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四月一日土曜日の朝日新聞のフロントランナーの記事に興味を持ちました。この記事で取り上げられていたのは、ルドルフ・W・ジュリアーニ。94年から02年までニューヨーク市長を務め、市の治安回復に尽力し、著しい成果をあげた人物です。退任の後は市長時代の危機管理のノウハウを生かして、投資・コンサルタント会社を作って、今年6月には、日本のIT企業と合併して、日本に乗り込んでくるそうです。日本が、アメリカの「年次改革要望書」を忠実に実行していて、外資の天国になりつつあり、また独立心もなく、危機管理意識がなっていないのを見越して、乗り込んできたのでしょう。
彼は共和党に所属し、党内の08年の次期大統領選候補として一番の人気を集めていて、本人もまんざらではなさそうです。気になるのは記事中の彼の次の発言です。
「私はブッシュ大統領の支持者で、彼を尊敬しています。イラク戦争も対テロ戦争のなかの必要な戦争だと思います。イラクでの努力は、中東に平和を創造するうえで、とても重要です。中東に民主的な政府をつくることが大事なのです。イラクの状況はとても困難で危険ですが、米国の活動は必要なことです。」
ご立派な発言ですが、イラク侵攻が、ブッシュファミリーとその政権基盤である軍需産業や石油産業などによる侵略戦争であったことはもはや常識といっていいでしょう。あれが対テロ戦争のはずがありません。また彼はアメリカ(あるいは西欧文明特有のというべきか)の伝統的思考である独善的な普遍主義の立場をとっています。「中東に民主的な政府をつくることが大事なのです」がそれです。お決まりの、自由と民主主義を、未開な民族に教えてあげようという態度のことです。有難いことに、日本人も大東亜戦争で、二つの原爆と空襲による民間人の大虐殺を、チョコレートと一緒にいただきました。アメとムチというやつですね。もったいなくも憲法までいただきましたっけ。なんと文明的な国でしょう、アメリカ合衆国って。
皮肉はこれくらいにして、彼が大統領になったら、この路線を踏襲することは眼に見えています。旧ソ連崩壊後、アメリカと互角に対峙する存在がいない現在、彼らのこの傾向は暴走し始めたようです。かつてハンチントンは、こういったアメリカの世界に対する普遍主義的態度を戒めるべく、「文明の衝突」を書きました。この本は当時の知識人が抱いていた、「世界はこれからグローバル化していくだろう」という幻想を打ち砕いたことで目を引きましたが、ハンチントンの執筆の動機は別のところにあります。ひとつは、国内的にはアメリカの多文化主義を戒めて、西欧文明に属する国家として普遍主義的立場をとること。もうひとつは国外的に、世界は多文明より成っているのであるから、普遍主義的立場をとらずに、地域大国に対し、地域におけるナンバー2国家と組んで、抑制すること。そうでなければ、現在西欧文明が他文明に対し維持している相対的優位は、早期に崩れるであろうということを、ハンチントンは懸念していたのです。つまり主としてアメリカの国益の立場で書かれた物なのです。
ブッシュ政権はこの警告を無視しました。そしてフランスやドイツ、中国やロシアの反発を招きました。ジュリアーニ氏が大統領となって、この路線を踏襲するとすれば、ますますアメリカの覇権は揺らぐ方向に行くことになるでしょう。もし彼が次期大統領にならなくとも、日本に来たら、ブッシュ政権が自国内で行ったように、散々テロの脅威を煽って、上手にビジネスに結びつけるのだろうなと思います。日本政府にも圧力をかけることでしょう。政権をとったらなおさらのことです。そうなると日本人の精神はどんどん消耗していくでしょう。北朝鮮の脅威に対してですらオロオロして断固とした対処すら出来ないのですから。幕末には武士がいたから、恐怖を維新のエネルギーに換える事が出来ましたが、今の日本人にはそんな精神的活力がないように思えます。国の根幹に関わる部分が腐食してますから、どうにもならないのです。
このジュリアーノ氏のことに興味を持ったのは、最近日本の将来のことを考えていくうえで、この十年アメリカとどう付き合っていくかが、最も重要なことだと思えるようになったからです。日本の根幹は今回復不能なところまで傷つけられていますが、そこを見据えるとどうしてもアメリカに行き着かざるをえないのです。もちろん日本人自身が歴史の縦糸に対する意識を回復させることが最も重要ですが、外敵を意識しておくこともそれと同じくらい重要なことなのです。大東亜戦争に至った原因を、国内でばかり探し、誰々の責任だとか、どこどこの判断が間違っていただとか、そういう視点で語られるのが多いことに端的に表れていますが、日本人は内的原因を重視しがちです。これは心を見つめる日本人の伝統的思考で、日本文明にある高貴さであり、アメリカニズムの手垢に汚れた現在の日本人の意識に残る高貴さの名残とも言えるでしょうが、内ばかりみて他者との関係を測らないという点で、知性の衰退ともいえます。知性を伴わない道義心は、容易に独善へと転落します。自分さえ悪いことをしなければ、戦争にならないとは、なんと傲慢な考えでしょう。ですから中国との関係も、韓国との関係も、また従属関係で長期的な日本の安全保障上の観点から必ずしも良好な関係ではないという点でアメリカとの関係も、一時的にはともかく、根本的に改善に向わないのです。知日家の蒋介石でさえ、支那人と日本人を比較して、日本人の知と徳に及ばないのが支那の衰退の根本的な原因だという趣旨のことを言っています。福沢諭吉も文明論とは国民の知徳の発達の学問をいうと言いました。知と徳は互いに支えあっていなければならないものなのです。現在の日本人が持っているのは、むしろ痴と得になってしまっています。
我々は、国内的には、日本の歴史を問い直すと共に、国外的には、アメリカという存在を見据えていくことが急務です。歴史を問い直すことも東京裁判史観の克服に行き着き、内政に関する問題も国益のため日本を改悪しようとしているアメリカに行き着かざるを得ないというのが、現実です。明治維新の目的の一つである日本の独立という目的が是とするならば(是に決まっていますが)、アメリカを見据えなければ何も始まりません。これは反米のすすめではありません。そんな小さなことではなく親日のすすめ、否、愛日のすすめです。安全保障上、今の日本に独立してやっていくだけの実力がなく、すぐそこに中共の脅威があり、アメリカとの同盟は堅固にしておかなければならないとしても、そういった思想的準備をしておかなければなないということを言っているのです。
かつて『戦艦大和の最期』の著者である吉田満氏は、その著作『戦中派の死生観』において、戦中派の人々が復興のために黙々と働きながら、戦後の自由とか民主とか人権とかの美名の影にあるものがまやかしであることに気付いていたという趣旨のことを言っていますが、それはしっかりと意識化されて言葉にされなかったことで、次世代はその意識を引き継ぐことが出来ませんでした。要するに戦後思想というのは、まやかしの上に建てられた砂上の楼閣であり、非常にもろいものなのです。現在の日本はその砂上の楼閣の上に、さらに増築を行おうとしています。耐震偽装のマンション以上に、危険といわなければなりません。明治維新礼賛者は、そのまやかしを直視し、日本がアメリカの属国であることを認め、精神的な独立心を取り戻すところから始めなければなりません。そして、それがまた恐らく日本が国際社会で示すべき、日本文明の内包する普遍的価値を浮き彫りにすることになるのです。
多くの人はそれが武士道であることに異論が無いのではないでしょうか。かつて江藤淳氏はその著『南洲残影』において、西南戦争を戦った西郷南洲の思想とアメリカと死闘を演じた大東亜戦争を直感的に結び付けました。論理的にではありませんでしたが、この直感は正しいのです。
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