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ニーチェ

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 電子書籍kindle版『ニーチェと論語 神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』が販売されたのでお知らせします。

「狂人とは理性を失った人ではない。
狂人とは理性以外のあらゆるものを失った人である。―ギルバート・K・チェスタトン―

 『ツァラトゥストラかく語りき』で示した「超人」「永劫回帰」思想の発明を経て、善悪の彼岸で、あらゆる価値の価値転換という大仕事の絶頂において精神錯乱に陥った「アンチ・クリスト」ニーチェ。 
 しかし、それは本当だろうか。
 それは固定観念に過ぎないのではあるまいか。
 ニーチェの「発狂」にはもっと大きな文明史的意義があるのではないか。
 むしろ、必要なのはわれわれ現代人における「近代」という一つの価値の価値転換なのではあるまいか。

 近代に突き刺さった棘であるニーチェの「発狂」に関する大きな普遍的価値の価値転換のための、日本の知識人の弱点を克服するための試論(エッセイ)。」


 ニーチェの伝記、評伝というより、ニーチェの「発狂」の意味について考えたエッセイです。
 晩年の小林秀雄は「ニーチェを十分潜り抜けていないことが日本の知識階級の弱点だ」と繰り返し語っていたといいますが、そのニーチェの到達点について、また日本の伝統から見た、その思想についての考察です。
 以前、このブログで発表した論考のままですが、興味のある方はお読みください。

ニーチェが登った階段

西尾幹二氏によると


「最近の世の中は余りにも物事を簡単に考える人が多くなっている。ニーチェはニーチェを読む人に自らの体験を求めている。ニーチェはまず自分の読者であることを止めよと言っている。読者はニーチェを読解するのではなく、ニーチェを読むことを通じて、自分自身とは何であるかを再体験せよと言っている。」


ということだそうだ。(
http://www.nishiokanji.jp/blog/wp-trackback.php?p=1603


確かにニーチェ自身次のように言っている。


「ここにあるこれらは私のためのいくつもの階段であった。私はそれらを登って越えて来た。――このために私はそれらの上を跳び越えて来なくてはならなかった。ところが、階段の方では、私がそこに腰を落ち着けて休息しようとしているのだと考えていたのである。・・・」


 ニーチェが残した文章、言葉とはつまり、彼が踏み越えてきた階段だったという事になる。ニーチェの読者は階段になってはいけない。

『神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』は言わば自分のニーチェ体験だが、補論の「ニーチェと論語」は自分自身とは何か、そこへの通路である。
 私がそこで描いたニーチェ像は、この階段――「天国への階段」に背を向けるように、ニーチェ自身によって、一段一段築き上げられていった階段――が、どのような階段で、それを彼がどこまで登ったのかを明らかにしようとしたものだ。

 晩年の小林秀雄は、ニーチェを潜り抜けていないことが日本の知識人の弱点である、と繰り返し言っていたそうだが、これはあくまでも西洋の思想にどっぷりと浸かった現代日本の知識人に対するもので、私のように、日本の知性の伝統に回帰しようという人間にとって、ニーチェが築き上げた階段はどこまでも、他山の石ならぬ、他山の階段である。
 西洋文明という山脈の麓から、そこから背を向けるように、海に突出した岬先端部の断崖へと続く階段である。
 彼はそこから、海に飛び込むようにして、飛び立っていった。
 それが多くのニーチェリアンや彼のエピゴーネンたちと本家本元との隔絶した違いである。
 彼らの大半は大地にへばりつくか、階段にしゃがみこむか、海を、それも浅瀬を泳いでいる。
  
 ニーチェと「論語」はもちろん接点がないが、「温故知新」的態度という点では共通しており、日本の明治維新までの知識人の伝統という観点から見れば、ニーチェが築いた階段は意外と理解しやすいのでは、ということを示したかった。

 しかし、われわれにとって、あちらより、こちらの階段のほうが重要である。
 遠くに霞む山々へと続く尾根に築かれた、あるいはこれから築かれようとしている階段である。
 これはおのおのが自分の足で歩いて築くほかない階段であるが、われわれはあくまでも歩いて築く側であって、階段になってはいけない。それが私がニーチェ体験を通じて再確認したことである。

ニーチェ 民族の神

言うまでもないことだが、ある民族が滅びるとき、未来への信仰や自由への希望が永久に失われて行くのを感ずるとき、そして隷属が第一の利益として、隷属者の徳が自己保存の条件として、民族の意識に昇るようなとき、そういうときには、民族の神も変質しないわけにはいかない。神はいまや卑劣漢になる。臆病になり、控え目になり、「魂の平和」を、憎悪の中止を、寛容を、敵味方の区別なき「愛」すらをも、説き勧めるようになる。神は絶えずモラルを説教する。神はあらゆる私的な徳の洞穴に這いこむ。万民むきの神となり、私人となり、コスモポリタンとなる。……その昔、神は民族を、民族の強さを、民族の魂から発する攻撃的で権力渇求的なもののいっさいを表すものであった。今では神は、単なる善良な神でしかない。…

 ―ニーチェ 『アンチクリスト』―





神こゝに 敗れたまひぬ─。
すさのをも おほくにぬしも
青垣の内つ御庭(ミニハ)の
宮出でゝ さすらひたまふ─。

くそ 嘔吐(タグリ) ゆまり流れて
蛆 蠅(ハヘ)の、集(タカ)り 群起(ムラダ)つ
直土(ヒタツチ)に─人は臥(コ)ひ伏し
青人草(アヲヒトグサ) すべて色なし─。

村も 野も 山も 一色(ヒトイロ)─
ひたすらに青みわたれど
たゞ虚し。青の一色
海 空もおなじ 青いろ─。


―折口信夫 「神やぶれたまふ」―





何?人間は神の一つの失策(へま)に過ぎないって?
それとも、神が人間の一つの失策に過ぎないのでは?


―ニーチェ 『偶像の黄昏』―

ニーチェとユダヤ人

 
 
 有名な「神は死んだ、われわれが殺したのだ」といったニーチェが、近代西欧において歴史的役割を終えたと見たキリスト教に変わる新たな価値の創造を目指し、狂気の淵に沈んだのが、一八八九年正月のこと。

 彼はその直前、『偶像の黄昏』『アンチ・クリスト』『この人を見よ』の著書を立て続けに著し、これらの出版によって、革命を起こそうとの狂気にとらわれていた。その際、財源として当てにしていたのが、アンチ・クリストであるはずのユダヤ資本であった。

 打倒ビスマルク、打倒ホーエンツォレルン家を掲げ、自身の著作の各国語による翻訳出版と檄文による国際的な一斉蜂起により、革命を成し遂げようとしたニーチェのモチーフとなっていたのが、国際共産主義運動ではなかったかと思われる。
初の「プロレタリアート独裁」による政権樹立を達成した1971年のパリ・コミューンによるパリ占拠はニーチェに大きな衝撃を与えたが、二十数年の歳月を経て、「権力への意志」を課題とするようになっていた彼には、逆に運動の一つのモチーフとなってとらえられるようになっていたのではなかったか。

 彼が実際に遺したのは著述のみで、計画は膨れ上がった妄想で終わり、何ら実体を伴わないものであったが、その最高潮に達したところで、一般に「発狂」「精神錯乱」とされる幕切れを迎えたというのはいかにも悲劇的である。『悲劇の誕生』でその著述人生を始めた彼がその悲劇を演じきったというところがいかにも劇的であるが、その哲学的意義は「発狂」「精神錯乱」で片付けられるような単純なものではない。

 彼が思索の行き着く果てで、理性と狂気の綱渡りを極限のところで渡りきった(バランスを崩しての転落ではなかった。私はそう見る)その先に見えたものが何であったかは、ニーチェの残した言葉から察するしかない。

 それを考察したのが、昨年書いた文章『神になった悲劇人、最晩年のニーチェ』なのだが、理解者を得るには相当の年月が必要かと思う。


 ニーチェはその著作が後にナチスに利用されたことから勘違いされたことがあったが、反ユダヤ主義ではない。妹のエリザーベトが反ユダヤ主義者と結婚した際は、猛烈に非難してさえいる。実はニーチェの死後、彼の思想とナチスを結びつけた人物こそ、このエリザーベトだったのである。

 ニーチェに反ユダヤ主義はなかったが、キリスト教の土壌となったユダヤ的価値観、すなわち聖書の価値観それ自体は否定した。むしろ聖書的価値観で否定されたものを積極的に肯定しようとの強いパッションで貫かれているのが彼の著作であり、彼の激しい生き方であった。

 ニーチェはヨーロッパの真ん中に生きながら、その到達した世界観は非西洋的なものであり、実はむしろ日本の神道的な世界観に行き着いたことが、いわゆる狂気の書簡から窺える。これを考察したのが拙稿「ニーチェと『論語』」だがこれはまた機会があれば公開したいと考えている。

 ニーチェの「狂気」の書簡の代表的なものをウィキペディアから引用しておこう。


 「1889年1月3日、ニーチェはトリノ市の往来で騒動を引き起し、二人の警察官の厄介になった。

数日後、ニーチェはコジマ・ヴァーグナーやブルクハルトほか何人かの友人に以下のような手紙を送っている。ブルクハルト宛の手紙では


「私はカイアファを拘束させてしまいました。昨年には私自身もドイツの医師たちによって延々と磔(はりつけ)にされました。ヴィルヘルムとビスマルク、全ての反ユダヤ主義者は罷免されよ!」


と書き、またコジマ・ヴァーグナー宛の手紙では、


「私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシアではディオニュソスでした。…アレクサンドロス大王とカエサルは私の化身ですし、ヴォルテールとナポレオンだったこともあります。…リヒャルト・ヴァーグナーだったことがあるような気もしないではありません。…十字架にかけられたこともあります。…愛しのアリアドネへ、ディオニュソスより」


というものであった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7

 これは自身を創造生成の神の化身である、といっていることになる。


 彼が近代合理主義というニヒリズムを超克した生き方として提示した「超人」との概念の訳語は【Ubermensch】というドイツ語からきているが、これを英訳すると【overman】あるいは【superman】となる。

それぞれ、【over】は「上の、外の、すぐれた、過度の」、【super】は「超越した、極上の、すごい」といった意味を持つ。
 これは日本の「かみ」概念に一部重なるものだ。

 ここで本居宣長の神概念を紹介しておこう。


「さて凡て迦微(かみ)とは、古御典等(いにしえのみふみども)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云ふなり、(すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神と云なり、さて人の中の神は、先づかけまくもかしこき天皇は、御世々々みな神に坐すこと、申すもさらなり、其は遠つ神とも申して、凡人とは遥に遠く、尊く可畏く坐しますが故なり、かくて次々にも神なる人、古も今もあることなり、又天の下にうけばりてこそあらね、一國一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし、さて神代の神たちも、多くは其代の人にして、其代の人は皆神なりし故に、神代とは云なり、又人ならぬ物には、雷は常にも鳴る神、神鳴りなど云へば、さらにもいはず、龍樹靈狐などのたぐひも、すぐれてあやしき物にて、可畏ければ神なり、…(中略)…又虎をも狼をも神と云ること、書紀万葉などに見え、又桃子(もも)に意富加牟都美命((おおかむつみのみこと)と云名を賜ひ、御頸玉(みくびたま)を御倉板擧(みくらたなの)神と申せしたぐひ、又磐根木株艸葉(いわねこのたちかやのかきば)のよく言語したぐひなども、皆神なり、さて又海山などを神と云ることも多し、そは其の御霊の神を云に非ずて、直に其の海をも山をもさして云り、此れもいとかしこき物なるがゆゑなり、)

抑(そもそも)迦微は如此(かくのごと)く種々にて、貴きもあり賤しきもあり、強きもあり弱きもあり、善きもあり悪きもありて、心も行もそのさまざまに随ひて、とりどりにしあれば(貴き賤きにも、段々多くして、最賤き神の中には、徳すくなくて、凡人にも負るさへあり、かの狐など、怪きわざをなすことは、いかにかしこく巧なる人も、かけて及ぶべきに非ず、まことに神なれども、常に狗などにすら制せらるばかりの、微(いやし)き獣なるをや、されど然るたぐひの、いと賤き神のうへをのみ見て、いかなる神といへども、理を以て向ふには、可畏きこと無しと思ふは、高きいやしき威力の、いたく差(たが)ひあることを、わきまへざるひがことなり、)大かた一むきに定めては論(あげつら)ひがたき物になむありける」(『古事記伝』三)



 この神概念のうち、世の常ならずすぐれたる徳があり、かしこきものである神(迦微)は、上(かみ)でもあり、ニーチェの言うところの「超人」と言い換えることも出来るだろう。これは現代日本人の「かみ」概念でもある。

 新井白石の「かみ」概念はもっとこれに近い。


「我国の凡そ称してカミというは、尊称の義なりければ、君上のごとき、首長のごとき、皆これをカミといい、近く身にとりても頭髪のごときをいい、置く場においても、上なる所をさしてカミという」(『東雅』)


 この意味においてニーチェの「超人」は「かみびと」と訳してもいいかもしれない。

 ともかくニーチェはその例として「仏陀」「ディオニュソス」「アレクサンダー大王」「ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)」「ヴォルテール」「ナポレオン」「ヴァーグナー」そして「イエス」を挙げるのである。
 要するに歴史上最も傑出した英雄、大宗教の教祖、哲学者、芸術家たちであるが、「ディオニュソス」に関しては古代ギリシャの神々のうちの一柱である。陶酔の神ディオニュソスは豊穣の神であると同時に、狂気をはらんだ暗黒神でもあった。彼の哲学において、最も重要なインスピレーションを与えた神である。

 彼は一八八九年正月に、外面においては身体の自由を失ったが(進行性麻痺と診断されている)、その内面において「超人」の境地に入ったのだ。 
 聖書を根にし、ユダヤ人がその中心を担う形でヨーロッパを蔽った国際共産主義運動とはまた別の、聖書を根底から覆す思想運動が、一人の天才思想家の内で完結したというのは非常に興味深い出来事である。

 現在は同じ根を持つグローバリズムが世を蔽い、世界を混乱に陥れている。これを担っているのは同じく国際金融資本という権力を手にした一部のユダヤ人たちである。

イスラエルの国是は「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」だとされるが、ディアスポラ後の迫害が第二次世界大戦におけるナチスのホロコーストという極限にまで行き着いて、その後イスラエルの建国に至ったユダヤ人がこういった国是を持ったとしても不思議ではなく、また一方で、彼らが手にした金、権力、人脈を駆使して、既存の国家群を操作誘導、あるいは混乱させることで自己の権益を拡大しようというのは彼らにとって歴史的必然性がある。
 無事のときから、国家の垣根を取り払うべく、グローバリズムという名の国際運動を仕掛けるのも同じ覚悟から来ていると見るべきだろう。
 そして国際的非難をかわすべく、自身が経験したホロコーストを国際的に宣伝し、これへの批判をタブー化することで、その背後に彼ら自身の謀略を隠すというのも、国際共産主義運動の教訓や超大国アメリカの金融支配やロビー活動の成功体験から学んだものだろう。

 彼らが身につけ、実践しているこれら狡猾な国際的謀略は、善悪の彼岸にたって見るべきで、「彼を知り、己を知る」が良好な国際関係構築に役立つ見地から、国際宣伝に惑わされることなく、相手を見ることが大事であろう。

 その点、同じくホロコーストを受けながら(原爆の投下や無差別爆撃による民間人の大量死など)、自ら侵略国であり加害者であったと国際宣伝に努める日本の方がどうかしているのである。少なくともわれわれは民族として滅亡したわけではないが、先人たちが数々の試行錯誤と苦労の末に営々として築き上げてきた近代国家・大日本帝国は侵略を受け、破壊されたのである。
 ことさら被害者であることを宣伝する必要はないし、それは国民性にも合わないが、愚かにも、ありもしないことをあったかのように宣伝する必要はないし(南京大虐殺や従軍慰安婦・セックススレイヴなど)、見解の分かれる侵略か被侵略かの問題を安易に謝る必要はない。
 少なくとも、知性を看板とする知識人や指導階層は善悪の彼岸に立って、冷静に国際政治を認識するよう努めなければならない。
 日本人がユダヤ人から学ぶことは山ほどある。


 ところで敗戦後、小林秀雄がニーチェに関心を示しているが、晩年の彼は「ニーチェを十分に潜り抜けていないことが日本の知識階級の弱点だ」が口癖だったという。
 ニーチェの言葉は日本で人気があるそうだが、その根源的理由は小林秀雄の直観以上に、非常に深いところにあるような気がしてならない。 
ブクログ・パブーに今年唯一の論考『ニーチェ 神になった悲劇人』を公開したのでお知らせいたします。
 
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西洋哲学について門外漢の私がニーチェについて書くというのは意外だと思いますが、昨年ブログに掲載した西尾幹二氏への批判を国体論としてまとめる上で、やはり氏のニーチェ観を理解しておかなければならないとのことで、氏のニーチェに関する論考や翻訳を読んだのがきっかけとなりました。
 
最初は文章にする気もなかったのですが、読み込むううちに、ニーチェという人物の不思議さに惹き込まれ、文章化しました。すると意外な視点を得、それまで考えてもみなかった結論に至ったのです。
 
晩年のニーチェはキリスト教を否定し、西欧社会における「あらゆる価値の価値転換」という大それた試みをなそうと目論んで、狂気の淵に沈んだということになっています。つまり発狂したということが固定観念になってきましたが、果たしてそれは妥当な見方だろうか、というのが拙論の趣旨です。
 ことニーチェに限っては、そこを再検討してみる必要があるように思えるのです。
むしろ、われわれの方に、ニーチェに関する一つの大きな価値転換が必要なのではあるまいか。
 
 西尾氏によれば、晩年の小林秀雄は、ニーチェを十分にくぐり抜けていないことが(戦後)日本の知識人の弱点だ、ということを繰り返し周囲に語っていたといいます。今ではその趣旨はわかるような気がします。
 
 本論は今年発表できた唯一の論考ということになりますが、とても有益な経験だったと思います。『論語』を手がかりにした日本の国体試論の発表は来年以降ということになりますが、この面白い経験を活かしたいと思います。
 

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