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久々の投稿です。
加彩婦女立俑 唐時代 高 約36㎝
中国の土偶の起源は殷代に有ると言われて居りますが実際には漢時代以降の
物に馴染が有ります。人物像、いわゆる俑に関しては漢時代のデフォルメされた
様式、正面性シンメトリーに尊んだ原則が、六朝になると身体の線が柔軟になり
略化されていた衣装なども克明になっていきます。そして唐時代になってくると
六朝のシャープな容姿からふっくらと優しい豊満とも言える姿態になっていきます。
豊満な美人俑は唐三彩より加彩俑にその完成度を見せていると思います。 (唐の美人俑が全て肥満体かというと痩身細腰のタイプも少なからずあります)
中国では古来、死後の世界があり、そこでの生活が有ると考えてきました。
その為権力者や貴族達は、立派な墓を作り、死ぬと召使い達や家来、馬や馬車
なども一緒に墓に埋めました。所謂、殉葬です。しかし文明が進むに従って殉葬の理念は消え、木や石、陶器などで作った人形に代え、又動物や様々な道具なども作って一緒に副葬しました。人物は俑と言いそして道具や動物類、いろいろな素材で作った物を「明器」と呼びます。日本の埴輪も明器の一種です。
この婦女立俑も唐時代の典型な様式を備えて居りますが、豊満さがイマイチ 美人俑の二番手です。赤褐色の胎土を用いて躰躯を作り、白土を化粧掛けし
さらにその上に赤、黄、緑、青、黒などで加彩を加えていたと思われます。
残念ながらほとんどの彩色は剥脱されています。ほんのわずかの朱が見られる
程度です。
発掘された状態から洗いをかけ、顔にもしかしたら若干の手が加えられている
かもしれません。まあ加彩俑には良くある事だそうです。
残念なのは輸送中に靴の部分と下の所が少し欠けてしまった事です。接着剤で くっ付けました。厳重な梱包をして下さったのですが、下部をかたどって掘り込んで有る台に乗せた状態で箱に入れて、寝かして送ってきたので、台の部分がズレて
ぶつかり、欠けを起こしてしまった様です。
台付きの物を送る場合、輸送の仕方を指示しておけば良かったと悔やんでいます。 まして先方は昔の友人、そして御婦人であるが故文句も言えません。 俑に関しては底に穴が開いたもの、塞がっているものが有りますが
底は穴が開いている方が物が良しと私は考えています。
大昔は二番手な物でも、とても私では手に出来る物ではなく、又、パンクーニャンと言って、憧れの物でも有りました。
約30年前頃から偽物が出回り今では偽物だらけです。稚拙な偽物もありますが
精巧な美人俑もかなり有りますので注意が必要です。でもそういう状態で
無かったならば私くしなんかには手に入らなかったやもしれません。
では・・・ |
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