| 私の家は、明治に秋田県から道北の当時、ポンピラ(誉平)と言う地区に開拓移住しました。祖父、祖母が4人の子供(父・兄・姉)を連れて鬱蒼と茂る原生林の森に入植。鉄道も無くまともな道路も無い時代、開墾の鍬を振るい農耕馬を飼い、少しずつ畑を開いていきました。 天塩川も当時は大きく蛇行して街の東西の山付近まで曲がりくねっていました。 当時の開拓者は、名寄では富山県からの入植が多く、私の町でも秋田、新潟、富山、栃木と様々な地区から入植して来ました。もちろん原住民のアイヌの方も居たそうです。 開墾後に秋田から養蚕の桑の木を植え、お蚕さんは、後から持ち込み飼った時代もありました。冬が厳しくシバレル北海道には向かないのか、海外から安い絹が入ってきたのが原因の様でした。 その名残の桑の木が各地の畑の近くに今で生長して大きくなっています。 この時期、桑の実が熟して農作業の休み時間におやつ代わりにつまんでいました。 しかし、最近は誰も食べなくなりましたね。 何でもお店から買うお菓子や果物が主役の時代で森の果物は、一部の愛好家だけが焼酎に漬けて飲む至福の贅沢かも知れません。 さて、前置きが長いですが、仕事で走る道の途中、智北駅と智恵文駅の中間に位置する旧天塩川「智恵文沼」近くの公園で桑の実を見つけ、何十年ぶりに桑の実を味わってみました。懐かしい味でした。 盛んに食べているのは、私より蟻や虫達だけでした。 ヤナギランの群生地は、名寄に向かう東雲峠の下にあり山間地域で農業をしていた場所に咲いていました。今は遊休農地となり牧草の間に所々群生しています。 草にも支えられて育っているようです。昨年までロープを張っていましたが、今年は何も無かったです。 |
| 幾つか採ってみました。昔は、イタドリの葉に採りました |
普通のハトは増えすぎています。物置や倉庫など大きな建物には、大抵巣があります。
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