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本稿は日本の至宝である皇室の伝統が、『論語』という、「賢者の石」ならぬ、言わば「賢者の杖」に支えられて、これまでの困難にして高尚な長い道のりを歩んできたことを明らかにしてきました。國體はこの賢者の杖によって成長を遂げてきたのです。
現代的思考になじまぬ内容で、読者にとって難解であったであろうことは承知していますが、今明らかにしておかなければ、いずれこの道は失われてしまうのではないか、その危惧の念が筆者にこのエッセイを書かせてきました。 「令和」という新時代を迎えて、われわれ日本人は恐らく重大な岐路に立たされているであろうことを多くの人々は感じておられるでしょう。 この稿を書き始めた平成三十年末ごろから、筆者の日本の未来に関する危機感は高じる一方でした。とりわけ、皇室の伝統存続に対する危機感は大変深刻で、これまで百二十六代にわたり受け継がれてきた男系皇統断絶を意味する女系天皇誕生に向けた動きが、御代替わりに際して、政官財およびマスコミにおいて活発化していることが原因でした。 今でも「週刊文春」や「週刊新潮」における秋篠宮家バッシングは常軌を逸した形で行われていますが、これは愛子内親王への直系継承、すなわち女性天皇の誕生と次代における女系継承に向けての布石となる世論工作なのです。当然その背後には、プロローグで述べた勢力の暗躍があると思われるのです。 今回の御譲位のきっかけとなったのは上皇陛下が平成二十八年八月八日、国民に向けて発表されたビデオメッセージでした。内容は、ビデオメッセージというような軽いものではなく、われわれ国民にとって伝統的な詔(みことのり)に匹敵する重みを持つと言ってもよいものでした。 視聴当時、筆者が妙に引っかかったのは、メッセージを、「個人として」の考えと前置きした上で、お話になられたことでした。公(おおやけ)の存在として無私であることを宿命づけられてきたのが皇室であると受け止めてきた筆者としては、天皇陛下御自身が「個人として」という御言葉を使用されること自体が異様に映ったのです。 そして、皇室の方々の公式の御発言と、皇室にまつわる不確かな情報を耳にするうち、畏れ多いことながら、陛下は長年にわたる御務めの中で、日本国憲法に魂を吸いとられておいでではないか、そんな疑念が鎌首をもたげるようになったのです。 しかし、「令和」への御代替わりに前後して、「和」の伝統について考えていた時、ふと「個人として」という御言葉は、天皇の国政に関する発言を禁止している日本国憲法に抵触せぬように配慮することで、敗戦以来、左右に分裂したままの国民世論の分断を防ぐためという「和」の大御心から出た御言葉ではなかったか、と思われたのです。そして、大嘗祭という秘儀の意義を考えた時、御即位の始めに大嘗祭を厳粛に執り行われ、毎年の新嘗祭を斎行して来られた陛下が、天津日嗣として天照大神の神霊を引き継がれ、全身全霊、無私でこれに取り組んでこられたはずの陛下が、本居宣長が「知ろしめす」の注釈で示した伝統的精神を受け継いでおられないはずがない、との確信に変わりました。すなわち、物を見るが如く、聞くが如く、食(を)すが如く、御身に受け入れ有(たも)つように、国を治め有つ、という伝統です。この君民同体という考えにおける君主とは、その人体を統一するところの心であり、精神であり、頭脳であり、首脳部ということになります。頭部はその人の本質、存在を象徴する最も重要な部位と言えるでしょう。 この確信は最近、江崎道朗氏の近著『天皇家 百五十年の戦い 日本分裂を防いだ象徴の力』を読んでさらに確固たるものとなりました。 公に奉仕し、無私であることを心がける人物の言葉を片言隻句で理解することが難しいのは、西郷隆盛を研究した時つくづく実感したものです。こういった公に一生を捧げた人物を理解するには、言葉だけでなく、行動も含めた思想全体を受け止めてみなければ理解できませんが、器のちっぽけなもの、イデオロギーにとらわれた偏狭にして小さな視野しか持たないものは、片言隻句と行動の一部を取り上げて、自己の立場に都合のいいように解釈し、プロパガンダとして利用します。 皇室の方々の御言葉も同様で、御言葉のみならず、御行動も含めた思想全体を受け止めなければ、その御真意を、御深意を理解することはできません。 先の「個人として」という言葉も、前後をよく読めば、われわれ私欲にまみれた一般人が「個人として」という言葉を使うのとは違って、公の規範である憲法に抵触せぬよう配慮しつつ、それをさらに超えた公としての伝統を背負われ、天皇という職分、言わば天職を宿命づけられた一人の人間として、という意味合いであることは明らかです。 この天下を「知ろしめす」という御立場から忖度して次のことが言えるのではないでしょうか。憲法の誤った解釈から宮中祭祀の縮小を行ってきた宮内庁が、ゲスな週刊誌の悪辣な秋篠宮家バッシング報道にいかに不作為で、皇統断絶を意味する女系天皇誕生への道を開くことにいかに意欲的であっても、天皇御自身が、正統な皇位継承者である秋篠宮家を差し置いて、女性天皇誕生(愛子内親王の即位)に肯定的であるはずがない、と。ただ国論の分断を避けるため、決して口になさらないだけではないか、と。 問題はこの国家国民の象徴たる皇室を支える日本の政治文化の著しい劣化衰退であって、今やほとんどの政治家と称される人々が、政事家ふぜいになりさがり、政治の本義「まつりごと」の重要性を理解し得なくなっているのが深刻な問題なのです。そもそも政治家とはそんなものなのだ、という大人ぶった常識は、認識の病が膏肓に入っている証拠です。 メッセージを、一言一句削ることのできない金科玉条として、じっくりお読みいただければ、その大御心はおぼろげながらも理解できるようになるでしょう。繰り返し読むうち、それは、四海万国、天地の表裏をくまなく照らす日の光のように感じられる人もいるのではないでしょうか。その光は、日本国憲法という、国民を覆う灰色の雲を照らし出してさえいます。 長く大きな歴史の視座に立つ筆者にとって、日本国憲法は西の空に沸き起こる白い入道雲のように映りますが、そうでない人にとっては頭上を覆う灰色の重苦しい雲のようなものです。メッセージは雲の合間から差し込んだ日光で、その光によって縁どられた雲はその輪郭を露わにするのです。 そして、その光である大御心は新たに即位される今上陛下にも、「皇嗣殿下」(本来ならば皇太弟殿下)にも受け継がれているであろうことを筆者は疑いません。 メッセージ全文を宮内庁ホームページより転載します。 「戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。 私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。 本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。 即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。 そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。 私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。 天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。 始めにも述べましたように,憲法の下(もと),天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。 国民の理解を得られることを,切に願っています。」 問題は国民がこの理解を怠り、大御心をそのまま受け止められなくなっていることではないでしょうか。本稿では、陛下の御言葉にあるように、天皇が象徴であり、国民統合の象徴であることの意味を、根源にまで遡って自分なりに考えてみました。賢者の杖を失った現代日本人のどれぐらいに人びとの理解と共感を得ることが出来たか、心許ありませんが、一国民として数年にわたって考えてきたことをまとめ、さらに突き詰めてみたつもりです。 そして、そこまで象徴というものの意味を考えた時、皇室が英国流立憲君主というものを御手本にされるということを是とするなら、憲法改正を論議するに際して、いっそのこと、単一の憲法典というものを持たない英国の國體に倣って、成立の経緯から見て無効な日本国憲法を破棄し、國體を象徴する歴代天皇の詔勅の集成を以て憲法と為す、あるいはこれらを以て憲法前文と規定する、それくらいの根源的な態度を持って臨んでもいいのではないか。つまり、王政復古であり、維新としての改憲ということです。 なぜ、歴代天皇の詔勅を憲法に定めるべきだと考えたかは、それらが、國體が自ずと顕現している金科玉条であるからにほかなりません。思い出していただきたいのは、成文憲法である大日本帝国憲法は、制定された明治からの世代交代により國體が見失われたことによって解釈、そしてそれに基づく運用を誤った結果、国運の衰退を招来してしまったことです。現在の日本もまた、大変出自の怪しい憲法の、國體観を見失ったエリートたちによる、さらに誤った解釈、誤った運用により、国運の衰退を招いて今日に至っていますが、今や更なる困難に直面して、取り返しのつかない過ちを再び犯そうとしているのではないでしょうか。 【『皇室と論語』 終わり】 |
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今上天皇・皇后両陛下が即位される以前、すなわちまだ皇太子及び皇太子妃時代に、世間やマスゴミが散々薄汚いバッシングを繰り返していました。
ところが即位するや手の平を返したように、今度は鉾先を変えて秋篠宮家をターゲットの変えてバッシングするようになりましたね。
平成の頃は東宮御夫妻(当時)を扱き下ろし、貶める反面、秋篠宮家を持ち上げてたくせに。
そして注意すべきは、在野では皇室尊崇を偽装して、皇室を崩壊に導こうと画策している似非皇室護持派の如何わしいブロガーたちがいます。
少なくとも私の知る限りでは、下に挙げたブロガーたちがその札付きの偽装皇室護持派です。老婆心ながら一応の御知らせに。
2019/7/3(水) 午前 2:20
【BBの覚醒記録】
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001
【伏見顕正の「時を斬るブログ」】
http://blog.goo.ne.jp/duque21
【でれでれ草】
http://e-vis.hatenablog.com/
【remmikkiのブログ】
http://blog.livedoor.jp/remmikki/
【アリエスの雑記帳】
http://ariesgirl.exblog.jp/
こいつらに騙されて煽動されている、思慮の足りないア保守、一端の愛国者気取りの馬鹿者が多いです。
2019/7/3(水) 午前 2:21
分断工作は左翼のお家芸ですね。
2019/7/4(木) 午前 8:08 [ 稲垣秀哉 ]
少々切り口を変えてみますと、👇のような行事がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=RYjIp4QnhC4
👆の動画は南出さんの主宰する國體護持塾の公式動画です。
もう今から7年前の平成24年6月8日(金)に、新宿の東京都庁の6Fで開催された『占領憲法と占領典範の無効確認決議を東京都議会に求める請願集会』という集会で、私も参加しました。
動画にこそ映ってはいませんが、私も聴衆の一人として、かなり前方の席に坐っていたのです。
高名な方々の御顔を間近で見る事が出来ました。講演が終わった後、南出氏始め講師の方々の誰にも話しかけたりする事はしませんでしたが。
上記動画はこの集会の一部始終の模様を収録したもので、全部で2時間以上と長い収録時間です。
なのでその中でも視聴して頂きたいと思う箇所が、動画の1:44:50〜1:52:27の遠藤健太郎氏の8分前後の御話です。
遠藤氏の御話を要約して、何点かをピックアップすると、以下のようになります。
2019/7/10(水) 午前 1:17
===============
「東宮殿下と東宮妃殿下の批判、特に妃殿下に対する誹謗中傷が酷過ぎる。」
「これは皇室解体を目論む中共が、保守派を手駒として逆利用しようとしている。」
「小和田恒に対し、「皇室に対し、口を出し過ぎじゃないか」という批判ならOKだが、その娘である雅子妃殿下はれっきとした皇族なので、民間人に過ぎない小和田恒に対する批判と同じ調子で批判するのはさすがに違う。」
「保守派が「あんな御妃ではちょっと・・・」などと口にするのは実におこがましく、僭越な話。
それこそお為ごかしもいい所であり、それ自体が既に中共の仕掛けた皇室解体工作に乗っけられてる。」
「そんな体たらくの保守派が同じ口で、尖閣諸島の問題なんかで中共を批難しようと、中共が恐れると思うか?
恐れる筈がない。腹の中じゃ「単純でチョロい連中だ」と馬鹿にしているだけ。」
===============
2019/7/10(水) 午前 1:19
以上ですが、オマケとして1:06:21〜1:18:01のドクター中松氏の御話も宜しければ。
これは皇室・皇統云々とは関係ないのですが、話の初っ端で次のような「おや!?」と思う話をしていますので。
===============
帝国海軍にいた者として御伝えしたい。終戦の時に日本は全く負けていなかった。
当時の日本は戦闘機も食糧も十分だったし、あの後も戦いを続けていれば、アメリカに勝っていた。
では何故終戦したのか?それは天皇陛下の御命令だから。
なのに現在に至るまで、日本が負けた事にされている。
===============
とまあ、こんな所です。
2019/7/10(水) 午前 1:21
動画の御紹介ありがとうございます。
こんな会合があったのですね。
多分、南出氏がチャンネル桜の討論に出演されたのも、同じ頃だったように記憶しています。
これについては動画を拝見してから改めてコメントさせていただきますので、もう少しお時間を下さい。
2019/7/11(木) 午前 6:15 [ 稲垣秀哉 ]
動画拝見。
石原都知事への請願はその後どうなったのでしょう。
民主党政権時代のこの時期、今は亡くなられた大阪の三宅氏や西村氏の講演には何度か足を運んだことがありました。
ですからここでされている議論は概ね知っていますが、ドクター中松のお話はとても興味深いですね。このような経歴、お考えをお持ちの方とは存じませんでした。
遠藤氏の事ははじめて知りました。
氏の主張はその通りだと思いますが、皇室の伝統を守るための批判(非難ではなく)はありうると思うので、これは峻別すべきでしょうね。
皇室解体を目論むのは中共もそうですが、グローバリストもそうですから、もし皇室伝統について語るなら、注意深く節度を持って批判(繰り返しになりますが、非難ではなく)する必要があると思います。
2019/7/11(木) 午後 6:31 [ 稲垣秀哉 ]
わざわざ動画をじっくり御覧になられるなど、御丁寧に御付合い下さり、誠に恐縮です。
>>>石原都知事への請願はその後どうなったのでしょう。<<<
これに関してはこの集会の僅か5日後、平成24(2012)年6月13日に同じ東京都議会にて、石原慎太郎都知事(当時)がハッキリと「現行憲法との訣別宣言」を果たしました。
私が参加した集会にも出席された土屋たかゆき都議が質疑応答して、石原都知事がそれに回答した形になりました。
その模様を映した動画が👇です。ちなみに動画冒頭で土屋議員が南出さんやドクター中松の名前を口にしています。
https://www.youtube.com/watch?v=EIVy0pvfADM
2019/7/12(金) 午後 8:52
👆19:10〜
「これ(日本国憲法)をね、改正する必要などないんです。」
「この憲法は認められないと・・・歴史に例がないと・・・私たちはこれを捨てると、廃棄すると・・・」
「廃棄って言葉が強いんなら、(喩えるなら)どうもそぐわないカップルがいて、このまま一緒に居続けると、御互いに幸せになれそうにないから、私はこの男(女)と別れますと言えばいい。(それと同じで)この憲法と別れたらいいんですよ。」
👆21:00〜
「ですからね、私たちはこの憲法と手を切って別れれば宜しい。それだけの価値しかない。」
と、このように日本国憲法の無効宣言が為されました。
当時この発言はちょっとだけニュースになりましたが、あまり騒がれませんでしたね。
マスゴミが意図的に「報道しない自由」権を行使したのか、それとも都知事の発言の歴史的な意義と重要性を全く理解出来てなかったのか、どっちだかは分かりませんが・・・・。
2019/7/12(金) 午後 8:54
そして国会ではなく地方自治体レベルでの出来事ですが、当時私はこの都議会での都知事発言を、交友のあったブロガー数名に、「燎原の火」と表現して伝えました。
恐らく御存知かとは思いますが、「燎原の火」とは「野原を焼く」という意味で、激しい勢いで燃え広がって行き、防ぎようがないものの喩えです。
これを契機に勢いが付いて、日本全国の地方自治体、都道府県議会だけでなく、市区町村議会レベルでも無効宣言が次々と後続するかと期待したのですが・・・・残念でした。
けれど例えそのような残念な結果に終わったとしても、この意味は大きいと思います。
国会ではない地方自治体でも、何せ東京都議会ですから、他の自治体とは別格です。
首都となっている自治体の現職の長が、公式の場で堂々と憲法の無効を明言した事の意味、重みは、決して小さくはないと思います。
>>>ここでされている議論は概ね知っていますが、ドクター中松のお話はとても興味深いですね。このような経歴、お考えをお持ちの方とは存じませんでした。<<<
2019/7/12(金) 午後 8:55
私もこの集会の少し前辺りから、こういう人だったのかと初めて知って驚いた位です。
それまではヘンテコな発明ばかりしている、タレントや芸人まがいの「面白オジサン」としか思ってなかったです(苦笑)。なので当人に申し訳なかったなと・・・・(^^;)。
>>>遠藤氏の事ははじめて知りました。氏の主張はその通りだと思いますが、皇室の伝統を守るための批判(非難ではなく)はありうると思うので、これは峻別すべきでしょうね。<<<
>>>もし皇室伝統について語るなら、注意深く節度を持って批判(繰り返しになりますが、非難ではなく)する必要があると思います。<<<
遠藤氏は自身のブログ👇を持っています。
http://endokentaro.shinhoshu.com/
愛国者であり、保守としての理論や思考も確かなのですが、どうも全体的に体制に批判的で、論調も硬くて暗めなので、失礼ながら読んでて面白味や、元気が出るような爽快感に欠けますね。
2019/7/12(金) 午後 8:56
そして「皇室への批判」に関しては、👇の松浦光修氏の論旨でしょうか。
http://matsumitsu.exblog.jp/13686076/
以下は↑↑からの全文引用です。松浦光修氏の西尾幹二氏に対する批判です。
============
皇室への最低限の作法は守るべきだ
もっとも私は、皇室は「無謬」だ、などと主張しているわけではありません。
人としての肉体をもっていらっしゃる以上、当然、時に判断を誤られることも、ないとはいえないでしょう。
けれども、もしも、そういう時、本当に皇室を思う者ならば、どういう判断をすべきでしょうか?
皆さんも、少し考えていただきたいのです。
マスコミで大騒ぎして、皇太子御夫妻を誹謗中傷することですか?
そうではないでしょう。
私なら、・・・どうするか?まずは「祈り」ます。
皇室のご安泰と、皇太子妃殿下のご病気のご回復を祈ります。すべては、そのあとの話です。
そのあと、一国民として、宮内庁に建白書を出してもいいでしょうし、政治家に意見書を出してもいいでしょう。
2019/7/12(金) 午後 8:58
しかし、あくまでも、それらのことは、ひそやかに、謹みをもって行われるべきです。
そもそも日本人なら、皇室に対しては、最低限守るべき「作法」というものがあるはずです。それさえなくて、何が「保守」でしょう。
ひそやかな、謹みをもった努力は何もせず、いったいなぜ、いきなり雑誌で、つまり公衆の面前で、皇太子妃殿下を口汚く罵るなどということができるのか、私には、その神経が、まったく理解できません。
しかも、両殿下は、雑誌で反論できるお立場でもない。言われっぱなしです。
そのことを承知の上で、しつこく誹謗中傷をくり返すというのは、あまりに卑怯な態度というほかないでしょう。
私は、もう西尾氏についても、あるいは、西尾氏に同調している方々についても、何も語りたくはありません。
そもそも、心の奥底に、皇室に対する敬愛の念が、一かけらもない人々と、いくら皇室のことを議論しても、無意味だと考えるからです。
2019/7/12(金) 午後 9:00
西尾氏たちは、皇太子妃殿下が宮中祭祀にご熱心ではない・・・と罵りますが、それでは、ご自分は神に祈っていらっしゃるのでしょうか?皇室の御安泰を・・・。
自分は神を信じてもいない人々が、他人に信じろというのならば、それは偽善です。
そして自分は皇室のご安泰を、心から神に祈ったこともない人々が、皇室に対しては、「自分たち公民の平安を祈れ・・・」というのは、あまりにも不遜であり、あまりにも傲慢でしょう。
そういう発言が平気でできる・・・というところが、実は「戦後的な人々」の発想なのでしょう。
その点、竹田さんのように、かえって若い方々の中に、日本人としても「常識」をおもちの方が、いるように思います。
竹田さんは、お家がら上、特別な方であるとしても、たとえば『祖国と青年』という雑誌がありますが、そこに鈴木由充さんという、たぶんまだ四十歳代の方が、こんなことを書いています。
「三島(由紀夫)さんはかつて、石原慎太郎氏との対談で『最後に守るものは何だろうというと、三種の神器しかなくなっちゃうんだ』と言った。
2019/7/12(金) 午後 9:01
対する石原氏は、『やはりぼくは世界のなかに守るものは、ぼく自身しかないね』と言った。
西尾氏も『三種の神器』と『ぼく自身』を秤にかければ、『ぼく自身』を取るだろう。
それが西尾氏の限界であり、戦後日本の限界である」(鈴木由充「三島由紀夫と戦後日本」・『祖国と青年』平成二十年十一月号)
この意見、私は、深く同感します。
それから、もう一つ、これは漫画家の小林よしのりさんですが、小林さんも、このような正論を述べています。
「我々国民が、私利私欲にまみれ、退廃した自由に魂を弛緩させている分際で、雅子妃の苦悩を非難する資格などありはしない。
−こんなときこそ、国民が皇室のために祈っていればいいのだ。雅子妃のご病気が一日も早くピュリファイ(浄化)されることを。
皇室が守っている日本の伝統のすごさを、雅子妃が受容してくれる日が、きっと来るだろう。
−わしが奇妙だと思うのは、雅子妃は祭祀に熱心ではないと批判する保守派の者たちが、祈りの奇跡を信じていない合理主義者であることだ。
2019/7/12(金) 午後 9:03
皇室にだけ非合理を要求する前に我々も自省せねばならない。
人間の理性が万能だと思う傲(おご)りを、国民が捨てなければならない」(小林よしのり「天皇論」第二章・『SAPIO』平成二十一年一月二十八日号)
============
以上です。この頃は小林よしのりもまだマトモな事を言ってたようですが・・・・。
それはともかく、以上述べられたような、皇室・皇族方に対して何か物申す時の作法がまるで成っていない者が、どれだけ立派そうな事を言おうが、説得力まるでなし、という事でしょうか。
今回は以上です。ここ以外へのコメントは、後日また改めて。
2019/7/12(金) 午後 9:06
皇室や皇族方にもの申すに際して、日本人としての作法があるだろう、というのはもっともです。
西尾氏に関しては、違和感を感じながらも、その知性に対して畏れのような感覚も抱いていたことがあり、どのようなモチーフからあのような言論が展開されているのか知りたくて、『皇太子さまへの御忠言』他を叩き台に、いろいろ考察したことがあります。彼の専門であるニーチェについても、彼の論考をもとに考察してみました。
簡単に言うと、ニーチェが保守思想家とは言えないように(故西部邁は『思想の英雄たち』で保守として扱っていましたが)、西尾氏も主に保守論壇に足を置いて活動しながら、「保守」ではないのです。それは彼自身の自己規定でもありまして、彼は「保守」ではない、と批判されても何とも思わないでしょう。
2019/7/13(土) 午後 4:47 [ 稲垣秀哉 ]
西尾氏の念頭には、戦後保守の重鎮である福田恒存や三島由紀夫が皇室や皇族方に対する批判を自由に行っていた記憶があったようです。
小生は西尾氏のニーチェに関する論考を叩き台にして、ニーチェの「発狂」に関する一文を草したことがありますが、それは西尾氏の見解とは異なる結論に行きついて、それを土台にニーチェが日本の伝統と向き合う機会があればどうなり、皇室をどのように考えただろうか。そんなことを考えてみました。
まあ、それが『織田信長とニーチェと論語』という奇妙な題の本とあいなったわけであります。
2019/7/13(土) 午後 5:04 [ 稲垣秀哉 ]
動画に話を戻しますが、あそこに出ている西村慎吾氏は雄弁で、保守派が期待するところが大きかったわけですが、最近はあまり聞かなくなりました。
田母神氏は北朝鮮のハニー&マニー・トラップにかかって信用を失いましたが、彼と行動を共にした西村氏も同様の轍にはまったように聞いています。
残念な話です。
2019/7/13(土) 午後 5:13 [ 稲垣秀哉 ]