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私はいつか友人に田原拓治記者署名の東京新聞記事を紹介し、田原記者の立ち位置はすばらしい、と言ったことがあります。 そのときは、その記事を読んだ限りでの印象でしたが、その後「彼」が田原牧というペンネームでイスラーム圏の問題について精力的に発言している「彼女」であることを知りました。 その彼女が、「聖戦の風景」という中東を取材したレポートを『直言』というインターネット誌に連載しています。今回が最終回のようです。「個人という砦」(2006年12月21日)というテーマです。 http://web.chokugen.jp/tahara/ 注:すでにリンク切れしています。 その中で彼女は、教育基本法がいままさに「改正」されようとしていたときの「国会周辺の風景」にもふれています。 14日の昼過ぎ、国会周辺。準憲法ともいえる教育基本法の「改正」が参院委員会で採決される数時間前だった。平日の昼間のせいか、反対派の人々は議員会館前に150人ほど。その一角を除けば、国会の周りは静かすぎるほど閑散としていた。これが事実上の改憲の日を迎えた国政の最高機関を取り巻く風景だった。/前夜に自分たちがつくった紙面がビラとして刷られ、風に舞っている。「革命するぞうー!」。突然、若者の一群のシュプレヒコールが聞こえ、私は耳を疑った。ちょっと不快に感じた。それはどんな革命なのか。安倍晋三氏やその取り巻きたちの「耐えられない軽さ」。それと彼の叫びがダブった。
……日本で事実上の改憲を強いたのは他ならぬ、国会周辺に姿を見せなかった膨大な人々である。その人々を日給6200円という痛みと陳腐な国家主義が襲っている。その痛みが抵抗という燎原の火を導くのか。あるいはかつてのように自滅するのか。
「彼」が「彼女」であったことに、私は新鮮な驚きを覚えています。はじめて「彼」の記事を読んだときの「彼」の「立ち位置」に対する覚悟のようなものへの共感。「彼」の覚悟は、彼女の生き方そのものであったのですね。 彼女の「視点」も、私には共感できます。その眼は、決して冷めているのではないのです。この身に熱い血がたぎっているからこそ悲しみもし、いらだちもするのです。 私は、田原さんがいっそう好きになりました。最終回ということで、「田原牧さん」のことを紹介したくなりました。
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