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			<title>◆デカダンスの彼方へ.....◆</title>
			<description>「映画」と「ブラック・ミュージック（SOUL etc.）」と「文学」をこよなく愛するHIDETO.Kです.....老若男女問わず、自分の思い入れのある好きな「映画（作品）」、「文学」、「ブラック・ミュージック（SOUL etc.）」について、思いっきり&quot;熱く&quot;語りませんか♪♪ 

&quot;快楽主義者&quot;、&quot;唯美主義者&quot;です..... 
自分の「実人生」も、愛好する「文学」も「哲学」も「映画」も「美術」も&quot;快楽&quot;もしくは&quot;死とエロティシズムの臨界&quot;で追求し耽溺し続けてきました.....ジョルジュ・バタイユの『空の青』や『マダム・エドワルダ』や『わが母』や『眼球譚』の主人公たちのように..... 

座右の銘】「エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることなのだ」 
『エロティシズム』ジョルジュ・バタイユ 

■本blogの「棲息地帯」のキーワード■ 
（一つでも、同じ棲息地帯がありましたら、どうぞ、お気軽にお声をかけてください） 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 
三島由紀夫、ジョルジュ・バタイユ、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、澁澤龍彦、種村季弘、日夏耿之介、堀口大學、生田耕作、オスカー・ワイルド、アルトゥール・シュニッツラー、フーゴー・フォン・ホフマンスタール、トーマス・マン、ウォルター・ペイター、オーブレー・ビアズレー、J.K.ユイスマンス、マルキ・ド・サド、ザッヘル・マゾッホ、ジャーコモ・カザノヴァ、マルセル・プルースト、ニーチェ、ルキノ・ヴィスコンティ、ヘルムート・バーガー、P.P.パゾリーニ、グスタフ・クリムト、リヒャルト・ワーグナー、グスタフ・マーラー、エゴン・シーレ、大蘇（月岡）芳年、モンス・デシデリオ、ルードヴィヒ、エリザベート・バートリ、『血と薔薇』、『ユリイカ』、『現代思想』、「エロティシズム」、「デカダンス」、「マニエリスム」、「日本浪漫派」、「世紀末ウィーン」、「ファム・ファタール」 
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>◆デカダンスの彼方へ.....◆</title>
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			<description>「映画」と「ブラック・ミュージック（SOUL etc.）」と「文学」をこよなく愛するHIDETO.Kです.....老若男女問わず、自分の思い入れのある好きな「映画（作品）」、「文学」、「ブラック・ミュージック（SOUL etc.）」について、思いっきり&quot;熱く&quot;語りませんか♪♪ 

&quot;快楽主義者&quot;、&quot;唯美主義者&quot;です..... 
自分の「実人生」も、愛好する「文学」も「哲学」も「映画」も「美術」も&quot;快楽&quot;もしくは&quot;死とエロティシズムの臨界&quot;で追求し耽溺し続けてきました.....ジョルジュ・バタイユの『空の青』や『マダム・エドワルダ』や『わが母』や『眼球譚』の主人公たちのように..... 

座右の銘】「エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることなのだ」 
『エロティシズム』ジョルジュ・バタイユ 

■本blogの「棲息地帯」のキーワード■ 
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三島由紀夫、ジョルジュ・バタイユ、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、澁澤龍彦、種村季弘、日夏耿之介、堀口大學、生田耕作、オスカー・ワイルド、アルトゥール・シュニッツラー、フーゴー・フォン・ホフマンスタール、トーマス・マン、ウォルター・ペイター、オーブレー・ビアズレー、J.K.ユイスマンス、マルキ・ド・サド、ザッヘル・マゾッホ、ジャーコモ・カザノヴァ、マルセル・プルースト、ニーチェ、ルキノ・ヴィスコンティ、ヘルムート・バーガー、P.P.パゾリーニ、グスタフ・クリムト、リヒャルト・ワーグナー、グスタフ・マーラー、エゴン・シーレ、大蘇（月岡）芳年、モンス・デシデリオ、ルードヴィヒ、エリザベート・バートリ、『血と薔薇』、『ユリイカ』、『現代思想』、「エロティシズム」、「デカダンス」、「マニエリスム」、「日本浪漫派」、「世紀末ウィーン」、「ファム・ファタール」 
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118</link>
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		<item>
			<title>Vol.0037：映画『夜 / LA NOTTE』のラブ・レター</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133499/59/321059/img_0?1141399838&quot; width=&quot;530&quot;&gt;&lt;br /&gt;
大富豪ゲラルディーニ邸で開かれていたパーティーの夜明け・・・ゲラルディーニ邸の庭からそのまま繋がっているプライベート・ゴルフ場に歩いてゆくジョヴァンニ Giovanni（マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni）とリディア Lidia（ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau）・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前（10年前）、2人が愛に溢れていた時期に、ジョヴァンニ Giovanniがリディア Lidiaに贈った「ラブ・レター」を、リディア Lidiaが&amp;quot;夫婦の愛の倦怠の哀しみに打ちひしがれ&amp;quot;、失意のあまり、バンカーのへりに腰掛けて、ジョヴァンニ Giovanniに朗読して聴かせるシーンがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まさに&amp;quot;一撃必殺&amp;quot;のラブ・レター。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結婚10年目。&lt;br /&gt;
当代一流の人気作家に上り詰め、上流の社交界でのサイン会、パーティーが日常になっているジョヴァンニ Giovanni。&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanniは、&amp;quot;その手紙&amp;quot;が、自分が10年前にリディア Lidiaに書いた「恋文」であることさえ忘れてしまっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■リディア Lidia（ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau）はジョヴァンニ Giovanni（マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni）に語りかけます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リディア Lidia：&amp;quot;今夜、死にたいと思ったのは、あなたを愛していないからよ。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　だから絶望しているの・・・。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　私が老婆なら、あなたに生涯を捧げたことになるのに、もう愛せないのだから、生きてても無駄よ・・・これが私の考えよ。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　あなたがナイト・クラブで退屈してた時にね・・・。&amp;quot;&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanni：&amp;quot;君がそういうのは・・・死にたいというのは、僕を愛している証だ。&amp;quot;&lt;br /&gt;
リディア Lidia：&amp;quot;いいえ。同情してるだけよ。&amp;quot;&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanni：（バンカーの脇に腰をおろし）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　&amp;quot;君に与えたものは何もない。僕は少しも気づかなかった・・・。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　愚かにも、人生を無駄に生きてきた・・・取るだけとり、与える事はしなかった.....。&lt;br /&gt;
　　　　価値のない男だと言うならそれが正しい。&amp;quot;&lt;br /&gt;
リディア Lidia：・・・・・・。&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanni：&amp;quot;愛してる.....今も君を愛してる。言えるのはそれだけだ。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　 さあ、帰ろう！&amp;quot;&lt;br /&gt;
リディア Lidia：（ハンドバックから、便箋を取り出して、突然朗読を始める・・・そして、朗読が終わる。）&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanni：（あまりにも&amp;quot;情熱的&amp;quot;な「恋文」に圧倒された感じで・・・）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　&amp;quot;誰からの手紙だ？・・・&amp;quot;&lt;br /&gt;
リディア Lidia：&amp;quot;あなたからのよ・・・。&amp;quot;&lt;br /&gt;
ジョヴァンニ Giovanni：（言葉を失い.....愕然として恥入るジョヴァンニ。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　リディアの手の甲に浴びせるようなKISSをし・・・そして感極まったジョヴァンニはリディアをバンカーに押し倒し、情熱的に掻き抱き、愛撫する・・・。）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
（ジョルジョ・ガスリーニ Giorgio Gasliniの咽び泣くテナー・サックスのメロディーとともに&amp;quot;FINE&amp;quot;のクレジット）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■ジョヴァンニ Giovanni（マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni）からリディア Lidia（ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau）への「ラブ・レター」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;今朝、目覚めたら君は眠っていた・・・。&lt;br /&gt;
眠りから覚めながら君の優しい寝息を感じた。&lt;br /&gt;
君の顔にかかる髪を透かして君の閉じた目が見えた・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いとおしさで、息苦しい程だった・・・。&lt;br /&gt;
僕は叫びたかった。&lt;br /&gt;
疲れ切った君を揺さぶり起したかった・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薄日の中で君の腕や喉が生き物の様に見えた。&lt;br /&gt;
君のその肌に唇を寄せたかった・・・。&lt;br /&gt;
だが眠りを妨げない様に&lt;br /&gt;
僕は君を腕の中に抱きはしなかった・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕だけの君をそっとしておきたかったからだ。&lt;br /&gt;
永遠に君の像を&lt;br /&gt;
君の持つ清らかさが僕をも清めてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君は僕を包んでくれた・・・僕の全生涯を・・・僕の未来を。&lt;br /&gt;
君に出会う前の何年間までも包んでくれた・・・。&lt;br /&gt;
それは目覚めの奇跡だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その時僕は、君は僕のものと感じた。&lt;br /&gt;
今も・・・寄り添って寝る夜も。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君の血の温かさや考えや意志が僕に溶け込む。&lt;br /&gt;
その時、君に深い愛を感じ、&lt;br /&gt;
僕は感動の余り、目に涙さえ浮かべるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は永久に変わらぬと思った。&lt;br /&gt;
毎朝同じ目覚めの奇跡を感じると思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君は僕のものだけではなく、僕の一部だ。&lt;br /&gt;
これを崩すことは何ものにもできない。&lt;br /&gt;
ただ日々の習慣が、冷酷にもこれを崩すかと不安だ・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その時、君が目覚め、微笑んで僕に接吻した。&lt;br /&gt;
僕たち2人の間には、何の不安もない事を確信した。&lt;br /&gt;
僕らの絆は時や習慣より強いことを・・・。&amp;quot; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『夜 / LA NOTTE』（1961）&lt;br /&gt;
監督：ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioniより。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/321059.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 00:30:38 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0036：映画『夜 / LA NOTTE』NAVA-10047</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133499/78/320678/img_0?1141399063&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
あなたは.....誰かに&amp;quot;渾身のラブ・レター&amp;quot;を書いたことがありますか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう、&amp;quot;渾身で&amp;quot;です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全身全霊で、相手の女性の&amp;quot;髪の匂い&amp;quot;を感じ、&amp;quot;美しい瞳&amp;quot;、&amp;quot;愛らしい唇&amp;quot;、&amp;quot;しなやかな指先&amp;quot;.....光輝燦然たるわが&amp;quot;ミューズ&amp;quot;に想い焦がれながら.....。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相手が便箋を開けると、あなたの&amp;quot;愛の雫&amp;quot;が滴り落ちるような「恋文」をです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1960年代を代表する最高のイイ男とイイ女、マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianniとジャンヌ・モロー Jeanne Moreau.....&amp;quot;ファム・ファタール famme fatale&amp;quot;を演じさせたら世界一似合う女＝ジャンヌ・モロー Jeanne Moreauも、『わかれ路 / INTERSECTION』（1994）に出演していたときのシャロン・ストーン Sharon Stone並に、（（『クレーブの奥方』までとはいいませんが）&amp;quot;貞淑&amp;quot;で&amp;quot;たおやかな&amp;quot;カワイイ女を演じています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■『夜／LA NOTTE』（1961）ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■解題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある土曜日の昼間から翌日の夜明けまでのミラノ.....。&lt;br /&gt;
無味乾燥な町の、風景や建築物がシンボリックに映し出され、現代人の言い知れぬ孤独が浮かび上がってきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1960年代、イタリアの高度経済成長はピークを迎えました。ミケランジェロ・アントニオーニの「愛の不毛」3部作やフェデリコ・フェリーニ Federico Fellini『甘い生活 / LA DOLCE VITA』（1960）は、高度経済成長下のイタリアの中産階級やブルジョワ社会を鋭く描き出しています。&lt;br /&gt;
これらの作品の主人公は建築家や作家、株式仲買人、ジャーナリストなどの知的職業に就いています。彼らは経済的に安定していますが、生きる目標を失い、彼らの生活からは&amp;quot;倦怠感&amp;quot;が漂っています。この&amp;quot;倦怠&amp;quot;こそ（かれらが認知することもなく静かにかれらの体内で進行していた）かれらの精神を蝕む病巣だったのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アントニオーニの「愛の不毛」3部作の主人公たち（『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』（1960）のサンドロ、『夜 / LA NOTTE』（1961）のジョヴァンニ、『太陽はひとりぼっち / L&amp;#39;ECLISSE』（1962）のピエロ）は『甘い生活 / LA DOLCE VITA』（1960）のマルチェロと似たところがあります。マルチェロはエンマ（イヴォンヌ・フェルノー）と同棲していますが、彼女と結婚する決心がつきません。彼はブルジョワの娘マッダレーナ（アヌーク・エーメ）とも関係を持っています。ハリウッドから来たグラマー女優シルヴィア（アニタ・エクバーグ）にうつつを抜かしますが、結局徒労に終ってしまいます。そして、貴族の舘でのパーティー（肝試し）でアメリカ人の女流画家と一夜を共にしてしまいます。一方、嫉妬深いエンマに辟易しながらも、彼女と別れるでもない。このようにマルチェロ及び他の3主人公の女性関係は、惰性で行き当たりばったりで、彼らの愛情生活はまさに&amp;quot;不毛&amp;quot;というほかはないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■解説&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「愛の不毛」3部作、『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』（1960）、『夜 / LA NOTTE』（1961）、『太陽はひとりぼっち / L&amp;#39;ECLISSE』（1962）で有名なミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioniとエンニオ・フライアーノ Ennio Flaiano、トニーノ・グエッラ Tonino Guerraが共同で脚本を執筆、結婚10年目の&amp;quot;倦怠期&amp;quot;の夫婦の生活を描いたもので、ベルリン映画祭でグランプリ（「金熊賞」）を受賞しています。撮影監督は、アントオーニ組のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ Gianni Di Venanzoで、音楽はイタリア・ジャズ界の鬼才といわれるジョルジョ・ガスリーニ Giorgio Gasliniが担当しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出演者には『死刑台のエレベーター/ SACCO E VANZETTI』（1957）、『恋人たち / LES AMANTS』（1958）、『危険な関係 / LES LIAISONS DANGEREUSES』（1959）、『雨のしのび逢い / MODERATO CANTABILE』(1960)、『突然炎のごとく　ジュールとジム / JULES ET JIM』（1961）、『エヴァの匂い / EVA』（1962）、『鬼火 / LE FEU FOLLET』（1963）、『小間使いの日記 / LE JOURNAL D&amp;#39;UNE FEMME DE CHAMBRE』（1963）、『審判 / LE PROCES』（1963）etc.の&amp;quot;famme fatale&amp;quot;を演じさせたら世界一（今回は違いますが...）のジャンヌ・モロー Jeanne Moreau、『甘い生活 / LA DOLCE VITA』（1960）などフェデリコ・フェリーニ Federico Fellini作品では常連で、ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti、ヴィットリオ・デ・シーカ Vittorio De Sica作品などに出演し、イタリアを代表する俳優マルチェロ・マストロヤンニ、『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』（1960）をはじめ「愛の不毛」3部作には全て出演し、一時はアントニオーニの&amp;quot;プライベート&amp;quot;なパートナーでもあったモニカ・ヴィティ Monica Vitti、またドイツから『橋』の監督ベルンハルト・ヴィッキ Bernhard Wickiがジョヴァンニ Giovanni（マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianniの親友の文芸評論家トマゾの役で特別出演しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■あらすじ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある日の午後、作家のジョヴァンニ Giovanni（マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni）と妻リディア Lidia（ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau）は、病床の夫婦共通の友人である文芸評論家トマゾを見舞います。トマゾの病気は回復の見込みがない末期癌です。トマゾはジョヴァンニの親友であり、若い頃から3人は友人で、以前、ジョヴァンニもトマゾもリディアにそれぞれ別に告白した間柄でした（結局、リディアはジョヴァンニを選んだのであります。）。2人の文士、新進作家と文芸評論家に、ほぼ同時に愛の告白を受け、（巻末の大富豪ゲラルディーニのパーティーの明け方、リディアの独白でもわかるように）単に&amp;quot;愛を語る&amp;quot;のではなく、自分の&amp;quot;主張&amp;quot;&amp;quot;物語&amp;quot;を熱心にリディアに話してきかせることを喜びとしていたジョヴァンニの&amp;quot;新鮮さ&amp;quot;に惹かれてゆきます。以前からトマゾはリディアを愛していましたが、彼女は結局ジョヴァンニを選び結婚してしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼女は作家夫人として何不自由のない毎日を送っていますが、その生活に何か得体の知れない茫漠たる不安が徐々に広がっていきます。結婚前には固く二人を結びつけたはずの「愛」を見失ってしまったと感じたとき、彼女の心にポッカリ空洞があいてしまいます.....。2人の乗った車は近代的なミラノの街並みを縫っていきます。自動車は近代的で最先端の美しい建物の前へ止ります。そこは、各界のセレブ達が集う&amp;quot;サロン&amp;quot;と化していました。そこではジョヴァンニの「新作」の書籍のサイン会が行われるのです。なぜかその&amp;quot;空気&amp;quot;にいたたまれなくなったリディアはひとり近代的なミラノの街に徒で吸い込まれていきます.....。幾何学的な白いコンクリートの直線風景。郊外のうら寂しい家並み。そのまま彼女の心象風景を表しているかのような、表通りの華やかで近代的な町並みとは対照的な荒涼とした原風景的なシークエンス.....。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その夜、二人は男女の黒人ダンサーが妖艶かつデカダンなダンスを披露している「ナイト・クラブ」に遊びにゆきます。「ナイト・クラブ」に退屈したニ人はそれから、大富豪ゲラルディーニのパーティーへ行きます。会場でジョヴァンニは、ゲラルディーニの娘バレンチナ（モニカ・ヴィッティ Monica Vitti）に出逢い、魅了されてしまいます。彼の視線はたえず彼女を追います。ジョヴァンニはゲラルディーニの娘バレンチナ（モニカ・ヴィッティ Monica Vitti）に、妻リディアはゲラルディーニのパーティーの招待客ロベルト（ジョルノ・ネグロ Giorno Negro）にとそれぞれ、パーティーで出会った男女に誘惑され、パーティーの一夜を別々に過ごしてしまいますが、一抹の&amp;quot;アヴァンチュール&amp;quot;の香りを残しただけで、不発に終ってしまいます。一方、トマゾの容態が心配で病院へ電話したリディアはトマゾの死を知ります。リディアの胸中で何かが音をたてて崩落してゆきます.....。ポーチの隅で夫ジョヴァンニとバレンチナが接吻してるのを見ても、嫉妬の感情すら...つまり何の感情もわかなかったのであります。PARTY IS OVER.....。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「夜」を別々のシチュエーションで過した夫と妻に「夜」は何ももたらしはしませんでした。&amp;quot;愛撫&amp;quot;も&amp;quot;波瀾&amp;quot;も&amp;quot;憎悪&amp;quot;も&amp;quot;事件&amp;quot;もなかったのであります。二人はゲラルディーニ邸の広漠とした庭に彷徨い出ます.....そして、プライベートゴルフ場の一隅（バンカー）に辿り着き、座ります。「トマゾが死んだわ.....。」リディアはポツリと言います。それからトマゾへの過去の自分の気持、それから、リディアは&amp;quot;夫婦の愛の倦怠の哀しみに打ちひしがれ&amp;quot;、失意のあまり、ハンドバッグから&amp;quot;便箋&amp;quot;を取り出し、ジョヴァンニに朗読して聴かせます。それは実は、10年前（婚約～新婚時代）にジョヴァンニがリディアに書き贈った&amp;quot;ラブ・レター&amp;quot;でした.....いったい燃え滾る&amp;quot;その愛&amp;quot;はどこへいったのか？.....今は二人の間には冷々とした&amp;quot;倦怠&amp;quot;があるだけです。あまりにも&amp;quot;情熱的&amp;quot;な「恋文」の文体に圧倒されジョヴァンニはリディアに尋ねます。「誰からの手紙だ？.....」と。リディアは答えます。「あなたからのよ.....。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョヴァンニは言葉を失い、愕然として恥入ります.....リディアの手の甲に浴びせるようなKISSをし.....そして感極まった（自分がまだリディアに対する愛の炎の残滓が残っていることを確認した）ジョヴァンニはリディアをバンカーの砂の上に押し倒し、情熱的に掻き抱き、愛撫します.....。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●スタッフ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
監督：ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni&lt;br /&gt;
脚本：ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni / エンニオ・フライアーノ Ennio Flaiano / トニーノ・グエッラ Tonino Guerra&lt;br /&gt;
撮影：ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ Gianni Di Venanzo&lt;br /&gt;
音楽：ジョルジョ・ガスリーニ Giorgio Gaslini&lt;br /&gt;
美術：ピエロ・ズッフィ Piero Zuffi&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●キャスト（役名）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau（Lidia）&lt;br /&gt;
マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni（Giovanni）&lt;br /&gt;
モニカ・ヴィッティ Monica Vitti（Valentina Gherardini）&lt;br /&gt;
ベルンハルト・ヴィッキ Bernhard Wicki（Tammaso Garani）&lt;br /&gt;
ロージー・マッツァクラーティ Rosy Mazzacrati（Rosy）&lt;br /&gt;
マリア・ピア・ルージィ Maria Pia Luzi（Patient/Ninfomania（色情狂））&lt;br /&gt;
ヴィンツェンツォ・カルベラ Vincenzo Corbella（Mr.Gherardini）&lt;br /&gt;
ギット・マグリーニ Gitt Magrini（Mrs.</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/320678.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 00:17:43 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0035：監督 Michelangelo Antonioni （ミケランジェロ・アントニオーニ）</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133499/45/320445/img_0?1141398659&quot; width=&quot;550&quot;&gt;&lt;br /&gt;
■監督 Michelangelo Antonioni （ミケランジェロ・アントニオーニ）・・・1912年9月29日～　  	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■イタリア中部フェラ－ラ生まれの映画監督・脚本家にして、画家。ボローニャ大学で経済学を学んでいます。学生時代からイタリアの地方紙に映画批評を寄稿し、1939年に映画雑「チネマ」の編集部員となっています。1940年、ローマに移り、「チネチッタ」の撮影技術センター（CENTRO SPERIMENTALE DI CINEMATOGRAFIA）で技術を研鑽します。ここで彼は、その後に一緒にイタリア映画を先導してゆくことになる何人かの映画技術者（監督）たちと運命的な出合いがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかでも、ロベルト・ロッセリーニ Roberto Rosselliniとの出会いは重要で、1942年に監督のもとで『飛行士還る / UN PILOTA RITORNA』のシナリオを執筆、同年にマルセル・カルネ Marcel Carne監督の『悪魔が夜来る / LES VISITEURS DU SOIR』（1942）に助監督として参加、1950年に『ある愛の記録 / CRONACA DI UN AMORE』（1950）で長編監督デビューを果たしています。1960年の『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』がカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞、世界的に名を知られるようになりました。『太陽はひとりぼっち / L&amp;#39;ECLISSE』（1962）、『赤い砂漠 / DESERTO ROSSO』（1964）など、「愛の不毛」、「現代人の孤独」や荒涼とした&amp;quot;砂漠のような&amp;quot;（ある意味、初期のピエロ・パオロ・パゾリーニ Pier Paolo Pasolini監督的な）「絶望感」を描くのが得意であり、作風ともいえるでしょう。1967年、『欲望 / BLOW-UP』(1966)でカンヌ国際映画祭パルム・ド－ルを受賞しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■監督作品&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『ある愛の記録 / CRONACA DI UN AMORE』（1950）&lt;br /&gt;
●『敗北者たち / I VINTI』（1952）&lt;br /&gt;
●『巷の恋 AMORE IN CITTA』「第二話　自殺未遂 TENTATO SUICIDIO」（1953）&lt;br /&gt;
●『女ともだち / LE AMICHE』（1956）&lt;br /&gt;
●『さすらい / IL GRIDO』（1957）&lt;br /&gt;
●『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』（1960）&lt;br /&gt;
●『夜 / LA NOTTE』（1961）&lt;br /&gt;
●『太陽はひとりぼっち / L&amp;#39;ECLISSE』（1962）&lt;br /&gt;
●『赤い砂漠 / DESERTO ROSSO』（1964）&lt;br /&gt;
●『欲望 / BLOW-UP』(1966)&lt;br /&gt;
●『砂丘 / ZABRISKIE POINT』（1969）&lt;br /&gt;
●『中国 / CHUNG-KUO』（1972）&lt;br /&gt;
●『さすらいの二人 / PROFESSIONE:REPORTER』（1974）&lt;br /&gt;
●『オベルヴァルトの謎 / IL MISTERO DI OBERWALD』（1979）&lt;br /&gt;
●『ある女の存在証明 / IDENTIFICAZIONE DI UNA DONNA』（1882）&lt;br /&gt;
●『愛のめぐりあい / AL DI LA DELLE NUVOLE』（1995）&lt;br /&gt;
●『愛の神、エロス / EROS』（2004）＊ウォン・カーワァイ、スティーヴン・ソダ－バーグとのオムニバス作品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■原作&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『欲望 / BLOW-UP』(1966)&lt;br /&gt;
●『砂丘 / ZABRISKIE POINT』（1969）&lt;br /&gt;
●『ある女の存在証明 / IDENTIFICAZIONE DI UNA DONNA』（1882）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■原案&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『さすらい / IL GRIDO』（1957）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■脚本&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『女ともだち / LE AMICHE』（1956）&lt;br /&gt;
●『さすらい / IL GRIDO』（1957）&lt;br /&gt;
●『情事 / L&amp;#39;AVVENTURA』（1960）&lt;br /&gt;
●『夜 / LA NOTTE』（1961）&lt;br /&gt;
●『太陽はひとりぼっち / L&amp;#39;ECLISSE』（1962）&lt;br /&gt;
●『赤い砂漠 / DESERTO ROSSO』（1964）&lt;br /&gt;
●『欲望 / BLOW-UP』(1966)&lt;br /&gt;
●『さすらいの二人 / PROFESSIONE:REPORTER』（1974）&lt;br /&gt;
●『ある女の存在証明 / IDENTIFICAZIONE DI UNA DONNA』（1882）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■脚色&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『砂丘 / ZABRISKIE POINT』（1969）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■編集&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『ある女の存在証明 / IDENTIFICAZIONE DI UNA DONNA』（1882）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/320445.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 00:10:59 +0900</pubDate>
			<category>映画監督</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0034：映画『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』CFX-3907</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133499/73/320273/img_0?1141398372&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&amp;quot;1週間前にベティと出会い、毎晩セックスした。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&amp;quot;嵐の前ぶれだった.....&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』巻頭字幕スーパーより）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;狂気の愛&amp;quot;、&amp;quot;愛の狂気&amp;quot;.....。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■わたしの『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』論&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●映画関係のサイトでレビューを覗いてみると、&amp;quot;賛否両論&amp;quot;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは何故でしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは、この映画が身をもって「理解できた」か「理解できなかった」かの違いなのでしょう。&lt;br /&gt;
常夏の赤道直下の国へ行って、凛とした「雪」の降る美しさを&amp;quot;言葉&amp;quot;のみで語ってその本質が果して伝わるでしょうか？&lt;br /&gt;
ユーラシア大陸の内陸部（たとえばモンゴル）に行って、紺碧の「海」の潮騒や潮の馨りを&amp;quot;言葉&amp;quot;のみで語ってその本質が果して伝わるでしょうか？&lt;br /&gt;
答えは「否」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人生にはその個人の「経験値」を超えてしまうと、「想像」や「情報」でしか理解できないことがたくさんありますし、われわれ自身が&amp;quot;百科事典&amp;quot;になる必要は全くないのですから、学校で学習する「最大公約数」的な必須の知識を超える「専門的」な知識と「アウトロー的」な知識、逆にわれわれはそういった知識を全部鵜のみにして取り込む（知る）必要もないと考えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
映画関係のサイトのレビューで本作を「くだらない...」云々のコメントを見るとがっかりします。このような、「映画のほうで観る人間を選ぶ」ような映画の場合、「映画（監督、製作者サイド）」のほうでも、八方美人的な阿諛は一切ないはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「くだらない」「皮層的だ」と&amp;quot;偽善者ぶる&amp;quot;前にひとこと、（わたくしも本作を完全に理解しているなどと僭越なことは申しませんが）「自分の理解の限界を超えている。」、「理解できない。」、ただそれだけでいいのではないでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●これは、実際にベティみたいな女性と付き合ったことがなければ描けないリアリズム、エミール・ゾラ以上のリアリズムです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
間違いなく原作・脚本のフィリップ・ディジャンは、ベティと等身大の女性を愛したことがあるのでしょう.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;femme fatale（ファム・ファタール）&amp;quot;の最左翼.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしも10年くらい前にベティそっくりの&amp;quot;気質&amp;quot;をもった女性と付き合ったことがありました（現在は全く連絡をとっておりませんが、その女性は現在も健在のはずです）.....&lt;br /&gt;
ベティのような女性は、&amp;quot;こわれやすい&amp;quot;しかし常人の何倍も&amp;quot;繊細&amp;quot;で&amp;quot;pureな魂&amp;quot;を持った天使だといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リチャード・ギア主演の『心のままに / Mr.JONES』ではありませんが、もしその女性を愛しているなら決して「治そう」と思うのは間違いです。&lt;br /&gt;
何故なら「現状」が、彼女にとっての「スタンダード（正常）」なのですから.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こっちに「合わせさせる」のではなく彼女に「合わせて」あげましょう。それができないのであれば、彼女のために&amp;quot;きっぱり&amp;quot;別れてあげましょう。そのほうがお互いのためです。&lt;br /&gt;
私も精神科医ではないので、&amp;quot;統合失調症（躁鬱病）&amp;quot;や強度の&amp;quot;ヒステリー&amp;quot;に対する正確な臨床的な対応、カウンセリング術は知らないですけれども、自分がかつて愛したベティのような女性との経験からすると、彼女の世界の&amp;quot;正常なバランス&amp;quot;を保つには、&amp;quot;愛&amp;quot;しかありません.....それも全てを犠牲にして、&amp;quot;献身的におしみなく与える愛&amp;quot;しかありません。それに必要なのは、男のキャパシティ（包容力）。精神的、肉体的な強靱さ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現実の世界で、ベティのような女性と知り合ってしまった男性諸氏！彼女を本当に愛しているのであれば&amp;quot;愛&amp;quot;に殉じてください。&lt;br /&gt;
われわれは、6・3・3制の偽善的、マークシート的画一化社会の中で「根拠なきスタンダード」を盲信し、安逸を貪っている。そして豚のように眠る.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いったいこの世の中何が「確か」なのでしょうか？何故、誰もその根源のところ、「本質」を疑わないのでしょう？&lt;br /&gt;
われわれからみれば「狂人」でも、「狂人」の側からみればわれわれが「狂人」にちがいありません。まさにピエール・ブールが『猿の惑星 / PLANET OF THE APES』で暴いてみせた世界。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』のベティ（ベアトリス・ダル）と、『心のままに / Mr.JONES』のジョーンズ（リチャード・ギア）はこの欺瞞に満ちた現代の「統合失&amp;quot;疑&amp;quot;症」的社会という伽藍を突き崩しているといえましょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■内容に関して&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●タイトルについて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これも山のような解釈があるようですが、わたくしは下記のように解釈しております。&lt;br /&gt;
「37°2 LE MATIN」、直訳すると&amp;quot;朝、37度2分&amp;quot;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般的には、女性が一番妊娠しやすい体温だとされており、これに関連づける解釈が多いようです。&lt;br /&gt;
わたくしは、「微熱」と解釈しております。われわれの通常の体温は36°前後。しかし、血液型でRh-AB型の方もいれば、身長が2m超の方もいます。&lt;br /&gt;
37°2の体温を「平熱」と考えると、36°は異常に低い体温になります。つまり37°2 という「微熱」の体温は、ベティの「平熱（スタンダード）」＝「激情型（躁鬱、強度のヒステリー）」という人格のアレゴリーと解釈しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ベティの炯眼について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;こわれやすい&amp;quot;しかし常人の何倍も&amp;quot;繊細&amp;quot;で&amp;quot;pureな魂&amp;quot;を持ったベティ.....&lt;br /&gt;
それゆえ、その神がかった、ことの「本質」をとらえてしまう&amp;quot;天使の眼&amp;quot;は、社会のさまざまな欺瞞を見抜いてしまい、それに我慢ができません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゾーグの足元を見てそれにつけ込むずる賢い親方、大手出版者の編集長の座に胡座をかいて&amp;quot;新人発掘&amp;quot;の気が全然ない怠慢編集者、ピザ・レストランで店員であるベティに&amp;quot;欲求不満&amp;quot;の八つ当たりする女性客、彼ら全員にベティはキレる.....さらに、ゾーグの小説家としての才能を発見し、近所の雑貨店（スーパー）の少年のピアノの天才的な才能も見抜いてしまいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ベティ＝&amp;quot;あげまん&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
精神と人生の破滅という下降線を辿ってゆくベティとは対照的に、ゾーグは、「修理工」→「ピザ・レストラン店員」→「ピアノ店主」→本物の「小説家」と人生が上昇してゆきます。ベティのお蔭で.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●オープニングについて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
クレーン使用による、俯瞰カットからのオープニング。押し掛け女房的に登場する、ベティ（ベアトリス・ダル）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よく見ると、「裸にエプロン」です。&lt;br /&gt;
ここからジャン＝ジャック・ベネックス監督のベティに関する常軌を逸した&amp;quot;アブナイ女&amp;quot;の気配を漂わせる演出がスタートします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ゾーグの職業について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあどうでもいいことですが、たまたま巻頭の海浜地区のレンタルのコンドミニアムの住込み管理人をやってて、オーナーに足元を見られて&amp;quot;ペンキ塗り&amp;quot;をやらされているので、ペンキ職人と書かれていますが、リサ（エディの彼女）の配管を直してたくらいですから、修理屋、今で言う「便利屋」といったところではないでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ジャン＝ジャック・ベネックス監督の「小わざ」いろいろ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
巻頭のペンキ塗りのシーンでゾーグの脇でアルト・サックスを吹いていたおじいさんは渋かったですよね。それから、旧式のイエローのベンツのバック・トランクからゾーグがベティの誕生日のケーキを取り出すシーン、自分のピアノ店に戻って来ると近所の雑貨店（スーパー）の悪戯好きな少年が驚くべき腕でピアノを弾きこなしているシーン.....とりわけ、好きなのは「テキーラ・ラピド」!! わたくしも学生時代、ディスコやBARで、カウンターで&amp;quot;バーン&amp;quot;&amp;quot;シュワー&amp;quot;とやってました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;ボクは人生の意味を求めてきた.....。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&amp;quot;君と生きることこそボクの生きがいだ。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』字幕スーパーより）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
P.S.ジャン＝ユーグ・アングラード Jean-Hugues Anglade、まさにフランスのAL PACINO、シビレます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』1986年（フランス）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
監督：ジャン＝ジャック・ベネックス Jean-Jacques Beineix&lt;br /&gt;
脚本：フィリップ・ディジャン Philippe Djian&lt;br /&gt;
原作：フィリップ・ディジャン Philippe Djian&lt;br /&gt;
撮影：ジャン＝フランソワ・ロバン Jean-Francois Robin&lt;br /&gt;
音楽：ガブリエル・ヤーレ Gabriel Yared&lt;br /&gt;
出演：ベアトリス・ダル Beatrice Dalle&lt;br /&gt;
ジャン＝ユーグ・アングラード Jean-Hugues Anglade&lt;br /&gt;
コンスエロ・デ・ハヴィランド Consuelo de Havilland&lt;br /&gt;
ジェラール・ダルモン Gerard Darmon&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
画像は、映画『ベティ・ブルー～愛と激情の日々～ / 37°2 LE MATIN』（オリジナル・レンタルビデオ）CFX-3907（CBS / FOXビデオ・ファーイースト株式会社）です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/320273.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 00:06:12 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0033：『日本人の愛と性』暉峻康隆（岩波書店）</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133536/05/320005/img_0?1141397869&quot; width=&quot;366&quot;&gt;&lt;br /&gt;
今回から、数回に分けてわが国「古典文学」における、『源氏物語』を頂点とする&amp;quot;平安王朝文学&amp;quot;や&amp;quot;八代集&amp;quot;のなかに「色好み」の諸相をを探ってゆきたいとおもいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回は、題して「&amp;quot;艶（オトナ）&amp;quot;読み、『万葉集』のススメ !!」（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●参考テキストとして、『日本人の愛と性』暉峻康隆（岩波新書）を使用いたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇この本は、『日本語の年輪』大野晋（新潮社）、『古語雑談』佐竹昭広（岩波書店）といった類いの、大硯学の先生がビギナー向けに書き下ろした「古典文学」の一種のaperitifであります。わかりやすい。面白い。衒いがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に、暉峻康隆氏は、「近世文学」、なかでも井原西鶴の権威であります。古典文学に描かれている男と女の愛の葛藤を&amp;quot;エロと博覧強記の学識&amp;quot;で斬り、&amp;quot;チャキチャキ&amp;quot;のぶっちゃけトーク風の語り口で楽しませてくれます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、暉峻康隆氏の上記テキストをもとに、わたくしの私訳注もつけて、敷衍してみました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■&amp;quot;都合がいい女（通い婚）&amp;quot;の4段階：『万葉集』編&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国家の創業期で、核戦争に巻き込まれるという心配もなければ、産業といえば農業だけでしたから、会社がM&amp;Aされたり、もしくは倒産して失業するという憂いもありません。学校がないから、受験戦争もない。個人生活を縛るような宗教や道徳や制度もまだ出来上がっていなかったため、生命力の&amp;quot;根源&amp;quot;である性（セックス）をいやしんだり、軽蔑したりする不健康さがありません。世の中のしきたりやモラルを気にするといったところがありません。非常に率直で、愛情は&amp;quot;肉体&amp;quot;によって証明すべきものだと考えていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何しろ耕して狩りをして戦って...という（古代草創期の）時代には、せいぜい&amp;quot;セックス&amp;quot;の楽しみ以外には、（鳥の）狩猟ぐらいしかなかったわけです。&lt;br /&gt;
男も女も庶民も天皇もそうでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寒さこらえて通います、なんていう演歌調も&amp;quot;新婚当初&amp;quot;だけ。&lt;br /&gt;
「成田離婚」ならぬ、お互いの性格（性交）の不一致といいますか、お互いが鼻について通わなくなる「夜離（よがれ）」という頃になりますと、女性のほうがしばらく行方をくらましたりして一件落着。それぞれ&amp;quot;再出発&amp;quot;という、一見きわめて&amp;quot;放縦&amp;quot;な男女関係でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■第1段階：「辛抱、いらいら、諦め」段階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずは獨りかも寝む」（ころもでに　あらしのふきて　さむきよを　きみきまさずは　ひとりかもねむ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;袖に嵐の吹いて寒い夜なのに、あなたがおいでにならないで、私はひとりで寝ることになるのでしょうか。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇このレベルだと、まだ「あんただって寒い夜道は大変だろうからネ」という思い遣りが感じられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『万葉集』巻第十三 3282&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　↓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■第2段階：「閨怨」段階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「居明かして君をば待たむぬばたまのわが黒髪に霜は降るとも」（をりあかして　きみをばまたむ　ぬばたまの　わがくろかみに　しもはふるとも）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;夜通し起きたままあなたをお待ちします、（ぬばたまの）私の黒髪にたとえ霜が降ろうとも。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇わたしはこうして門に出て、夜の明けるまででもあなたのおいでを待ってます。この黒髪が霜で真っ白になろうとも。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どしゃぶりの雨の日に、自宅のマンションに帰ってくると、マンションのドアの前に&amp;quot;唇を真っ青&amp;quot;にして長時間待ってたGIRL FRIENDがひとことポツリ「待ってた.....」的情熱を感じます。ちょっとヤバい感じです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『万葉集』巻第ニ 89&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　↓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■第3段階：「嫉妬」段階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「眠もせずに我が思ふ君はいづく辺に今宵誰とか待てど来まさぬ」（いもねずに　わがおもふきみは　いづくへに　こよひたれとか　まてどきまさぬ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;眠りもやらず私が恋している君は、どこにいるのか、今夜は誰と過ごしているのか、待てど暮らせどやって来ない。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇かなりヤバくなってきました。今度、彼女のマンションに行ったら、ドアを開けたとたんに、ビュッとバカラのグラスでも豪速で飛んできそうな勢いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多分、彼女に（自分に）新しい女が出来たという情報が入ったか、うすうす感ずかれてしまった段階です。もはや「寒さこらえて待ってます」という演歌調ではいかなくなって、「私は、寝ずにあんたのこと待ってるのにサァ、一体どこの誰とエッチしてるのよ!!」という怨み節になっています。&lt;br /&gt;
こういう状態が、しばらく続くと、女性はヒステリックになって、最後は爆発してしまいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『万葉集』巻第十三 3277&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　↓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■第4段階：「爆発」段階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを」（かくばかり　こひつつあらずは　たかやまの　いはねしまきて　しなましものを）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;これほどまでに（ほったらかしにされて）恋しい思いをしているくらいなら、高山の岩を枕にして、死んでしまうほうがましです。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇携帯に「今まで、アリガトウ.....楽しかったわ.....もう私のことは探さないでネ.....」なんてメールが来る。メールを受け取った男性は、その意味深い（自殺を暗示するような）簡潔な文面に、&amp;quot;エェエェエェ(￣Д￣;)ェエェエェエ!?&amp;quot;って度胆を抜かれます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性への&amp;quot;揺さぶり&amp;quot;効果抜群の小悪魔攻撃!!。こうなるともはや男性は恐くて寄り添うどころか、寄り付けません.....しかし、ここまで女性に想われた（恋された）男性はしあわせものであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『万葉集』巻第ニ 86 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●以上、訳注は新日本古典文学大系（全104巻）より、第1巻『万葉集　一』、第3巻『万葉集　三』佐竹昭広/山田英雄/工藤力男/大谷雅夫/山崎福之校注（岩波書店）に拠る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■暉峻康隆（てるおか やすたか）・・・明治41（1908）年2月1日～平成13（2001）年4月2日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治41（1908）年2月1日、鹿児島県に生まれる。1930年早稲田大学文学部卒業。専攻日本近世文学。早稲田大学名誉教授。ＮＨＫ「さわやか文芸」選者。著書に『定本西鶴全集』『西鶴－評論と研究』『蕪村－生涯と芸術』『芭蕉の俳諧－成立と展望』『落語の年輪』ほか多数。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
画像は、『日本人の愛と性』暉峻康隆（岩波書店）（平成元年10月20日発行）です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/320005.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:57:49 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0032：「Mr. &amp; Mrs.Smith」（2005）ブラッド・ピット Brad Pitt &amp; アンジェリーナ・ジョリー Angelina</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/133499/16/319716/img_0?1141397380&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
去る12月上旬、観てきました.....『Mr. &amp; Mrs.Smith』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
観了後の感想.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャック・ニコルソン Jack Nicholson（Charley Partanna）とボクの大好きなキャスリーン・ターナー Kathleen Turner（Irene Walker）が出演し、『Mr. &amp; Mrs.Smith』（2005）と同様に、お互い&amp;quot;プロの殺し屋&amp;quot;とは知らずに結婚してしまった夫婦という「シノプシス（Narrative Synopsis）の基本線」は全く一緒のストーリーを辿る作品.....『女と男の名誉 Prizzi&amp;#39;s Honor』(1985)を思いだしてしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
是非はともかく、ほんと驚くくらいそっくりです、ストーリー（Narrative Synopsis）の基本線 ww&lt;br /&gt;
『Mr. &amp; Mrs.Smith』は『女と男の名誉 Prizzi&amp;#39;s Honor』の20年後の、アクション・シーンの演出や特撮シーンをパワー・アップさせた&amp;quot;カヴァー&amp;quot;ヴァージョンともいえなくもないです。&lt;br /&gt;
とにかく、レンタル店で借りていただき、実際に2本を見比べていただければわかります♪&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボクは、確かに銃器や爆薬に熟知したダグ・リーマン Doug Liman監督のアクション・シーンに関していえばハリウッドの&amp;quot;当代一流&amp;quot;だといえますが、「男と女の機微の&amp;quot;コク&amp;quot;」の掘り下げ方は、20年前の『女と男の名誉 Prizzi&amp;#39;s Honor』の監督：ジョン・ヒューストン John Hustonのほうが、一枚上手じゃないかな.....なんて思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何せ、ダグ・リーマン Doug Liman監督は『ボーン・スプレマシー The Bourne Supremacy 』(2004）や『ボーン・アイデンティティー The Bourne Identity』(2002)の監督だけあって、発砲 &amp; 爆発の嵐!! そして、主人公2人は最後まで、&amp;quot;スナイパー&amp;quot;としての恐るべきスキルを発揮して生き残るわけでありますが.....「ちょっと、（敵のスナイパーたちもプロなのに）キミタチ弾に当たらなさすぎじゃない？」（笑）って感じでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『トゥームレイダー2 Lara Croft Tomb Raider: The Cradle of Life』(2003)や、『ボーン・アイデンティティー The Bourne Identity』(2002)といった、最新型ハリウッド・アクションもののエンターテインメントを純粋に満喫したいという視点で観れば、「120点」でしょうネ ^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『オーシャンズ12 Ocean&amp;#39;s Twelve』(2004) etc.のブラッド・ピット Brad Pittと、『トゥームレイダー2 Lara Croft Tomb Raider: The Cradle of Life』(2003)etc.のアンジェリーナ・ジョリー Angelina Jolie.....『真夜中のカーボーイ Midnight Cowboy』(1969)のジョン・ヴォイト Jon Voightの娘とはちょっと想像できませんが.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに、『ボーン・アイデンティティー The Bourne Identity』(2002)etc.のダグ・リーマン Doug Liman監督 !! 2人の愛の巣である豪邸を爆破してしまう etc.桁外れの夫婦喧嘩をコミカルに演出しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●あらすじ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南米で情熱的な恋に落ちたジョンとジェーンは、結婚し、晴れて「Mr. &amp; Mrs. スミス」となります。「スミス Smith」というのはアメリカではもっともありふれた名字で、日本では、「田中」、「鈴木」と同様の印象でしょう。その一見どこにでもいる平凡そうなカップルがお互いに&amp;quot;秘密の別の生活&amp;quot;を持っている。 その&amp;quot;秘密&amp;quot;が原因で、これまで一緒だった2人はバラバラになり、そして争い合うようになる。5～6年後、夫婦に倦怠感が生まれていたある日、2人はお互いの「裏の顔」を知ってしまう。ジョンは建築業を隠れ蓑にした凄腕の殺し屋。プログラマーのジェーンは暗殺組織のエースだったことが発覚!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この稼業では、自分の正体を知った相手を48時間以内に抹殺することが暗黙のルール。こうして、ふたりの壮絶な夫婦対立が勃発!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラッド・ピット Brad Pitt &amp; アンジェリーナ・ジョリー Angelina Jolie、ハリウッドのトップを疾走する旬の俳優が、暗殺者夫婦を好演!! 容姿端麗のスーパー・ウーマンであるジェーン Jane Smithと、飄々と仕事をこなしていくジョン John Smithは、お互いに一歩も引かない強者同士。そんなふたりがぶつかり合って生まれる超ド級のアクションを、ユーモアたっぷりに見せてくれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●スタッフ・キャスト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
監督：ダグ・リーマン Doug Liman&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●出演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラッド・ピット Brad Pitt（John Smith）&lt;br /&gt;
アンジェリーナ・ジョリー Angelina Jolie（Jane Smith）&lt;br /&gt;
ヴィンス・ヴォーン Vince Vaughn（Eddie）&lt;br /&gt;
アダム・ブロディ Adam Brody（Benjamin Danz）&lt;br /&gt;
ケリー・ワシントン Kerry Washington（Jasmine）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■TVの&amp;quot;スポットCM&amp;quot;や映画館の上映前に流されている&amp;quot;プロモーション・ビデオ&amp;quot;を「トレーラー版 Promotional Trailers」といいます。&lt;br /&gt;
それでは、5種の「トレーラー版」をどうぞ♪&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●トレーラー版 A（2&amp;#39;01&amp;quot;）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/yokoku_300k.asx&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/yokoku_300k.asx&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●トレーラー版 B（21&amp;quot;）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_a_300k.asx&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_a_300k.asx&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●トレーラー版 C（21&amp;quot;）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_b_300k.asx&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_b_300k.asx&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●トレーラー版 D（21&amp;quot;）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_c_300k.asx&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_c_300k.asx&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●トレーラー版 E（21&amp;quot;）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_d_300k.asx&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://movie.goo.ne.jp/special/mr_and_mrs_smith/movie/cm_d_300k.asx&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/319716.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:49:40 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0031-2「K. 341 キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/147958/90/318590/img_0?1141395425&quot; width=&quot;472&quot;&gt;&lt;br /&gt;
■「K. 341 キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」&lt;br /&gt;
（演奏時間 7分）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ・バス・オルガン&lt;br /&gt;
4部合唱&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●これは1780年11月から翌1981年3月までのあいだに、ミュンヘンで作曲されたものと思われていて、一般に「ミュンヘンのキリエ」と呼ばれています。やはりキリエだけのもので、モーツァルトがオペラ・セーリアK.366「クレータの王イドメネーオ IDOMENEO,RE DI CRETA」を上演するために赴いていたミュンヘンに滞在中の作といわれてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時もモーツァルトには、この地の音楽を理解し愛好する選挙侯宮廷に就職の望みをかけていました。彼の実力を見せるために多くの器楽曲を作曲し、教会音楽も多くの旧作をザルツブルグから取り寄せています。この曲の楽器編成は前例がないほど大きく派手で、K.297「交響曲　第31番　ニ長調《パリ》 SYMPHONY No.31 D major&amp;quot;PARIS&amp;quot;」ではじめて使ったクラリネットさえ加えられています。それは、K.366「クレータの王イドメネーオ IDOMENEO,RE DI CRETA」を書き上げた余勢にもよるものでしょうが、意欲的な作品にはちがいありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
曲はアンダンテ・マエストーソ Andante maestosoの合唱だけで通されます。&lt;br /&gt;
もっとも円熟した手法による自由な三部形式を構成していますが、モーツァルトにとっては特別な意義をもつ「ニ短調」の暗い軟らかいハーモニーと、下降半音階の多い主題法などには、すでに同じ「ニ短調」のK.626「レクイエム ニ短調 REQUIEM in D minor」を予感させるものがあり、真面目な壮麗さの中に甘美な哀愁が入りまじっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『モーツァルト＜2＞ 声楽編』属啓成著（音楽之友社）に拠る。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/318590.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:17:05 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0031：モーツァルトの森 DER WALD DES W.A.MOZART.02：「K. 341 キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/147958/30/318530/img_0?1141395315&quot; width=&quot;413&quot;&gt;&lt;br /&gt;
■私の、モーツァルトのfavorite No.1は、依然としてK.397「幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」ですが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ミサ曲・教会作品」というジャンルに絞って選ぶとすれば、favorite No.1は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇ K. 341「キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
であります!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
壮麗、豪快、繊細、劇的!! とにかく&amp;quot;素晴らしい&amp;quot;のひとこと!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
K.397「幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」、&lt;br /&gt;
K.396「幻想曲 ハ短調 FANTASY in C minor」、&lt;br /&gt;
K.310「ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 PIANO SONATA in A minor」、&lt;br /&gt;
K.511「ロンド イ短調 RONDO in A minor」、&lt;br /&gt;
K.540「アダージョロ短調 ADAGIO in B minor」、&lt;br /&gt;
K.364「協奏交響曲 SINFONIA CONCERTANTE in E-FLAT major for Violin,Viola and Orchestra」の＜第2楽章＞Andante ハ短調、&lt;br /&gt;
K.183「交響曲25番 ト短調 SYMPHONY No.25 in G minor」etc.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
といった&amp;quot;悲愴な色合い&amp;quot;の曲が大好きですが.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直なところ、それらからモーツァルトの&amp;quot;導入部分&amp;quot;をくぐった私が、次にハマッたのが、一連のミサ曲・教会作品、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
K.341「キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」、&lt;br /&gt;
K.317「ミサ曲 ハ長調《戴冠ミサ》 MASS in C majnor&amp;quot;CORONATION MASS&amp;quot;」、&lt;br /&gt;
K.220「ミサ・ブレヴィス ハ長調《雀》 MISSA BREVIS in majnor&amp;quot;SPATZEN-MESSE&amp;quot;」、&lt;br /&gt;
K.427「ミサ曲 ハ短調《グレイト》 MASS in C minor&amp;quot;GREAT MASS&amp;quot;」、&lt;br /&gt;
K.626「レクイエム ニ短調 REQUIEM in D minor」、&lt;br /&gt;
K.139「ミサ・ソレムニス ハ短調《孤児院ミサ》 MISSA SOLEMNIS in C minor&amp;quot;WAISENHAUS-MESSE&amp;quot;」、&lt;br /&gt;
K.192「ミサ・ブレヴィス ヘ長調 MISSA BREVIS in F majnor」、&lt;br /&gt;
K.259「ミサ・ブレヴィス ハ長調《オルガンソロ・ミサ》 MISSA BREVIS in F majnor&amp;quot;ORGELSOLO-MESSE&amp;quot;」、　　　　　　　　&lt;br /&gt;
K.165「エクスルターテ・イゥビラーテ EXSULTATE,JUBILATE」、&lt;br /&gt;
K.618「アヴェ・ヴェルム・コルプス AVE VERUM CORPUS」、&lt;br /&gt;
K.195「聖母連祷 ニ長調 LITANIAE LAURETANAE in D major」 etc.....&lt;br /&gt;
といった作品群でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「ミサ曲・教会作品」を聴いていると、モーツァルトの交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、声楽曲、オペラ・ジングシュピール.....全ての作品の種子・萌芽を感じ取ることが出来ます。&lt;br /&gt;
これが、「ミサ曲・教会作品」のほとんど全ての作品をじっくり聴いた結果、感じたことであります。&lt;br /&gt;
海老沢敏氏が指摘（『超越の響き～モーツァルトの作品世界～』（小学館）P 418～419）しているように、モーツァルトの作品評論・研究において、この「ミサ曲・教会作品」が不当に軽く扱われていることに不満を感じております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は常に、&amp;quot;モーツァルト作品の大樹&amp;quot;の根幹に、「ミサ曲・教会作品」を据えて全作品群を見渡しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●「ミサ曲・教会作品」を聴いて「交響曲」を聴く.....「ミサ曲・教会作品」を聴いて「管弦楽曲」「協奏曲」「室内楽曲」「器楽曲」を聴く.....「ミサ曲・教会作品」を聴いて「オペラ・ジングシュピール」を聴く.....こういうのを&amp;quot;コペルニクス的転回&amp;quot;とでもいうのでしょうか.....眼から鱗とでもいうのでしょうか？決して、安易に作品が「わかった！」などと僭越なことは申しませんが、モーツァルトの作品世界が「ミサ曲・教会作品」をじっくり聴く前と、聴いたあとでは全然、そのみえ方・感じ方が変わってしまった!!というのが本音であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■K. 341（＝K6.368 a）「キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」に関する海老沢敏氏の考察&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;quot;人びとは、たかが教会作品の断片というかもしれぬ。だが、同様のことが、残念ながら自筆譜が杳として行方をくらましてしまった名曲K. 341（＝K6.368 a）「キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」についても語ることができるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この《ニ短調　キリエ》は、今まで長いこと、モーツァルトがオペラ・セーリアK.366「クレータの王イドメネーオ IDOMENEO,RE DI CRETA」を上演するために赴いていたミュンヘンで、かのカール・テーオドール侯に聴かせるべく、1780年11月から翌1981年3月までのあいだに、そこバイエルン侯国の首都で作曲されたと、かたく信じられてきたものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、私たちは、モーツァルト研究が新たにもたらしたヴィーン時代のモーツァルトの、教会音学家としての活動に対する新事実を勘案しつつ、あらためて、このきわめて表現力の強烈な《ニ短調　キリエ》に聴き入る時、この作品もまた、モーツァルトが教会音学家としての新たな意識と意欲と、そして展望の下に、1787年以降に、ヴィーンで、このミサ曲冒頭の楽章を仕上げたものにちがいないと思わずにはいられないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事実、出だしのニ短調の和音のトゥッティに始まり、半音階の動きを伴った表現的な弦の音形や烈しい音程の跳躍などを伴って、暗く深く歌われるこの＜求憐誦（キリエ）＞の彼方には、あるいはすぐ間近には、ほかならぬモテット K.618「アヴェ・ヴェルム・コルプス AVE VERUM CORPUS」、そしてとりわけ白鳥の歌 K.626「レクイエム ニ短調 REQUIEM in D minor」の、深甚にして奥妙な世界、神と人とを結ぶ絶妙な音の世界が広がっていると信じざるをえないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はK.626「レクイエム ニ短調 REQUIEM in D minor」を白鳥の歌と語った。だが、もし、モーツァルトの死を、偶然の出来事として捉えるならば、この未完の名曲は逆にモーツァルトの新しい時期の魁となる作品と考えるべきなのであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その偶然は、しかし神意の、摂理の必然だったのである。&amp;quot;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海老沢敏&lt;br /&gt;
（『超越の響き～モーツァルトの作品世界～』（小学館）P 418～419より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●K. 341（＝K6.368 a）「キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Kyrie eleison. 主よあわれみたまえ。&lt;br /&gt;
Christe eleison.　キリストよあわれみたまえ。&lt;br /&gt;
Kyrie eleison. 主よあわれみたまえ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●画像は、「K. 341 キリエ ニ短調 KYRIE in D minor」所収の『聖母連祷～モーツァルト宗教作品集』（2枚組）ヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団 &amp; 合唱団（PHILIPS / 日本フォノグラム株式会社）X-7935～36です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/318530.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:15:15 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0030-2「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/147958/72/318372/img_0?1141395020&quot; width=&quot;531&quot;&gt;&lt;br /&gt;
■「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」&lt;br /&gt;
（演奏時間 5分）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ウィーン時代のはじめ、1782年頃のものと推察されているだけで、この年に作曲されたという確証はまだありません。従って「K.396 幻想曲 ハ短調 FANTASY in C minor」との年代的な関連性もないのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしこれは、もっとも豊かな幻想と叙情的な歌謡性をもった趣味のよい幻想曲で、最もひろく親しまれている名曲でもあります。&lt;br /&gt;
譜の前奏するようなアンダンテではじまり、歌にみちたアダージョに進み、ドラマティックなト短調のエピソードは、プレストのカデンツァで解決します。小さなフィナーレとしてのアレグレット（ニ長調 2/4）には、目が覚めるような鮮やかさがあり、それが快適で美しいだけに短すぎる恨みもありますが、モーツァルトの草稿は、第97小節で終っていたものを、最後の10小節は旧全集刊行に際して、おそらくマキシミリアン・シュタートラーによって追加されたものだといわれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『モーツァルト＜3＞ 器楽編』属啓成著（音楽之友社）に拠る。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/318372.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:10:20 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
		</item>
		<item>
			<title>Vol.0030：モーツァルトの森 DER WALD DES W.A.MOZART.01：「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-be/hidetok118/folder/147958/93/318293/img_0?1141394905&quot; width=&quot;413&quot;&gt;&lt;br /&gt;
■ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart（1756～1791）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本年（2006年）は、「モーツァルト生誕250周年」です。&lt;br /&gt;
全世界、全分野において様々なモーツァルトに関係するコンサート、イベント、企画商品の洪水だと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●その記念すべき「モーツァルト生誕250年」のアニバーサリー・イベントの1パートを当blog「◆デカダンスの彼方へ.....◆」で担ってみようと思います。&lt;br /&gt;
モーツァルトが作曲した626＋α曲.....その&amp;quot;モーツァルトの名曲の森&amp;quot;の中を一緒に散策してみませんか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
題して「モーツァルトの森 DER WALD DES W.A.MOZART」!!&lt;br /&gt;
全626＋α曲。今回から、それら1曲1曲に対しての私の思いを綴ってゆきたいと思っております。&lt;br /&gt;
これから、どのくらいの期間がかかるか計り知れませんが、リタイヤせずに&amp;quot;完走&amp;quot;してみたいと思いますので、宜しくお願いいたします !! ^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■ tristesse allante&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常に&amp;quot;年齢に不釣合いな&amp;quot;天才を発揮し、&lt;br /&gt;
（成人してからも）常に&amp;quot;年齢に不釣合いな&amp;quot;「天真爛漫さ」で行動し、その死ぬ瞬間まで穢れなかった&amp;quot;純粋無垢さ&amp;quot;（勿論、酒・女・賭博をしらないという意味ではありません）＝社会生活に&amp;quot;適応&amp;quot;し&amp;quot;迎合&amp;quot;してゆくという要領を知らず.....&lt;br /&gt;
「プライベート」⇔「芸術」の.....言い換えれば、&lt;br /&gt;
「酒・女（SEX）・賭博」⇔「作曲（音楽）」の.....さらに言い換えれば、&lt;br /&gt;
「人間」⇔「神」の両極&amp;quot;のみ&amp;quot;を、その間を全てすっ飛ばして生きた男.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●モーツァルトの傑作は数あれど、私の心に響くのは、K.397「幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」、K.396「幻想曲 ハ短調 FANTASY in C minor」、K.310「ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 PIANO SONATA in A minor」、K.511「ロンド イ短調 RONDO in A minor」、K.540「アダージョロ短調 ADAGIO in B minor」、K.364「協奏交響曲 変ホ長調 SINFONIA CONCERTANTE in E-FLAT major for Violin,Viola and Orchestra」、K.183「交響曲25番 ト短調 SYMPHONY No.25 in G minor」etc.....といった&amp;quot;悲愴な色合い&amp;quot;の曲ばかり.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小林秀雄の『モオツァルト』に所収のK.550「交響曲40番 ト短調 SYMPHONY No.40 in G minor」に関してのコメント&amp;quot;tristesse allante&amp;quot;（哀しみは疾走する）を俟つまでもなく、「モーツァルトの叫び」が聴こえてくるような&amp;quot;悲劇的な馨り&amp;quot;が漂い、&amp;quot;悲愴な色合い&amp;quot;を呈した曲は私のお気に入りです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
哀しみに打ちひしがれたモーツァルト......&lt;br /&gt;
貧窮と病苦に苦しむモーツァルト......&lt;br /&gt;
凡庸で愚鈍で残酷な俗世間との乖離に苦しむモーツァルト......&lt;br /&gt;
&amp;quot;働いてお金を稼ぐ&amp;quot;、&amp;quot;経済観念をもって、長期的ヴィジョンで人生計画をたてる&amp;quot;、&amp;quot;（特に利害関係のある）周囲の人間とうまくやっていく&amp;quot;.....といった「生活」上の煩瑣なものごと、出来事がいちいち彼の&amp;quot;天真爛漫&amp;quot;な「天才」を傷つけていったかと思うと、同情の感情を禁じえません.....&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
K.396「幻想曲 ハ短調 FANTASY in C minor」とともにこれらは、1782年の春から夏頃の作品と見られていますが、ヴァン・シュヴィーテン男爵の影響で始まったバッハ、ヘンデルへの傾倒で生まれたモーツァルトの作品群の中でも、ピークをなす傑作であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また同じ頃、K.387「弦楽四重奏曲 第14番 ト長調《春》（ハイドン・セット） STRING UQARTET No.14 in G minor（THE SIX HAYDN QUARTETS）」を書いていますが、これの終楽章も同様のバロック志向のもとに書かれた傑作です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらK.396、K.397はいずれも&amp;quot;未完&amp;quot;であり、マキシミリアン・シュタートラーの補作によっているところが面白いと思います。内容的に極めて充実した発想のものでありながら、モーツァルトはなぜ終りまで作らなかったのでしょうか？あるいは、後の出版という観点に立ったとき、こうした古いスタイルの曲の人気度については疑問があったのかもしれません。こうした、実験的な、鋭い発想の曲は、彼の頭の中で完成されれば、あとは譜面などは問題ではなかったのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
K.396のほうは、アダージョで、トッカータ風の上昇分散和音で開始されます。一種のソナタ形式で作られていますが、演奏のテクニックは、これまでのどのピアノ曲にも見られない高度のものが必要とされています。コーダの12小節はハ長調となり、&amp;quot;ハ短調の嵐&amp;quot;に終止符を打っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●本作「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」は、もっと自由な発想が感じとられ、&amp;quot;幻想曲&amp;quot;らしい構成を持っています。最初の無気味なアンダンテ11小節（ニ短調）は分散和音で構成され、一種の序奏の役を果しています。続いて後年のK.595「ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 PAINO CONCERTO No.27 in B-FLAT major」の主題を思わせる寂しいアダージョで極めて美しい歌が歌われます。プレストの自由なカデンツァを挟んで、テンポ・プリモとなり、歌が歌い継がれ、再びカデンツァ、テンポ・プリモと繰り返し、第3部はニ長調に&amp;quot;転調&amp;quot;して、明るく天国的なアレグレットの軽やかなテーマが姿を現します。中間の楽想を挟んでこのテーマが回帰して曲を結んでいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした自由な発想は、偉大な先人たちから受けた啓示と自分独自の方法論を融合させた、彼なりの先人への&amp;quot;オマージュ&amp;quot;作品とも考えることができると思います。&lt;br /&gt;
アインシュタインはK.284「ピアノ・ソナタ ニ長調 PIANO SONATA in D major」、K.311「ピアノ・ソナタ ニ長調 PIANO SONATA in D major」など、「&amp;quot;ニ長調のピアノ・ソナタ&amp;quot;への前奏曲」ではないかと推定しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●『モーツァルト／ピアノ音楽全集（11枚組）』（ピアノ：ワルター・ギーゼキング Walter Gieseking）（Angel / 東芝EMI株式会社）EAC-30264-74添付の「ブックレット」（石井宏氏解説）、『アラウのモーツァルト・リサイタル』（ピアノ：クラウディオ・アラウ Claudio Arrau）（PHILIPS / 日本フォノグラム株式会社）X-7620の「ライナー・ノーツ」（宇野功芳氏解説）に拠る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【収録曲】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●SIDE 1：K.475「幻想曲 ハ短調 FANTASY in C minor」&lt;br /&gt;
K.457「ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 PIANO SONATA in C minor」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●SIDE 2：K.397「幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」&lt;br /&gt;
K.511「ロンド イ短調 RONDO in A minor」&lt;br /&gt;
ピアノ：クラウディオ・アラウ Claudio Arrau&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
画像は、「K.397 幻想曲 ニ短調 FANTASY in D minor」所収の『アラウのモーツァルト・リサイタル』（ピアノ：クラウディオ・アラウ Claudio Arrau）（PHILIPS / 日本フォノグラム株式会社）X-7620です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hidetok118/318293.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 23:08:25 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
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