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磁州窯とは華北地方一帯で制作された白化粧を施した民窯であります。
(宋〜明時代)
磁州窯の日本出土例は数が少なく、比較的に朝鮮半島の高麗古墳に多く出土が 見られます。そのせいか、絵高麗と言われる高麗の鉄絵青磁や、李朝初期の
刷毛目、粉引に、その影響が強く表れて居り、磁州窯が御手本になっていたと
思われます。
しかしながら一方、日本でも桃山時代から、志野、織部等の技法手本となり 江戸時代は尾形乾山,青木木米等、磁州窯が、やはり手本となっている物が
在ると推測される事から鉄絵に関して当時磁州窯の物が間違いなく日本に
将来されていたと思われます。(磁州窯系茶道具等伝世品多々有り)
京都市埋蔵文化財研究所所蔵、京都市中京区場之町出土の磁州窯枕は
乾山、木米に多大な影響を及ぼしたと考えられています。
1920年、鉅鹿(キョロク 河北省南部、華南省との境の町)発掘調査以来 著名コレクターや各美術館等には磁州窯の優品が数多く所蔵されています。
壺の内側は褐釉で塗りつぶされています。 下部へ行くほど引き締まり、高台が小さい為、安定させるためか
台をはめていたと思われ,高台に三か所接着剤の跡が有りました。
結構取るのに時間が掛り大変でした。
白磁鉄絵褐彩壺 (元〜明) 高23.5cm
写真の磁州窯壺は、東京国立博物館蔵の白磁鉄絵褐彩人物図壺にその系列を
見ますが、出光美術館蔵の白磁鉄絵褐彩牡丹壺に関しては、同手と言って良く
元〜明時代の特徴を顕著に表現してると思います。
その引き締まった、ボディフォルムにチョットした異性を感じるのは
私だけでしょうか。
では・・・ |
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