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ご存知のとおり岸和田旧市の北町先代だんじりの嫁入り姿を拝みに早朝より行って来ました!葛城町!私にとっては今年初めての入魂式見物☆ あいにくのお天気でしたが、ものすごい見物人!宮さん近くの外環のファミマは開店史上最高の売り上げを叩き出したことでしょう・・・☆ 今日は寒の戻りか、かなり寒かったもの遠くから太鼓の音が聞こえた瞬間!燃えてきました祭魂がっ! ↑でたー!元気のいい青年団の掛け声とともに勇姿を現しました!テンション急上昇☆ ↑この人ごみの中、意賀美神社にて入魂の儀が執り行われます・・・ ↑旧市で多くのファンを魅了し続けてきた北町の美しい姿見。葛城の地でこれからまた多くのファンを虜にしていくことでしょう! ↑屋根は主・後とも葺地が新調されていたようです。 ↑縁隅木、兜桁、隅木、垂木など、葛城町の町名・紋が入ってました。嫁入りした証です。 それでは、多くのファンを魅了したこの銘だんじりを堪能しましょう!! ↑右平の土呂幕「堀尾茂助勇戦ス」。馬の顔最高ですね! ↑左平の土呂幕「福島市松の勇戦」。左ヱ門の技が冴えてます! ↑「前田犬千代勇戦」。加賀百万石の祖、前田利家公の若年期の荒々しさをよく表現した大連子でした。 ↑番号持ちも北町より継承。独特な味のある「勧進帳を読む弁慶」。入魂式に番号持ちに「入魂」と書くのは最近の流行ですかね。 ↑後屋根小屋虹梁に注目!獅子と一体になっています。贅沢な木取りをしたのでしょうなあ・・・ ↑鉦の鏡には葛城の意匠が!こりゃ豪華ですね。真新しい水桶もかっちょよかった☆ ↑さてさて見送り、川中島の戦い。龍虎相討ってます。相当細かく刻まれていました。 ↑見送りも、とにかくすごい彫刻ばかり。古きよき時代の芸術品です。 ↑あちこちに息を呑むような細工が施されていました・・・さすが多くのファンを持つ銘だんじり。最高やな・・・ さて、とっておきの正面土呂幕を撮影しようとしたその瞬間!カメラのバッテリー切れ・・・涙 でも、会館前でのやりまわしもバッチリ見れたし、久々の祭ムードも味わえたということで今回は満足でした☆ いつものだんじりマニアの諸先輩方のみなさんお疲れ様でした! そして、葛城町のみなさん、本日はおめでとうございます☆いつまでもこの銘だんじりを大切にしてもらって、毎年の祭の日には勇壮に疾走してください! またの機会に正面土呂幕、撮影させてくださいね☆
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いつもお世話になっている貝塚麻生郷半田町のHP「けやきの杜」の管理人さんからお知らせがありました・・・なんと・・・ 「半田町だんじり見学会」開催! 4月27日(日)午前10時から12時、半田町だんじり小屋にて! 植山&雲桟洞コンビがつくりあげた平成の銘だんじり! まだご覧になったことが無い方はぜひこの機会に!すごいだんじりですよ! この日は朝から旧市宮本町の先代、堺市檜尾の入魂式のあとにハシゴして半田町へ行き、昼飯にお好み焼きにビールでだんじり談義。。。こんなコースでどないですか?
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新企画が立ち上がっては破綻してゆく・・・当ブログではありますが。 懲りずにまたまた新企画!「戦国史旧跡めぐり」 自称戦国マニアの私が家族サービスのお出かけを利用しながら、各地の戦国史上にゆかりのある旧跡をめぐりレポートしていきます。このコーナーでだんじり彫刻を鑑賞するときの奥行きが変わる!とまでは言いませんが・・・まあこの企画もいつまで続くかわかりませんが・・・とりあえず暇つぶしにでもしてください☆ 記念すべき第1回目は近場で済ませちゃいましたが・・・我らが堺の南宗寺!「何や?その寺?」と思われた方も多いかもしれませんが・・・とにかくレポートスタート! ↑これがその南宗寺の山門。このお寺さんはいくつも門がありますが一番北側の門です。 ↑門をくぐると数々の伽藍が並んでいます。中には国指定重要文化財に指定されているものも! ↑上の画像は本堂横にある枯山水の庭。きれいでしょう?本堂の縁に腰掛けてこの庭を眺めながらお茶などすすりたいものです。下は仏殿内の天井に描かれた八方睨みの龍。いかついなあ・・・ ↑堺といえば千利休。秀吉に愛され、秀吉に命を奪われた、その数寄者は平成のこの世にも茶の湯を通して侘びさびという一つの芸術を作り上げた天才。実は彼はこのお寺で修行をしていたのです。この画像は三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)一門の墓です。右は千利休の墓。 ↑千利休と同じく「茶の湯三大宗匠」の一人津田宗及で有名な津田一門の墓。このほか武野紹?貎の墓もこのお寺にはあります。 ↑そしてこちらはこの南宗寺の開祖でもある三好長慶一族の墓です。畿内の支配をはじめ時の将軍までも追い落とした戦国期最初の天下人とも言われる武将です。もうこれだけでもすごいお寺でしょう? しかし!このお寺にはもっとすんごい伝説があるのです!それがっ!! みなさんもご存知の徳川家康公。彼は大坂の陣で豊臣家を滅ぼし天下を統一。徳川幕府という長期政権の祖であり、死後は東照大権現として神にまでなった・・・ということになっていますが・・・ 実は夏の陣において家康の乗っていた籠に向かって後藤又兵衛が繰り出した槍により負傷し、その逃走中に絶命したという伝説が残っているのです。そしてその遺体を葬られた場所がこの南宗寺。それではその説を裏付ける証拠となっているものを紹介しましょう! ↑まずこれが「坐雲亭」という建物。 この内部には徳川二代将軍秀忠、三代将軍家光がこの寺に来られたという内容を記した掛け軸があるのです。家康から見ると息子と孫。江戸から遥か遠くのこの寺になぜお参りされたのか・・・? ↑次にこれが東照宮跡と言われるところにある唐門です。日光の東照宮は有名ですが堺のお寺に東照宮があるとは・・・しかもこの唐門の瓦には徳川家家紋の葵が見られます。 庶民の間だけの伝説ならば、江戸時代に葵の紋をつけた東照宮を、徳川家に何のゆかりもないこのお寺に作ることが果たしてゆるされたのでしょうか・・・? ↑南宗寺の東照宮は空襲で焼失。そしてその東照宮あとに建てられている碑には「徳川家康墓」と刻まれています。この碑自体は新しいものですが、これを建てたのが徳川御三家の水戸徳川家の子孫なのです。うーん神様にまで登り詰めた自分のご先祖さまの墓と刻まれた碑を、作り話だけで建てるでしょうか・・・? ↑そしてその東照宮の背後には観音像があります。そしてそのまた背後には・・・ ↑ついに出ました、これが本当の徳川家康の墓と伝えられている碑です。 かつてこの場所には開山堂というお堂が建っていたのですが、その床下にあったというこの卵形の無名の碑・・・果たしてこれが・・・!? 江戸時代に堺のこのお寺に東照宮が建てられ、その唐門(葵の御紋つき)から入ると正面に東照宮本殿、その後ろに家康の墓がある・・・(ちゃんと唐門から無名の碑までは真っ直ぐ直線上にあるのです。) みなさん、どうでしたか?真偽は別としてこういうミステリーに思いをふけるのも戦国史の楽しみ方のひとつです。なかなかおもしろいでしょ〜☆ さて、今回はこの辺でおしまい!次回はいつになるかわかりませんが・・・お楽しみに☆
(この企画は決してミステリー特集ではないので、そのへんよろしくお願いします・・・) |
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3月9日(日) 確実に春の訪れを感じた暖かい日曜日。私はいつもながら二日酔いで遅くまで布団のなかでゴロゴロしていました。すると・・・ん?何かが聞こえてくる。聞きなれたリズムと、聞きなれた音色・・・ うお!だんじり囃子やないか!! すぐさま目を覚まして、音の鳴るほうへ歩いていくと・・・やはりそこは我が町のだんじり小屋。 青年団諸君が朝から小屋掃除をして、その後鳴物を始めたらしい。 ↑久しぶりのだんじりにどうしてもテンションが上がってしまいます! いやあオフシーズンに見る我が町のだんじりもなかなかええなあ・・・
すぐさまバーベキューセットもってきてかんぱーい!といきたいところでしたがこの日は自粛・・・ 桜満開のころに是非企画しよう!と心に決めました☆ |
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だんじり記念誌。一冊の本の値段とは思えないほどの高価でありながら、泉州一帯ではその流通量は半端ではない。コレクターも多く、希少なものになると高額プレミアが付き、美しい写真と興味深い文章、その内容は自町のみならず多くのだんじりファンを魅了する。 こいつに手を出しはじめると危ない・・・そう思いながらもまた1冊買ってしまいました・・・ 津久野中組。入魂式でだんじりを見せてもらったときの私の衝撃はすごいものでした。そんなだんじりの記念誌はどうしても欲しくなります・・・家原寺町のホームページの管理人さんを通じて、私のさびしい財布をひっくり返して買わせていただきました。 だんじりはもちろんのこと、この記念誌もすごい!当分これをアテに酒が飲めます・・・☆ 家原寺町の管理人さん、中組関係者のみなさん、素晴らしい記念誌をありがとう! それにしてもあんまり調子にのって買いまくっていると破産間違いなしなので気をつけないとね!
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