国体学のすゝめ

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 五回に亘って、井沢元彦氏の『逆説の日本史』(小学館)に基づいて、崇徳上皇怨霊化の過程を追ってきました。

 私が、西郷隆盛に一見関係のない崇徳上皇に関心を持ち、数回にわたって書いてきたのは、そのことが、西郷隆盛という歴史上の巨人の文明史的意義を考える上で、非常に重要な観点を提示しているからです。これまで西郷隆盛を顕彰する史家や知識人は多くありましたが、これらの主張にはどちらかといえば主観的、直感的なものが多く、西郷という人物が背負っている日本の伝統や文明性について客観的なものがあまりなかったように思えます。
 私はそれを西郷論としてまとめたいと考えて、ある程度まとめているのですが、少なくとも『(新)西郷南洲伝』では、紙幅の都合上、その触りぐらいしか書くことができませんでした。しかも、南洲伝を調べながら書くうちに、自分の西郷像を完成させるには、まだまだ掘り下げて考えないといけないことが多くあることに気づき、それについても、今、少しずつ調べているところです。
 寺子屋の準備をしながらですので、なかなか捗っていないのが現状ですが。

 前述の井沢元彦氏は、日本人を動かしている原理を抽出し、これを力説しておられる作家で、その論の組み立てには非常に説得力があり、私の日本人観は氏の立論に、その多くを負っています。
 その井沢氏によると、日本人の和の原理を裏から支えているのが、怨霊信仰であるとのことです。日本人には潜在的に怨霊信仰があるから、怨霊の発生を防ぐには、和を重んじざるを得ない。つまり、多くの日本人にとって自明である、日本人の特性「和の原理」は、根底に、この怨霊の発生を恐れる心理が横たわっているということです。
 確かに、日本人のもうひとつの特性をなしている、よく言えば大らかで寛容、悪く言えばいい加減で適当、熱しやすく冷めやすいと評される、その行動規範の無原理・無原則さは、この強固な和の原理の存在と相反するものです。
 原理主義的でない日本民族が、この原理を、その歴史を遡るのが困難なほどの昔から堅持してきたことについては、やはりその根底にこれを支える感情、それも宗教的なほどの強い感情がなければ、説明がつかないように思えます。
 そして、その井沢氏の説を裏付けるのが、この崇徳上皇の怨霊化の事件から、皇が実質的に民に取って代わられるという、上皇の呪詛の現実化である承久の変までの一連の出来事なのです。
 そしてさらに、その歴史経験が、同じ構造の逆作用によって、文明力の復元につながったのが明治維新でした。
 このことは日本文明の本質を理解する上で、非常に重要な視点を提示しています。そのためにも、西郷隆盛という常人の理解の及びがたい歴史上の巨人の謎は、解明されなければならなかったのです。南洲伝を書く意義のひとつはそこにありました。


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稲垣秀哉
稲垣秀哉
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