いしはま通信

いしはま 石浜の現在を伝えます。
平成最後の夏
イライラの夏
心残りの海
頬に潮風

山田 紳 朝日新聞


 本日8月18日(土)の朝日新聞の声の欄の山田 紳さんの風刺画に共感しました。余りにもイライラする、心残りの、酷暑の夏でした。余りにも異常なことが多すぎました。でも決して慣れてはいけません。理想の社会に向かって歩んでいかねばなりません。

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バッハ一無伴奏チェロ組曲言葉よりも深く

ヨーヨー・マ 3回目の録音発売


 本日8月17日(金)ヨーヨー・マのバッハ一無伴奏チェロ組曲が発売されました。日本で世界に先駆けて先行販売だと言います。ヨーヨー・マ自身は今回の演奏の発売で3回目と言います。2回目の録音を何度か聴いていましたので、4月に予約を入れました。3日前に送られてきて、ずっと聴き入っています。モダン楽器の奏法で豊かな響きをしっかり聞かせた楽しめる演奏です。彼は「無伴奏チェロ組曲は常に僕の人生とともにあった。・・・作曲されて300年も経った今、この困難な時代においても変わらずに進むべき道を我々に示してくれる。この音楽の内包する力とは一体どんなものだろうか。」と、この録音によせて書いています。

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本日8月17日(金)発売のもの
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2回目の録音のもの

 私のバッハ一無伴奏チェロ組曲のスタンダードはアンナー・ビルスマです。2回録音していて最初のオリジナル楽器を用いたものを一番ひいきにしています。彼の演奏のチェロの全集を求め、2回目の録音もよく聴きます。
 また、彼の弟子の鈴木秀美さんの2回の無伴奏チェロ組曲もよく聴きます。彼の解説した楽譜も求めました。本の値段は10,260円でした。
 生演奏ではマイスキーや中木健二さんを最近聴きました。これからも、バッハにのめり込んで行きそうです。

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残暑
お見舞い申しあげます。

 ミツバチがせっせと向日葵から蜜を集めています。
今週末から冷気が南下します。
もうしばらくの辛抱です。

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「ぼくここー」
2歳児 奇跡の生還


 いつ見つかるか、ハラハラして見守っていた事件に、うれしい奇跡が起こりました。大変良かったです。
 昨日8月15日(水)、山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳児が午前6時半ごろ発見されました。山中でボランティアで捜索していた男性に保護されました。奇跡の生還と大騒ぎになっています。もうダメだと諦めていた母親は「生きて会えると思っていなかった」と話されました。行方不明になってから3日間(68時間)が経っていました。良かったです。
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朝日新聞より

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終戦記念日に
天皇陛下のお言葉


 昨日8月15日(水)は、73回目の終戦の日で、沖縄の日に沖縄県浦添市立港川中学校3年 相良倫子(さがらりんこ)さんが読んだ平和の詩「生きる」をブログに掲載しました。
 本日のブログは最後となった平成天皇のお言葉を掲げます。 私たちに戦争の記憶を継承する大切さと平和の尊さを常に訴え続けてこられました。
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本日8月16日(木)の朝日新聞1面
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 終戦以来既に73年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
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戦争と平和のお言葉 朝日新聞より
◇1949(昭和24)年4月6日
「あの惨劇に二度と人類を陥れないよう私たちは平和の道に向かって進まねばならんと思う」(15歳のときに訪れた広島市で。当時の朝日新聞から)
◇75(同50)年7月17日
「沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎ、ともどもに力を合わせて努力していきたいと思います」(沖縄初訪問で火炎瓶を投げつけられた夜に)
◇81(同56)年8月7日
「日本では、どうしても記憶しなければならないことが四つあると思います。終戦記念日、広島の原爆の日、長崎の原爆の日、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日です」(ご夫妻での記者会見)
◇99(平成11)年11月10日
「私は戦争の無い時を知らないで育ちました。この戦争により、それぞれの祖国のために戦った軍人、戦争の及んだ地域に住んでいた数知れない人々の命が失われました。哀悼の気持ち切なるものがあります」(即位10年に際しての記者会見)
◇2006(平成18)年12月20日
「戦後に生まれた人々が年々多くなってくる今日、戦没者を追悼することは自分たちの生まれる前の世代の人々がいかなる世界、社会に生きてきたかを理解することになり、世界や日本の過去の歴史を顧みる一つの機会となることと思います(中略)戦争や戦没者のことが、戦争を直接知らない世代の人々に正しく伝えられていくことを心から願っています」(73歳の誕生日前の記者会見)
◇13(同25)年12月18日
「やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです(中略)前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです」(80歳を前にした記者会見)
◇15(同27)年1月1日
「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」(年頭の感想。戦後70年に触れ)
◇15(同27)年4月8日
「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」(パラオ訪問への出発にあたり羽田空港で)

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