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あるメーリングリストで今回の参院選での「民主党大敗」を菅首相の消費税発言をめぐってマスメディアの政治部が大騒ぎした結果、すなわち「民主党大敗」はマスメディアに責任がある、と見る意見がありました。以下は、その意見に対する私の反論的応答です。これもエントリしておきます。 マスメディアの報道が「今回の民主党大敗」に大きく影響していること自体は否定しませんが、○○さんのご認識は少し違うのではないか、と思います。
マスメディアが菅首相の「消費税発言をめぐって大騒ぎ」したことは確かですが、その「大騒ぎ」の中心は同首相の「発言のブレ」を問題にするものでした(マスメディアの報道の大勢は消費税増税やむなし=賛成の立場からのものでしたので、消費税増税自体についてのマスメディアの菅批判はありませんでした)。そして、その菅首相の「発言のブレ」を問題にするメディアの姿勢は、メディアの大きな役割のひとつが“ウォッチ・ドッグ(権力に対する監視者)”の役割である以上、私は当然のことにように思います。そのメディアの報道が原因で民主党が仮に「大敗」したのであれば、それはメディアの責任というべきではなく、菅内閣及び菅首相の自業自得というべきものだろう、と私は思います。 ところで、今回の参院選に関してマスメディアはすでに問題は終わってしまったかのように「普天間基地 問題」を一切報じませんでした。 「参議院選挙のまっただ中だ。しかし、鳩山退陣、菅内閣誕生によって、普天間基地問題は選挙の争点から消された。一ヶ月前までのヤマトゥの大手メディアの報道は、しょせんは鳩山首相を追い詰めて『県外移設』を潰すためのものでしかなかった(大半は)。(略)普天間基地問題を参議院選挙の争点から消すことで、政府も大手メディアも無関心なヤマトゥの国民も、沖縄の『怒り』から目をそらし、『日本問題』『ヤマトゥ問題』から逃げている。なんと卑怯なことか。」(「消された争点 目取真俊 海鳴りの島から 2010年7月1日付) 「普天間基地問題」をメディアが継続して報道していたならば、私は「今回の民主党大敗」はさらに大きなものになっていただろうと思います。そういう意味では民主党はメディアに救われているのです。そうした視点が失礼ながら○○さんには欠けている、と私は思います。 あなたは「マスメディアが日本の政治を壊している」、また「しかし、政治家の側も弱すぎる」とも言われます。 お尋ねしたいのですが、「マスメディアが日本の政治を壊している」とは民主党政権の政治のことを指しているのでしょうか? そうであるのならば、私は、民主党政権の政治=日本の政治というのは少し以上にミスリーディングな等値式というべきであり、かつ「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ民主党政権は「壊」れて当然だった、まだまだ「壊れる」べきだったとも思います。 また、「政治家」という表現もミスリーディングな表現というべきだと私は思います。この場合は文脈から民主党の政治家という意味になるのでしょうが、そう書かずにあえて単に「政治家」というとき、民主党の政治家の非を他の政党の政治家の非に転化することにもなりかねません。一般論ではほんとうの批判にはなりえないように思います。 |
参院選
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憲法研究者の上脇博之さんが今回の参院選の比例選挙区での各党得票数と得票率を比較考証して、「民主党の比例代表選挙での得票率は31.56%で、自民党のそれは24.07%であり、合計しても55.63%にとどまるのであるから、民意は二大政党制化していない」こと、「むしろ多党化している」ことを実証的に明らかにしています。 そして次のように結論しています。 そもそも議会制民主主義といえるためには、民意を正確・公正に反映する選挙制度が採用されているべきであるから、この原点に立ち返り、参議院の選挙区選挙だけではなく、衆議院の小選挙区選挙も総定数を維持した上で廃止すべきである!
そして労働問題研究者の五十嵐仁さんは、菅内閣の支持率の急落と追い込まれ解散の可能性を考究して結論として次のように述べています。 こうして、近い将来、解散・総選挙となる可能性が高まっています。もしそうなっても、政界再編がなければ、民主党中心の政権に代わることができるのは自民党中心の政権でしかありません。何という不毛な……(略)結局、政権をめぐって、民主と自民とのキャッチ・ボールが始まるということでしょうか。これが「政治改革」によって理想とされた「二大政党制」の現実の姿なのです。(略)こうなってしまった最大の元凶は、「政治改革」によって導入された小選挙区制にあります。まことに「政治改革」の罪は重いと、今更ながら思わざるを得ません。
上記のおふたりの研究者の見解にまったく賛成です。参院選の「結果」を云々するのであれば、まずこの正論をしっかりと押さえた上でのものでなければならないでしょう。 先の「私として参院選の結果を読む 底なしに保守化する『大衆』の現状を憂える」というエントリは、もちろん上記の正論を前提にした上での論のつもりではあったのですが(つもりはあっても、言及しないことには相手には伝わりませんね)、今回の参院選の結果について私として感じる「最大の特徴」点をあぶりだそうとして、いささかマイナーの側面を強調しすぎた感がなきにしもあらずです。先のエントリの補足として僭越ながらおふたりの研究者の所論を紹介させていただきました。
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一昨日あった参院選の投票結果について私感を述べておこうと思います。 今度の参院選の結果の最大の特徴は、民主党が大敗し、過半数割れしたことでもなく、自民党が改選第1党に復調したことでもなく、みんなの党が改選議席数0から10議席に躍進したことにある、というのが私の見方です。私がそのような見方をするのは、「みんなの党躍進」という事象がこの国の「世論」なるものを構成する私を含む「大衆」というものの、その大約の思想が根底的、あるいは底なしに保守化していること、また、現在のこの国の「世論」なるものの政治への失望感が保守・中道・革新(便宜的な区分以上のものではありませんが)という政治ポジションのどの地平に向かっているのかを端的に示す象徴的な表象になりえているように思えるからです。 みんなの党は多くの人が共通して指摘するように新自由主義者の政党、また、ポピュリズムの政党とみなしてよい政党です。同党代表の渡辺喜美は、父渡辺美智雄の地盤を継承して14年前に自民党衆院議員となり、その後一貫して同党の要職を歴任してきた根っからの自民党員、新自由主義者であったという彼の政治的出自から見てもそのことは明らかというべきですが、同党の参院選選挙公約にも「国会議員の大幅削減、給与のカット」「国と地方の公務員人件費削減」「官から民へ」「独立行政法人の廃止・民営化」などの新自由主義的な政策が列記されており、同党が新自由主義者の政党であることは明瞭です。 また、同党がポピュリズムの政党であるというのは、上記の新自由主義的な政策をさらに具体化して「国家公務員の10万人削減」や「公務員給与の2割カット、ボーナスの3割カット」などの政策を掲げ、「恵まれた」給与体系を持つ公務員などに対して怨嗟の感情を募らせている「大衆の中にある差別感情」「ねたみやそねみの感情」(辛淑玉「ウケ狙いの政治の果て」)、さらにはルサンチマンを扇動するウケ狙いの政治手法を弄していることからもそのことは明らかです。この「ウケ狙いの政治」手法は、東京・石原都政、大阪・橋下府政、果ては鹿児島・阿久根市政のポピュリズム政治、さらにその果てには戦前のナチス・ドイツのヒトラーのポピュリズムの政治手法にもつらなる暗愚も極まるきわめて危険な政治手法といわなければならないでしょう。 こうしたみんなの党の掲げる政策に一定の支持が集まったというのは、現象的には前回の衆院選では民主党を選択した自民党に失望し、さらには民主党にも失望した保守票がみんなの党に移動した結果といえるでしょうが(注)、本質的にはこの国の「世論」(有権者といっても同じことですが)なるものの大約の思想が根底的に、あるいは底なしに保守化していることを示す端的な表象とみなすべきものだろう、と私は思います。 注:たとえば読売新聞社と日本テレビ・同系列局が11日に共同実施した参院選の出口調査では、支持政党を持たない無党派層のうち、比例選で民主党に投票した人は09年衆院選では52%あったのが今回の参院選では29%にとどまっており、その大部分の票がみんなの党に流れたものと推測されています。また、NHKなど他のメディアの出口調査でも同様の結果が出ています。 この私たちの国の「大衆」の根こそぎ的ともいってもいい保守化現象はなんに起因するのか。私はここ10年から20年にかけて、すなわち1991年の海部内閣時の小選挙区制導入以来進んで「2大政党制=民主主義社会の成熟」論、実のところ「民意の多様性否定=少数政党実質無用」論を掲げ、この20年の歳月をかけて徐々にかつ急激にジャーナリズム精神と権力への批判精神を喪失していった大メディアの責任とその総白痴化の影響が大きいと思います。活字メディアでさえ総白痴化していく中でテレビメディアひとり白痴化しないわけはありません。実際テレビメディアは活字メディアに輪をかけて総白痴化していきました。言われて久しいのですが「報道番組のワイドショー(娯楽)化」という言葉が誕生したこと自体がなによりもそのことを如実に示しています。 今回の参院選の総括もメディアはこぞって「菅首相の消費税増税発言が民主党敗因の最大の原因」などというまことしやかで実体のないご託宣を述べ合っています。 ■参院選 菅民主大敗 厳しい試練が始まった(毎日新聞社説 2010年7月12日) 「やはり、選挙戦で消費税率の引き上げを持ち出すのはタブーだったのだろうか。(略)民主党内では消費税を持ち出した菅首相の責任論が出ており、9月の党代表選に向け『反小沢対親小沢』の対立が再燃しそうだ。」 ■参院選 民主敗北―2大政党にさらなる責任(朝日新聞社説 2010年7月12日) 「鳩山前政権の度重なる失政が影を落とし、消費増税での菅首相の説明不足や発言の揺れが大きく響いた。」 ■参院選民主敗北 バラマキと迷走に厳しい審判(読売新聞社説 2010年7月12日) 「民主党の最大の敗因は、菅首相の消費税問題への対応だ。(略)首相の方針に対して、民主党内から公然と批判が出るなど、党内不一致も露呈した。」 しかし、「民主党が惨敗した理由は、各メディアが報じるような『消費税』にあるとは思えない。もしそうなら、先に『10%』を打ち出している自民党が勝つことはありえない」(週刊金曜日編集長ブログ 2010年7月12日)でしょう。しかし、昨日のテレビメディアの参院選の感想を聞く街頭インタビューなるものを少し見てみましたが、待ち行く人はほとんど「消費税がどうのこうの」と民主党の敗因を語るのです。わが国の「大衆」なるものがいかにマスメディアのウソにたぶらかされて、その土俵の上で踊らされているか。ここにも残念ながらマスメディア、殊にテレビメディアの負の大きな影響力を見ないわけにはいきません。 こうした分析から導き出される護憲・革新陣営(便宜的にとりあえず左記のように表現しているだけのことですが)の対抗戦略は上記のようなマスメディアの負の大きな影響力に負けない「革新」の発信力を構築していくことがなによりも今後の大きな課題になると思われるのですが、参院選投票日前日のエントリなどでも述べているように本来「革新」の言説を発信する媒体であるべきメディアが逆に大マスコミの論調に巻き込まれた「論」を展開し、その「論」のまやかしに気づかない読者を拡大しているという逆説が横行しているというのが残念ながらいまの護憲・革新陣営の現状だというのが私の見立てです。 注:上記の件については、下記の小文もご参照いただければ幸いです。 これでは非民主的な(と、私たちがいくら口を酸っぱくして言っても)マスメディアを総動員した「2大政党制」論にとうてい打ち勝つことはできません。マスメディアの論調を少しでも正常に戻すためにも、護憲・革新陣営の論調が逆に大マスコミの論調に巻き込まれている体のものであるという現状、為体(ていたらく)をまず立て直す必要があるだろう、と私は思います。そのことを抜きにして「大衆」の大約の思想が根底的、あるいは底なしに保守化しているという現状も変革することはできないでしょう。 それが今回の参院選の投票結果についての私の感想の結論ということになります。
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■どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙(森永卓郎 マガジン9 2010年7月7日) この一部の人たちにもてはやされている森永氏の「どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙」という文章はどういう手合いの文章か? ひとことで言って「『思想的な2大政党制』といってもよいフレームの中でしか政治という事象を把捉することができない陥穽」に陥っているものの見方による文章、といってよいだろうと思います(「鳩山内閣の19%〜21%の内閣支持率はどういう声に支えられているか・・・・・」(下) 「草の根通信」の志を継いで 2010年5月16日付参照)。 上記の私の指摘については、森永氏の文章自体が何よりもその雄弁な証左になっています。同氏は冒頭で次のように言います。 「『参議院選挙で、どの党を支持すればよいのかよく分からない』。そういう話を私の周囲で頻繁に聞くようになった。昨年8月の総選挙で、あれだけ明確だった民主と自民党の政策が、同じようなものになってしまったので、判断がつかないというのだ」。同氏にとって「民主と自民党」以外の政党は視野の外なのです。この森永氏の視力は「思想的な2大政党制」フレーム、そして視野狭窄、というほかのなにものでもないでしょう。同氏はこの「思想的な2大政党制」フレームの中で民主党をさらに仕分けして同党を「左派」と「右派」に分けます。 同氏の仕分けによれば、「米軍の普天間基地を辺野古に移転することには反対」する人、また「逆進的な消費税を増税することには反対であり、高額所得者や資産家、あるいは大企業の税負担を重くすべきだと考える」人は左派。「辺野古への移設はやむを得ないと考える」人、また「法人税を減税せねばならず、消費税の大幅な増税を求める」人は右派。そして、その比率は、「私の目に映る範囲では、民主党の国会議員は左派が6割で、右派が4割」と分析します。そしてなお、「小沢前幹事長の時代には、民主党は左派が大きな力を持っていたが、菅総理・枝野幹事長の政権に変わってから、民主党の政策は完全に右派が握るようになってしまった」という分析をつけ加えます。 上記の森永氏の主張は、「官僚が『集合的無意識』により小沢や民主党政権を潰そうとしている、また、菅直人首相は外務官僚に包囲されている」などなどと主張する佐藤優や副島隆彦らの官僚陰謀論を説く者の主張(『小沢革命政権で日本を救え』佐藤優・副島隆彦共著)のバリエーションといってよいものです。その主張になんら新味はなく、独創性もありません。両者の主張に共通しているのは民主党を意図的に「官僚派」「反官僚派」、あるいは「左派」と「右派」などと仕分けし、小沢・民主党をあくまでも擁護しようとする姿勢です(小沢・民主党を擁護しようとする思想的意図は異なるように思えますが)。 その小沢・民主党擁護者の認識について、「<佐藤優現象>批判」の著者の金光翔さんは次のように指摘しています。 「ここにおいては、鳩山政権や民主党の政治家たちが自民党の政治家たちと似たり寄ったりであるというごく当たり前の認識は、その可能性すら考慮されておらず、彼ら・彼女らが政権政党の利権にありつくことに何ら躊躇しないなどという認識など思いもよらず、民主党の政治家たちはあたかも市民運動や左派言論人の『仲間』であるかのように表象されている。問題は『未熟さ』や『力量不足』や『リーダーシップの欠如』であって、民主党の政治家たちが、折込済みで公約を反故にした可能性など、全く考慮されていない。」(「佐藤優の官僚陰謀論を需要するリベラル・左派」 私にも話させて 2010年7月9日付) 「別に小沢と菅や枝野との政策の違いなど大してない(同じ党なのだから当たり前であるが)。」(「『小沢派』とか『反小沢派』とか」 私にも話させて 2010年7月9日付) 「それにしても、喧伝されている、あの『小沢派』対『反小沢派』などという図式は一体なんなのだろうか。民主党は小沢一郎の国会への証人喚問すらしていないのに、いつの間にか小沢をめぐる「政治とカネ」の話はなかったことになっている。証人喚問をしようとすらしない『反小沢派』、そして『小沢派』対『反小沢派』とは一体何なのだろうか。」(同上) 注:少し下世話になりますが、上記の金光翔さんの指摘のうち、「小沢の金権問題が争点化した後に民主党の『脱小沢』の必要性を主張していた山口二郎や、小沢批判を繰り返している森田実は『反小沢』なのだろうか。よく知られているように、彼らは小沢から多額の講演料を貰っている」という指摘も「小沢派」対「反小沢派」などという図式の無効性を示しているように私には思えます。 ところで池田香代子さんがご自身のブログ記事で私として評価できない上記の森永論文を「大学紛争」(60年代後半〜70年代初頭)以来の思想の「成熟のひとつの態度」だとして評価しています。 ■成熟過程のもやもや選挙(池田香代子ブログ 2010年7月10日) しかし、私には、上記で述べたとおり、森永氏の論は70年代以降の「『革新思想の退嬰』を象徴するひとつの態度」としか見えません。 池田さん 参院選も明日が投票ですのでいまは長い文章を書くのは避けます。しかし、明日の投票日を前にひとことだけどうしても述べておきたいことがあります。 あなたの上記ブログでの所論は、「民主党には『右派』と『左派』(小沢派)がいるから、その民主党内の『左派』(小沢派)に期待して一票を投じよう、とあなたの意志をせん明していることにほかなりません。しかし、上記で金光翔さんも言うように「小沢(左派)と菅や枝野(右派)との政策の違いなど大してない」「同じ党なのだから当たり前」なのです。それをことさらに右派と左派に分けて「成熟」した投票を促しておられる。それは結局のところ沖縄の民意を無視した、また「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ民主党政権を許すことになります。池田さん。あなたは沖縄県民を裏切った民主党政権を許すおつもりですか? 私には同意できません。 池田さん。私も池田さんと同じく「大学紛争」の世代ですが、私の場合は高校生の頃から政治に関わっていましたので、翻訳の分野では池田さんにもちろん完全に遅れをとりますが(というよりも、翻訳の分野はまったく私は無知ですが)、政治の分野では私の方が先輩株といってよいかもしれません。その先輩として私は池田さんに言いたい。私は70年代以来40年間保守反動政権に怒りをくすぶらせてきました。だからなおさら似非「革新」政権(もちろん、民主党政権のことをいっていますが)を許しがたい思いがするのです。その私の無念が私の2大政党制批判であり、また思想としての2大政党制論批判、さらにまた民主党批判です。 そういう意味で私は森永論考について次のように結論しておきます。 あなたの引用する森永氏の論は結局のところ2大政党制の枠内でしかものを見ることができない本人は「革新」のつもりでも思想としては保守中間層的インテリの意見でしかない、と。 (写真:森永卓郎氏)
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(JR甲府駅前の街頭演説で有権者らに手を振る菅首相=3日午前【共同】) 私は一昨日に「2010参院選:『民主党は自民党より少しはマシ』論、また『死に票』論に対する私見」という小文を書きましたが、その拙論に何通かのコメントをいただきました。その返信コメントのうちの1通を下記に紹介させていただきたいと思います。この返信コメントには私の問題提起に連なる、しかし、別の角度からの大切な指摘があるように私は思います。ご参照いただければ幸いです。 私も民主党「マシ論」は危険だと思います。
核密約の存在が明らかになった、これが政権交代の果実だから当分民主党に、という意見を先日聞きました。でも実際には岡田外相は野党時代に約束した、密約追求をごく一部しか行いませんでした。 東郷氏が作成した58の赤ファイル文書のうち3つしか外務省の調査チームは確認しなかったため、つまりあと55の文書は、おそらくはもう二度と追求されないまま、見過ごされてしまうことになります。誰かが処分したのなら、そこを追求すべきですが、外務大臣には、そうする意図もなさそうです。 これは密約をごく一部だけ認め、大半は隠匿したままにする、悪質な官僚的やり方だと私は思います。文書の処分などしておらず、どこかに隠している可能性もあるでしょう。 地位協定についても、改善する気もないです。米軍が基地外で訓練をするという、地位協定違反を現に沖縄で行っていても、岡田外相は「ケースバイケース」で対応する、と主権国家の法治主義を明確に放棄しました。 「沖縄海兵隊 世界各地で軍事行動 赤峰議員が「抑止力」論批判」(2010/5/14) http://www.jcp.or.jp/movie/10mov/20100515/index01.html 民主党がこのように保守反動化したように見える、その理由は、鳩山政権の誕生以来、米国がこれでもかと、その筋の論客を送り込み、それらの論客と日本の官僚とマスコミ、そしてオバマ自身により、民主党のリーダーたちを威嚇・洗脳してしまったからであるのは明らかですが、それ以前にやはり民主党の中核部分のカラーが、党内のいわゆるタカ派、とくに「松下政経塾OB」のそれであるからでしょう。 つまり民主党の今のリーダーたちや、その後継者たちの誰が党首になっても改憲派であるのですから、選挙後に起こることとしては、消費税がメインになるのではなく、実は非核三原則・武器輸出三原則の緩和、そしてその後の改憲手続きのはずです。だから「マシ」ではなく、(自民の政策に)「増し」なのでしょう。 それを考えれば平和市民にとっては、今度の選挙で風を起こす必要がありましたが、どこも風など起こっていないようです。でも民主は伸び悩むと、なぜか思います。その理由は、菅直人政権誕生直後の内閣支持率50数パーセントに現れている、鳩山政権誕生時との「温度差」です。菅内閣誕生直後の政権への支持率回復は、沖縄問題のことではないと思います。小沢さんを切ったからでしょう。 一方で、あの9万人を集めた沖縄集会にも関わらず「日米基軸」と言い切った今の首相が、沖縄県民はむろん日本国民を幸福にできるわけがない、と醒めた見方がどこかにあるはずです。 (グアム移転費用+辺野古基地建設費用が、日本国民の不幸を増大させるわけですから。) つまり市民運動(というより学生運動のようですが)の出自を自負しながら、あのように「変節」できる現実主義者を、市民はどう信用できるでしょう? その変節を認めれば、今後出現するかもしれない市民運動出身の政治家は、政権をとれば変節するものだ、との諦観を、平和市民は受け入れざるを得なくなります。 対米従属に変節した菅さんの裏切りに対し、昔市川房枝を担いだ東京の市民運動は、今ひそかにリベンジを考えているでしょう。むろんこの選挙区でもリベンジが必要です。(未だに社民と民主が共闘していそうですが、そうであればどういうことでしょう。)選挙のときしかそれができないので是非、その力を使いたいところです。 だから参院選挙では微妙な議席数になるのではないか、と私は思っていますがどうでしょう。 |

閔妃のせいでロシア領になっていたらオリン...




