今回も前回のART BREAK Vol.0024:「生のフリーズ vol.02 『カ−ル・ヨハンの夕暮』エドヴァルト・ムンク」に続きまして、「『思春期』エドヴァルト・ムンク」をご紹介したいと思います。
■『思春期』(1893年)
セックスと不安のモティ−フを扱った最初の作品『思春期』、最初は『夜』と題されていました。夜一人、性の目覚めの不安に怯えながら、髪をといた裸の少女がベッドの端で身をすくめるように、細長い両腕を膝の上で組合わせ、大きく目を見開いてこっちを向いており、彼女の翳がベッドのうしろの壁に気味悪くその影法師をひろげています。
がらんとした寝室の、画面には見えない左下方に、蝋燭の光源がフットライトのように置かれています。彼女のとりつかれたような表情とポーズは、成熟しきっていない裸を隠そうとするしぐさとともに、自分の存在そのものの痛々しさにおびえているようにもみえます。
思春期の秘められた生命とも、セックスの暗い力ともいうべきものが、それに対する少女の怖れと重なって、この人魂のような青紫色の影法師のなかに凝集して出ています。そしてまたこの奇態な謎めいたものの投射によって、感受性の強い年頃の少女の心理的反応が的確にとらえられています。こういう心理状況の投影としての"影"の使用を、ムンクは繰返し試みていますが、これがその最初の作例といえます。
キルケゴ−ル流にいえば、夢見る精神において、可能性としての無が、すでに無垢が失われたかのような不安を伴う無垢の高次の形式として、羞恥の不安の表現としてそこにあらわされているといえるでしょう。(注1)
ムンクがベルリン時代に、酒場「黒仔豚」でつきあったフィンランドの作家アドルフ・パウルに次のような記録があります。
"ある日のこと私は彼を訪ねていった。彼はフリードリヒ街とミッテル街の角の三階に、家具つきの室を借りて住んでいた。ちょうど制作中であった。ベッドの端に裸の少女が坐っていた。彼女は別に聖女のようにもみえなかったが、それにしてもあどけない清楚で内気な感情の持主のように思えた。...ムンクが彼女を描く気になったのも、そのためであった。...そして春の陽のまばゆい光を浴びて、自らの影が不吉に脅かすように後に立っている彼女の坐像を、彼は能うかぎりの熱心さで描き、その画面に...彼は「思春期」とよんだ...なにか不安なもの、一切を捉えるものを深く迫真的に創り出した。"
(アドルフ・パウル)(注1)
*注1:『ムンク 世紀末までの青春史ドキュメント』鈴木正明著(美術出版社)に拠る。
●以上、作品解題及び翻訳は、『ムンク 世紀末までの青春史ドキュメント』鈴木正明著(美術出版社)(昭和53年1月31日発行)、『みずえ 特集:ムンク 孤独の翳の傷痕』(NO.788,1970)(美術出版社)「生のフリ−ズ」鈴木正明訳(P25〜45)に拠っています。
画像は、『ムンク画集 油彩、下絵、習作』アルネ・エッグム著/西野嘉章訳(リブロポート)(平成3年12月6日発行)より。
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