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高柳氏には南洲翁をキリスト教の聖者(セイント)と見たい願望があるのではないだろうか。氏にとって、南洲翁を顕彰することより、キリスト教を顕彰することが隠れた動機となっているのではないだろうか。そして、次の館長もクリスチャンに引き継ぐつもりだろうか。 高柳氏によって、日本人の精神性にとって大変重要な南洲翁の思想の改変が翁研究の総本山で行われていくのではないか、との悪い予感がしているのである。 ここで読者の判断の材料となる史料及び歴史的事実を掲げておくことにする。 まず、南洲翁と聖書との関わりを示唆する史料。 (遺訓の二十四条) 「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以って人を愛するなり。」 (筆者注・・・おそらくこの原典と思われるのが、明治八年九月庄内藩士戸田務敏が人を愛することの根元について教えを請うた際、翁が与えた教戒である。「人は人を相手にせず、天を相手にするものなり。故に天より見れば我も人も同一に愛すべきなり。因りて己を愛する道を以て、人を愛するものなり。」この最後の部分について『西郷隆盛全集』は「新約聖書〔マルコ伝〕おのれの如く汝の隣を愛すべし」と注を付している。) 旧薩摩藩士・有馬藤太の回想には次のようにある。 「間もなく耶蘇(キリスト教)教師について、取調べるため、照幡(てるはた)大忠と神戸に出張した。耶蘇のことなど何にも知らぬからおおいに閉口した。その点では、西郷先生の眼の早いのには感心したものだ。いつだったか忘れたが、ある日西郷先生を訪問すると、『日本もいよいよ王政復古の世の中になり、おいおい西洋諸国とも交際をせにゃならんようになる。西洋では耶蘇を国教として、一も天帝、二も天帝というありさまじゃ。西洋と交際するにはぜひ耶蘇の研究もしておかにゃ具合が悪い。この本はその経典じゃ。よくみておくがよい』といいながら、二冊ものの漢文の書物を借してくれた。『私は無学でコンナむずかしいものはとても読めません』『自分で読めねば、今藤新左衛門にでも読んでもらえ』持って帰ったものの読むのはイヤだ。三、四十日ほどたってから先生に返してしまった。今度神戸に出張して、耶蘇教を調べるのにはたと当惑、あの時一ぺんでも読んでおけばよかったと後悔したものだ。」 (筆者注…慶応二年のパークスの鹿児島訪問前の一時期に、薩摩藩主以下、漢訳の『大英国志』(トマス・ミルナー・ギブソン撰、慕維廉《ム・ウェイリヤン》訳)を研究した経緯がある。) 次に、クリスチャンではなく、むしろ「孔孟の徒」であることを推測させる「遺訓」の言葉から。 (第八条)「広く各国の制度を採り、開明に進まんとするならば、先ず我が国の本体を据え風教を張り、そうして後、しずかに彼の長所を斟酌するものぞ。そうせずしてみだりに彼に倣ったならば、国体は衰頽し風教は萎靡して匡救(ただし救う)すべからず。終に彼の制を受けるに至らんとす。」 (第九条) 「忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亙り宇宙に弥(や)り易(か)うべからざるの要道なり。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し。」 (第十一条) 「西洋は野蛮じゃ…実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己を利するは野蛮じゃ。」 (筆者注…次の十二条において、翁は、西洋の刑法における罪人の扱いが懲戒を旨とすることについて、実に文明であると褒めている。) (第二十一条) 「道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己に克つの極功は、『意なし、必なし、固なし、我なし』(『論語』「子罕」)と云えり。総じて人は己に克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。」 (第二十三条) 「学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて、ただここにのみ偏倚すれば、あるいは身を修するに疎に成り行くゆえ、終始、己に克ちて身を修するなり。規模を宏大にして、己に克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ。…堯舜を以て手本とし、孔夫子を教師とせよ。」 その他いくらでもあるが、翁の中で具体的に引用されているのは『論語』『孟子』『書経』『礼記』『近思録』、書名が触れられているだけのものは『春秋左氏伝』『孫子』。他、韓退之・朱子・陳龍川・司馬温公等、支那儒者の言葉の引用あり、堯・舜・孔子の他諸葛孔明の人物評あり、わが国に眼を向ければ、藤田東湖の言葉の引用あり、曾我兄弟の誠心の顕彰あり、長岡監物の顕彰あり、となっている。 高柳氏の見解に従えば、翁は庄内藩士にこれらの訓戒を垂れた後に、改心し、翁を仰ぎ見る彼らを欺いたまま、死地に送り込んで、賊軍の汚名を着せたことになるが、その辺はどうお考えなのだろう。 やはり、懺悔の念を懐いて、最後まで戦ったという、クリスチャンならぬ自分には全く理解できない答えが返ってくるのであろうか。 |

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