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韓国世界遺産の旅 Vol.22

イメージ 1

 広い通りに戻り、半月城へと向かう。半月城は新羅の王宮跡で、第5代娑婆王によって築かれ、935年に新羅国が滅亡するまでの間、新羅の王宮が存在した。周囲800mの城壁が半月形をしている為、半月城と呼ばれている。
 半月城に向かう道の途中に鶏林という森があり、ここは金閼智の生誕にまつわる伝説の地だという。大樹の枝に金の箱が下がっていた。その近くで鶏が甲高い声で鳴き、箱の中には赤ん坊がいた。その男の子を金と名付け、金氏の系譜が始まったとされている。
 伝説の森を過ぎ坂道を登ると、城跡らしき台地が見えて来た。建物は無くただの空き地にしか見えない。そのまま先に進むと反対側の林の向こうの崖の下に緩やかな弧を描く川が見えた。下方に見える自然のままの姿の川を見ていると何故か何処かで見た様な錯覚に陥った。
 河原に降りてみたいのだが、残念ながら道もなく雑草が生い茂っている。諦めて散策路を進むとその先に石氷庫があった。
 

경주 석빙고

보물 제66호
소제지:경상북도 경주시 안왕동 449-1

이 석빙고는 조선 영조14년(1738)월성 안에 만든 얼은 창고 이다.월성 안의 북쪽 성루 위에 남북으로 길게 자리하고 있다.
길이19m,너비6m,5.45m의 석실[돌방]은 직사각형으로 만들어 졌는데 약 1000여 개의 돌이 쓰였고 천장 외부는 봉토의 형상 이다.무지개 모양으로 만든 천장에는 공기 구멍셋이 있고,바닥은 물이 빠질 수 있도록 홈을 파서 비스듬하게 만들었다.풀입구는 남쭉에 있고 계단을 통하여 출입하게 되어 있다.
석빙고 출입문 이 맛돌에 "숭정기원후재신유추팔월이기개축 "이라는 글이 새겨져 있어 영조17년(1741)에 옮겨 세웠음을 알수 있다.옆에 있는 식비 에는 "경주 부윤 조명겸 이 얼음창고를 돌로 만들었다가 3년만에 이곳으로 옮겼다."고 적혀 있다.현재 석빙고 서쪽으로 약 100m 되는 곳에 옛타가 있다.


慶州 石氷庫

宝物 第66号
所在地:慶尚北道慶州市仁旺洞 449−1

この 石氷庫は 朝鮮英祖14年(1738年)月城の内に作られた氷室だ。
月城内の北側、城樓上に南北に長く位置している。
長さ19m,幅6m,高さ5.45mの 石室[岩室]は直四角形に作られており約1000余個の 石が使われて天井外部は墳土の形状だ。
虹の形に作った天井には、三つの換気口があり、底は水が抜け陥る事が出来る様に、溝を掘り斜めに作られている。
出入口は南側にあり、階段を通じて出入する様になっている。
石氷庫出入り口の門の枠石に "崇禎紀元後辛酉秋基改築"という文字が彫られており、英祖17年(1741年)に移設された事が判った
そばにある石碑には "慶州の富豪、趙明謙が この氷倉庫を石で作ったが、3年ぶりにこちらに移した.”と 記されている。
現在の石氷庫の西側約100m離れた所に昔は在った。


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