いしはま通信

いしはま 石浜の現在を伝えます。
残暑お見舞い申しあげます。 その2
 盆踊りのテントをやっとしまいました。

稲刈りを待つ早稲田がありました。
巨大なオニバスが
小さな花を付けていました。
母子が於大公園を楽しんでいました。

 本日8月17日(木)は気温が久しぶりに30度を超えました。残暑が厳しい日となりました。まだ雨天のため、設置したままにしていた盆踊りのテントのシートを回収しました。特大サイズ、大のサイズ、小のサイズ等まちまちの7つのテントを乾燥させて、折りたたんで紐で縛りました。そして、借用した社会福祉協議会などに返却したり、保管庫へ収納しました。明日の雨の天気予報を聞き、急ぎの暑い中の作業でしたが無事に終わり、ホッとしています。盆踊りの後片付けが今日まで続いているなんて、参加者は夢にも思わないでしょう。どんなことでも、裏方で支える人々の存在を、どこか少しでも考えてくださったなら、それはありがたいことです。

 今日の写真は、大きなカメラで撮影しました。一足早く実った早稲田の写真と、於大公園の様々な自然の風景です。暦の上では秋でも、まだまだ緑いっぱいの夏の風景です。東浦の名物の天然記念物絶滅危惧種の「オニバス」も撮影しました。このオニバスは元々石浜の飛山の池で自生していました。それを於大公園で現在は栽培しています。小さな花を付けていました。母子が於大公園の自然を楽しんでいました。

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稲刈りを待つ早稲田、早生はこんなにも発育が早いです。
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於大公園入口 メタセコイアの並木道です。
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於大公園 母子像 (鈴木政夫 彫刻家の作品)
東浦町のいたる所に鈴木政夫氏の作品が飾られ東浦のシンボルとなっています。
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於大公園の花壇 センニチソウ
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於大公園の花壇 青いサルビア
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巨大なオニバスの葉と小さな花
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母子が於大公園を楽しんでいました。
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ヒロシマにあった被爆アオギリ2世を育てています。
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ヒロシマにあった被爆クスノキ2世を育てています。
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ちいさい秋 見つけた その2
全国戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉

 小さい秋 見つけた 蔵の壁に絡まるツタの葉が1枚、2枚と赤く染まってきています。「小さい秋みつけた。」一人、喜んでいます。前回のツタの絡まる春の写真との対比で鮮明に近寄る秋の気配が感じられます。
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 昨日の全国戦没者追悼式での天皇陛下の「深い反省」のお言葉に変わることのない、平和への思いが感じられました。退位を控えての、このお言葉に戦争を風化させてはならない陛下の深い思いが伝わってきます。
 昨日のブログ、「非戦」と「不戦」。やはり日本にとって「非戦」がふさわしいと思いました。
 

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8月15日(火)終戦記念日
 いま「非戦」を掲げる
 感動の盆踊り大会 終わる

 忘れてはならない日として8月15日の終戦の日が挙げられます。今ここでもう1度「非戦の誓い」を掲げることの大切さを思います。それは、憲法にも生かされています。戦後の平和のしくみは、決して押しつけられたものではありません。「世の中が開け、明るい太陽が出てきたようだ。」と大多数の人々は戦後の平和主義を支持しました。そして、それが具現化されている憲法に希望を発見し、新しい日本を築く努力してきました。この尊い苦しい体験から勝ち得た平和のしくみを戦後体制(戦後レジューム)として切り捨ててはなりません。軍国的な日本に戻ることが「美しい日本」ではありません。
 もう一度、もう2度と戦争はしないと言う非戦を掲げたいと思います。

 昨夜感動の盆踊り大会2日目の仮装大会、花火大会の写真を掲げます。
8組のグループが仮装して踊りを披露して、集まった大観衆に喝采を博しました。人々を熱狂させ地区、自治体を1つに強い絆で結ばれていることを示した盆踊り大会が終了しました。

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伊藤忠彦 国会議員との記念撮影です。「おてもやん」の仮装の皆さん。
昨日は伴野豊 国会議員の秘書の方も訪れました。
町長はじめ副町長、地元の県会議員も激励に訪れました。
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更生保護女性会による仮装です。
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花火大会です。
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花火「ナイヤガラの滝」を食い入るように見つめている参加者です。
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アラビアンナイトの仮装です。

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今までで最大の人出
鎮守の森に、響く太鼓
多くの人を引きつけ
夢中にさせた石浜東盆踊り大会

「苦労のしがいがありました。」
と、主催者成田区長
 
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 8月13日(日)、8月14日(月)の両日石浜の稲荷神社で石浜地区の盆踊り大会が開かれています。多くの家族連れで賑わい、踊りとバザーに引きつけられ、夢中にさせる一時でした。今までで最大の人出で、いろんな苦労が報われたと実行委員長成田区長をはじめ実行委員は喜んでいました。
 踊りの三重円の輪が皆埋まるほど盛り上がり、日頃練習で鍛えてきたベテランは十分成果を発揮できたと満足げでした。一つ、感動したこと。盆踊りの最初の人での少ない時を選んで、付き添いの人と一緒にしょうがい者が踊りを楽しんでいたことです。今までに見たことのない光景でした。この人たちは、何度もこの盆踊りを経験して、今年もやって来たのでしょう。暗闇の怖さをもろともせず参加していました。次の機会に、合った時、声をかけたいです。
 多くの家族づれで賑わいました。バザー券を求める家族の行列が延々と続きました。バザーも早々に販売が予定終了のところが出て、バザー券の返金もありました。東浦町で一番人口が多く、人口構成も若々しく活気に溢れた町が石浜です。それを証明するかのような盆踊り大会となりました。2,000人近い人たちが興奮した夏祭りとなりました。
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夏祭りの手本にしたい
石浜平池台盆踊り大会
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 8月13日(日)と8月14日(月)両日に渡って石浜の一番南の団地平池台で盆踊り大会が開かれています。参加した人々が、異口同音にして「私たちの夏祭りの手本にしたい。」と言います。その秘密について、探ります。464人、173世帯、高齢化率35.3%、昨日の中自治会の高齢化率47.3%と比べば低い数字ですが、日本全体27.4や愛知県全体の23.2と比較して高齢化は進んでいます。その分、団地内でしっかりとした交流ができ、集落の繋がりが強固になっていると言えます。ちょうど江戸時代の村の規模が400〜500人でしたので、その観点から見てもまとまりやすいと言えます。まとまって、深いつながりのある夏祭りとは、参加者が家族連れで占められていることです。家族が総出で一家挙げて楽しむ姿が、温かみのある夏祭りを形作っています。
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 踊りの進行は自然で、大太鼓はここでも子ども達が担っていました。自然に流れていく盆踊りの流れは淡々としていて、それでいて熱狂とは異なる温かい楽しみ方を感じ取ります。小さな家族連れで踊りの輪が、満たされていました。余興の日向のひょっとこ踊りは、この団地の伝統となっているもので、宮崎県出身の方が広め、完全に根付いています。バザーも行列ができるなど、順調でした。
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 今でも団結の1つになっているものに、1つの危機感があります。周りが農業の水田の中に建設された飛び地のような町、その町にも下水処理の施設建設の方針が打ち出され、各世帯が60〜70万負担する問題です。一定の負担は当然として、離れた団地への下水路の路線を東浦町当局に掛け合い、公費負担にできないかの掛け合いです。
この問題も、何回か会合を開く中、この夏祭りとなっていて、深いつながりになっています。
 このところ、夏祭りをみて、その自治体を診断する盆踊り評論家になっています。いよいよ明日は、石浜の昔からある東地区の盆踊り大会です。

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