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美術

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今回も前回のART BREAK Vol.0023:「生のフリーズ vol.01 『叫び』エドヴァルト・ムンク」に続きまして、「『カ−ル・ヨハンの夕暮』エドヴァルト・ムンク」をご紹介したいと思います。

■「生のフリーズ」とは

おもに1890年代に制作した『叫び』、『接吻』、『吸血鬼』、『マドンナ』などの一連の作品を、ムンクは「生のフリーズ」と称し、連作と位置付けています。「フリーズ」とは、西洋の古典様式建築の柱列の上方にある横長の帯状装飾部分のことで、普通浮彫などで飾られます。ここでは「シリーズ」に近い意味で使われています。

これらの作品に共通するテーマは「愛」「死」そして愛と死がもたらす「不安」であります。つまり、ムンクは彼の個人的体験に深く根ざした生の哀歓をモティーフとする精神の叙事詩「生と死と愛」の連作をフリーズになぞらえているのであり、このうち、"エロスとタナトス"という二つの致命的な力とかかわる現代人の魂の連作を描いて、これをはじめは「愛」とか「人の生」とかの、ついで「現代の精神生活から」などの標題で、最後に「生のフリーズ」という公分母で総括したのであります。

ムンクの代名詞ともなっている『叫び』は、その遠近法を強調した構図、血のような空の色、フィヨルドの不気味な形、極度にデフォルメされた人物など、独創的で秀逸な作品であります。ただ、あまりにも広く紹介されており、構図をまねたパロディなど、戯画的な扱いをされがちでもあります。
『叫び』の例でもわかるように、自己の個人的体験に基づく「愛」「死」「不安」を芸術表現に昇華し、世紀末の人々の孤独や不安を表現したことがムンクが高く評価されるゆえんでありましょう。(注1)

■『カ−ル・ヨハンの夕暮』(1892年)

暮れかかる宵空と街路の平塗りのブル−、青ざめた亡者のような形相の人物群...、タッチは、綜合主義的な技法で簡明に一気にしあげられています。主題とするところは、頑迷な公衆の芸術に対する態度と、ムンク自身の彼らに対する対応という二重の葛藤を象徴的に描写し、かつ仮借なく告発するところにあるといえるでしょう。

ニ−チェとキルケゴ−ルを耽読していたムンクにとって、まさに本作のモティ−フは「キルケゴ−ル的不安」。キルケゴ−ルが『死に至る病』(1848)で、本質的な病としての絶望を、"無限性の欠如による有限性の絶望ないし可能性の欠如による必然性の絶望"と解析しているように、まさにムンクにとって、度しがたい偏狭さと固陋さをみせつける公衆は、絶望的な偏狭さと固陋さで本来的自己を失っている亡者=打算的、表面的で無性格な自己疎外の時代の、一種の不安劇の書割でしかなかったといえます。この労作は、日没時の群集における憂苦と死の翳りを鋭くとらえることによって、この時期のものではもっとも表現主義的な画面になっていたといえるでしょう。

"通り過ぎる人々は...
みな...
とても異様であり、奇妙だったので、自分のこともそう見ているのだろう...
自分のことを凝視しているのだろうと彼は思った...
顔はどれも...
黄昏時の光をうけて蒼白かった...
彼は思考に縋ってみようとしたが、かなわなかった...
頭のなかが空っぽになったような気がした...
そこで、ずっと上の方にある一つの窓に視線を定めてみようとした...
またもや、通り過ぎて行く人々が邪魔になった...
躰じゅうが震え、汗が噴き出した..."

「生のフリーズ『カ−ル・ヨハンの夕暮』」(エドヴァルト・ムンク)

*注1:『ムンク 世紀末までの青春史ドキュメント』鈴木正明著(美術出版社)に拠る。

●以上、作品解題及び「生のフリ−ズ」翻訳は、『ムンク 世紀末までの青春史ドキュメント』鈴木正明著(美術出版社)(昭和53年1月31日発行)、『みずえ 特集:ムンク 孤独の翳の傷痕』(NO.788,1970)(美術出版社)「生のフリ−ズ」鈴木正明訳(P25〜45)に拠っています。

画像は、『ムンク画集 油彩、下絵、習作』アルネ・エッグム著/西野嘉章訳(リブロポート)(平成3年12月6日発行)より。


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