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きょうは、長崎の方の原爆祈念日です。もう、66回目になるそうです。
決して繰り返してはならない核戦争。 自分なりに、被爆して亡くなった方々に哀悼の意を込め、被爆者の方々への応援の意も込め、昨年7月ミクシィ上にて発表した、自作短編小説「ナツノハナ」を、こちらのブログに再び載せたいと想います。 _____________________________________ ≪自作短編小説 「ナツノハナ」≫ ある病室で、わたしは入院していました。 病院内で仲良くなったおばさんが、もう、先が長くないから、話したいことがある、と言うので、ある病室のベッドの傍らで 私は椅子に腰掛けていました。 おばさんは、 「よく来たね。今日こそは、あの話がしたくってねぇ・・・。」 と、言うと、訥々と話し始めました。 当時の彼女は、うら若き乙女。「男女7歳にして、席を同じゅうせず」、の時代に躾けられたが、今風に言うなら、ちょっとイケた変わり者のおんなに憧れていました。 あれは、昭和20年8月5日のこと。ようやく憧れの意中の彼と、こっそり、1対1の逢い引き(デート)の約束を交わすことができ、ウキウキドキドキ弾む胸のときめきを感じて、次の日の恋の予感に震えていました。 「あした、どうしようかな? 何を着ておしゃれしようかな? 彼、何を喜ぶんだろ?」 次々浮かんでくる想い。 気持ちは、もうあしたに充分過ぎるほど届いています。 でも、次々、つぎつぎ、浮かんでは消え、浮かんでは消える想い。 眠れません。 やがて、ウトウトと意識が遠のき、気付いたらもう約束の朝。 昭和20年8月6日です。 時間は、彼の都合上、早くに約束していました。 取るものも取り敢えず、そこそこにしたくを整えました。 そして、昨日、自分の家の庭で摘んだ、一輪の「夏の花」をあわてて忘れ物を取り返しに戻るかのように握りしめると、 約束の場所へ一目散に駆け出していきます。 時間がない。 「あ〜、遅れたらどうしよう・・・」 彼の待っているかもしれない姿が脳裏に浮かんできました。 自然と足早になり、慌て者の彼女は、近道を行こうとして、かえって、道を間違ってしまいました。 やっと、着きます。 「あ〜、よかった! 間に合った。 まだ、彼、来てないみたい。」 安心します。彼は、まだ先に来ていませんでした。 5分か、10分待ったでしょうか。 「あれって、彼?」 遠くに彼に思える若い男性の姿。なんか、こちらに向かって、合図するかのように、手をふっているように想えました。 ・・・・・その、瞬間。 ピカッ。 ・・・「後は、憶えていないんだ。」 おばさんは、見た目に、男性とは愛し合えないであろう姿でベッドに横たわり、天井をうらめしそうににらんだまま、目尻から流れるそれを拭きもせず、言いました。 わたしは、流れる涙を抑えることができず、おばさんの「憶えてないんだ」の言葉を聞くと、自分の病室に向かって駆け出していました。 こ一時間も過ぎて、気を取り直し、おばさんの部屋へまた行ってみました。 でも、そこには、顔に白い布を被せられたおばさんのベッドに横たわる姿が・・・。 あとから看護婦さんに聞いてみたんですが、おばさんはわたしが病室を出てからすぐ病状が急変し、そのまま、若い女性の、乙女の頃の物語を伝えたのに安心するかのように、その生涯の幕を閉じたとのこと。 まぶたも、あんな恨めしそうに天井をにらんでたのに、生涯の幕を閉じる時は閉じていたそうです。 ベッドの横には、一輪の「夏の花」が飾ってありました。 ______________________________________ |
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MSNトピックスからコピペした、この動画関連の記事を下記に載せます。
観客が感動で号泣! 両腕のないピアニスト2010年8月14日 18時29分 (ロケットニュース24) (ロケットニュース24)中国のオーディション番組に素晴らしいピアニストが登場して話題となっている。なんとこの男性、両腕がなく足の指でピアノを演奏するのである。とても足で弾いているとは思えないほど完璧な演奏だという。あまりの素晴らしさに、観客らは誰もが感動し涙を流している。 両腕のないピアニストがデビューたのは、人気のオーディション番組『チャイニーズ・ゴット・タレント』。同番組はイギリスで人気の『ブリティッシュ・ゴット・タレント』の中国版である。オーディション参加者がステージ上でパフォーマンスを披露し、審査員が採点するというシンプルな内容。この『ゴット・タレント』シリーズは世界中で人気があり、世界33か国で企画放映されている。 両腕がないピアニストはリウ・ウェイさん(23歳)。彼は10歳のときにかくれんぼをしていて高圧電線に接触し両腕を失った。「私と同じように不遇(ふぐう)に見舞われた人は、ふたつの選択を迫られる。あらゆる夢や可能性を失くして死を考えるか、もしくは武器なしで人生と戦うか」と語るリウさん。彼は武器なしで戦う人生を選択した。 そして18歳のときにプロの音楽家になろうと決意する。しかし、彼にはピアノを弾く両腕がない。そこで足で弾く演奏方法を身につけることにした。しかし、周囲の誰もが口をそろえて、「足で弾くなんて絶対ムリだ」と言ったそうだ。だが、リウさんは諦めなかった。まともに演奏できるまで徹底的に練習を繰り返し、ついに自分のスタイルを確立したのだ。 彼の演奏を聞いた審査員や観客らは、目に涙を浮かべ感動に打ち震えている様子。演奏後、会場にはスタンディングオベーションが巻き起こり、拍手は鳴り止まなかったという。彼は審査員から満点の評価受け次のラウンドへの進出を決めた。 Screenshot from news.sky.com. This image is used in accordance with copyright law number 32. 先程、このニュース報道を知り、感動して涙ぐんでしまいました。 ピアニスト、については興味があって、そこそこは知ってますが、ウソみたいな本当の話。 かつて、若い頃、「柔道一直線」という若い人向けのドラマで、桜木健一郎さん主演だったかのライバル演じる近藤正臣さんが、「君は、足でピアノを弾けるか?」なんてやってました。 わたしは、だから先程まで、作り事だろう、って、鼻をくくっていたのです。 でも、違いました。動画を観ればわかります。 はっきり言って、中国人にはあまりいい印象をもっていないほうのわたしですが、さすが人口が日本の8倍くらいある国です。 信じられないかたがいらっしゃるのですね。 ドキュメンタリーに近い映画で、「船の上のピアニスト」とか、「戦場のピアニスト」とかの映画も観たわたしですが、たった6分足らずのこの動画に、そのどちらでも無かった感激があり、感動があり、流れなかった涙が出ました。 「事実は、小説より奇なり」と申しますが、この同じ時期に、この動画の主人公「リウ・ウェイ」氏というより、「リウ・ウェイ」師と生まれ出てウェヴを通じて巡り会えたことに感謝します。 この、リウ・ウェイ師の印象に残った言葉、大事に大切に心に刻んで生きたい、と想います。 『さっさと死ぬか、一生懸命生きるか。』 |

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昨日、朝から15時くらいまで、延び延びにしていた運転免許証の更新のため、札幌市手稲区(ていねく)の運転免許試験場へと、外出してました。
行く時からポツリポツリと雨が降っていたんですが、結局部屋に帰って来るまで降りっ放し。 風はほとんど無く、傘があおられる事もありませんでした。 しかし、免許証の写真を撮る時、鏡を見たら、物凄い髪型で! 慌てて、手櫛で直し、写真をパチリ。 その時は、髪は乾いてたんですよね。 しかし、更新が終わり、講習が終わり、外へ出て帰りのバスを待ってる間、雨に少し濡れてしまいました。 髪の毛がべトーっと。 建物からバス停まで15メートルくらいだったんで、往復持って行った折り畳みの傘を差さなかったのです。 それが良くなかったんでしょうね。 鼻風邪をひいたようです。 あと、思ったんですが、雨に、上空の、絶対何かの余分な成分が溶け込んで降り注いで来てますよ。 一昨日の晩、綺麗に髪の毛洗ったんです。 フワットしてた。薄いなりに。 でも、帰ってきたら、乾いたってのに、ベターーーッとしてる。 わたし、シャンプー・リンス・整髪剤等いっさい使わないんです。 使ってるのは、ニーム石鹸というアーユルベーダ系自然石鹸。 髪の毛から洗顔、そして身体まで全身洗え、泡切れがすこぶる早いという優れもの。1個1ヶ月ほど持ち応え、840円。市内で原材料輸入し製造、中央区で買えるもの。 だから、乾いたら、またフワーーーーーッとなるはずなんです。 なのに、ベターーー。 先日テレビのニュースで、男性の3分の1は、薄毛に悩み、女性も分け目などの薄毛に悩んだり、ボリュームに悩んだりしてる、っていうのは、わたし個人は、シャンプー・リンスのせい、そしてストレスのせい、だとばかり想ってましたが、それだけではないですよ、きっと!! さて、8月に入り、全国各地で花火大会。 もう2週間くらいで、旧暦のお盆。 そして秋の訪れと共に、台風の季節です。 そんなことを考えながら、次の楽曲をチョイスしてみました。 |
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わたしも末端で所属している「MMS(モダン・ミステリー・スクール〉《旧:RMMS(ロッキー・マウンテン・ミステリー・スクール〉》」、そのMMS と SHAMBALLAH TRIBAL COMMUNITYはどちらがどちらにという所属関係がなく、横並びで協力し合っていると言った感じの活動である、『シャンバラ・トライバル・コミュニティー』。
その様子をミクシィのマイミクさんのYUKAさんが動画を御作りになり、アップして紹介なさってました。 転送OKとのことで、わたしも自分の日記でご紹介させていただきたいと想いまして、アップしました。 「フリー・ハグ」とは、「自由に気軽にハートを交わす」という意味合いのある行為です。 これで、心の垣根を取り払うのです。 これをすると、ホッとするんですよぉー。 いつか、余裕ができたら参加資格を得て、参加したいなぁー、なんて夢見てます。 今は、現時点では、無理です。 が、ミクシィのマイミクさんであり、わたしのRMMS時代からの先生でもある、かずまみちゃん先生ご夫妻も、この動画に何度も写ってますが、以前お話を伺って、それまでの経緯を知ってます。 だから、無理ではない、と信じてます。 その時期が早く訪れたらいいなぁ。 |
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あれは専門が国語の、中学の女性担任教師のお言葉でした。 「あんたたち、『むかし、ナニナニだった』とか、『おれが、むかし』とか言うけれど、その『むかし』ってせいぜい10年くらい前のことじゃないの。 そういうのは、『むかし』って言わないで、『以前は』とか『少し前は』とか『何年前は』とかいう風に言いなさい!! まぁ、10年ひと昔、って言うからそう言うのも無理ないけど、言葉使いは、できるだけ正確に言うものよ。 それからねいい機会だから言うけれど、『全然ナニナニだよ』っていうけど、『全然なになにで、ない』って言うものよ。 『全然』を使う時は、否定する時に言いなさいね!!」 テレビを観ていたら、出演したゲストの方が「むかし・・・だった」という表現を迂闊に使っていたので、そんな素晴らしいことを教えてくださった恩師を今日想い出し、あれから結構時代も変わってしまったなぁ、と考えました。 その ≪テレビの話≫ 出始めた頃は町内の街角にあったとか、所有する裕福な家庭に近所の皆が集まって、ワイワイガヤガヤ騒いで、プロ野球観戦とかプロレス観戦などを楽しんでいたそうです。 画像は白黒のモノクロームだけ。 室内アンテナで、チャンネルをガチャガチャ回し、箱型で観音開きの扉があったり、画面の前にフィルターみたいなものを付けたり、支えるための4本の足があったりしました。 わたしが幼少の頃、ようやく一家に一台の普及率になってきても、東京オリンピックや皇太子殿下(現・天皇陛下)のご成婚中継くらいしか、カラーの放映はなかったそうで、わたしの記憶では、初の海外中継はケネディ大統領暗殺事件だったはず。 これは実際にみた覚えがあるんですが、アポロ11号宇宙船月面着陸なんて海外中継があり、海外中継は珍しいものでした。 そのすぐ後くらいにUHF受信が始まり、カラー画像の観られるテレビも販売し始めました。 生まれ故郷の秋田では、民放テレビ局がひとつ増えました。 それが今は、携帯のipadやiphoneっていうのが出る前に、ワンセグなんていう機能がありテレビを持ち運んでいるような感じ。 家庭には一部屋に一台、なんて風になり、画像は地デジに移行中。 音声はステレオ。 パソコンでも見られる。 3D画像を観られるテレビも販売しています。 ≪電話の話≫ 昭和2桁になるかならないかの頃生まれた母の世代に電話が普及し始めたそうです。 それでも、それぞれの家庭にはなくって、集合電話だったそうです。 わたしも実際この目で見たことがあるのですが、秋田の昭和40年代初めの頃の電話帳には、田舎の地域の番号に「集」を○で囲んだものがありました。 母に、 「これって、何?」 って訊くと、 「うちも、ちょっと前まで呼び出しだったでしょ。それの集落ごとの呼び出しみたいなものだよ。」 って言ってました。 「呼び出し」って、相撲の話じゃありません。 それは、向こう3軒両隣りのような近所のうちの電話番号をお借りして、連絡を付けるというもの。 「ごめんください。しんちゃんのお母さん。電話来てますから、急いで付いて来て!!」 と2軒隣りのおばさんがうちの玄関を訪れ、呼び出されます。 小走りに2軒隣りのお宅へ伺い、 「はい。わたしです。お待たせしました。どなたですか?・・・・あぁ、なんとかさん。用件のみって何?・・・フムフム。・・・・わかった。じゃぁね。」 そして母は、そのおばさんからしょっちゅうお菓子のお裾分けやおばさん手製のお漬け物などをいただいて帰宅。 家庭には今や、子機なんて何台か取り付けられる時代。 わたしが大学3,4年生の頃ですら、設置には8万3千円ほど掛かりましたから、一般庶民の親を持つ大学生にとっても贅沢でした。自分の部屋に電話を設置してる一人暮らしの大学生は、珍しい部類でした。 わたしは、当時、アルバイトで頑張って稼いだ一か月分の給料をまるまるつぎ込んで、呼び出しをされずに済むようになったものです。 その頃、自動車電話が登場。お金持ちの象徴でした。 携帯電話の原型です。 今や、携帯電話はひとりでも何機か所有する人もいるくらい。 いろんな機能も内蔵したi−phoneも先ごろ発売。 テレビの話でも出てきましたが、ワンセグなんて当たり前。 小学生の子供ですら買い与えられていて、住宅地図機能も内蔵し、現在位置の表示機能で道に迷うこともほとんどない。子供や徘徊老人などの現在位置を知ることもできます。 わたしの好きなユーチューブなどの動画を街角で、好きな時に好きな場所でも楽しむことも余裕があれば可能な時代になりました。 あと、洗濯機の話。 簡単に説明すると、一槽式のものの外に手回しの脱水装置(2本の棒のようなものの間に洗濯物を挟み込み、その棒を回す取っ手を動かし、脱水するもの)がついていたのを幼い頃の古い記憶で憶えています。 そういうのがない洗濯機もあったらしいので、余分な水分は手で絞って取り除いたり、ましてや「すすぎ」なんてかなり手間隙(てまひま)がかかった作業だったでしょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・あとは、エトセトラ。 かなり、時代は変わりました。 それと共に、いろんな生活必需品はほとんど『重厚長大』から『軽薄短小』に姿を変えました。 人と人のコミュニケーション(交流)は、どんどん失われ、プライベートが重要視されつつあります。 こういうのが、わたしのこれまでの人生である、ほんの半世紀くらいの短い間で起こりました。 英語の単語に「DECADE」という10年単位を表すものがあります。 最近の出来事すら、現代人は「むかし」という言い方をするのが主流です。 そのうち、2〜3年くらいのスパン(短い時間)ですら「むかし」という言い方をする時がくるのでしょうか? 長閑さ(のどかさ)や和やか(なごやか)さを失って、せせこましく、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気も味わうことなく、生きるのではなく、もっともっと大らかに朗らかに生きて行きたいものだと想った次第です。 |




