます。近江様には此れまでも山形新聞の『やまがた名詩散歩』のコーナー(2014年4月〜2018年3月)で2度に渡って伊達の詩を紹介して下さっており、本当に有難い事だと思っております。


      ☆☆☆ 「伊達風人」(1997〜2011) ☆☆☆


  
        『琴ないし魂の水琴窟』  近江正人
 
 伊達風人(だてかざと)は、平成二三年の二月、都会の喧騒の中で突然倒れ三三歳で夭折した異色の現代詩人である。死後に父親と詩人野村喜和男氏や誌友広田修氏の協力によ
って遺稿詩集「風の詩音」が編まれた。その詩篇の多くは、一般的な意味の把握や行分け
詩とはかけ離れ、難解な作品が多い。あたかも空中に浮いた孤独な風鈴が風にひとりでに鳴りだしたその音感を、多彩な自己記憶と感覚的言語を鍵盤にして精密に記述したような風韻と虹彩がある。例えば、

     
       音はまぶしく
           世界は    そのかすかさを
     うすい扇状地に残したままで、
         そして鼓吹器は、瑠璃色の形を統べる
    ぬくい海のかたさを、あらかた管のようにして
    肋骨のたしかさを、韻のように踏んで
        鳴る、
     わたしたちは ときおり
             瞳を かなでたりしながら
           
          (「鼓吹器」より抜粋)

 野村は遺稿集のしおりのなかで、こうした作品群を「先端的な現代詩の書法を繰り出しつつ、いわば身体全体、いや身体をかたちづくる細胞のひとつひとつに詩の言葉がみなぎるようなこの充実」と評して、その細緻にして大胆な書法や想像力のスケールの大きさの魅力を高く評価している。一方で伊達は、「目には決して見えない“やさしいもの”」
「耳では決して聴こえない“うつくしいもの”」「溢れ出して止まらない“あたたかいもの”」「言葉以前の“なつかしいもの”」それが詩だと思うと語っている。(「ブランコを揺らすもの」)こうした斬新さと明晰な思考を産む背景には、伊達が卒論の対象とし生涯詩人として私淑した八木重吉の存在がある。大正期二九歳の若さで病死したクリスチャン詩人を「世界的にも数少ない、天性の詩人」と評価し、特に詩集『秋の瞳』所収の「素朴な琴」の「この明るさのなかへ/一つの素朴な琴をおけば/秋の美しさに耐えかねて/
琴はしづかになりいだすだろう」という四行詩を代表作としている。
 つまり伊達は自らの心身をこの「素朴な琴」に替えようとしたのではないか。日々、自己の魂と向き合う孤独の中で、日常から捕獲された言葉や音や光が伊達の心身の琴線を震わせるたびに、波紋のようにリズムと言の葉の和音を鳴り響かせる。こうした伊達の詩の工房を「琴ないし魂の水琴窟」と名付けてみたい。意味づけや形象化で終わる生活詩でなく、自分の全細胞・全感覚器官から弾き出される音韻や光に意識を集中し、そこで発するイメージを伊達独自の豊穣かつ多彩な言(琴)の音色に変換する。それはけして野放図なものではなく、意味の連なりを求める以前の命の音色を精密に重ね合わせて言語化し、自由な視覚的配列で表現して
見せた実験的な作品であった。根底にニヒリズムはない。むしろ伊達を育てた山形の豊かで素朴な自然風土、そして家族や人間への純粋な愛情と信頼がその魂の孤独を支えている。伊達の詩作がさらに継続されていれば、凛とした透明で純粋な詩語と、規模の大きい特異な語法で、せかいを新鮮な音韻にして表現するまれな現代詩人となったにちがいない。

(略歴)

 伊達風人(だて・かざと)本名は野川洋二。一九七七年山形市生まれ。山形東高卒業後、学習院大学日本文学科に進学し、都内の広告会社に勤務。詩作は大学入学と共に始まり、卒論は「八木重吉論」。二〇〇三年からホームページを立ち上げ、web同人詩誌「めろめろ」や二〇〇五年より「ぽえ。」に投稿開始。有力なネット詩人として選者野村喜和男氏より注目される。二〇一一年二月夕刻、帰宅途中に急性心不全で病死。三三歳と九か月。
死後、その詩作を初めて知った父親と野村喜和男氏と同人誌「kader0d」(カデロート)の誌友広田修氏の協力により、遺稿詩集『風の詩音』(思潮社)が翌年の命日に合わせて刊行されている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上、近江正人様が書かれた文章をそのまま転載させていただきました。
 此度は、近江様を始め多くの「やまがた詩人会」の皆様に心より御礼申し上げます。

            平成30年11月29日(木) 野川秀行。

 今月16日(金)の夜6時30分から山形市民会館(小ホール)で、平成30年度:山形市芸術祭事業/県民芸術祭参加「やまがた文学祭〜現代詩フェスタ2018」が開かれました。この催しの事は地元の新聞(山形新聞)で事前に知っていましたが、新庄在住の詩人、近江正人様から別途、個別に案内状を戴いた事、そして又、我が子、伊達風人の詩業の事で、ここ数年の山形新聞の連載企画「やまがた名詩散歩」にて、近江様から二度に渡って伊達の詩を紹介して下さった事もあり、この機会を借りて改めて御礼の気持ちを伝えるべく、是非にとの想いで出席したのでした。

 この文学祭は、六つのジャンルが輪番で担当しているもので、今回は「詩」の部門が平成最後の年度を担当するという巡り合わせで開催されました。冒頭で山形市芸術文化協会会長の大久保義彦氏から主催者代表としての挨拶があった後、「第一部」では、詩人で小説家の小池昌代氏による「現代詩は“今”をどのように描いているのか」というテーマでの講演がありました。後日の山形新聞の報道では、『小池さんは、現代詩については「自由で鳥のようにはばたける。瞬間を生け捕りにするのが運命」と表現。一方で自然などを純粋に描写することが少ない現状に危機感を訴え、詩人・故吉野宏さん(酒田市出身)らが生まれた山形には自然を詠む潮流が息づいていると語った。』と紹介しています。
 続く「第二部」では「酒田・詩の朗読会」による『北樹の葉音』と題して、ギターやサックス、フルート等の演奏に乗せて山形県ゆかりの詩人の詩を情感込めて朗読しました。
 こうした詩の朗読と楽器演奏のコラボは初めての体験でしたが、とても新鮮で素敵なものだなと思いました。
 なお、この会が始まる前に、かつてお世話になった詩人の松田達男様とお会いできた事、又、同じく詩人の井上達也様からは、古代宗教と現代科学について哲学的な考察を著した新著「私を包む世界」をご本人から直に戴いたりしました。因みに、井上様は何と、私の「FB友」であった事は全く思い掛けない事でありました。(FBではご自身が詩人であること等は一切触れておりませんでした。)
 この他にも、上山市牧野在住の詩人、木村迪夫様から態々、「その内遊びに訪ねて来て下さい」と声を掛けて下さった事など、山形詩人の皆様から暖かい言葉を戴き、本当に有難く心より感謝申し上げます。
 なお、この文学祭で参加者に配られた記念誌「やまがた現代詩の流れ2018〜山形の現代詩は何を描いてきたのか〜」には、「県内詩活動の現況」の他に座談会形式でまとめられた「山形の現代詩は何を描いてきたのか」そして、2010年から2018年までの「物故詩人の回顧」と題した11人の山形の詩人による特別企画の文章が掲載されておりました。その中で、何と、近江正人様が、伊達風人の詩業について仔細に書いて下さっておられました。近江様が態々、私を招待して下さった意味が改めて分かった次第です。近江様、本当に有難うございました。
 折角の機会ですので、近江様が書いて下さった文章を、近々このブログで
掲載(紹介)させて戴きたいと思っています。
 山形県の詩人の皆様、此度は本当に有難うございました。

 
       2018年11月23日(金) 野川秀行
 

本日は、伊達の詩友であった広田修氏からの挽詩を記載します。
なおこの詩は前回の晩詩と共に、広田氏の第二詩集『Vary』に掲載されているものです。そして我々夫婦にとって、とても有難い詩であります。


        『 未 来 ーD.K.へ 』


君は静かに「消えていった」。君は「消えていった」という言葉を望むだろう。だが私はこう思うのだ−−−−君は「殺された」と。そして君を殺したものに、僕もまた殺されかけている。だが君を殺したものはいったい誰だ?それは誰でもないのだ。罪を負う主体が存在しない無責任で物質的な混沌が、にもかかわらず持っている無窮の権力でもって、君の身体を疲弊した密林に迷い込ませた。君の食料は棘だらけで毒だらけで、全てが負傷していく密林でもはや地に斃れるしか行き場がなくなったのだ。


君は沈黙しながらも、この社会という物質的な混沌の中に巻き込まれ、至る所に壁が聳え立っては崩れ去り、不意の火災が起きては焼跡を作り、「事件」と名付けられるべき衝撃の数々が泉のように湧いてくるのを現に生き抜いた。
暴力的な事件は例えば陽射しのように毎日降り注ぐものだっただろう。
だが君は自分の詩を生きるための根拠として、動力として、未来へと向かう無数の行動の種として、一層育んでいったのだ。


詩とは愛であり、優しさであり、強さであり、知ることであり、感じることであった。どんな密林であっても、君の中には強固な詩があることによって生き抜くことができた。社会からの混沌的な暴力を受けても、君の中の詩は揺らぐことはなかった。社会が無機質の不条理な岩のようなものであったとするなら、君の詩は生命を持った他者や自己へのまなざしそのものであった。君の死は君の詩の完成ではなかったか。社会を生き抜いた君は社会に殺される直前に君の詩を完成させたはずだ。自らの存在と倫理の根拠としての詩を完成させて、その安堵の中で斃れたはずである。


僕もまたこの物質的な暴力が渦巻く社会を生きながら、自らの詩を、その若い情熱、繊細な愛を一層育んでいこうと思う。君の生きざまはまさに僕の生きざまの根拠となるだろう。君の詩を貫く原理は僕がこの社会を生きていく原理となるだろう。君という一人の人間が作り上げた詩の容量は無限であり、その原理は困難を乗り越える指標となるだろう。僕もまた、常に君の詩、そして自分の詩という原点に立ち返りながら、単純に社会の下僕となることなく、社会すら包み込む大きな愛として、大きなまなざしとして生きていきたい。僕の詩が完成するとき、再び僕は君と互いに互いの詩を読み合いたい。そのとき君はどんな笑顔を見せてくれるだろうか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 伊達の唯一の詩友であった広田修氏。もし、私達夫婦がこの方に出合えなかったら、我が子(伊達風人)が詩人であった事も、このようなブログを立ち上げる事もあり得ませんでした。この方と我が子との関係は切っても切れないものがあります。広田氏は我々にとっては當に「恩人」そのものなのです。
 詳細は詩集「風の詩音」の“あとがき”やこのブログで、度々紹介しているので此度は省略させて戴きたいと思いますが、本日は広田氏が昨年(2017年6月)に発行した第二詩集『Vary』の中に態々入れて下さった「挽詩」二篇の中から『報告ーD.K.へ』を参考迄に掲載いたします。


    
        『 報告 ーD.K.へ 』 広田 修



あなたは穏やかな光の輪を、都市の人々の瞳の裏側から見つけ出しては、一つ
一つ連ねて一冊の純粋な本を作った。始まりも終わりもない劇のクライマックスで、錯綜した青春の夏日は次々と終わっていったが、青春の残照はいつまでも人々の血流に波動として干渉していくのだった。あなたは人間の青春の目撃者であり、被害者であり、加害者であった。青春というこの緩やかな事件にあなたは深くかかわり、詩集という自白を行ったのだ。


だがあなたは美しく柔らかなものについて記述を重ねながら、厳しく硬いものについてはほとんど記述しなかった。社会や組織や暴力といった咀嚼を拒むものについて、繊細なあなたは厳密に感光しながらも、その得られた肖像について何事も語らなかった。あなたの空間には社会や組織のカラー写真が夥しく散らばっていたが、それらは詳細すぎて却って語るべき余白を持たなかったのだ。私には、深く感じながらも表現する次元が見当たらず戸惑っているあなたの顔が見える。


私の青春はあなたが代わりに歌ってくれた。今度は私があなたの代わりに社会や組織や暴力について詩を綴っていこう。あなたはそれを禁じるかもしれない、それは詩の領土の外側にあり、詩の管轄の外側にあり、詩の権限の外側にある、と。だが、青春があなたの実存に深く食い入ったように、社会という生硬なものも私の実存をもみくちゃにしたのだ。私は人間の社会の目撃者であり、被害者であり、加害者であり、詩集の中で自白しなければならない。また、私は人間の組織の分析者であり、勝利者であり、敗北者であり、詩集とともに祝祭を執り行わなければならない。


私はあなたが佇んでいる丘で風を浴びながら腰を下ろそう。私とあなたは対になり、互いに互いを乗り越えて行く。あなたが若い草の花を歌えば私は労働の本質を語ろう。あなたが淡い恋を歌えば私は組織の矛盾を語ろう。あなたが甘い苦悩を歌えば私は制度の機能を語ろう。このようにして、柔らかい世界と硬い世界は互いを乗り越えていき、終わりのない螺旋の上を滑っていく。そしていつの間にかこの二重螺旋は一本の螺旋になる。柔らかさも硬さも混じり合った人間と社会の真実の表現に向かって。
                              以上。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                      

本日は、伊達風人の遺稿詩集「風の詩音」より『わたしから一番遠いあなたへ』を掲載します。この詩が詩集の最後尾に掲載されているように、恐らく編纂に多大な協力を戴いた野村喜和夫様が、栞文の中でこの詩の一部を引用しながら、伊達風人が本物の「詩人」であったのだと評価して下さっております。
 それはこうして躊躇いながらも、背中を押されて出版に踏み切った我々親にとって、とても有難い事であります。



     『わたしから一番遠いあなたへ』  伊達風人


水のおもてにふれた
世界/という形の(光/顆生物が
東西の境目を、指先で掻いています
指紋の、(いいえ/星鳴りの、夜には
つめたく、少し粗野な花の根が
周辺の土壌を鷲づかみにして
それとは別の もろての先々で
光の球体を支えながらも/その身を
やわらかく/宇宙へと
ひらいていることでしょう


わたしは、といえば(その夜に
寄るべなき孤者と呼ばれる南海の鯨について
あなたと/語り合っていたような気がします
それから、七億年前の月光について、
氷上で憩う(繊細な/ウニウェルサーリア・アン
テ・レースの獣石について/小さなブランコに座
りながら、二度/とは 同じ音をださないという
球体の調べを、はだの内側の/ふるえで、
聴きながら ともなりしながら、
それでも、切実に語っていたような/


わたしから一番遠いあなたへ
一度も繋いだことの無いシナプスを
(いいえ/手を、繋ごうとするちからを
ひとは、なんといいますか
わたしから一番遠いあなたへ
知り尽くしても尽くせない獣石のめぐりを
ならば、うたおうとする生き物のちからを
せかいでは、なんといいますか


いつのことだったか
太古の昔に、その遠い果ての(果ての(果てに
このまま(本当に このままで
わたしとあなたとが、同じ位置で
同じ星鳴りの夜に、同じブランコに座って
あの、南海の鯨について
語り合っていたような気がします
それから、同じようにわたしたちは
何度も滅びたことがあって、
生まれたことがあって、そのたびに
指紋の(いいえ/七億年前の、
繊細な月光を浴びながら、同じ位置で、
南海の鯨について、(いいえ/
本当のことについて
切実に語っていたような/
たとえば、あれほどかたくなに
土壌の打ち寄せる堅い岬になっていた
わたしの、この両脚でさえも
花の(いいえ/光の飛沫を浴びながら
ときおり、太古へと繋がる地下茎の結びを
ほどいてしまうことがあるように
あるいは、いまこうして
わたしから一番遠いあなたへと向かって
南海の鯨について
切実な話をしているように


わたしから一番遠いあなたへ
(いいえ/あなたから一番遠いわたしたちへ
青連なりの光冠の調べのもとを
わたしたちのもとを(もと/を
ゆるやかにほどいてしまえば、
エメラルドの潮を吹き上げていた
あの南海の鯨だけが世界を支えていて
そうしてわたしには、ほんとうは/
何もかもが/詩になりたがっている/ような
星鳴りの夜には、ほんとうは、
この世界の何もかもが
詩になりたがっているような
そんな気さえしてくるのです。



                 (未発表、執筆年月不明)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(追記)

 この詩はとても難解です。私は幾度この詩を読み返しただろうか?
例えば、中段にある『わたしとあなたとが、同じ位置で同じ星鳴りの夜に、同じブランコに座って(中略)「南海の鯨に」について切実に語り合っていた・・・。』事とは?また後段の、『わたしから一番遠いあなたへと向かって南海の鯨について切実な話をしているように・・・』とかの詩語の意味。これは一体、誰とどのような事を話して(無言の対話)いたのか?という事。この詩集の編纂に携わって下さった詩人の野村喜和夫氏は栞文の末尾で『一番遠いあなたである私たちの全てに語りかけてくる。』と表現しておられます。恐らくそれが正しい解釈なのでありましょう。
 その一方で(とても不遜な事ではありますが)私は、この詩から他でも無い「一人の孤高の詩人」をも連想してしまいました。その「私から一番遠いあなた」とは、敬愛して止まない詩人「八木重吉」その人では無かったのかと・・・。伊達の詩の原点ともなった八木重吉の詩の世界。「普通の人が子供のように素朴な心を持った儘に、ごく普通に働き、暮らして(生きて)行く事がこんなにも難しくて生きづらい世の中で有る事。ある日の夜、星鳴りのする美しく晴れ上がった夜空をふと眺めながら、幾億年もの時空を乗り越えてある時は滅び、ある時は生き延びて来た、夥しい程の命の継承を続けてきた人類を主とした全生物達(群)の姿を思い浮かべながら、その一方で、南海で清透な潮を吹き上げる孤高の鯨(詩人)が「夜空に輝く、星々のような輝く愛で満ちた詩」を吐き出していた。それは伊達自身がまさに、同じブランコに乗りながら、(共鳴りしながら)同化しようとした、最も敬愛する詩人、その人では無かったのか?そしてその詩人(八木重吉)と全く同じ場所と視点で(時空を超えて)この世界を支えているものとは何かを考えた末の結論は、他でも無い、「人」の出現以来、永々と受け繋がれてきた「命」。言わば「無償・無限の愛」そのものでは無いだろうかという事であります。それは當に、逆説的表現をしている「あなたから一番遠い、私達、一人一人へ」というメッセージそのものでは無かったのかと思うのであります。

 本日は、詩の事について全くの門外漢である私が勝手な妄想で書いてしまいました。実の所、詩の解釈や受け取り方には読み手本人に任せるのが王道であり、本来、親の私と雖も「このような感想等を記してはいけない。」とも思っています。作者(伊達)や、この詩集や編集に尽力戴いた、野村様や広田修様は勿論、詩を愛する多くの人々の自由な解釈や評価にも、大変な影響や誤解を及ぼす事があると思われるからでもあります。
(今後、私の考え方が変わって、この文章を、私自身で削除する事も有る事を、この際、あらかじめ表明しておきます。)
 皆様からは、反論等を含め、どうぞ率直且つ自由なご感想、ご異論を忌憚なく投稿いただきたいと願っています。 以上。


       
       平成30年9月3日(月) 野川秀行     


  


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