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『ユリイカ』(青土社)の「澁澤龍彦特集」としては、2回目の号。下記のコンテンツを見ればわかるとおり、かなりの充実した内容です。

■澁澤龍彦に捧ぐ
「狐のだんぶくろ」をめぐって 川村二郎 etc.
■詩
銀鮫(キメラ・ファンタズマ) 吉岡実 etc.
■作品
臨終の男との会話       金子國義 etc.
■少年時代の澁澤龍彦
玩物の思想          菅野昭正 etc.
■60年代の澁澤龍彦
オドラデク跳梁        高山宏 etc.
■サド/サド裁判
澁澤龍彦と戦後日本      石井恭ニ etc.
■『血と薔薇』
澁澤龍彦の侠         平岡正明 etc.
■三島由紀夫と澁澤龍彦
「さかしま」とサド      三島由紀夫 etc.
■60年代の澁澤龍彦
旅行記            澁澤龍彦 etc.
■作家・澁澤龍彦
黄金時代の夢         富士川義之 etc.
■澁澤龍彦と美術
註のない文章について     若桑みどり etc.
■澁澤龍彦のミクロコスモス
対談 澁澤龍彦の幸福な夢   出口裕弘/種村季弘 etc.
■年譜・著書目録

澁澤龍彦自作年譜       澁澤龍彦編 etc.

澁澤マニア、コレクターとしては、
1.『新潮日本文学アルバム54 澁澤龍彦』(新潮社)、
2.『澁澤龍彦スペシャル シブサワ・クロニクル』、
 『澁澤龍彦スペシャル ドラコニア・ガイドマップ』(幻想文学出版局)とあわせて必携のアイテムでしょう。

画像は、『ユリイカ〜総特集 澁澤龍彦』昭和63年6月臨時増刊号(青土社)です。      

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Vol.0001、Vol.0004で触れておりました『ユリイカ』(青土社)の該当号。「澁澤龍彦特集」としては、1回目の号です。

"こわばりを嫌う一個のリベラル、そこに澁澤龍彦の本領があるのではなかろうか。"

"サドに深入りし、シュルレアリスムに心酔したのも、一個のリベラルとしてであったにちがいない。リベラルの極北を探ってみたら、そこにマルキ・ド・サドがいた。だからサドの研究に打ち込んだ。それが実情だったろうと私は考える。"

(以上「核としてのリベラル」より抜粋)といった、出口裕弘氏の論考をはじめ、

「メ−トル原器のある庭園」種村季弘、
「アナロジイの精神」富士川義之、
「神と玩具」田中美代子、
「自然児澁澤龍彦」松田修、
「昭和の子供だ、ぼくたちは」松山俊太郎、
「鎌倉の一寸法師」四谷シモン
etc...所収

画像は、『ユリイカ〜澁澤龍彦 ユートピアの精神〜』昭和50年9月号(青土社)です。

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この"衝撃的"(笑)なスチール写真は数ある"澁澤龍彦特集(研究)本"の中では、比較的早い時期のものになる『別冊新評 澁澤龍彦の世界』(新評社)(昭和48年10月10日発行)の巻頭グラビア集から。

さまざまな「澁澤ワールド」のグラビア・ページの"トリ"をなんと「男根ダンス」というタイトルで、見開きで飾っているのです。

撮影当時、澁澤氏41才。澁澤氏が責任編集をつとめていた『血と薔薇』(天声出版)の創刊号のグラビアで「サルダナパルスの死」(カメラ:奈良原一高)のモデル(被写体)となった彼特有の"ブラック・ユーモア"とも考えられます。余談ですが、(『血と薔薇』)同号にて三島由起夫氏も「聖セバスチャンの殉教」(カメラ:篠山紀信)のモデルで登場しています。

ただこのスチールは彼が、『三島由起夫おぼえがき』(立風書房)(昭和58年12月4日発行)の「三島由起夫の手紙」なかで触れている『世界悪女物語』(桃源社)と『夢の宇宙誌』(美術出版社)を三島氏に献呈した際に同封されたもののようです。以下、該当の三島氏の手紙と、澁澤氏のコメントを抜粋しておきます。

"御高著続々頂戴、世界悪女物語も、落丁乱丁のない一冊を改めてご恵与下され、有難う存じます、この本では、エリザべエト・バートリの項の凄惨さに最も感銘深く、他の女傑たちが、悪の大きさと権力の大きさの間に一定のバランスを持つのに、彼女ばかりはそのバランスを失しているところに、近代的犯罪者の範例としての面影を持ちます。(以下省略)・・・匆々 
                                        三島由起夫  
六月十四日 澁澤龍彦様 

ニ伸 巻末の美少年湯上がりの図の御写真改めて感銘深く拝見いたしました。"
"ニ伸にある写真というのは、『夢の宇宙誌』に挿入した、あぶな絵のような私のヌード写真のことで、これは三島氏の精一杯のユーモアであろう。"
(澁澤龍彦)

このスチールを見て、われわれの背後で、してやったりとやんちゃな仕種で下をペロリと出してる澁澤氏を感じるの私だけでしょうか.....

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私の愛する作家、三島由紀夫。三島由紀夫の文学の世界に入れば、すぐそばに、三島の僚友澁澤龍彦のドアが開いています.....。

『マルキ・ド・サド選集』(全3巻)(彰考書院)(昭和31年7月)の序文を三島由紀夫氏が快く引き受け、『マルキ・ド・サド選集』(全6巻)(桃源社)の第6巻(昭和39年9月1日)の『サド侯爵の生涯』にインスピレ−ションを得て、三島氏が名戯曲『サド侯爵夫人』を書き下ろしたのは、周知の事実であります。

本書、第1章のなかで、澁澤氏は下記のように記しています。

"世代の新旧を問わず、三島文学あるいは三島現象に対して拒絶反応をおこす人がいるようだが、これはやむをえまい。私にかぎっていえば、おそらく一生その呪縛から完全に解放されることはないだろう。三島作品をひっくりかえす頻度もめっきり減ったが、それでも去年はユルスナ−ルの翻訳をやったから、久方ぶりに主要作品を精密に読んだ。同時代意識というのは恐ろしいもので、三島が死んだ今となっても、私は彼を共にすすむ僚友と思っているのである。"
本書P23、「三島由紀夫をめぐる断章」の章より抜粋(初出「すばる」昭和58年7月号)。

亡くなる4年前に、澁澤氏ははっきりと、「私にかぎっていえば、おそらく一生その呪縛から完全に解放されることはない」、「三島が死んだ今となっても、私は彼を共にすすむ僚友と思っている」と断言しています。しかもその自覚は、三島氏の死後いよいよ強いものになったであろうことは疑いをいれないでしょう。

サド侯爵を戦後「文化」に「工作」した澁澤氏と、サド侯爵夫人を「工作者」に選んだ三島氏とは、澁澤氏自身がのべているように、サドをめぐる二つの極に立ちながらも、戦後「文化」に対しては、その反時代精神においてしっかりと握手するまことに対照的な共犯者であったといえます。

"故三島由紀夫氏は、どちらかといえば筆まめな方で、私が氏から頂戴した手紙は、封書および葉書を合わせて三十数通に及ぶが、それも足かけ十五年間にわたる付き合いだったと思えば、平均して一年にニ、三通ということになってしまうから、それほど多いとはいえないかもしれない。"

と澁澤氏が本書第3章「三島由紀夫の手紙」のなかで回想しているとおり、二者の僚友的緊密度はかなり高かったといえるでしょう。

下記は澁澤氏から三島氏宛の書簡です。

"お忙しいなかを、いつに渝らぬ御懇切なお手紙をいただき恐縮しております。
この前貴兄に差し上げた手紙が、舌足らずで、何か誤解を生じたのではないかと気になりますので、また筆をとった次第ですが、貴兄が最近追求しておられる「鋼鉄のやさしさ」ともいうべきtendernessについては、小生、十分わかっているつもりなのです。
ただ、貴兄が小生の知らない行動の世界、文武両道の世界へ、まっしぐらに走ってしまわれたような気がして、ちょっと淋しくなり、怨みごとのようなものを申し述べたにすぎません。
貴兄は小生にとって大事な人であり、貴兄と同時代に生きる仕合わせを、、小生はいつも感じております、
尊敬や友情を、あんまりべたべたしないやり方で示すことは、貴兄もお嫌いでしょうし、小生も好みませんから、このへんで止めておきます。
お目にかかってお話しなくても、貴兄はいつも小生の気持を分って下さる、と勝手に解釈して、小生は楽しんでいます。
春になったら、ビアズレ−の彫心縷骨(?)の翻訳をお送りいたすことが出来るでしょう。
                             
澁澤龍彦
三島由紀夫様      (昭和43年1月22日)"

それから、巻末の澁澤氏と三島氏の対談「鏡花の魅力」も必見でしょう。

画像は、『三島由紀夫おぼえがき』澁澤龍彦(立風書房)(初版本:昭和58年12月4日発行)です。

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本作は、前記コラムVol.0004:『澁澤龍彦を語る』の関係でもわかるように、澁澤氏にかなり近い位置、或意味"僚友"、"同志"的な位置にいたこちらもフランス文学の硯学、「翻訳家」たる巌谷國士氏による「回想録」兼「澁澤龍彦論」といったところでしょうか。

澁澤氏から、現代思潮社の社主石井恭ニ氏を紹介され、古典文庫の『四運動の理論』(上)(下)、(シャルル・フーリエ著)(昭和45年1月31日発行)を翻訳することになった経緯から、25年間つきあい続けた印象を"生前の彼(澁澤氏)と向かい合うよう"な視点で記されています。

"高丘親王はいつも先をいそぐ。一箇所にとどまらない。案外、この人ほどひとつひとつの事物にこだわりをもたず、空間の安息からも遠かった主人公もめずらしいのではないか、という気がする。どんなに珍奇なものに出遭っても、驚くべき出来事がおこっても、それらはなにか砂時計の砂のように、水時計の水のように、この人の前で、さらさらと流れ去ってゆくものでしかない。

"高丘親王は、そして澁澤龍彦は、もっと大きな時間の夢のなかで、来るべき新しい文学の夢でもみているのではないか・・・とさえ思われてくる。"

本書P192、「庭」から「旅」への章より抜粋(初出「朝日新聞」昭和62年11月2日号)

画像は、『澁澤龍彦考』巌谷國士(河出書房新社)(初版本:平成2年2月20日発行)です。装釘:吉岡実

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