今回から、数回に分けてわが国「古典文学」における、『源氏物語』を頂点とする"平安王朝文学"や"八代集"のなかに「色好み」の諸相をを探ってゆきたいとおもいます。
今回は、題して「"艶(オトナ)"読み、『万葉集』のススメ !!」(笑)
●参考テキストとして、『日本人の愛と性』暉峻康隆(岩波新書)を使用いたします。
◇この本は、『日本語の年輪』大野晋(新潮社)、『古語雑談』佐竹昭広(岩波書店)といった類いの、大硯学の先生がビギナー向けに書き下ろした「古典文学」の一種のaperitifであります。わかりやすい。面白い。衒いがない。
特に、暉峻康隆氏は、「近世文学」、なかでも井原西鶴の権威であります。古典文学に描かれている男と女の愛の葛藤を"エロと博覧強記の学識"で斬り、"チャキチャキ"のぶっちゃけトーク風の語り口で楽しませてくれます。
以下、暉峻康隆氏の上記テキストをもとに、わたくしの私訳注もつけて、敷衍してみました。
■"都合がいい女(通い婚)"の4段階:『万葉集』編
国家の創業期で、核戦争に巻き込まれるという心配もなければ、産業といえば農業だけでしたから、会社がM&Aされたり、もしくは倒産して失業するという憂いもありません。学校がないから、受験戦争もない。個人生活を縛るような宗教や道徳や制度もまだ出来上がっていなかったため、生命力の"根源"である性(セックス)をいやしんだり、軽蔑したりする不健康さがありません。世の中のしきたりやモラルを気にするといったところがありません。非常に率直で、愛情は"肉体"によって証明すべきものだと考えていました。
何しろ耕して狩りをして戦って...という(古代草創期の)時代には、せいぜい"セックス"の楽しみ以外には、(鳥の)狩猟ぐらいしかなかったわけです。
男も女も庶民も天皇もそうでした。
寒さこらえて通います、なんていう演歌調も"新婚当初"だけ。
「成田離婚」ならぬ、お互いの性格(性交)の不一致といいますか、お互いが鼻について通わなくなる「夜離(よがれ)」という頃になりますと、女性のほうがしばらく行方をくらましたりして一件落着。それぞれ"再出発"という、一見きわめて"放縦"な男女関係でした。
■第1段階:「辛抱、いらいら、諦め」段階
●「衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずは獨りかも寝む」(ころもでに あらしのふきて さむきよを きみきまさずは ひとりかもねむ)
"袖に嵐の吹いて寒い夜なのに、あなたがおいでにならないで、私はひとりで寝ることになるのでしょうか。"
◇このレベルだと、まだ「あんただって寒い夜道は大変だろうからネ」という思い遣りが感じられます。
『万葉集』巻第十三 3282
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■第2段階:「閨怨」段階
●「居明かして君をば待たむぬばたまのわが黒髪に霜は降るとも」(をりあかして きみをばまたむ ぬばたまの わがくろかみに しもはふるとも)
"夜通し起きたままあなたをお待ちします、(ぬばたまの)私の黒髪にたとえ霜が降ろうとも。"
◇わたしはこうして門に出て、夜の明けるまででもあなたのおいでを待ってます。この黒髪が霜で真っ白になろうとも。
どしゃぶりの雨の日に、自宅のマンションに帰ってくると、マンションのドアの前に"唇を真っ青"にして長時間待ってたGIRL FRIENDがひとことポツリ「待ってた.....」的情熱を感じます。ちょっとヤバい感じです。
『万葉集』巻第ニ 89
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■第3段階:「嫉妬」段階
●「眠もせずに我が思ふ君はいづく辺に今宵誰とか待てど来まさぬ」(いもねずに わがおもふきみは いづくへに こよひたれとか まてどきまさぬ)
"眠りもやらず私が恋している君は、どこにいるのか、今夜は誰と過ごしているのか、待てど暮らせどやって来ない。"
◇かなりヤバくなってきました。今度、彼女のマンションに行ったら、ドアを開けたとたんに、ビュッとバカラのグラスでも豪速で飛んできそうな勢いです。
多分、彼女に(自分に)新しい女が出来たという情報が入ったか、うすうす感ずかれてしまった段階です。もはや「寒さこらえて待ってます」という演歌調ではいかなくなって、「私は、寝ずにあんたのこと待ってるのにサァ、一体どこの誰とエッチしてるのよ!!」という怨み節になっています。
こういう状態が、しばらく続くと、女性はヒステリックになって、最後は爆発してしまいます。
『万葉集』巻第十三 3277
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■第4段階:「爆発」段階
●「かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを」(かくばかり こひつつあらずは たかやまの いはねしまきて しなましものを)
"これほどまでに(ほったらかしにされて)恋しい思いをしているくらいなら、高山の岩を枕にして、死んでしまうほうがましです。"
◇携帯に「今まで、アリガトウ.....楽しかったわ.....もう私のことは探さないでネ.....」なんてメールが来る。メールを受け取った男性は、その意味深い(自殺を暗示するような)簡潔な文面に、"エェエェエェ( ̄Д ̄;)ェエェエェエ!?"って度胆を抜かれます。
男性への"揺さぶり"効果抜群の小悪魔攻撃!!。こうなるともはや男性は恐くて寄り添うどころか、寄り付けません.....しかし、ここまで女性に想われた(恋された)男性はしあわせものであります。
『万葉集』巻第ニ 86
●以上、訳注は新日本古典文学大系(全104巻)より、第1巻『万葉集 一』、第3巻『万葉集 三』佐竹昭広/山田英雄/工藤力男/大谷雅夫/山崎福之校注(岩波書店)に拠る。
■暉峻康隆(てるおか やすたか)・・・明治41(1908)年2月1日〜平成13(2001)年4月2日
明治41(1908)年2月1日、鹿児島県に生まれる。1930年早稲田大学文学部卒業。専攻日本近世文学。早稲田大学名誉教授。NHK「さわやか文芸」選者。著書に『定本西鶴全集』『西鶴−評論と研究』『蕪村−生涯と芸術』『芭蕉の俳諧−成立と展望』『落語の年輪』ほか多数。
画像は、『日本人の愛と性』暉峻康隆(岩波書店)(平成元年10月20日発行)です。
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