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2月11日(祝)。土曜日の大雪とはうって変わって日本晴れ☆こんな天気のいい日はどっかに行きたくなりますよね。 どっか行こう!といってもええトコが思いつかん・・・こういう時私は大坂城に行きます☆ 日本3大名城のひとつ錦城こと大坂城にいざ参る! ↑金ぴかの天守。言わずと知れた大阪のシンボル大坂城です。この天守閣は3代目。昭和に入って建築された鉄筋コンクリート造のもの。大阪の庶民に親しみのあるこのお城の姿。しかし、自称戦国史マニアの私に言わせればなんとも奇妙な姿なのです・・・ ↑この画像を見てもわかるとおり、現在の大坂城は最上層の壁だけ黒いですよね。そしてその下の層からは全部白壁・・・。 実は初代大坂城(太閤秀吉公が建てたもの)は全面総漆壁仕上げで真っ黒な城でした。その城がだんじりマニアのみなさんの間でも有名な大坂の陣で焼失・・・ その後、徳川の世になり、二代将軍秀忠が「徳川家は豊臣家よりももっとすごい城を建てれるんだぜ!」ということを、まだまだ豊臣ファンの多い大坂に知らしめるため再建されたのが2代目大坂城。 そしてその2代目大坂城はこれまた豊臣家が建てたものに対抗!ということから全面白壁造りにしたのです。しかし、これも30年ほどで落雷により焼失・・・ 大坂城がないまま昭和に入り、当時の大阪市長さんが「大坂城をもう一回大阪に建てまひょや!」ということでできたのが現在も残る3代目大坂城なんです。 これを建築するとき、豊臣家風の外観にするか徳川家風の外観にするかで迷った結果・・・ミックスにしちゃおう!(なんでやねん!)と決まり、現在の最上層だけ豊臣風の漆壁風黒壁、それより下の層は徳川風の白壁。となったのです。 戦国史マニアからすると非常に残念な結果となったわけですが・・・まあ現在の天守閣もみなさんに親しまれているということで我慢しましょう☆ ↑本丸の石垣は2代目大坂城のものをそのまま使っています。そのほかに櫓や蔵など徳川家時代のものも残っていますが、残念ながら豊臣家時代のものは石垣ひとつ残っていません。っていうか天守閣の建っていた場所そのものが違うのです・・・ 今回は家族サービスでぶらぶら散歩という趣旨で訪れたので、私好みのマニアックなところは回りませんでした。天守閣の博物館もさらっと流した程度。(一人で行ってたら5時間はかかります・・・) ↑最後に我が町の見送りの大坂城。おいおい!白壁やん!なんでやねん!彫師さん、せめて色付けせんとって欲しかった・・・ |
卯龍會の部屋
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家の近所に雪が積もって、雪だるまを作るなんて何年ぶりでしょう・・・ 2月9日、いつもの休みの日のように昼過ぎに起きた私は、窓の外を見て唖然としました。一面の銀世界!最近ここまで雪が降ることってなかなか無かったですよねー? 雪が積もれば雪合戦と雪だるま作りが、少年の心を持ち続ける男たちのセオリー。 雪合戦の方はウチの子供がまだまだ対戦できるほどの年ではないので諦め、その息子のために今回は雪だるまを作ってやりました。彼にとっては、生まれて初めて見る雪だるま。車に積もったちべたい雪を素手で丸めて気合を入れて作りました。 ↑私渾身の作。目や口はなんと焼き海苔仕上げ☆あまりの手の冷たさに急ピッチで作った割にはいい味がでています☆ ↑雪だるまといえばこんな彫物もあったなー・・・ ↑しかし、暖房の効いた部屋の中では、数時間後にこんな悲しい表情になってしまいました。 それにしても久しぶりの大雪でした・・・。毎年、年に一回くらいはこんな日あってもいいですよね〜☆
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今回は我が家の家宝を、自慢を過分に交えてご紹介したいと思います。 さて、その家宝とは・・・ ↑これだ〜〜!もちろん真剣! しかも備前長船祐光という銘つき、二尺一寸三分の業物です。 ↑鯉口を切ると・・・(時代劇のようにカシャン!とはいいません。)美しい刀身があらわになります。 ↑いやあ・・・うっとりします。この輝きには吸い込まれそうな魔力があるんです。 ↑さて、今日はお手入れの日。目釘を抜き柄の部分を外すと・・・ ↑刀銘が現れます。 左:「永正十七年八月日」この刀が打たれた日が刻まれています。 永正年間といえば・・・織田信長の父である信秀や、徳川家康の祖父の松平清康、豊臣秀吉の母の大政所(なか)など、戦国時代に活躍した英雄たちの先代や先々代が生まれた時代。 戦国マニアの私には感慨深い元号なのです。 右:「備州長船祐光」この刀を打った職人の名前が刻まれています。 備前国(現在の岡山県)長船村は古くから刀の生産地として有名で名刀とよばれる業物もたくさん生み出されています。 ↑この刀の刃紋は、よく目にする波打っているものではなく、スーっと直線的に流れる「直刃(すぐは)」と呼ばれるタイプ。 ↑左上:打ち粉(砥石の粉末)を打ち、刃のお手入れ。 左下:さび止めの油で仕上げ。 右:刀用の包みです。これまた豪華でしょ?だんじりの笛の包みみたい・・・ ↑刀架に座らせると凛とした雰囲気が漂います。 下段に据えているのは白鞘(しらさや)といって保管用の鞘。上段の拵(こしらえ)は実戦用、白鞘は保管用として使用します。見えにくいですが白鞘にも銘が書かれています。 ↑もちろん鑑定書つき。特別貴重刀剣の文字が輝いているでしょ? ↑こちらは小柄(こづか)。手紙の封を切るときなどに使うもの。時代劇でよくありますよね。 こちらは波打つ刃紋。「駿河守盛道」の銘が打たれています。 どうでしたか?我が家の家宝。素晴らしいでしょう?
日本になくなりつつある武士の魂。これからも大事にしていきたいと思います。 |
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平成20年1月13日(日)。大寝坊をして、橋本大阪府知事候補を見た日。私の妻が今年前厄にあたる年なので、節分までに厄払いに行かねば!ということで行ってきました貝塚市の水間寺。寺社参詣レポートの達人、だんじりブログ界で有名な「国松君」さんにあやかるつもりで今日は「水間寺参りレポート」をしてみたいと思います〜! ↑寒い日でしたが、天気はよかった当日。こんなにもきれいな景色を眺めながら参道を行きます。 ↑境内にはいると大きな馬の銅像がお出迎え。ラオウの愛馬黒王号ばりにでかいです! ↑ででーん!大きな本堂です。この中で厄払いのご祈祷をうけました。立派なお堂で素晴らしい木鼻、尾垂木などの彫刻も施されていました。 ↑別の伽藍の屋根細工。この形をみると燃えてくるものがありますよね☆画像ではわからないですが車板に素晴らしい彫り物がありました。 ↑鐘のある棟にも歴史を感じさせる職人技が・・・ ↑そして水間寺のシンボル、三重塔。ここの屋根廻りの細工もいい!これって三手先六段でいいのでしょうか・・・?長承寺を彷彿とさせる複雑な組物仕事です。 ↑帰り道、駐車場の近くから見えた水間町のだんじり小屋。ここがもし開いてたら言う事なかったです(笑) 寺社参詣レポートの達人「国松君」さんには遠く及びませんが、いい休日を過ごせたってことで、まあいっか〜☆
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板原村の館長さんとこのブログを見ていたら・・・「てっちり」の記事があった。 「めっちゃうまそうやんけ。ウチも今晩は鍋やのお!」ということになりました。 貧乏家庭の我が家ではとてもてっちりはできんな・・・ということで我が家自慢の「ハゲブタ鍋」に決定!これは我が家では鍋シーズンに入ると必ず何度もやるメニュー。名前のとおりハゲ(カワハギ)とブタを入れた水炊きです。 ↑どうです?うまそうでしょ?ふぐにも負けないくらいのハゲの淡白な白身と旨み十分の豚肉とのハーモニー☆ ↑とりあえずこれから始めよか! ↑ふぐでは味わえない珍味!(負け惜しみです)ハゲの肝です。濃厚な味わい・・・たまらんですよ! ↑肝とくれば次はこいつ。銘焼酎「中々」の麦茶割り。ウーロン割りはポピュラーですが我が家ではあえて麦茶割りにします。麦同士愛称もよく水割りよりもうまい! ↑最後はもちろん「どーすい」で締めます。ポン酢をちょっといれて・・・うまい! 我が家名物の「ハゲブタ鍋」。一度食べたらハマりますよ!どうぞお試しあれ〜☆
館長さんもぜひどうぞ! |



