| 46年振りで逢えた同級生と深夜〜朝まで語り明かし、すっかり、同窓会の疲れで、ブログをお休みしていました。 27日の余韻と寝不足がまだ残っていたのか、二日間は少し放心状態になっていました。 千葉や札幌、石狩、恵庭、旭川、名寄、地元から17名の同級生が集まり、閉校式典でも一番多い参加クラスとなりました。 式典を終えてから惜別の会、同窓会場の温泉に参加者の車を置いて、私の車で惜別の会(お酒が出るので)の会場に全員送迎、4回も往復することに、いや、合計8回でした。(*^▽^*)先生を急遽同窓会に招待。同窓会は、みんな集まると当時の年齢に戻り、18歳の青年に変身です。 始まってまもなく私は民謡まで唄う羽目になりました。一人、尺八を習っている友から、事前に江差追分を唄って欲しいとの要望で、近況報告の後、別室で音合わせ、一節でOKで唄うことに、十年以上尺八伴奏で唄っていませんでしたが、ぶっつけ本番で江差追分を唄い、7節まで唄うと声が笑ってしまいました。しかも節が思うようにまわらず、稽古不足を露呈しました。(*^▽^*) 二次会も同窓生の店に行き、会話とカラオケで盛り上がり、最後は肩を組みながら高校三年生、修学旅行等を合唱し、温泉に帰ったのが12時30頃でした。 私?この日は、大車輪で走り周り、会を無事に終わらすことを考えていたので、飲む機会も少なく食べる暇も無かったです。 行事の写真は沢山ありますが、まだ、整理もままならず、機会があれば少し載せたいと思います。今日は、この閉校式の2〜3日前から撮っていた、晩秋の北の故郷を掲載いたします。 |
このあと、部屋でも幹事の部屋で全員集合です
いや〜酔いつぶれる友もあり午前3時30分就寝です。
| 北海道命名の地、音威子府村オサシマ地区天塩川河畔の紅葉 |
上流の街に向かって撮影です
連日霜が降りて、葉の色も今は、葉も沢山落ちて見頃は過ぎました。
| 高校の閉校式に参加してくる人達が記念樹のオンコの前を |
閉校式で、校歌を三番まで歌い
途中、涙が出るかと思っていましたが
まだ、実感が湧かないのか意外とすっきりと歌えました
私達の母校は、木造で1990年に新校舎落成に伴い
既に消えていました
翌日の28日には
同窓生からは、二年後にまた同窓会で再会できる様
企画してくれとの要望で分かれました。
多くの友人に労いの言葉をかけてもらい、やってヨカッタと感じました。
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