秋といえば、ほっこらしたお芋が思い浮かびますね。
というわけで秋祭りの代表格。
蔵造りの町並みに山車がゆく、                    川越祭りを見物してきました。
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川越といえば蔵造りの町並み

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板葺きのお店でも味があります。


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つぼ焼きの焼き芋屋さんに行列が。
ちょっと気になりましたが並ぶのが嫌なので


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室町時代に扇谷上杉氏が古河氏に対抗するために太田道灌父子に造らせた川越城の中の堀跡。

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江戸城も築城した太田道灌が考えただけあって敵の侵入を防ぐ仕掛けが随所にあります。
この城造りに貢献した道灌も主君上杉氏に暗殺されたとのことです。戦国の世とはいえ何ともはかないことですね。暗殺されたのと墓がある場所が神奈川の伊勢原ということで、伊勢原道灌祭りが毎年行われています。


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午後の見所は市役所前に12台の山車が江戸囃子にのって勢ぞろいするところです。

川越祭りの起源は1684年。城主であった松平信綱が、氷川神社へ神輿や祭礼用具を寄進して祭りを奨励。1651年に神幸祭が氏子の町々を渡御したことに始まる。とにかく360年ほどの歴史があるそうです。

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祭りの先導役には手古舞で華を添える少女たちもいます。


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手古舞のお姉さんから離れてしゃがんでいる男の子のつまんなそうな顔が印象的でした。



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時の鐘に灯りがともり、月が出たころに祭りが盛り上がります。


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夜には山車に灯がともり、軽快な祭り囃子で夜の競演ともいえる曳っかわせが行われます。
他町の山車に出会うと、お互いに囃子台を前に向け競い合います。

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暗くなってからの街歩きも祭りの楽しみです。

美味しいものをつまみながら川越の地酒で一杯。

祭りの醍醐味ですね。

お芋のスイーツやお菓子類などもたくさんありますので

女性やお子様も楽しめる町です。



相模原の台地にある上溝。ここはかつて養蚕のための桑畑や野菜畑が広がっていた。
このまちで江戸時代後期から150年程続く祭りがある。

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      山車の上での勇壮な狐の舞


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     粋な鯔背な娘たちの太鼓の叩き



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子供たちが演ずるひょっとこやおかめのなんとも可愛い仕草。


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毎年参加しているエレキバンド。ベンチャーズの曲がメインで中高年に人気だ!

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このやきとりやはいつも行列ができているので今年も食べられなかった。並ぶのが嫌いな性質で。

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地域の祭りとはこんなにええもんだなと気ずかせてくれる上溝夏祭りでした。

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江ノ電が通り、潮の匂いがする所。
かつてわたしの職場が近くにあったので毎日ここを通っていた。


この街で夏の始まりを知らせる祭りが


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片瀬江の島にある八坂神社と対岸にある腰越小動神社の共同の祭りがこの山王祭です。
これは伝説によると海に流された小動神社の御神体を江の島の島民が拾い上げ八坂神社に祀ったのが始まりだとも伝えられています。でも地元では腰越の女神が江の島の男神と年に一回、龍口寺で逢瀬をする七夕伝説のようなものとして伝わっているそうです。

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海を越えて会いに来る男神。なんとも人間らしいですね。

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   岸から船から天王祭り囃子の音色が



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10日の日曜日とあって沢山の見物客。海に入ってシャッターチャンスを狙うカメラマン。

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暑いので木の下に避難の見物客。この日は暑かった!






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海から上がった神輿は江の島のメインロードを練り歩きます。


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そして消防ポンプの豪快な水浴びで潮を落とします。
少し休憩した後、龍口寺に向かいます。

これから対岸に向かい小動の女神の神輿と出会うのですが、それからがこの祭りの面白いところ。腰越の街を江ノ電をかわしながら神輿が進むところはお勧めです。今回は用事があったので見ることはできませんでした。残念!
ぜひ来年の祭りはあなたの目で見ていただきたいとおもいます。おもしろいですよ。

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通りには美味しい総菜やさんが何件かあります。ビールを飲みながらつまんで歩くのが祭り見物の楽しみです。



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祭りと全然関係ない街並み。
そうここは秋葉原。
これから行く祭り
鳥越祭りの時間調整のため寄りました。
一年中祭りをやっているような街なので時間潰しにはもってこいの場所ですね。



さて、秋葉原の隣の浅草橋から歩いて10分近くのところに鳥越神社があります。以前きた時には駅前の西口やきとんという飲み屋で一杯ひっかけてから行きました。お店の中で祭り関係の男が喧嘩をはじめたので避難したましたが、さすが喧嘩っぱやいまつりなんだなと感心しました。

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ここが鳥越神社の境内なのですが、そんなに広くありません。


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前九年の役の時に源義家が大川を渡るのに鳥が川辺を多く飛んでいるのを見て浅瀬が分かった。ということから鳥越という名前がついたとのことです。


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夜までたまたま知り合いになったおじさんとしゃっべて神輿がでるまでまちました。

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神輿が出ると大変な賑わいです。喧嘩やもめ事がおきないようにとバリケートや警官の監視が厳しいです。
喧嘩の興奮を楽しみにしている人もおるようです。

帰りは鳥越祭りの興奮を残しながら駅前の立ち飲みで一杯やりました。



ここはどこでしょうか?



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そうです。ここは築地です。
久々のお江戸祭り見物は



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日本。世界最大の市場がある築地の波除神社のお祭りです。

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この市場も今年11月には豊洲の方に移転となります。
今年は市場のある最後の祭りとなりました。

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移転しても築地の場外市場は残りますので観光客相手の会館が建設されていました。地元活性化のために手をつくされていますね。

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築地の波除神社です。江戸開府した時に海だったこの地を築地の名のごとく埋め立て工事をしていました。しかし何度埋め立てても波にさらわれて工事が進まなかったのですが、海に沈んでいた稲荷を引き上げてまつったところ波が静まって工事がうまくできたというのが波除という名前の由来ということです。

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神社内には天井大獅子や魚介類を祀った塚がいくつもありました。


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神社内に祀られていた天井大獅子が雄ならば上の写真で巡行されているのが雌のお歯黒獅子ということです。
時間を限って女子だけで担ぐということです。


江戸時代中期頃から獅子を神輿のようにして担いだとの記録が残っているようです。関東大震災で獅子が消失するまで長いこと続いていたとのことです。いまの大獅子は平成になってから再興されたものです。


獅子が練り歩くのは神社境内の唐獅子や獅子舞とおなじように厄除け、魔よけの意味があるのでしょう。





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人形山車の人形がもも太郎はだったので、
「なんでもも太なんですか?」
と神社の若い宮司さんに聞いてみたところ。
「とくに意味はありません。」ということでした。

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外国の人や若い人はふんどしすがたにびっくりしたようです。
おしり丸出しの男が堂々と歩いているのですから・・・。



来年は場内市場が移転された後の築地の祭りとなりますがまた来ようと思います。
今回は何人かの外国人観光客とも話すことができました。



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