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各メディアがいっせいに大きく取り上げていますから多くの方は周知のことだと思いますが、民主党の馬淵澄夫国交相は昨日6日、政府・民主党のこれまでの八ツ場ダム建設中止方針を撤回する方針を表明しました。 ■八ツ場ダム、建設中止方針を撤回 国交相「予断持たず検証」(共同/東京新聞 2010年11月6日) 馬淵澄夫国交相は6日、大沢正明群馬県知事らとの懇談会で、同県の八ツ場ダムの建設について「私が大臣のうちは『中止の方向性』という言葉に言及しない。予断を持たず検証を進める」と述べ、前原誠司前国交相が表明した中止の方針を事実上、撤回。さらに建設の可否を検証した結果が出る時期は「12年度予算案に反映できる時期で(来年の)秋ごろだ」と説明、建設継続を求めてきた大沢知事らは発言を評価した。ただ八ツ場ダム中止は民主党がマニフェストで掲げる目玉政策の一つだっただけに、野党からは「見解を覆しておいて、何ら理由を述べないのは極めて不誠実だ」(石破茂自民党政調会長)と厳しい批判が出ている。(以下、省略)
これも言うまでもないことですが、民主党は2009年の政権マニフェストで「川辺川ダム、八ツ場ダムは中止。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」ことを高々と掲げていました。その政策が多くの市民の支持を得て昨年8月の「政権交代」につながったといっても過言ではない同党の目玉政策中の目玉政策というべきものでした。この一報を聞いて、社民党元衆院議員の保坂展人さんは「『政権交代』の終焉の一幕を見るようなニュースだ」という感想を述べています。(保坂展人のどこどこ日記 2010年11月6日) (民主党政権発足以来)『八ッ場ダム工事』は中止どころか旧政権の工程表通りに着々と進んでいる。おそらく、このままだと民主党政権が『八ッ場ダム建設中止の撤回』を明らかにするのも時間の問題ではないかと考えてきた。『中止の撤回』の後は、『建設の再開』である。/なぜ、こんな奇妙なことが起きたのか。その謎は、『ダム本体事業中止』という言葉に隠れている。前原前大臣が中止したのは『ダム本体事業』であり、言い換えればダムサイト(=本体)の部分以外の『ダム関連工事』は粛々と進んでいたのが実態だ。鉄道や道路の付け替え工事も、ダム建設計画のままに建設された。川原湯温泉の入口で、この春に着工した『湖面1号橋』は高さ100mで52億円の予算をかけてつくられる。この高さも、ダムに水が溜まり湖面をまたぐことを想定して設計されている。(同上)
前原前大臣も、馬淵大臣も『ダム建設派』の地元自治体に配慮するが、莫大な建設費を負担する国民や下流流域の人々からあがる『建設反対』の声に耳を傾ける機会をほとんど持ってこなかった。自民党時代よりも、国土交通省河川局の閉鎖的体質はひどくなり、政治のイニシアティブを探すことは困難で、今日のような最低の結論を持ち出す姿に、『何が政権交代だ』と言いたい。(同上)
私も保坂展人さんの見解に同感です。馬淵澄夫国交相が示した今回の「八ツ場ダム建設中止撤回」方針は民主党政権が国民的規模で見捨てられる「終焉」のはじまりのドラの音のような気がします。 こうした状況の中で11月21日に東京で「八ッ場あしたの会」主催のシンポジウムが開催されるようです(同シンポジウムの開催自体は馬淵発言前から決まっていたものですが、当然、同シンポジウムでは今回の馬淵発言は強く批判されることになるでしょう)。 シンポジウム「八ッ場ダムはどうなるのか」―明日のために必要なこと―
◆日程:2010年11月21日(日曜日) 開場12時45分 開会13時15分 終了予定16時40分 ◆会場:東京大学弥生講堂一条ホール http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/map.html ◆登壇者(アイウエオ順/敬称略) 司波寛(都市計画コンサルタント)・嶋津暉之(水問題研究家・八ッ場あしたの会運営委員) 寺嶋悠(子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会・福岡の会スタッフ) 中村庄八(地学団体研究会会員)・保坂展人(ジャーナリスト・前衆院議員) 牧山明(長野原町議会議員)・まさのあつこ(ジャーナリスト)ほか 参加費(資料代):500円 主催:八ッ場あしたの会 共催:八ッ場ダムを考える1都5県議会議員の会 http://yamba-net.org/ |
政党論・労働組合論
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憲法研究者の上脇博之さんがご自身のブログに「小沢氏2度目の『起訴相当』議決に関する雑感」という論攷を書かれています。 ■小沢氏2度目の「起訴相当」議決に関する雑感(上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場 2010年11月6日) 同記事の「1.東京検察審査会への申立人について」では、同申立人は巷間噂されている在特会会長の桜井誠という人物ではなく、「真実を求める会」という「保守」を自認しているものの自民党寄りというわけではなく、政党とも関係のない関東近郊に住む60代を中心とする男性約10人で構成される団体のメンバーのひとりで元新聞記者の職歴を持つ人であることを「小沢氏告発の団体とは 『保守』自認、政治的意図なし」という2010年10月8日付の朝日新聞記事を引用して紹介しています。 上脇さんはこれまでも東京検察審査会への申立人は在特会会長の桜井誠ではないことを2度ほど記事にしているのですが、上記の記事では、その理由のひとつとして「当該代表を真実の申立人と思い込み、高く持ち上げる者がいることを知り、当該代表が『嘘つき』であることを明らかにしかった」ということを挙げています。上記で上脇さんがいう「当該代表を真実の申立人と思い込み、高く持ち上げる者」とは、ユダヤ陰謀論者としてブログ界では有名らしいリチャード・コシミズ氏のことであり、その暴論の受け売りに精を出す山崎康彦氏あたりのことを指しているのでしょう。この点についての山崎氏の論の荒唐無稽さについては私も上脇さんの論を一部援用してJanJanBlogに記事を書いています。 ■山崎康彦氏の「『小沢幹事長起訴相当』議決は検察審査会法違反」というJanJanBlog記事の誤りを指摘する(JanJanBlog 2010年9月26日) 同記事の「2.政治家の説明責任の重要性」では、上脇さんは、東京第5検察審査会の2度目の「起訴相当」議決について「議決の要旨を読むと『状況証拠』しか挙がっていない点で議決理由について批判を加えておいた」(はじめに)ということを前提にして「小沢一郎氏の『政治とカネ』の疑惑」について(1)旧政党の政治資金(税金である政党交付金や立法事務費を含む)を異常な方法で迂回して受け取っているという問題(2)自民党の手法を継承した『組織対策費』名目での使途不明金問題(3)今回の強制起訴議決でも問題にされている4億円の原資について、これまで『政治献金』『金融機関からの借り入れ』『プール金』『父の遺産』『個人の資産』と、説明する度に異なっていて、どの説明が真実なのか、分からなかった問題などを例にして、刑事事件とは別様の問題として(上脇さんは今回の東京第5検察審査会の2度目の「起訴相当」議決のあり方を批判してはいますが、それはイコール小沢氏の「犯罪容疑」をも否定している、ということでもないように思います)小沢氏の政治家としての監督責任・説明責任の問題を問題視しています。 上記の上脇さんの今回の東京第5検察審査会の2度目の「起訴相当」議決の評価のしかたに私はほとんど同意見です。私は最近検察審査会制度を「制度」として支持する論を展開していますが、あたかもその論が今回の検察審査会の小沢強制起訴議決を全面的に支持しているものであるかのように一部に受け止められている向きがあるようですが、それは誤解です。実は私自身が小沢強制起訴議決について少なくない疑問を持っているのです。私が批判しているのは小沢氏を擁護したいがために事実を歪めてまで検察審査会及び検察審査会制度を批判する小沢「支持者」ではない妄信的といってよい一部の小沢「礼賛」主義者のリテラシーとエセ思想です。この際、これまでの私の最近の論の補注をつけさせていただきたいと思います。
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このサイトの「告発の内容」を読むと、「告発」の1には「村木厚子さん裁判の証拠改竄の件」とあって、「前田検事に特別公務員職権濫用罪を適用するべきである」という訴えがあります(私はこの1の訴えにはまったく異議はありません)。が、「告発」の2には「検察審査会について」とあって、そこでは「小沢一郎氏の強制起訴を決定した検察審査会において、吉田繁實弁護士が、政治家の関係をヤクザの関係に例えるなど、一般常識で判断しても適切とは言い難い例を挙げるなどして、平均年齢が非常に若い審査員を、故意に誘導した疑いが読売新聞に書かれている」という記載があります。そして、その「読売新聞に書かれている」という「事実」をもとに「それが事実であれば、審査会の意義の根本が揺るがされる極めて不穏当な事態であるため、匿名のまま議事録を公開を求める」。また、「各審査員の個別の年齢の開示を求める」という訴えが書かれています。 しかし、私にはこのサイトの記事を読んだ当初から、その新聞がたとえ読売新聞というその論調が「中道右派・親米保守」と評される新聞であったとしても、客観的な報道が要請されるメディアとして、法律に根拠を持つ機関としての検察審査会がくだした今回の小沢強制起訴議決について「一般常識で判断しても適切とは言い難い例を挙げるなどして」とか「平均年齢が非常に若い審査員を、故意に誘導した疑いが」あるとかということを根拠もなく書くだろうか、という疑問がありました。 私のこの当初の疑問は残念ながら予想どおりでした。同サイトが「引用」したくだんの読売新聞記事が判明し、同サイトの「引用」は実は「引用」というものではなく、このサイトの筆者の単なる思い込みによる記述、すなわちウソでしかなかったことがわかったからです。以下、同サイト問題をめぐるこの間の事情と経過について書いていますので、小沢支持「妄信」派のその妄信ぶりを示すもうひとつの事例としてその大概(一部訂正しています)を転記しておきます。 * * * ni0615さん、ご情報ありがとうございました。 ni0615さんがご紹介されているサイトを見てみました。 そこには大山さんが紹介されるご友人のサイトで言及されている「読売新聞らしき」記事の全文が紹介されていました(そこで示されている情報元の同紙記事はすでにリンク切れになっていて読むことはできませんでしたが)。 その読売新聞記事のタイトルは「小沢氏議決、予定外の代表選当日に…経緯判明」というものでした。上記サイトの見出し語になっている「検察審査会の2人の審査補助員が小沢派を『暴力団』に見立てて説明」というタイトルは、さらに同サイト記事の情報元になっている「低気温のエクスタシー」ブログ主宰者のはなゆーさんの命名によるもののようです。 はなゆーさんは読売新聞記事中にあった「審査員に法律的な助言をする審査補助員を務めた吉田繁実弁護士は、暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例や、犯罪の実行行為者でなくても謀議に参加すれば共犯として有罪になるなどと認定した1958年の最高裁大法廷判決を審査員に示し、『暴力団や政治家という違いは考えずに、上下関係で判断して下さい』と説明した」という記述を自己流に解釈して「検察審査会の2人の審査補助員が小沢派を『暴力団』に見立てて説明」というタイトルをつけたのでしょう。 しかし、このはなゆーさんの上記のタイトルのつけ方は正しいといえるでしょうか? 審査補助員弁護士が検察審査会委員に「暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例」として示した(として)主たる意図は、「暴力団内部の共謀」という部分を重要視した「事実」の提示ではなく、あくまでも「共謀(共同正犯)の認定」に関わる最高裁の判例を紹介するというところにあったはずです。同審査会では「小沢氏と秘書の謀議があったのかなかったのか」がまさに審査の焦点になっていたわけですから、同問題についての最高裁の判例を審査会委員に紹介するのは法律の知識を有する助言者として当然の職務ということができるでしょう。その際、同弁護士が言ったという「暴力団や政治家という違いは考えずに、上下関係で判断して下さい」という説明は、本事案では「共謀(共同正犯)」が成立するか否かが問われているわけですから、「『事件』の違いなどの枝葉末節に捉われずにその本質(「共謀(共同正犯)」が成立するか否か)を見据えて審議してください」という意味でむしろ当然な説明というべきものでしょう。 さらに最高裁には「昭和三十年代の暴力団紛争において、犯罪実行に自ら加わらない暴力団の組長など『黒幕』処罰を目的として確立された共謀共同正犯という判例理論があ」るが、半世紀後の今日にわたるまで、そのほとんどが暴力団にのみ適用されてきている」(wiki「共謀罪」)という事情もあります。暴力団以外の者に対する「共謀(共同正犯)」に関する判例は「ほとんど」ないのです(注)。審査補助員弁護士が「共謀(共同正犯)」に関する判例の事例として「暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例や、犯罪の実行行為者でなくても謀議に参加すれば共犯として有罪になるなどと認定した1958年の最高裁大法廷判決を審査員に示し」(上記読売新聞)たとしても無理からぬものがあります。 注:「共謀(共同正犯)」に関する判例には2007年の「ドラム缶不法投棄事件」などの最近の判例もありますが、そのことだけで上記のウィキペディアの「ほとんど」という言及を否定する理由にもならないでしょう。とりあえずここでは上記のウィキペディアの「ほとんど」という記述を正のものとして引用しておきます。 そうした事情があるにもかかわらず、そうした事情を一切無視して、情報元の読売新聞にも毎日新聞にもない「検察審査会の2人の審査補助員が小沢派を『暴力団』に見立てて説明」というタイトルをつけるはなゆーさんのタイトルのつけ方は主観的という以上に意図的なものというべきでしょう。 注:はなゆーさんは上記記事の《備考》に北詰淳司という人が作成した吉田繁実弁護士の「国選弁護人解任請求書」なる文書を添付していますが、同文書を読む限り同弁護士は悪徳弁護士として描かれています(真偽のほどはわかりません。私は胡散臭い文書だと思っていますが)。ここにもはなゆーさんの意図は明確に示されています。 さて、上記のとおり、まずはなゆーさんが自身のブログに「検察審査会の2人の審査補助員が小沢派を『暴力団』に見立てて説明」という記事を書きました。 ↓ その記事を阿修羅という電子媒体紙上にラクダさんという人が転載しました。 ↓ おそらく上記の記事を読んだ大山さんのご友人が自身のサイトに「小沢一郎氏の強制起訴を決定した検察審査会において、吉田繁實弁護士が、政治家の関係をヤクザの関係に例えるなど、一般常識で判断しても適切とは言い難い例を挙げるなどして、平均年齢が非常に若い審査員を、故意に誘導した疑いが読売新聞に書かれている」という記事を書きました。 上記の大山さんのご友人の記事は、おそらくはなゆーさんの「検察審査会の2人の審査補助員が小沢派を『暴力団』に見立てて説明」という記事を鵜呑みにした上で、はなゆーさんの左記の見出し語の表現を「吉田繁實弁護士が、政治家の関係をヤクザの関係に例える」と言い換えて記事にしたものでしょう。しかし、情報元の読売新聞には「吉田繁実弁護士は、暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例や、犯罪の実行行為者でなくても謀議に参加すれば共犯として有罪になるなどと認定した1958年の最高裁大法廷判決を審査員に示し、『暴力団や政治家という違いは考えずに、上下関係で判断して下さい』と説明した」と書かれているだけで、「吉田繁實弁護士が、政治家の関係をヤクザの関係に例え」たなどいう表現は一切ありません。また、「一般常識で判断しても適切とは言い難い」や「平均年齢が非常に若い審査員を、故意に誘導した疑い」などの記述も一切ありません。その読売新聞が書いてもいないことを「読売新聞に書かれている」と大山さんのご友人は自身のサイトに書くのです。これははっきり言って「ウソ」を書いていることになります。新聞報道に一定の信頼性があることを利用した「虚偽」記事といわなければならないのです。 ↓ その「虚偽」記事といわなければならないものを大山さんは「友人がサイトを立ち上げました。(略)わたしも告発人のひとりになります」(CML 06127)、「もともと、かなり信頼できる筋からの情報です」(同 006132)などとさらに拡散しようとしているのです。とんでもないことといわなければなりません。 私はCML 006151に次のように書いておきました。 「おそらく私はそのあなたの調べられたこと(あなたご推薦のサイトの読売新聞の取り上げ方)について反論を書くことになるでしょう。/そのときに明快に私が先のメールで『あなたが紹介されるサイトの記述の正鵠性を判断するためにも、この件について読売新聞にはどのような記事が書かれていたのか。私として確かめる必要を感じています』と書いた意味がおわかりになると思います」と。 私がCML 006151に書いておいたことの意味がおわかりになったことと思います。 上記の事例は小沢支持「妄信」派のその妄信ぶりを示すもうひとつの事例にもなっていると思います。 大山さんのご友人のサイトの「リンク集のページには岩上安身、上杉隆、宮崎学、名城大学コンプライアンス研究センター(郷原信郎)の名だたる民主党・小沢支援者のサイトが紹介されています。上記で私が「小沢支持『妄信』派」の事例というのはそういう事実とも関係しています。民主党・小沢支援者のすべてが「妄信」派などと言うつもりは私にはまったくありませんが、上記の事例の場合はなかった新聞報道をあったかのように「虚偽」を言う点において「小沢支持『妄信』派」の記事というほかないものです(ご本人は「虚偽」とはおそらく思っていないでしょう。そういう意味でも「妄信」のなせるわざといわなければならないように思います)。
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あるメーリングリストに「杉並からの情報発信です」ブログの主宰者の山崎康彦さんの「『小沢一郎支援・検察・検察審査会糾弾』東京デモ行進のご報告」なる記事(注1)を共感的に紹介する転載記事を発信する方がおられました。その記事に反論して、ここで改めて山崎氏の論を批判するのも労力の無駄のように思いましたので、今回の東京第5検察審査会による小沢氏強制起訴議決についての適切な評価をしていると私として思われる下記の山田孝男さん(毎日新聞記者)の記事を紹介することで反論に代えることにしました。そしてその際その山田孝男さんの論は「一般的な良識的な市民の評価、または意見といってもいいのではないか」という私の意見を挿みました。 ■風知草:強制起訴は暴走か=山田孝男(毎日新聞 2010年10月11日 東京朝刊) そうすると2人ほどの方から「私は、きっと『一般的な良識的な市民』には入らないのでしょうが、山田孝男さんの意見には、反対です。明白な起訴に当たる偽装があったとは思わないからです」、「どういう理由から、山田孝男さんの意見が『一般的な良識的な市民』の意見ということになるのだろう?(略)プロが膨大な時間と税金をかけて、それでも起訴できなかったのに、どこのだれかもわからない30代の素人にまた起訴されている。いったいいつまでやっているつもりなの?」という反論のような返信をいただきました。 下記はその「反論」のようなものに対する私の返信です。 ……………………………………………………………………………… Sさん Seさん Kさん 私の考える「一般的な良識的な市民」の意見とはどういうものか、についてひとこと述べておきます。 以下、Sさんのご発言をひとつの例として。 「プロが膨大な時間と税金をかけて、それでも起訴できなかったのに、どこのだれかもわからない30代の素人にまた起訴されている。いったいいつまでやっているつもりなの?」(Sさん) 上記のSさんのご発言には「一般的な良識的な市民」としていくつかの問題があるように思います。 第1。「プロが膨大な時間と税金をかけて、それでも起訴できなかったのに」という杉さんの発言は、ご本人はそう自覚されていないのかもしれませんが、検察審査会制度そのものを否定する発言というべきものです。 Sさんは同審査会制度そのものを全否定されるお立場でしょうか? 現在の裁判制度は、起訴独占主義(起訴は検察官のみがすることができるという原則。刑事訴訟法247条)によって公訴権(被疑者を起訴する権利)は検察官によって独占されています。そうすると、起訴判断権を検察のみが持つため、その検察官の恣意的な判断によって、被疑者が免罪され、犯罪被害者が泣き寝入りする事態もある程度の頻度で起こりえます。現在の検察制度は少なくともそうした可能性を常に孕んでいる制度ということができますし、現実にそうした事態は度々生じています。 検察審査会制度はそうした検察のときとして暴走化する横暴で恣意的な判断を抑制・防止し、かつ、検察の世界にも民意を反映させる目的を持って戦後すぐの1948年に成立した制度です。刑事訴訟における正式の裁判に先立って、当該案件を起訴するに足りる証拠があるか否かを判断する同様の制度は予審、予審尋問、大陪審制度などの形で世界各国にもあり、「法の支配」の確立している国として「常識」に属する制度というべきですが、むしろ、日本の検察審査会制度は、「戦後GHQが日本政府に対し検察の民主化のために大陪審制及び検察官公選制を求めたのに対し、日本政府が抵抗した結果、市民決定に拘束力を持たせない妥協の産物として設けられたものである」という指摘もあります(wiki「大陪審」)。昨年の検察審査会法の施行で同審査会は強制起訴の権限を有するようになりましたが、上記のとおり民意を反映させるという点で問題が積み残されていた戦後における同法成立時の欠陥を補完したという側面を持っているともいわれてもいます。 上記のとおり強制起訴の権限をも有する検察審査会制度は「法の支配」の確立している国として「常識」に属する制度というべきものです(国によって制度の形は異なりますが)。それを否定するようなSさんのような考え方は、失礼ながら、「一般的な良識的な市民」の「常識」に反する考え方といわなければならないように私は思います。 第2。 Sさんの言われる「どこのだれかもわからない30代の素人にまた起訴されている」というご発言は、第一に「素人」という言葉の遣い方からもわかることですが、その「素人」で構成される検察審査会の意義をまったく理解していない発言といわなければなりません。検察審査会の有意義性については上記第1で述べているとおりです。第二に「どこのだれかもわからない30代」という言い方も同審査会制度のしくみをよく理解されていない発言といわなければなりません。 検察審査会委員は、同審査会法第10条によって、市町村の選挙管理委員会によって同市町村の選挙人名簿に登録されている者の中からくじで無作為に選出されるしくみになっています。当然、同選挙人名簿に登録されている者の年齢、年代は多様であって今回の同審査会委員が平均年齢30歳強であった、というのは「くじで無作為に選出される」という同審査会委員の選出のしくみから見ても故意ではなく偶然に属することといわなければなりません。仮にその同審査会委員の選出の過程に意図的なものがあったとするならば、市町村の選挙管理委員会に不正があったと断定しなければならないことになりますが、同審査会委員の氏名等は特定の司法関係者以外には非公開です。したがって、現在の民主的体制下で「非公開」のものを強制的に検閲するというところまで政治権力の力が及ぶとは常識的に考えられませんし、何人もの選挙管理委員会委員が立ち会う「くじ引き」、またその過程に不正が仕掛けられるということも常識的に考えられません(そこに不正が仮にあったとすれば当然同くじ引きに立ち会った選挙管理委員会委員は全員逮捕されるということにもなります。選挙管理委員会委員がそこまでリスクを冒してまで不正を挙行することも当然考えられません)。 したがって、Sさんの第2の見方、考え方も、「一般的な良識的な市民」の「常識」に反する考え方といわなければならないように思います。 もう一度上記のSさんの発言を引用します。 「プロが膨大な時間と税金をかけて、それでも起訴できなかったのに、どこのだれかもわからない30代の素人にまた起訴されている。いったいいつまでやっているつもりなの?」 Sさん。そしてこれはSe(注2)さんにもKさんにも当てはまることだと思いますが、そこまで言われるのでしたら検察審査会法ができてすでに60余年経ちますが、これまで小沢強制起訴以前に同審査会法について「ケシカラン」とどこかで問題提起されたことはありますか? また、JR西日本福知山事故や明石歩道橋事故における検察審査会の「起訴相当」議決も当然「シロート民間人」の議決でしたが、その議決は「ケシカラン」ものだったとお考えでしょうか? また、上記のJR西日本福知山事故や明石歩道橋事故における検察審査会の「起訴相当」議決について、「シロート民間人が検察の判断にケチつけてケシカラン」と抗議なさいましたか? そういうことはしないで今回の小沢強制議決についてだけ「ケシカラン」などというのはまったくスジが通りませんし、また、「一般的な良識的な市民」のすることでもないだろう、と私は思います。 また、Kさんのご発言に即してひとこと。 Kさんは先のメールで「岩上氏の伊波沖縄県知事候補インタビュー」という情報を流されています。そうすると、Kさんは、沖縄問題について「普天間基地の即時撤去」、同基地の「国外・県外の移設」の主張を掲げて沖縄県知事選を戦っている伊波さんを支持されているということになりますが、あなたがもう一方で支持される民主党の小沢氏は下地島や伊江島を「移設」先の代替候補地に挙げて「県内移設」を主張しています(産経新聞 2009年12月30日付)。 小沢氏のこうした「県内移設」案は、普天間基地の無条件閉鎖と国外・県外移設を切望している〈沖縄の民意〉とは明らかに相容れないものといわなければなりません。 あなたがそれでも小沢氏を支持するというのであれば、あなたは沖縄・普天間基地の無条件閉鎖と国外・県外移設を真に望んでいない、ということになるのではありませんか? Kさんはこの矛盾をどのように考えますか?(注3) ……………………………………………………………………………… 注1:山崎康彦さんの記事については私はいくつかのメーリングリストに次のような発信をしたことがあります。「幾つかのメーリングリストに『杉並からの情報発信です』ブログの主宰者の山崎康彦さんという人の論考をなにか重要な論点を提起している論考であるかのように読みなす何人かの人がいて同氏の論がしばしば引用される傾向がありました。/私にとっては山崎さんの論は荒唐無稽な論のたぐいにすぎないのですが、上記のような事情で山崎さんの論を一度根底的に批判しておく必要を感じました」(弊ブログ 2010年8月9日付)。 注2:Seさんから「お答えしますが同審査会法が改正されて強制起訴権限をもったのは60年もたっていないと思います」という返信がありました。しかし、この返信は問われている本質にまったく応えた返信になっていません。良心的に問いの本質に応えようとするならば、同審査会法改正前のことを持ち出すのではなく、昨年から施行された同審査会改正法以後のJR西日本福知山事故や明石歩道橋事故における検察審査会の「起訴相当」議決についてSeさんとして「ケシカラン」と考えるのか。また、Seさんとして抗議したのかどうか。その点について応えるのがスジといわなければなりません。本質の問題に応えようとせず、本質から外れた回答でその場しのぎをする。嘆かわしいことです。 注3:Kさんからは「小沢さんでも誰でも今の所は県外移転、国外移転は政権側になると難しい交渉でなかなかなのかなと思うのと、国民が沖縄のことを自分たちの問題として捉えるには我々の努力が足らないのかもしれません」という返信が返ってきました。「我々の努力が足らない」などという人ごとのような返信をするのではなく、Kさんとして問われている矛盾について自分としてどのように考えるのか真摯に向きあった応えをするべきではなかったでしょうか。これも本質から外れた回答でその場しのぎをする回答の見本のように私には思われます。嘆かわしいことです。
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Aさん。もう一度だけ再返信し、私の考えを述べておきます。 注:本エントリは「小沢氏の強制起訴と鈴木氏の逮捕・有罪・収監を「問題あり」とするある論への反駁」(1)(2)の続きということになります。 Aさん wrote1: 東本さんは菅も小沢もどちらが首相になっても変わらない、とお考えなのでしょうか。
沖縄県民の多くは小沢さんに期待していた、と聞きました。 「沖縄県民の多くは小沢さんに期待していた」とは私は判断しませんが(注1)、今回の民主党代表選で沖縄県内の民主党員・サポーター票は4選挙区すべてで小沢前幹事長支持票であったことは事実です(注2)。 しかし、この民主党員・サポーターの小沢支持票は、下記の注2の琉球新報記事にあるように小沢氏が「日米再協議の構えを見せていた」ことに対する同党員・サポーターの期待が票に表れたもの、とみなすべき性質のもののように思います。 しかしまた実際は、上記記事にいうところの小沢氏の「日米再協議の構え」なるものは、前便で指摘しているように「小沢氏が民主党代表選の告示に伴う菅氏との共同記者会見で普天間移設問題に関して県外移設の『腹案』があるかのように述べた『今、自分の頭にあることを申し上げるわけにいかないが、沖縄も米国も納得できる案は、知恵を出せば必ずできると確信している』という発言を指しているのであれば、小沢氏は翌日の日本記者クラブ主催の公開討論会の席で『日米合意を尊重することに変わりはない』という前提を述べた上で『今、具体的にこうするとかという案を持っているわけではない』」というハッタリでしかない発言にすぎませんでした。 そうであるならば、普天間基地の無条件全面返還と同基地の国外・県外移設を真に願う私たち革新勢力の一翼を担う者としては、上記の小沢氏の「ハッタリ」事件が日米同盟堅持をなによりも国の政策の第一とする彼の国策優先思想と、それゆえ「沖縄」問題をその日米同盟体制堅持の政策の下位にしか位置づけることのできない彼の沖縄軽視の認識を明瞭に示しえているように、小沢氏は決して普天間基地の一日も早い国外・県外移設を求める沖縄県民の期待や願いに応えうる政治家ではありえないこと、また、そういう意味でも小沢氏への期待はまったく幻想にすぎないこと、また、「対等な日米関係」を構築できる人材でも当然ありえない、という真実を沖縄の人々に広く明らめていくことこそが沖縄に連帯しようとする者の責任というべきであり役割であるというべきではないか、と私は強く思います。 Aさんの小沢氏支持の論は、そうした私たちとしての本来の役割と沖縄県民との連帯の方向性とは、失礼ながらまったく逆向きのベクトルを示しているように思います。私としてはAさんの論を支持するわけにはいきません。再度そのことを強く述べておきます。 注1:たとえば沖縄タイムスとともに沖縄の声を代表するメディアの琉球新報は2010年9月3日付の社説で小沢氏を次のように評価しています。 米軍普天間飛行場移設問題について、小沢氏の発言はぶれている。1日の共同記者会見で、再交渉による日米合意見直しの可能性に言及。しかし2日の討論会で、日米合意を前提とする考えを明言した。/これでは日米合意を順守する意向の菅氏との違いはほとんどない。一夜明けて発言をトーンダウンさせた真意が分からない。鳩山由紀夫前首相の二の舞いはこりごりだ。
政治とカネをめぐる問題について、小沢氏の説明は十分とはいえない。東京地検の捜査で不起訴になったことに関し「犯罪はなかったことが明らかになった」と繰り返す。果たして国民は納得するだろうか。検察審査会の判断次第ではなお強制起訴の可能性が残る。もっと丁寧に説明すべきだろう。
上記はもちろん沖縄県民の声の世論調査ではなく、琉球新報というひとつのメディアの社説でしかありませんが、「沖縄県民の多く」を代表している声といっていいだろう、と私は思います。 注2:「今回の代表選で県内の党員・サポーター票は4選挙区すべてで、日米再協議の構えを見せていた小沢一郎前幹事長を支持」した(琉球新報 2010年9月15日付) Aさん wrote2: 再三述べていますように、朝日をはじめマスコミの反小沢報道は何なのでしょうか。(小沢も菅も同じ穴のむじな、と判断すればこのようなことはないと思いますが)これは私だけでなくいわゆる庶民の方から良く耳にしています。
マスコミが反小沢報道に躍起になっている、というAさんのご認識を私は支持します。が、マスコミが反小沢報道に躍起になっているから、それゆえに小沢氏を支持する、という論理は成り立ちません。マスコミが反小沢報道に躍起になっているということと、小沢氏を支持するという問題はまったく別次元の問題です。小沢氏を支持できるかどうかはあくまでも彼の掲げる政策を私たちとして支持できるかどうか、という問題です。そして私は上述、前述のごとく小沢氏の掲げる政策はマヌーバー(策略)のごときもので決して支持できない、と再三、再四、さまざまな角度から言っているのです。 ご了解ください。 この点について、再度ジャーナリスト(毎日新聞記者)の山田孝男さんの論を紹介しておきます。 異様な風景だが、当の小沢は何も語らない。小沢擁立派は「小沢首相」こそ救国の希望だという。本当にそうか。これまでも、小沢は鳩山と組んで政治を動かしてきた。同じゲームの続編がまた始まったというだけのことではないのか。/鳩山の果てしないおしゃべり。小沢の底知れぬ胸中。菅の作り笑いと及び腰。指導的な立場にある政治家が互いにぶつかり合い、切磋琢磨(せっさたくま)し、新しい政治が生まれていくという予感がどこにもない(「風知草:避暑地の出来事」毎日新聞 2010年8月23日)
上記が小沢氏、そして民主党評価のふつうの見方だろう、と私は思っています。
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閔妃のせいでロシア領になっていたらオリン...




