鮭は相当釣れたかな?
腰も強く蕎麦も挽き立て、打ち立て、茹で立ての三拍子揃った蕎麦です
不味い訳がないですね
この日は、連休初日で温かい日で峠も沢山の人出です
トリミングで大きくしています
この辺りに丹頂がいると、大きく撮れるのですが
走古丹を後に浜中町霧多布の旅館へ向かいます
首を上げる方が少なくて、何十枚も撮して4〜5枚です
薄暗い薄暮時なので少し現像で補正しています。
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道東の旅
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他の山も歩くようです
魚を釣っているようです?何の魚でしょう?
先ほど、パトカーのお巡りさんが、ここへ巡回に来ていました。 密漁をするのはいないか、巡回しているようでした。
熊も近くに来る事があるので、油断はできませんね
ここには、湧き水の名水が汲めるところがありますね
まだ、新しい道の駅ですね
流氷観光を予定している方は、是非、この付近を計画にどうぞ 紋別市でも行っています
比較的安いので、良くここで買って行きます
店で飼っているような、飼っていないような?いつ来てもネコがいます。 野良かも知れませんね
湖はず〜〜〜〜っと続いています。
少し見づらい幻日でしたね。?? 大変長い間、ご覧いただきありがとうございます。 明日からは、日常の記事を予定しています・ これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
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少し、広すぎると言う方も・・・ 歩くのが苦手な方は、乗り物も用意されています
花の種類毎に名前を表示したプレートがさしてあります
皆さん、デジカメで写真を撮りまくっています。(かく言う私も同じですネ〜)
画像を大きく載せたいのですが、少し容量がオーバーしてしまいます。
散歩を楽しむ方には、良い場所ですね
皆さん、思わず花に鼻を近づけて香りを、チョコレートの香りを嗅いでいましたが? 残念ながら、チョコレートの香りは、あまり感じませんでしたね 鼻が悪いのかな??
コスモスの太陽の丘は、ここで終わります 次回は、知床斜里町ウトロを掲載いたします。 |

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1000万本のコスモスが咲いているそうです
10haのコスモス園です(日本一だと宣伝しています) この後は
土曜日で観光客が大勢きていました
写真は翌朝に撮影
見事な角を持った雄鹿が車にも避けず草を食んでいました
ホテルから約、30分程度掛かって滝に到着です
少し滑るかと、思っていましたが、以外と滑りませんでした。
これで、終わりでは、ありません。次回からは各所毎に写真を掲載いたします。 |
私はいつもこのトンネルを通るたびに不思議とタイムトンネルと言う言葉を連想してしまう なぜか、外のトンネルを通ってもこの感情は沸かないが、 このトンネルを走り抜けると、何か時代の変化が突然現れるような錯覚を感じてしまうのである 少し、このトンネル歴史を紐解いて見よう。何かが見えてくるのかも知れない 情報はWikipediaからの転載ですが 三国峠(みくにとうげ)は、北海道上川郡上川町と河東郡上士幌町とを結ぶ国道273号の峠。
最高地点の標高は1,139mで、自動車の通行が可能な北海道の峠としては最も高いところにある。 名前の由来は、旧地名で石狩国・十勝国・北見国境界付近にあることから実際の三国峠は、 石狩国・十勝国にまたがっている。峠の頂では三国山を三国トンネル(1,152m)で通している。 かつては冬季閉鎖であったが、現在は通年通行可能である。 ただ、上川町側で接続する国道39号層雲峡-石北峠間が通行止めになると、 三国峠も実質的に通り抜け不可能になるため、事前に交通情報を集めたほうがよい。 歴史としては、 大正時代から上川町と上士幌町を結ぶ道は請願されていた。 昭和初期に上川町と上士幌町三股を結ぶ道路の計画が作られたが、戦争の影響で計画が中止された。 戦後は幌加から三股を結ぶ林道がまず作られた。 さらに、糠平ダムの建設による糠平・幌加間の道路建設により、 再び上川と上士幌を結ぶ道路の計画が持ち上がる。 1961年に開発道路(町道層雲峡十勝三股線)として指定され、 三国峠に向けて両方向から道路を作り始めた。 三国山を貫通する三国トンネルの工事は1964年から上川町側のみで始まった。 これは、 林野庁から森林保護を目的に上士幌側には建設発生土を排出しないように指導されたからである。 トンネルは1966年に貫通し、1972年11月1日から供用されている。 それと前後して、1969年に道道糠平上士幌線、町道層雲峡十勝三股線、道道旭川大雪山層雲峡線、 道道遠軽上川線、道道紋別上川線が統合され、三国峠は国道273号に昇格している ![]()
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高度はGPSの精度が甘いので少し差があります
雪でお客様も減少するので採算が合いませんね
8年の歳月をかけて層雲峡と上士幌側の通行が可能になったわけですね 私たちは僅か1分〜2分で通り抜けるトンネルも当時の技術としては、苦労の連続であったと思います 先日図らずもNPO主催で音中トンネルの工事できている、大手ゼネコンのS建設の所長が会主催の 新年恒例会で講演をしていただいた折りに、今の掘削法と過去の掘削法には格段の差があると 説明を頂いた。 当然技術進歩は考えられるが、専門家に言われると、なるほどと納得するものである 昔のままの林道であれば、この道東へ行って日帰りなど想像もつかなかった ましてや冬期間であれば、この高度の山道を通行等出来るはずもなく遭難覚悟の旅程である 便利な世の中になったものだと改めてトンネルの意義を考えさせられた 時間を短縮するトンネルは、やはり私にとってはタイムトンネルに違いない |




