〇私が暮らした塔路(とうろ)町と鵜城(うしろ)町幌千(ほろち)村
塔路町、幌千村とも、日ソ国境(北緯50度線)から75キロ、125キロ南下した西海岸(間宮海峡側)の
港と山村だったが、対照的なのは塔路町が樺太北西部最大の炭鉱町で、人口急増中の大都会だったのに 比べ、幌千村は電気、水道や街燈もない大自然の山に囲まれた殖民山村で、年間を通して村人が必ずク マに襲われるという油断のならない野獣天国でもあった。
〇深夜、山野から聞こえる不気味な鳴き声におびえる
街燈のない村は月が出ないとあたりは真っ暗闇だった。文字通り「一寸先は闇」で、よほどの急用が
ないかぎり、村人たちは外出しなかったので、夕方であっても村は不気味なほどに静まりかえる。
夜は悪魔の世界という言葉があるが、幌千では、夜は野獣天国だった。山犬や狼の遠吠えやまるで子供 のような鳴き声のミミズク?か野鳥の声。
移転して慣れない頃は布団を頭からかぶり、汗びっしょりで朝まで眠れない日々がしばらく続いた。
おかげで体重はめっきりと減り、母親には「街燈の明るい塔路へ帰ろう」とだだをこねたものだ。
でも運命的にはここへ移転したおかげで、ソ連軍の塔路空爆や艦砲射撃、上陸攻撃にも合わず、生命の 危機から逃れることができたのである。幾多の級友や知人たちが死傷したり、自決した。
〇病院は隣町
病院は隣町にしかなかったので、村人は日頃から自分の健康に留意し、大自然の植物や魚介類からスタ ミナを取りいれた。
アイヌネギ(ニラの一種)、赤フレップ(コケモモ)の塩漬け、川の岩に取り付くヤツメウナギ、大粒 のシジミ、ミガキニシン、干ダラ、魚の塩辛、野イチゴ、コクワ、山ウド、ゼンマイ、ワラビ、クマの 胃、焼ミミズの煎じ湯など思い出せないくらいに加工食料は存在した。
〇真冬、厳寒時の病気
吹雪は一夜にして家屋を雪で埋め尽くすほどに猛烈だ。そして気温は平均マイナス10〜15度。
こんなときの急病は悲劇だ。村で馬車の手配ができず、医者とも連絡が取れないときは、死を待つしか
ないのだ。
私は病弱だったらしく、両親が交代で私をおんぶして遠距離の病院に幾度も連れ歩いたらしい。
樺太生活10年間を振り返ってみて、糖尿病患者は私たちの周辺にはただの一人もいなかった。
〇糖尿病について
私は残念ながら糖尿病患者だ。糖尿病と宣告されたらもう完治しないので、一生付き合うほかはない。
私の場合、自業自得といわざるを得ない。仕事がら不規則な生活が続き、暴飲暴食の機会が多かった。
そんなとき診察前検査で必ずお世話になるのが採血、採尿だ。血管が細いと採血では苦しい思いをする 事が多い。私の体験から、失礼だが医者の注射や採血の腕前は看護士より劣る方が多い。入院中はド クターが採血することもあり、何度も個所を変えられたりして青あざができたり、しまいにはたこがで きたり、ベージュに変色したりする。私も散々苦しんだ。そして大いに喜び、やっと希望を見出したの は、数日前のテレビニュースからだった。
〇糖尿病の血糖値測定器の開発
千葉大大学院工学部北村教授が血糖値の測定器を開発した。そしてその画期的なことは、血糖値の測定 で必ず必要だった注射針による採血がいらなくなることだ。その代りに測定器に手の指をかざすだけで わずか10分ほどで血糖値のデータが表示されるというのだ。しかも今年度内には実用化の方針だとい う。血管が細くいつも採血を苦痛に感じていた私と同じ立場の人たちもこの情報を聞けば、大喜びする ことは間違いない。そんなことから私の同類の方々にお知らせしたい目的で投稿した次第です。
*この写真は、塔路・「三菱鉱山塔路病院」 三菱鉱山の経営で、塔路港にソ連軍が上陸したとき、こ の病院看護婦たちは患者同行で逃避行途上で服毒自決した。大平鉱山は露天掘りで有名な炭山。
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