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文学

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HIDETO.K的「文学」書評、作家・作品紹介。
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この"衝撃的"(笑)なスチール写真は数ある"澁澤龍彦特集(研究)本"の中では、比較的早い時期のものになる『別冊新評 澁澤龍彦の世界』(新評社)(昭和48年10月10日発行)の巻頭グラビア集から。

さまざまな「澁澤ワールド」のグラビア・ページの"トリ"をなんと「男根ダンス」というタイトルで、見開きで飾っているのです。

撮影当時、澁澤氏41才。澁澤氏が責任編集をつとめていた『血と薔薇』(天声出版)の創刊号のグラビアで「サルダナパルスの死」(カメラ:奈良原一高)のモデル(被写体)となった彼特有の"ブラック・ユーモア"とも考えられます。余談ですが、(『血と薔薇』)同号にて三島由起夫氏も「聖セバスチャンの殉教」(カメラ:篠山紀信)のモデルで登場しています。

ただこのスチールは彼が、『三島由起夫おぼえがき』(立風書房)(昭和58年12月4日発行)の「三島由起夫の手紙」なかで触れている『世界悪女物語』(桃源社)と『夢の宇宙誌』(美術出版社)を三島氏に献呈した際に同封されたもののようです。以下、該当の三島氏の手紙と、澁澤氏のコメントを抜粋しておきます。

"御高著続々頂戴、世界悪女物語も、落丁乱丁のない一冊を改めてご恵与下され、有難う存じます、この本では、エリザべエト・バートリの項の凄惨さに最も感銘深く、他の女傑たちが、悪の大きさと権力の大きさの間に一定のバランスを持つのに、彼女ばかりはそのバランスを失しているところに、近代的犯罪者の範例としての面影を持ちます。(以下省略)・・・匆々 
                                        三島由起夫  
六月十四日 澁澤龍彦様 

ニ伸 巻末の美少年湯上がりの図の御写真改めて感銘深く拝見いたしました。"
"ニ伸にある写真というのは、『夢の宇宙誌』に挿入した、あぶな絵のような私のヌード写真のことで、これは三島氏の精一杯のユーモアであろう。"
(澁澤龍彦)

このスチールを見て、われわれの背後で、してやったりとやんちゃな仕種で下をペロリと出してる澁澤氏を感じるの私だけでしょうか.....

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私の愛する作家、三島由紀夫。三島由紀夫の文学の世界に入れば、すぐそばに、三島の僚友澁澤龍彦のドアが開いています.....。

『マルキ・ド・サド選集』(全3巻)(彰考書院)(昭和31年7月)の序文を三島由紀夫氏が快く引き受け、『マルキ・ド・サド選集』(全6巻)(桃源社)の第6巻(昭和39年9月1日)の『サド侯爵の生涯』にインスピレ−ションを得て、三島氏が名戯曲『サド侯爵夫人』を書き下ろしたのは、周知の事実であります。

本書、第1章のなかで、澁澤氏は下記のように記しています。

"世代の新旧を問わず、三島文学あるいは三島現象に対して拒絶反応をおこす人がいるようだが、これはやむをえまい。私にかぎっていえば、おそらく一生その呪縛から完全に解放されることはないだろう。三島作品をひっくりかえす頻度もめっきり減ったが、それでも去年はユルスナ−ルの翻訳をやったから、久方ぶりに主要作品を精密に読んだ。同時代意識というのは恐ろしいもので、三島が死んだ今となっても、私は彼を共にすすむ僚友と思っているのである。"
本書P23、「三島由紀夫をめぐる断章」の章より抜粋(初出「すばる」昭和58年7月号)。

亡くなる4年前に、澁澤氏ははっきりと、「私にかぎっていえば、おそらく一生その呪縛から完全に解放されることはない」、「三島が死んだ今となっても、私は彼を共にすすむ僚友と思っている」と断言しています。しかもその自覚は、三島氏の死後いよいよ強いものになったであろうことは疑いをいれないでしょう。

サド侯爵を戦後「文化」に「工作」した澁澤氏と、サド侯爵夫人を「工作者」に選んだ三島氏とは、澁澤氏自身がのべているように、サドをめぐる二つの極に立ちながらも、戦後「文化」に対しては、その反時代精神においてしっかりと握手するまことに対照的な共犯者であったといえます。

"故三島由紀夫氏は、どちらかといえば筆まめな方で、私が氏から頂戴した手紙は、封書および葉書を合わせて三十数通に及ぶが、それも足かけ十五年間にわたる付き合いだったと思えば、平均して一年にニ、三通ということになってしまうから、それほど多いとはいえないかもしれない。"

と澁澤氏が本書第3章「三島由紀夫の手紙」のなかで回想しているとおり、二者の僚友的緊密度はかなり高かったといえるでしょう。

下記は澁澤氏から三島氏宛の書簡です。

"お忙しいなかを、いつに渝らぬ御懇切なお手紙をいただき恐縮しております。
この前貴兄に差し上げた手紙が、舌足らずで、何か誤解を生じたのではないかと気になりますので、また筆をとった次第ですが、貴兄が最近追求しておられる「鋼鉄のやさしさ」ともいうべきtendernessについては、小生、十分わかっているつもりなのです。
ただ、貴兄が小生の知らない行動の世界、文武両道の世界へ、まっしぐらに走ってしまわれたような気がして、ちょっと淋しくなり、怨みごとのようなものを申し述べたにすぎません。
貴兄は小生にとって大事な人であり、貴兄と同時代に生きる仕合わせを、、小生はいつも感じております、
尊敬や友情を、あんまりべたべたしないやり方で示すことは、貴兄もお嫌いでしょうし、小生も好みませんから、このへんで止めておきます。
お目にかかってお話しなくても、貴兄はいつも小生の気持を分って下さる、と勝手に解釈して、小生は楽しんでいます。
春になったら、ビアズレ−の彫心縷骨(?)の翻訳をお送りいたすことが出来るでしょう。
                             
澁澤龍彦
三島由紀夫様      (昭和43年1月22日)"

それから、巻末の澁澤氏と三島氏の対談「鏡花の魅力」も必見でしょう。

画像は、『三島由紀夫おぼえがき』澁澤龍彦(立風書房)(初版本:昭和58年12月4日発行)です。

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本作は、前記コラムVol.0004:『澁澤龍彦を語る』の関係でもわかるように、澁澤氏にかなり近い位置、或意味"僚友"、"同志"的な位置にいたこちらもフランス文学の硯学、「翻訳家」たる巌谷國士氏による「回想録」兼「澁澤龍彦論」といったところでしょうか。

澁澤氏から、現代思潮社の社主石井恭ニ氏を紹介され、古典文庫の『四運動の理論』(上)(下)、(シャルル・フーリエ著)(昭和45年1月31日発行)を翻訳することになった経緯から、25年間つきあい続けた印象を"生前の彼(澁澤氏)と向かい合うよう"な視点で記されています。

"高丘親王はいつも先をいそぐ。一箇所にとどまらない。案外、この人ほどひとつひとつの事物にこだわりをもたず、空間の安息からも遠かった主人公もめずらしいのではないか、という気がする。どんなに珍奇なものに出遭っても、驚くべき出来事がおこっても、それらはなにか砂時計の砂のように、水時計の水のように、この人の前で、さらさらと流れ去ってゆくものでしかない。

"高丘親王は、そして澁澤龍彦は、もっと大きな時間の夢のなかで、来るべき新しい文学の夢でもみているのではないか・・・とさえ思われてくる。"

本書P192、「庭」から「旅」への章より抜粋(初出「朝日新聞」昭和62年11月2日号)

画像は、『澁澤龍彦考』巌谷國士(河出書房新社)(初版本:平成2年2月20日発行)です。装釘:吉岡実

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"澁澤龍彦の仕事にたいする大方の評価はといえば、誰しもがひとまずサドの翻訳紹介という事業に指を屈するだろう。サド研究から多くの恩恵を蒙った一人として、私もこの評判に殊更異論はない。しかしサド研究者としての仕事をも含めて、澁澤龍彦の存在という話になると、事はそう簡単には運ばない。そして私の思うに、戦後の文化状況一般における澁澤龍彦の存在は、どうやらパリの国際度量衡局の一室にある、あのメ−トル原器のようなものを私たちの間にもたらしたという業績から推し測られるのではあるまいか。"
(種村季弘)

上記のコメントは本コラムVol.0001:『黒魔術の手帖』の項でも触れた『ユリイカ〜澁澤龍彦 ユートピアの精神〜』昭和50年9月号(青土社)の種村季弘氏の寄稿「メ−トル原器のある庭園」P112からの抜粋です。

戦後フランス文学の硯学、「翻訳家」にして「エッセイスト」、そして「作家」、澁澤龍彦。

本書は、河出書房新社が平成5(1993)年5月23日に刊行を開始し、以後毎月刊行の予定をほぼこなして、平成7(1995)年6月26日、全巻完結のはこびとなった『澁澤龍彦全集』(全22巻、別巻2巻)の編集と刊行の過程で、編集委員たる巌谷國士、種村季弘、出口裕弘、松山俊太郎の4氏のあいだでおこなわれた座談会、対談のすべてを収録したものです。

澁澤龍彦ファンには、必携の一冊ではないでしょうか?

画像は、『澁澤龍彦を語る』巌谷國士、種村季弘、出口裕弘、松山俊太郎(河出書房新社)(初版本:平成8年2月23日発行)です。

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さて、本作は『EQMM』(早川書房)昭和40年1月〜11月に連載されたエッセイ集です。上記を骨子に約100枚を加筆され上梓されています。さらに、桃源社版では、新たに加えた序文の後に図版目次が挿入され、本文目次は各章に詳しい小見出しが付されています。内容的な加筆増補も見られます。

コンテンツは以下のとおり。

*序
*秘密結社の輪郭
*原始民族の結社とその名残り
*古代における密儀宗教
*グノーシス派の流れ
*薔薇十字団
*フリー・メーソン
*さまざまな政治的秘密結社
*クー・クラックス・クランその他
*犯罪的結社その他
*悪魔礼拝と魔術のサークル
*アジアの秘密結社
*イスラム教の秘密結社

『澁澤龍彦集成』(全6巻)(桃源社)の第1巻(昭和45年2月25日発行)に再録。そういえば『黒魔術の手帖』『毒薬の手帖』『秘密結社の手帖』全部同じ巻に再録なの?と思われる方がいるかもしれませんが、『澁澤龍彦集成』(桃源社)の第1巻は、その名も「手帖シリーズ篇」という構成で、澁澤自身「あとがき」で以下のように述べています。

"この「手帖シリーズ」三部作は、それぞれ互いに連関を保ちながら、ある一つの見地から眺めたヨーロッパ文化史、あるいは異端の思想史を形成しているのではあるまいか、と著者はひそかに考えている。"(澁澤龍彦)

現行本では、同タイトルにて河出文庫(昭和59年4月4日発行)。『澁澤龍彦全集』(全24巻)(河出書房新社)では、第6巻(平成5年11月12日発行)に収録。

*今回も三木本一・矢貴昇司(桃源社社長)の手になる装丁。やはり"天""地""小口"、3方が"赤色"に塗りつぶされています。

本作では"遊技の形式的特徴のなかでは、日常生活から空間的に分離されているという点が最も重要だった。一つの閉じられた空間が、現実あるいは観念のなかで、日常的な環境から切断され、境界を設けられる。遊戯はこの空間の内部で行われる。そこで適用されるのは遊戯規則である。・・・宣誓とか、騎士団や教会への加入とか、誓式とか、秘密結社とかの問題が語られるところ、そこにはつねに何らかのやり方で、そうゆう行事に必要な、遊戯における隔離が行われている"

『ホモ・ルーデンス』J・ホイジンガの示唆的な引用を含む序文が「赤色」で印刷されています。

画像は、『秘密結社の手帖』澁澤龍彦(桃源社)(増補改訂版)(初版本:昭和48年3月1日発行)です。
しかし、"オリジナル"の初版本として『秘密結社の手帖』澁澤龍彦(「ハヤカワライブラリ」早川書房)(新書判)(初版本:昭和41年3月15日発行)があります。

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