◆デカダンスの彼方へ.....◆

"デカダンス"「映画」「文学」「美術」を語りましょう♪

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 1

『寒山拾得』森鴎外(岩波書店)に関連して、今回は「寒山」をご紹介します。

『中国詩人選集(一集)第5巻「寒山」』(岩波書店)のあとがきにあたる下記吉川幸次郎氏の「跋」文がよくその「寒山」の詩の特色をあらわしていると思います。

"寒山子の詩の歌うところは、絶対自由の境地にいる人間のよろこびである。ところでその詩は、唐詩の歴史の主流にはない。
まずその人が、従来普通の説では、唐の初期の人とされていた。近ごろの見解は、そうでなく、唐の中葉以後の詩とするのに傾くこと、入矢氏の解説に見えるごとくである。
また寒山という名の乞食坊主が、伝説のいうような形で、或いは伝説にもとづいて絵画がえがきつづけて来たような形で、実在したかどうかが、すでに疑問である。そもそもは個人の作ではなく、複数の作者をもつであろうという推測も可能なこと、やはり入矢氏の解説にくわしい。
要するにこの一群の詩の作られた経過は、よくわからない。詩を作った人、あるいは人人を、唐の詩の歴史のどの部分にくりいれてよいか、つまびらかにしにくいのである。
ところでその制作の経過があいまいなことと、これらの詩のもつ特異さとは、あい連なった関係にある。

すなわち、これらの詩のうたうような絶対自由の境地は、ちゃんとした署名をもった、ちゃんとした詩人の詩には、現れにくいものだからである。
ちゃんとした詩人がちゃんとした署名をした詩、それは幾分なりとも詩人の身分を反映する。日常身辺のことに題材を求めやすい中国の詩にあってはことにそうである。
ところで、中国のちゃんとした詩人というのは、かあいそうに、みな役人である。あるいは役人であった人物、ないしは役人になりたくてなりそこねた人物である。要するに何らかの意味で、役人の世界につらなる人物である。杜甫だってそうである。奔放不羈のように見える李白だってそうである。韓愈、白居易はいうまでもない。陶淵明だって、かつて役人であった時期をもたなければ、「帰去来の辞」は作られなかった。
ところが寒山の詩はそうでない。役人の世界とは全く縁のない人物の言葉として提出されている。そのゆえにこそ、何ものにもとらわれない、しかもやせてはいない、充実した、絶対自由の境地が、そこにある。いいかえれば、まったくの裸の人間の言葉が、そこにある。"

(吉川幸次郎)

【「寒山」実在の真偽】

「寒山」は入矢義高氏が巻頭の解説でのべているとおり、

"実のところ、この寒山という人物が果して実在したかどうかは、まったく不明であって、その実在を証明する確かな材料は何ひとつないのである。従来は、唐の初め、7・8世紀ごろの人とされていたが、もちろんそれも確かな史実の裏づけがあるわけではない。現に、その詩のなかには、8世紀以後の事がらや語彙を用いたものが少なくないのであ"り、"その分身である拾得とともに、古くから我が国の人人にも知られ、しかしそれは、一般的にいって、もっぱら画題の人物として、或る固定化された印象の上での親近感だったように思われ"ます。

さらに『求道と悦楽 ― 中国の禅と詩 ―』入矢義高(岩波書店)所収「寒山 その人と詩」のなかで入矢氏は、

"ところが宋以後になると、寒山についてのイメージは、超俗的な奇矯さに更に一種の神秘性が加わり、特に画題となると、そのような点に強いアクセントを置いた異様なデフォルメが施される傾向が一般化する。こういう傾向を生みだした要因の最も大きなものは、『寒山詩集』(古いテキストは拾得と豊干を併せて『三隠詩』と題した)の巻首にある閭丘胤なる者の序である。それによると、彼は実際にこの三人の変り者を知り、その不思議な現行をみずから見聞きしたことになっているが、すでにそれは神話化された記述であり、寒山を文殊の、拾得を普賢の化身と見なしている。ところで、この閭丘胤なる人物がまた問題であって、果して実在した人なのかどうかさえ疑わしいのである。"

と、吉川幸次郎氏と同様、その実在に疑問を持っています。

【「寒山」詩の特色】

『求道と悦楽 ― 中国の禅と詩 ―』入矢義高(岩波書店)所収「寒山その人と詩」のなかで入矢氏は、
"唐宋の三人の詩人(唐末の詩僧:貫休、唐末の詩人:李山甫、唐末の詩僧:斉己)がそれぞれに詩によって呈示した寒山に、詩人および求道者の二面があった。まさにこのことと対応して、寒山の詩は詩人としての作と、求道者ないし宗教者としての作とに大別できる。"とし、

"詩人としての作には格調の高い佳品が多い。しかもそれらの作品の大部分は、魏・晋の詩の風格を色濃く帯びており、直截で単純な修辞法の鮮やかさとともに、奥に秘められたパセティックな情念が、時には露わに、時には隠微に、つねに詩中に揺曳する。"
"そしてまた一方、すでに貫休の詩が述べていたように、彼は一人の道を楽しむ高風の士であり、また斉己の詩が示唆しているように、人の心に救いを与える偈(宗教的アフォリズム)の作者でもある。"
と総括しています。

さらに、日本人古来の解釈、つまり<禅>を導入して理解しようとする傾向に警鐘をならし、
"第一、寒山は禅僧ではない。そもそも彼は、あとでも述べるように、職業的な僧侶であることを嫌ったし、そういう坊主を執拗なまでに罵倒している。彼はあくまで自由人、自然人であることを欲した。"さらに、「寒山の偈」の「偈」とは、狭く「禅偈」の意味に限ってはならない。寒山の分身ともいうべき拾得に、次のような詩がある。"とし、

我詩也是詩 おれの詩だってやはり詩だ
有人喚作偈 ところが偈だという奴がおる
詩偈総一般 詩でも偈でも同じことなのだ
読時須子細 そこをちゃんと読み取らねばいかん

(入矢義高氏 訳注)

を挙げ、

"本来の寒山は、いかなる色が付くことも、いかなる臭みが付くことも嫌ったはずである。"
と結んでいます。

【本文より】

*筆者の勝手で以下の三詩を選んでみました。じっくり「山林幽隠の興」を含み、「時態を譏諷して、能く流俗を警励す」詩を味わっていただければと思います。

■「高高たる峰頂の上」

高高峯頂上 高高たる峰頂(ほうちょう)の上 
四顧極無邊 四顧すれば極まり無辺 
獨座無人知 独座 人の知るなく
孤月照寒泉 孤月 寒泉を照らす
泉中且無月 泉中 且つ月なし
月自在青天 月は自ずから青天に在り
吟此一曲歌 此の一曲の歌を吟ずるも
歌中不是禅 歌中 是れ禅にあらず

高い高い峰のいただきに立ち、四方を見渡してみると、広漠としてどこまでも涯がない。
ここに今、わたしは独り坐っている。そのことを誰もしるものはない。あるものとては、冷ややかな泉に映る月ひとつ。
その泉とて、べつにその中に月があるというのではない。月はもともと青天にかかっているのだ。
この一ふしの歌を、わたしは今うたう。といって、その歌のなかにあるのは禅なのではない。

●高高の句 唐の李こう(韓愈の弟子)が、当時の有名な禅僧薬山禅師(753-828年)に仏法を問うた時、「それが分ろうと思ったら、高高たる峰頂に立ち、深深たる海底を行かねばならぬ」と言われた(景徳伝灯録)。この言葉が恐らく背景にあると思われる。●無辺 はてがない。●泉中のニ句 この二句も、上記の李こうが「道とは何か」と問うたのに対して薬山が答えた言葉「雲は天に在り、水は瓶に在り」のヴァリエーションであろう。「且」は訓読しにくいが、語調を少しゆるめる言葉である。●此一曲歌 この一ふしの歌とは、この一首の詩を指すと見てよい。 

■「古しえより諸もろの哲人も」

自古諸哲人 古(いに)しえより諸もろの哲人も 
不見有長存 長(とこ)しえに存するもの有るを見ず
生而還復死 生まれて還って復(ま)た死し
尽變作灰塵 尽(ことご)とく変じて灰塵と作(な)る
積骨如毘富 積める骨は毘富(びふ)の如く
別涙成海津 別れの涙は海津(かいしん)を成す
唯有空名在 唯だ空しき名の有るのみ
豈免生死輪 豈(あ)に生死の輪(りん)を免かれんや

むかしから聖人にもせよ賢人にもせよ、いつまでも生きながらえたというためしはない。
この世に生まれれば、やはり死んでいくのであって、誰もみな地下の土と化してしまうのだ。
こうして人間は永劫の間に生と死をくりかえしつつ、その残す骨は毘富の山とも積もり、はらからとの死別に流す涙は大海にもなるほどである。
哲人とても、ただ空しく名を後世にのこすのみであって、生死の輪廻を免れることはできなかったのだ。

●自古の二句 陶淵明の「形影神」の詩に、「三皇は大聖人なりしも、今は復た何処(いずく)にか在る」という句がある。●積骨の二句 「涅槃経」巻二十に、「一人一人の衆生が一劫の間に積みし所の身骨(一劫の間に生まれ死に、また生まれ死にして残した屍の骨)は、王舎城の毘富羅山の如く、飲みし所の乳汁(母からもらったお乳)は四海の水の如く、身より出させし所の血は四海の水の如く、父母兄弟、妻子眷属が命終りしときに哭泣して出させし所の目の涙は四大海よりも多し」とある。海津は海水のこと。

■「吾が心は秋の月に似たり」

吾心似秋月 吾が心は秋の月に似たり
碧潭清皎潔 碧潭(へきたん) 清くして皎潔(こうけつ)
無物堪比倫 物の比倫(ひりん)するに堪(た)うる無し 
教我如何説 我れをして如何(いか)が説かしめん
わが心は秋の月が、澄みきった碧潭に皎皎と冴えているのに似ている。この心を比べるに足るものはほかにない。いったいどう説明したらよかろうか。

●比倫 くらべる。並べて比較する。
●以上、入矢義高氏訳注。

画像は、『中国詩人選集 一集』(全18巻)(岩波書店)より、第5巻『寒山』入矢義高 注(平成2年9月25日発行)です。

閉じる コメント(2)

顔アイコン

こんにちは。 大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。 終戦直後の吉川幸次郎(文藝春秋)もとりあげています。 よかったら、寄ってみてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

2007/2/7(水) 午前 0:20 [ kemukemu ]

顔アイコン

中身の濃いすてきなブログですね。楽しく拝見いたしました。リラックス&健康管理のブログを作っています。よろしければいらしゃってください。

2008/6/2(月) 午後 2:55 [ かぺ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事