本作は、前記コラムVol.0004:『澁澤龍彦を語る』の関係でもわかるように、澁澤氏にかなり近い位置、或意味"僚友"、"同志"的な位置にいたこちらもフランス文学の硯学、「翻訳家」たる巌谷國士氏による「回想録」兼「澁澤龍彦論」といったところでしょうか。
澁澤氏から、現代思潮社の社主石井恭ニ氏を紹介され、古典文庫の『四運動の理論』(上)(下)、(シャルル・フーリエ著)(昭和45年1月31日発行)を翻訳することになった経緯から、25年間つきあい続けた印象を"生前の彼(澁澤氏)と向かい合うよう"な視点で記されています。
"高丘親王はいつも先をいそぐ。一箇所にとどまらない。案外、この人ほどひとつひとつの事物にこだわりをもたず、空間の安息からも遠かった主人公もめずらしいのではないか、という気がする。どんなに珍奇なものに出遭っても、驚くべき出来事がおこっても、それらはなにか砂時計の砂のように、水時計の水のように、この人の前で、さらさらと流れ去ってゆくものでしかない。
"高丘親王は、そして澁澤龍彦は、もっと大きな時間の夢のなかで、来るべき新しい文学の夢でもみているのではないか・・・とさえ思われてくる。"
本書P192、「庭」から「旅」への章より抜粋(初出「朝日新聞」昭和62年11月2日号)
画像は、『澁澤龍彦考』巌谷國士(河出書房新社)(初版本:平成2年2月20日発行)です。装釘:吉岡実
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