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 沓掛の松

一壺王子から拝ノ峠に掛けて険しい上り坂が続く。
藤白坂は未舗装路だったので足への負担が少なかったが、こちらは舗装路なので足が疲れてきた。

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沓掛の松
紀伊続風土記に「沓掛の名は、おおよそ山の麓にある名なり。平地には沓を用い、坂道にはわらじを用う。よって沓を掛け、用いざるにより、沓掛の名となる。地蔵堂のかたわらに、沓掛の松あり」と記されています。
つまり、この地蔵堂から拝の峠までの険しい坂道を登るためにここで沓を脱いでわらじに履きかえ、脱いだ沓をこの松に掛けて登って行ったのでした。
今の松は三代目にあたります。

弘法井戸
昔、お大師様がこの地をお通りになりました。険しい坂道を登ってきたため、のどが渇いたので、とある家で水をいっぱい所望されました。おばあさんが出て来て「しばらくお待ち下さい」といって茶わんを片手に坂道を下りて行きました。ひと時がたち、ふた時が過ぎて戻って来たおばあさんが、茶わん一杯の水をさしあげました。
村は山上近くにあるためずいぶん水の苦労わしておりました。そんな村人の難儀を見かねたお大師様は、杖でトントンとつついて「ここを掘るとよい」とお示しになりました。
地蔵堂はほとんど山の背に近いため、水なんぞ出そうもないのに、冷水が湧き出て枯れることもないとおわれ不思議がられています。

 一壺王子

所坂王子から一壺王子に向かう途中で河原にカモが数羽いるのを見つけた。
ちょこまかと動き回る姿が愛らしい。

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小学校の近くで児童に挨拶された。
熊野詣での旅人に挨拶するように教育されているのだろうか。
河原のカモと小学生、心和む出会いだった。

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一壺王子
藤原定家が後鳥羽上皇の参詣に随行した時の日記に「一壺王子」、藤原頼資が修明門院の参詣に随行した日記に「一坪王子」とみえるのが、この王子社です。また、頼資が後鳥羽上皇と修明門院の両院御幸に随行した、建保五年(一二一七)の日記によれば、十月四日、この「一壺」に小屋形が作られ、両院は昼食をとっています。この王子社は、江戸時代には、市坪(一坪)王子、山路王子社あるいは沓掛王子社とも呼ばれています。ここから、蕪坂峠に向かう急坂となるため、山路・沓掛などとも呼ばれたのでしょう。また、江戸時代には、この王子社は市坪・大窪・沓掛三か村の産土神でした。そのため明治時代以降も神社として残り、沓掛村の里神八王子社等を合祀しています。現在は山路王子神社となっていますが、かつては安養寺という別当寺があり、鐘楼がその名残をとどめています。毎年十月十日の秋祭りに奉納される相撲は、「泣き相撲」ともいわれ、小児の健康を願うもので、県の文化財に指定されています。

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和歌山県指定文化財
史跡 (一の壺王子社)
指定年月日 昭和三十三年四月一日
熊野九十九王子社の一つであって社歴が古く建仁元年(一二〇一年)の御幸記に記載されている一壺王子である。
熊野道中記によれば「一ノ坪村一坪王子トモ沓掛ノ中道ノ右」とあって沓掛王子とも稱したのである
昭和四十六年三月二十一日
和歌山県教育委員会
下津町教育委員会
山路王子神社

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下津町の熊野古道
一壺王子跡
「一坪王子」とも「沓掛王子」ともいわれ、現在は市坪、沓掛の氏神で山路王子神社と称する。紀伊続風土記には拝殿、玉垣、鳥居、鐘楼などがあり、瑠璃光山安養寺という神宮寺があった。
秋の大祭(10月10日)には県指定の無形文化財の獅子舞(獅子幕内7人 鬼2人 笛5人 太鼓1人)があり、続いてこれも県指定の奉納花相撲が催される。これは村内外の幼児が赤いふんどしを締めて各々行事役の氏子総代に抱かれて土俵の上で一勝一敗になるように土俵の土をつけてもらい子どもの健康を祈願する。これは一般に「泣き相撲」として親しまれている。また子どもによる三人抜き五人抜きも行われ終日祭りで賑わう。
下津町教育委員会

 所坂王子

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所坂王子
この王子社名を、藤原定家は「トコロ坂」、藤原頼資は「?坂」と日記に記しています。?は植物の野老のことです。この付近に野老が多く自生していたことから、王子の名が付けられたようです。『紀伊続風土記』では、「所」の字を当て、所坂王子社と呼んでいます。この王子社は、明治時代に塔下王子社・橘本王子社を合祀し、橘本王子神社(現、橘本神社)となりました。そして、橘本王子の由来である田道間守を主神として祀っています。神社合祀で廃絶していく王子社の中で、神社になった一例がこの所坂王子です。田道間守は常世の国から橘の木を持ち帰り、この地に日本で最初に植えたと伝えられています。その実が、日本で最初のみかんとなり、菓子となったことから、橘本神社は、みかんとお菓子の神さまとして、全国のみかん・菓子業者から崇められています。
指定文化財
所坂王子跡(県・史跡 昭和三十三年)

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下津町の熊野古道
所坂王子跡
橘本から市坪へかかる坂を「ところ坂」という。昔、このあたりに「草蘇」(ところ)が自生していたので、この名がある。
現在は明治40年(1907)神社合祀によって塔下王子社、橘本王子社、所坂王子社をあわせて橘本神社として合祀している。御祭神の田道間守命(たぢまもりのみこと)は、第11代・垂仁天皇の御世に常世の国に渡り、「橘」(たちばな・現在のミカンの原種)を持ち帰り、天皇に献上した。その橘がこの地に日本で最初に植えられたと伝えられている。その昔、橘(果物)の実で最初にお菓子がつくられたといわれていることから、みかんと菓子の神様として、全国のみかん・菓子商人から崇敬されている。
4月3日 春祭・菓子祭・全国銘菓奉献祭
10月10日 例大祭・みかん祭
下津町教育委員会

 橘本王子

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ミカン畑の農道を下ると地蔵尊が見えて来る。

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地蔵尊の前を右手に曲がると阿弥陀寺があり、境内に橘本王子が祀られていた。

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古道に戻り県道と合流する辺りに自販機があったので休憩する。
午後2時を過ぎ、曇ってはいるが気温は30℃を超えているだろう。
県道の先に木造の橋が架かっていた。
橘本土橋を渡り集落の間を進む。

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しもつ・野のみち見て歩き
下津町の熊野古道
橘本土橋
峠の道を下りきったところに加茂川がながれていて、ここに土橋がかかっていた。紀伊国名所図絵にはこの土橋付近には家が立ち並び、駕籠で旅する人、すげ笠を持っている人、親子づれ、武士などいろんな人が通っている。北側にはお地蔵さん、南側には三界萬霊碑(寛政5年1793)があり交通の要衝であった。ここから一壺王子にかけて馬を用立てする伝馬所や旅籠が軒を連ねていたものと思われる。
また、熊野詣での帰途藤白坂はあまりにも険しいのでここから加茂川に沿って下り、舟の津(いまの塩津)から船で和歌浦に到る通路のことが天仁2年(1109)の中御門右大臣宗忠の旅行日記「中右記」に記されている。

 藤代塔下王子

藤白坂の丁石地蔵を十八丁まで下ると左手に石造宝篋印塔が見える。
集落の入口に地蔵峰寺があり、ここに塔下王子が祀られている。

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地蔵峰寺に併設された藤白塔下王子跡休憩所でお茶を飲み休憩してから次の橘本王子を目指す。

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細い下り坂を進むと、樹木の枝に『拍手ポイント』の札を見つけた。

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「0.6秒で音が返ってきます」
試しに手をたたいてみた。
周りに誰もいないから良いが都会だと明らかに「変な奴」だ。

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少し進むと今度は『歌声ポイント』がある。
「コンサートホールのように声がひびきます」

山彦で思い出した。
万葉集にこんな句があった。
「やまびこの相響(とよ)むまで妻恋ひに」

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